(1)秘密の花園

ユノに深く口づけながら、ユノの背中に回した手を撫でおろした。

 

お尻を丸みを手の平でなぞったあと、ユノのパンツのボタンを外して、その隙間へ指を侵入させた。

 

僕の手が瞬時にフリーズした。

 

絡めていた舌も一緒にフリーズして、ユノから唇を離した僕は「マジか...」とつぶやいた。

 

「そうだよ。

俺は男だよ」

 

マジかよ。

 

いざセックスをしようとした相手が、「男」だった。

 

「気付かないチャンミンが悪い」と、ユノはマジな顔で言った。

 

 


 

 

必修科目の実習で同じグループになったのが、チャンミンと顔を合わせた最初だ。

 

この日は、ホルスタイン牛の直腸検査実習だった。

 

牛の肛門から腕を差し入れ、直腸越しに内蔵を触診するのだ。

 

青いシャワーキャップみたいな帽子とマスクをつけ、学校指定のつなぎに白い長靴姿だった。

 

つなぎの胸ポケットに名前が縫い付けられている。

 

えらく背が高い奴だなぁと、最初にチャンミンのスタイルに目がいった。

 

近くで見ると、キャップとマスクの間で、長いまつ毛をぱちぱちとさせた丸い目で、えらく可愛いかったんだ。

 

この時だ、俺のハートに矢が刺さったのは。

 

ちょっと待てよ、こいつは「男」だぞ、と即行この想いを打ち消そうとした。

 

ところが、男とか女とかの道理を超越した魅力を、チャンミンから感じ取っていたから、打ち消すのを取り消した。

 

直腸検査の実施者には、向き不向きがある。

 

俺もチャンミンも「細くて長い腕」を持っていたから、トップバッターは俺、二番手はチャンミンの順で行い、太過ぎるマッチョ君と短い女子二人は牛の保定と撮影係に、役割分担した。

 

つなぎの上は脱いで、袖をウエストで縛り、Tシャツを肩の上まで捲し上げると、滑りをよくするため石鹸水を腕に塗り付ける。

 

院生の指示通り、腕を肩まで差し入れる。

 

チャンミンは、俺の頭を打たないように牛の尻尾を押さえる役だった。

 

強力な吸引力で俺の腕が、奥へ引きずり込まれそうになる。

 

「ここが子宮」と指先で感触を確かめているとき、隣に立ったチャンミンと目が合った。

 

バシッと音がしそうなくらい、直球の眼差しがぶつかった。

 

ますますヤバイ、と思った。

 

チャンミンの番になって、捲し上げたシャツからむき出しになった三角筋や、曲げた際に現れた上腕二頭筋の盛り上がりに、ごくりと喉が鳴った。

 

男の目から見ても、なかなか見惚れるだけある「いい腕」をしていた。

 

指をすぼめてずぶずぶと、腕を挿入していく。

 

粘膜を傷つけないようそろそろと腕を進め、肩まで挿入し終えると、チャンミンはふうっと息を吐いた。

 

「手の平を下に向けて...違う...少し腕を引いて」

 

院生の指示に従っているが、目当てのモノの場所が分からないらしい。

 

眉尻を下げ、「あれ?」「ここ?」と困惑顔だ。

 

「そんなにかき回したら、シロちゃん(牛の名前だ)が苦しがる!」と、院生に叱られている。

 

尻尾を押さえていた俺は、チャンミンに顔を寄せ、自分も腕を伸ばして「この辺り」と身振りで教えてやる。

 

潤んだ目をしたチャンミンと、横目で目が合った。

 

チャンミンのまぶたが瞬間、ピクリとしたのを俺は見逃さなかった。

 

マスクの下では、口をゆがめているんだろう。

 

やたら色っぽい顔だった。

 

牛の直腸検査という極めて直実的な現場で、「牛の肛門に手を突っ込む」なんていう行為のせいで、余計にそう感じてしまった。

 

チャンミンの前髪から汗がしたたり、マスクに隠された彼の端正な頬を滑り、顎まで到達するとぽたりと落ちた。

 

牛の体内は熱いくらいだから、初夏の牛舎での実習は余計に汗をかく。

 

背中に汗でTシャツが張り付き、襟足の髪も濡れていて、アレの後みたいだなと俺の想像は逞しい。

 

マスクで隠されている分、眼差しに込めた想いが際立った。

 

ホルスタイン牛の腰角越しに、俺とチャンミンの心は繋がった。

 

 

実習後、夕日で赤く染まる牛舎の影で、俺たちはキスをした。

 

身長は少しだけ、チャンミンの方が高かった。

 

マスクを外したチャンミンは、鼻やあごの造りがしっかりしていて、優し気な目元とのアンバランスさが魅力的だった。

 

チャンミンの方も、マスクを外した俺の顔を食い入るように見つめていた。

 

最初は触れ合うだけの軽いものだったのが、次第に熱を帯びてきて、牛舎の壁に背を押しつけられ、口内を探る深いものへとなった。

 

 

チャンミンと俺が同性同士だってことなんか、大した問題じゃなかった。

 

俺たちは言葉を交わしていなかったが、雰囲気だけで相性が分かった。

 

顔だろうが腕だろうが、相手の持つものから美を見いだせたのなら、それでいいんじゃないかと思うんだ。

 

つなぎに長靴姿なことに気付いて、顔を見合わせて苦笑した俺たちは、先へ進めるためにはまずは着がえようとロッカールームへ向かった。

 

 

男子更衣室に堂々と入室する俺に、チャンミンは驚いたようだった。

 

「もしかして」と俺は思った。

 

初対面のチャンミンが、俺の性別を間違えても無理はないと思った。

 

俺は色白で、ぽってりとした唇は常に赤みを帯びていて、顔のパーツも繊細な方だ。

 

最近身体を絞ったこともあり、スリムで華奢なイメージが増したかもしれない。

 

チャンミンに背を向け、暑苦しいつなぎを脱ぎ捨て、パンツを履いた。

 

ロッカーの扉に指をかけたまま、こちらを探るように見るチャンミンの口が半開きだった。

 

振り向いてあごをしゃくってみせたら、はっとしたようにチャンミンも着がえだした。

 

慌てたチャンミンは、パンツに脚を通す際よろめいて、ロッカーに肩をぶつけていた。

 

可笑しくなった俺は、チャンミンのうなじに手を差し込んで、唇を奪った。

 

ぐいぐいと舌をねじこんだら、チャンミンのこわばっていた顎の緊張がたちまち解けて、俺の唇全部を覆いかぶせるように重ねてきた。

 

無人のロッカールームに、唇と絡め合う舌がたてる水っぽい音が響く。

 

「は...」

 

重ねた唇の間から漏れるチャンミンの吐息が切なげだった。

 

チャンミンの高ぶりは、手に取るように分かる。

 

一目で強力な吸引力で惹かれ合った二人が、こんなにいやらしいキスを交わしているんだから。

 

意地悪をしたくなった俺は、俺の方もそうだとバレないよう、押しつけられるチャンミンの腰と中心をずらす。

 

「んっ...」

 

チャンミンの俺の肩を抱く腕に力が増し、その手が俺の背中をまさぐりだした。

 

俺も汗で張り付いたTシャツの上から、チャンミンの胸に手を滑らす。

 

湿ったシャツを乾かしてしまいそうなくらい熱く火照っていた。

 

手の平の下でチャンミンの鼓動がドクドクと打っている。

 

もちろん、俺の心臓も痛いくらいに速く、力強く打っている。

 

チャンミンの手が俺の尻にまわされ、形を確かめるようになぞったり、指先に力をこめて揉んだりしだした。

 

 

いつ気付くか?

 

背後から、俺の腰骨をなぞるようにチャンミンの手が前に回り、器用にパンツのボタンを外した。

 

ゆるんだパンツの隙間から、チャンミンの手が差し込まれる。

 

チャンミンの手がびくっと震えたのち、フリーズした。

 

 

 

唇を離すと「マジか...」とかすれ声でつぶやいた。

 

 

「そうだよ。

俺は男だ」

 

 

初対面から今まで無言だった俺たちは、今ここで初めて言葉を交わした。

 

チャンミンは片手で口を覆い、顔を反らして考え込んでいるようだった。

 

当然だ。

 

女だと思い込んで、ロッカールームでコトに及ぼうとしたら、股間にブツをくっ付けた男だったんだから。

 

俺の方も、目を泳がせ思案にくれるチャンミンを、楽観していたわけじゃない。

 

ノーと拒絶される可能性が高かった。

 

甘やかに潤ませた目を、「気持ち悪いもの」を見るかのようなそれに変化する瞬間を見たくなかった。

 

俺だって男にキスするなんて、初めてだったんだ。

 

「なんとか、言えよ」

 

不安になった俺は、チャンミンの口を覆っていた手をつかんで、下ろさせた。

 

よかった。

 

チャンミンの充血した目には欲が宿ったままで、俺の肩をつかむ片手も力がこもっている。

 

「嫌か?

俺が男で、嫌になったか?」

 

チャンミンの顔を覗き込むようにして、尋ねた。

 

チャンミンは「嫌じゃない」と言って、素早く首を振った。

 

「ユノは?

男が好きなの?」

 

「まさか!」

 

「じゃあ、なんで?」

 

なぜも何も、これには深い理由は全くない。

 

ゼロだ。

 

「なぜ惹かれてしまうの?」の回答は「好きだから」、以上。

 

「チャンミンこそ、なんで?」

 

答えられなくて、俺も質問で返した。

 

「うーん」と、チャンミンは天井を見上げて真剣に考えだした。

 

あご裏に、髭の剃り跡があって、「やっぱりこいつは男か」としみじみ思った。

 

「好きになったんだ、一気に」

 

ははっと笑うと、チャンミンはロッカールームの入り口ドアまで歩いて行き、がちゃりと鍵をかけた。

 

「これでよし」と頷いているから、俺は事の展開についていけない。

 

チャンミンは俺の両肩を引き寄せて、力いっぱい抱きしめた。

 

「好きに、なった」

 

耳元でささやかれて、腰のあたりにしびれが走る。

 

男同士のハグはさぞかしゴツゴツとした感触かと想像していたら、筋肉の弾力もあって包み込まれるような安心感があった。

 

ただし、力が強い。

 

ガシャンと派手な音を立てて、俺はチャンミンの身体とロッカーの間に挟まれた。

 

はたから見たら、取っ組み合いのようだ。

 

チャンミンの両腕が、俺のウエストをつかんで引き寄せて、ぐりぐりと股間を押しつけてきた。

 

めちゃくちゃ勃起してるじゃないかよ。

 

俺の方も、凄いことになってるんだけどさ。

 

第一印象的に、チャンミンの方が俺にリードされるんだと思っていたら、実は逆なのか?

 

「......」

 

 

チャンミンは何か言いたげな顔をしていた。

 

「なんだよ?」

 

「今すぐユノを抱きたいんだけれど」

 

部屋の鍵をかけたくらいだから、ヤル気満々なのはわかってるよ。

 

チャンミンの次の言葉を待った。

 

「笑わないで。

困ってるんだ」

 

「何を?」

 

「うーん...でも」

 

「いいから、言ってみろよ」

 

「どうやればいい?」

 

「は?」

 

「だからさ!」

 

苛立ったチャンミンは俺のパンツのファスナーを下ろして、俺の興奮の証をさらした。

 

次いで、自身のパンツのファスナーも下ろして、下着の薄い生地にくっきりと浮かんだモノを指さした。

 

「今ここに、2本の棒がある」

 

「あるよね。

俺のちんちんとお前のちんちんが」

 

「女子にはない」

 

「当たり前だろうが」

 

「代わりに、女子には穴がある」

 

「うん、だから?」

 

チャンミンをからかおうと思って、とぼけていたわけじゃない。

 

「僕たちには穴はない」

 

「あ...そういうことか!」

 

チャンミンの言いたいことがわかった。

 

キスのその先のことまで、考えていなかった。

 

「ユノはホントに、知らないの?

その...男同士はどうやるのか?」

 

「そりゃ、なんとなくは知ってるけど。

具体的なヤリ方なんてわかんねーよ。

今日まで、縁のない世界だったんだから。

チャンミンこそ、知識ゼロ?」

 

「なんとなくは知ってるけど...」

 

チャンミンは鼻にしわを寄せる。

 

「...お尻の穴なんて、僕は嫌だよ」

 

チャンミンの「お尻は嫌だ」発言はこの先、俺がチャンミンをからかうときのネタとなった。

 

「俺だって嫌だよ」

 

「慣らせば、できるようになるらしいよ」

 

「詳しいじゃないか?」

 

「慣らし方なんて知らないよ」

 

「カマトトぶるなよ。

詳しいんだろ?」

 

「ちがっ!

つまり、直ぐにできるものではない、ってことを言いたいの」

 

「当たり前だろ?

俺だって、おっかなくてお前のケツに挿れらんねーよ」

 

「なんだぁ。

ユノもわりと知ってるじゃん」

 

「バカ!

これくらいは常識範囲だって」

 

「どうしよっか?」

 

勃起した2本のペニスを見下ろして、俺たちはかなり真剣に悩んだのだった。

 

(後編へつづく)

 

 

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