(9)秘密の花園

 

「喉乾いたな。

冷蔵庫に何かある?」

 

スプリングをきしませ半身を起こしたユノは、うつ伏せで横たわったチャンミンの頭をくしゃりと撫ぜた。

 

「ん...と、コーン茶が冷えてる」

 

ユノは裸のままベッドを出ると、冷蔵庫に顔を突っ込んだ。

 

「チャンミン...お前さ、ヤカンで湯を沸かして、お茶作ってるの?」

 

「そうだよ。

変かな?」

 

「おかしかないけど、マメな奴だなぁ」

 

「その方が経済的なんだよ」

 

「いい子だな、お前」

 

「まあね」

 

チャンミンは築30年以上のオンボロアパートに独り暮らしをしている。

 

床はギシギシときしみ、天井には不気味な茶色い染みがあり、歴代の住人たちによるタバコのヤニで壁紙は黄色く変色している。

 

幸いトイレと風呂場が分かれている。

 

湯船のない風呂場は黄緑色のタイル張りで、見方を変えれば「趣ある」と言える。

 

建付けの悪い押し入れは戸を閉めたら最後、開けることが出来なくなるため、常に開きっぱなしだ。

 

チャンミンは仕送りとアルバイトでギリギリ生活、贅沢は言っていられないのだ。

 

年季の入った部屋だが、几帳面なチャンミンによって整理整頓、すみずみまで掃除されている。

 

炊事スペースが部屋の片隅にあるため、チャンミンは冷蔵庫を覗き込むユノの白い尻をたっぷりと鑑賞できた。

 

ユノとチャンミンの出会いは2か月前。

 

大学の実習で初めて顔を合わせ、たちまち恋に落ちた。

 

湧き上がる情熱を抑制できるほど大人ではなかったため、その日のうちに求め合った。

 

男同士の恋愛は未経験だった2人は、とまどいながらも愛情と好奇心に満ちた手つきで互いの身体をまさぐりあった。

 

彼らは若く、心の通い合いだけでは満足できず、処理しきれない性欲を持て余していた。

 

ユノもチャンミンも同じ大学に通っていながら、これまで互いの存在を知らなかった理由は、チャンミンが3年に進級したタイミングでユノの在籍する学科へ転科してきたためだ。

 

チャンミンの在籍していた学科は6年制で、転科したことによりあと2年で卒業できる見込みとなった。

 

優秀な成績だっただけに教授も学友たちも惜しがったが、経済的理由だったから仕方がない。

 

最初の1、2か月は沈んだ気分でいたチャンミンだったが、ユノと出逢ったことでたちまち表情が明るくなったのだ。

 

ユノはステンレス製の流し台でザブザブと顔を洗う。

 

コーン茶を注いだグラスを、口をポカンと半開きにしたチャンミンの頬にぴとっとくっつけた。

 

チャンミンの性の余韻に浸ってうっとりとした表情が、ユノは好きだった。

 

つい先ほどまで、彼らは全身汗まみれになって抱き合っていたのだ。

 

一気にグラスの中身を飲み干すチャンミンの喉仏から目が離せない。

 

「はぁ...しっかし暑いな」

 

窓取り付け型の旧式の冷房機の効きは悪く、扇風機はぬるい風をかき回すだけで、じっとしているだけでも汗が次々と噴き出てくる。

 

そんな中、狭いベッドの上で組んずほぐれず睦み合ったせいで、シーツに大きな汗の染みが出来ている。

 

「夏の間は、ユノの部屋でやろうよ」

 

「確かに」

 

「でも、気持ちよかったねー」

 

チャンミンはベッドに腰掛けたユノの肩に、頭をもたせかけた。

 

「だいぶ俺らも慣れてきたな」

 

「ローションは正解だったね」

 

「ああ。

石鹸は後でちんちんがしみるからなぁ」

 

ユノは板敷の床に横倒しに転がるボトルを拾い上げると、キャップを閉めた。

 

ベッドの上で膝立ちしたチャンミンは、ユノの首に腕をまわす。

 

「ぎゅー」

 

「暑い!

くっつくなよ」

 

「んー。

だって、ユノの汗の匂い...好き」

 

そう言ってチャンミンは、汗で濡れたユノのうなじをぺろりと舐めた。

 

チャンミンの舌先の動きにぞくりとしたユノは、チャンミンの顎をつかんで唇を押しかぶせる。

 

「あ...まだ口が匂うかも」

 

「いいって。

どうせ俺のものだし」

 

積極的に伸ばしてくるチャンミンの舌を頬張って、強く吸う。

 

ユノの首に回した腕を自らの方に強く引き寄せ、チャンミンも負けじとユノの上顎を舌先でくすぐった。

 

「ストップ!」

 

「え...?」

 

「またヤリたくなるから、ひとまずストップ。

夜のためにとっておこうぜ」

 

ユノはチャンミンの胸を押しやった。

 

「ええー。

僕はまだまだいけるよ」

 

頬を膨らますチャンミンを愛し気に見ていたユノが、ふと視線を下げると...。

 

「おい...すげぇな」

 

むくりと勃ち上がった膨張率70%のものに、ユノは驚嘆まじりのつぶやきを漏らす。

 

(バンビみたいな顔をしていて、俺以上に精力が凄いんだって、こいつは)

 

すぐさま膨張率0%の自分の股間と比較する。

 

「ユノ、もう一回しよ、ね?」

 

「うーん...」

 

チャンミンは柔らかいユノのペニスを、ぐっとつかんだ。

 

「おい!」

 

「ね?」

 

潤んだ瞳でおねだりされて、ユノはあっさり陥落する。

 

「しょうがないなぁ」

 

チャンミンは自ら四つん這いになって、尻を突き出した。

 

「相当よかったんだな?」

 

「まあね」

 

突き出されたチャンミンの両尻を、ユノは愛情をもってピシャリと叩いた。

 

先日、知ったばかりの「素股」の気持ちよさに、チャンミンはとりこになっていたのだ。

 

(これなら痛くないし。

タマの後ろ辺りを、グリグリされると強烈に気持ちがいい。

お尻の穴の辺りが、ゾクゾクするなんてことをユノには言えない。

この気落ち良さを、ユノにも味わってもらいたいんだけど、ユノは絶対にお尻を向けないんだよなぁ。

それだけが不満だ)

 

チャンミンの尻はまだぬるつきを残していたが、ユノはローションをたっぷりとかける。

 

「あ...」

 

とろりとしたローションが尻の割れ目にそってゆっくりと流れ落ち、その感触だけでチャンミンの股間が震えた。

 

ユノは自身のペニスにもローションを垂らして、十分なサイズになるまでしごいた。

 

「僕がやる!」

 

「いや...いらない...お前の尻を見てたら...エロくて...すぐに...すぐに...よし!...いい感じになった」

 

ユノはベッドから下りると、自身のペニスをチャンミンの尻の割れ目にあてがう。

 

そして、チャンミンの腰を引き寄せ、最初はゆるゆると、次第に腰を振る速度を上げていった。

 

「あ...、あっ...」

 

スライドを大きくしたり突く角度を変えたりして、気持ちよいポイントを探していく。

 

「あぁん...そこ...いい...」

 

(相変わらず喘ぎが女っぽいんだって)

 

そう思いつつも、ユノはチャンミンの快感の声が大好きだったから、もっと喘がせたくなる。

 

ペチペチと肌を叩く音がセックスそのもので、ユノのペニスがぐっと硬くなる。

 

「あっ...そこ...そこ...いい!」

 

その硬くなったもので(チャンミンのお気に入りの場所を)突かれると、チャンミンははしたない嬌声をあげてしまうのだった。

 

(ユノのが大きくなった。

ユノの形がはっきり分かる。

そこ、そこ。

もっとタマの後ろをお願いします...)

 

(もの足りない...。

こんなセックスの真似事だけじゃ、俺は全然足りない。

もっと、ぎゅっと締め付けられたい)

 

ユノはチャンミンの背中に体重を預けると、チャンミンの顔をぎりぎりまで振り向かせて唇を吸った。

 

「ふっ...」

 

そして、チャンミンのペニスをしごく。

 

ローションの付いた手で上下されると、ユノの手の中でぐっとチャンミンのペニスも固く大きさを増した。

 

「あっ...駄目...おかしくなっちゃうから...自分でやる」

 

ユノの手を払いのけると、チャンミンは自身でしごき出した。

 

「イキそ...」

 

「早いって」

 

「う...うん」

 

チャンミンは根元を2本の指で締め付けて、達しそうになるのをこらえる。

 

壁の薄いチャンミンの部屋。

 

チャンミンの喘ぎ声は駄々洩れだが、平日の昼下がり。

 

両隣は皆留守で、チャンミンの部屋は1階だったから、苦情を言ってくる者はいない。

 

 


 

 

「ぱぱっとシャワーを浴びて飯を食いに行こうぜ」

 

「うん」

 

「『うん』だなんて...言い方が可愛いんだよなぁ」とユノは思い、チャンミンの方も

 

「同じ部屋から出かけるのって、恋人同士みたい(恋人同士なんだけど)で気分が上がる」と思っていた。

 

いずれにせよ、この二人は相思相愛。

 

大学構内でおおぴらに出来ないだけに、欲望の赴くままにいちゃいちゃできるのは互いの部屋の中に限られていた。

 

 


 

 

「ねえ。

牧場実習は僕と同じとこにしてくれたんだよね」

 

「ああ」

 

中華料理屋でチャンミンはビールをあおり、ユノは餃子にかぶりついているところだった。

 

「せっかく楽しそうなとこにしてたんだけどなぁ。

先輩から教えてもらったとこで、バーべキューやら海水浴やらできるんだってさ。

そこがよかったのになぁ...」

 

「ごめん」

 

ユノとチャンミンの学科では、夏休みを利用した約10日間の牧場実習が行われる。

 

必修科目のため、避けては通れないのだ。

 

希望の牧場を記入した紙を提出したのは2人が交際する前の春のこと。

 

「ユノと同じところがいい」とチャンミンのお願いに折れたユノは、無理を言って変更をしてもらったのだ。

 

「チャンミンと同じとこに変更してもらったよ。

チャンミンのお願いなら仕方ないからな」

 

「ありがと」

 

チャンミンはにっこりと笑うと、油でてらてらとした愛しいユノの下唇を指で拭った。

 

「今夜泊っていけるでしょ?」

 

「そのつもりでいるんだけど?」

 

俺たちは不倫カップルかよ、と心の中で突っ込みを入れながらユノは答える。

 

「ユノにお願いしたいことがあって」

 

熱々の料理を食べたせいで、したたり落ちる汗でチャンミンの前髪が額に張り付いている。

 

「お前、汗かき過ぎ」

 

ユノはおしぼりでチャンミンの額を拭いてやった。

 

「ありがと」

 

「お願いって?

いよいよケツに挿れてください、ってか?」

 

「違う!

何度も言ってるけど、僕が『ウケ』前提なとこが納得いかないんだって」

 

「じゃあ、俺が『ウケ』ってこと?

やなこった」

 

「そうじゃないんだ。

僕もユノも、どっちとも、が理想なんだ」

 

「俺らどっちとも挿れたり挿れられたりするってわけ?」

 

「うん」

 

「挿れられる方は、超気持ちがいいらしいぞ?」

 

「それならやっぱり、ユノが先に体験しなくっちゃ」

 

「遠慮しておく。

俺の尻はナイーブなんだ。

それに、俺の大好きなチャンミンには、是非とも超気持ちよくなって欲しいわけ」

 

「うーん...」

 

「さぁさぁ、アパートに帰ろうぜ。

第3ラウンドが待っている」

 

「うーん」

 

納得がいかないといった風に、渋い顔をしていたチャンミンだったが、ユノのニカっと笑った顔を見ると、どうしても頬が緩んでしまうのだった。

 

 


 

 

「おーっす!

チャンミーン!

いるかぁ?」

 

「!!!」

 

チャンミンの股間を出し入れしていたユノの腰がぴたりと止まる。

 

ドンドンとドアを叩く音がする。

 

ユノは「どういうことだ?」とチャンミンに問う視線を送る。

 

「タマちゃんだ!」

 

チャンミンは猛スピードでユノの手の中からペニスを抜いた。

 

「タマちゃん?」

 

「タマちゃんのおなーりー!

ドアを開けろ!」

 

「どうしよう!」

 

「タマちゃんって?

チャンミンの彼女か?」

 

「違う違う!

そんなんじゃないって。

友達、れっきとした友達」

 

「部屋まで来るなんて、相当な仲じゃないか?」

 

「ホントに只の友達なんだって」

 

ユノは目を細めてチャンミンを疑わし気に見る。

 

「もしかして、ヤキモチ妬いてくれてるの?」

 

嬉しそうにそう言うと、チャンミンは口を両手で覆って目を三日月形にする。

 

「そうだよ、悪いか?」

 

(悔しいけど、その通りだ)

 

「ユノ...嬉しい...」

 

「チャンミーン!

早くドアを開けろ!!!」

 

さっきよりノックの音が鋭くなった。

 

「居留守を使うのか?」

 

ユノはひそひそ声で、チャンミンの耳元で囁いた。

 

こんな状況下でも、チャンミンの首筋から放たれる汗の匂いにユノはくらくらしてしまう。

 

(俺の方だって、チャンミンの匂いが好きなんだ)

 

「タマちゃんはしつこいから、持久戦になると思うけど」

 

「マヂかよ!?」

 

「チャンミン!

居るのは分かってんだ!」

 

「バレてるぞ?」

 

「電気のメーターを見てるんだ。

タマちゃんはそういうとこ見てるから」

 

「どうする!?」

 

ローションと汗でべたべたになったユノとチャンミンは、真っ裸のまま顔を見合わせたのだった。

 

(つづく)

 

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