~ユノ~
木曜日。
いよいよ俺たちは、禁断の扉を開ける。
とっくの前に扉は開けてるんだけど、今度こそは本命の、本番の、最後のダンジョンへの扉だ。
手洗いから戻ったチャンミンは、ベッドに腰掛ける俺の足元に膝を折って座る。
「さて...」
太ももに置いたチャンミンのこぶしが震えている。
今日の実習の間中、チャンミンの様子がおかしかった。
実験の一番手を名乗り出たり、普段口もきかないメンバーと軽口をたたいたり(その子は驚いてた)。
トイレに立った俺の後をついて来たかと思うと、いきなり後ろからタックルしてきて、吸引力たっぷりなキスを俺の頬にしてきた。
「どうした?
今日のお前...おかしいぞ?」
誰かに見られやしないかと、チャンミンの顔を押しやりながら尋ねたら、「ユノこそ、変だよ」と口を尖らせた。
「僕と目を合わさないし、黙ってるし、そっけないし...」
「ごめんな」
俺には分かっている。
2人とも緊張しているんだ。
チャンミンの方はカラ元気で、俺の方はだんまり君になって。
今夜、いよいよ『その時』を迎えるあって、緊張しているのだ。
男相手は...初めてだから。
チャンミンの方だって同様だ。
なぜなら、俺たちは前振りが長すぎたせいで、不安ばかり育ててしまった。
こんなことならあの日、ロッカールームで勢いでやってしまえばよかった。
「僕の方は準備オッケーだよ」
「?」
着衣のままのチャンミンに、問う視線を送ると、
「えーっと、お尻の中はきれいにしてきました」
「それで、トイレが長かったわけか!」
てっきり緊張のあまり腹を壊しているのかと思った。
「まーね。
それに、昨日から何も食べていないんだ」
「なんで!?」
大きな声を出したら、チャンミンはやれやれ、といった感じに肩をすくめた。
「お腹の中を空っぽにするためじゃないか」
「そこまでしなくたって...」
やることが極端なんだよ。
「最初が肝心だよ。
汚い自分なんか見せたくないし」
「大好きなチャンミンのことを汚いって思う訳ないだろう?」
「ううん!
僕が嫌なんだよ。
好きな人には、少しでもきれいでありたい、と思うものじゃないかな?」
まるで乙女みたいな台詞を吐くんだな...、それから、チャンミンは、いつものことだがちょっとズレてる。
なかなか次のステップへ進めないのも、チャンミンが怖がりなせいにしていたけど、半分はそうじゃない。
これまで何度も、チャンミンを冷やかしたり、煽ったり、脅したりしていたのも、俺自身の躊躇がさせたものだったんだ。
もう後戻りできなくなる。
それが怖い。
俺をじぃっと見上げる幼い目元と、がっちりとした顎、アンバランスさ。
こんなに美しい生き物を手に入れてしまったら、これまで以上に夢中になってしまうこと必須だ。
牛の腰角越しで目が合った時、本能に近い部分で察知したこと...こいつとは相性がよさそうだ。
のめり込みそうで、怖かった。
「...ユノ、キスして」
無言の俺の頬が、チャンミンの手の平で包まれた。
細くて骨っぽい、ちょっとヒンヤリとした指が、熱い俺の頬に心地よかった。
俺たちは恋人同士なんだ。
チャンミンから幼さを感じてしまう理由が分かった。
俺をじぃっと真っ直ぐ見つめるその目が、丸くて黒目と白目の境がくっきりとしていて、純真そのものだから。
マスクで精悍な顔下を隠すと、目の印象が強まって...チャンミンにこれを言うと、不貞腐れるけど...女子っぽい。
構内を歩くどの女子たちより、可愛い(これも、チャンミンに言うと、俺の脚を踏む)。
チャンミンのおねだりに応える。
次第にキスは熱を帯びたものになってゆき、互いの服をむしり取るように脱がせ合う。
俺のシングルベッドにダイブする。
最後の1枚を脱がせると、横たわったチャンミンは俺に向かって両手を広げた。
とろんとした目で、「ユノ...」って声を出さずに唇だけで呼ぶ。
チャンミンにかじりつかれたまま、向かい合わせに横たわる。
これから文字通り、お前にのめり込むよ。
「お!」
チャンミンの頭が目の前から消えて、直後、強烈な快感が下半身を走った。
俺のペニスを頬張ったチャンミンが、「どう?」と言った風に上目遣いになっている。
根元を握った状態で、頭をゆっくりと上下させた。
「んっ...」
頼むから、今日は噛みつくなよ、と内心ヒヤヒヤしながら、俺はチャンミンの頭を撫ぜる。
ただ上下させるだけじゃなく、舌をグラインドさせて俺のペニスを舐め上げた。
亀頭に吸い付きながら、自身の唾液で十分に濡れた手で竿を強めにしごく。
「く...」
いつの間にこんな技を覚えたんだ?
お得意の図書館の本か?
まさかな...大学図書館にアダルト本は置いていないはずだ。
案外、『男色の歴史』に載っていたりして...。
ただ、咥えたまま呼吸するコツはつかめていないらしく、苦しくなるとちゅぽんとペニスを抜いて息継ぎをしている。
真っ赤な顔して、濡れた唇を開けて、喘ぐように息を吸う表情がエロくて、俺の興奮度合いも高まる。
「ふ...うっ...」
伏せたまつ毛が、チャンミンの頬に影を作っている。
チャンミンの頭の動きが激しくなってきた。
「くっ...!」
自然とチャンミンの頭を股間に押し付けてしまう。
「う...ぐ...」
チャンミンの呻き声に気付いて、その手を緩めてやる。
伏せていた目を上げ、それはにっこりと笑った形になり、彼の瞳の中に官能的にきらめく光を見つける。
エロい。
エロいよ、チャンミン。
日頃、甘ったれた話し言葉を紡ぐ唇が、俺のモノを味わっているんだ。
喉奥で亀頭を締め付けたり、かと思うと尖らせた舌先で尿道口を叩いたり。
その間も、竿を上下にしごく手はそのままだ。
先ほど緩めた手に再び力がこもり、チャンミンを窒息させんばかりに、彼の頭を股間に押し付けてしまう。
俺のものでチャンミンを貫く錯覚に陥った。
そして俺は、チャンミンの喉奥で達する。
ぶるっと背中が震えた。
俺の腰の痙攣が収まるまで、チャンミンは咥え込んだままでいた。
チャンミンは、口に含んだ精液をまるで1滴足らずこぼさないように、俺のペニスから慎重に口を離した。
俺はベッド下にスタンバイさせていたティッシュペーパーを、数枚抜いてチャンミンに手渡そうとした。
「チャンミン。
ここに出せ」
精液ってのは、美味いものじゃないから(生まれはじめて口にしたのは、当然チャンミンのものだ)。
「ごっくん」
「おいっ!」
チャンミンは片手で口を覆っている。
「飲むなよー」
「どんなものか、一度飲んでみたかったんだよね。
ユノが僕の口の中で、イクのって初めてでしょ。
ふむふむ...。
ぬるっとしてて...苦いんじゃないな...これは...えぐみかな」
そう言いながら、目を閉じて口に残ったものを味わっているではないか。
「そういうこと言うなよー」
「ふふふ。
ユノの遺伝子の味がする」
「チャンミン!」
半身を起こした俺は、立てた片膝に額をつけて、ため息をついた。
せっかくのいいムードを、チャンミンは切り替えの早さで素面に引き戻してしまうのだ。
俺とのいちゃつきをどん欲な探求心で貪ったのち、心のメモ帳に感想文でも書いていそうだ。
女子とヤってた時も、こんな風だったのか?
こんなんじゃドン引きされるぞ。
「よく見えないから、明るいところでアソコを見せて」とかお願いしてそうだ。
「はぁ...」
「ユノを悦ばせたので、次は僕の番」
俺の手を自らの尻へ導いた。
「いいのか?」
今まで、あれほど怖がっていたのに、どうしたチャンミン?
四つん這いになったチャンミンは、俺を振り返って大きく頷いた。
「いい加減、覚悟を決めたんだ。
だから準備してきた」
「準備...」
「指を...自分の指を挿れてみたんだ。
まだ3日くらいしか練習してないけど」
「......」
チャンミンのことが愛おしくなってきた。
そういう可愛い努力をするなよ。
俺に暴露するなよ。
「道具も買ってみたんだけど、アレはちょっと怖いね。
もし取り出せなくなったら、どうしようって」
俺の方も、そっち方面にやたら詳しい友人がいて、「どんな風なわけ?」って感想談を聞くふりをして、事細かに質問したりして、一通りの流れを教えてもらった。
俺はチャンミンの背後に回って、彼の尻と対峙した。
枕元に置いておいたコンドームを開封し、それに人差し指を差し込んだ。
チャンミンの大事な入り口を、俺の爪でケガさせないようにな。
コンドームを指サックのようにはめた俺に、チャンミンは少し寂しそうな顔をした。
「違うって、チャンミンのが汚いっていう意味じゃないって。
最初が肝心。
教科書通りにいこう」
「......」
「ホントだって」
俺はそう言って、チャンミンの尻の穴をペロリと舐めてやった。
「はぅん!」
魚が跳ねるみたいに、チャンミンは腰を引いた。
「いい反応だ。
いい子だぞ、チャンミン」
「むっ」
「さてさて」
胡坐をかいた俺は、コンドームの上からたっぷりとローションを垂らした。
「チャンミンに怪我させられないからなー。
痔になったら困るだろ?
ウンコの時、苦労するぞー」
「......」
怒らせたかな、とチャンミンの顔をちらりと見たら、その表情は真剣そのものだった。
緊張してるのか。
ますます可愛いと思う。
「行くぞ」
チャンミンはコクコクと頷いた。
チャンミンの尻に手を置いたら、それは固くこわばっていてふるふると震えている。
「もっと力を抜けって」
優しくマッサージするように、尻を撫ぜてやる。
「挿れるぞ?」
「...うん。
怖いから、一気にやっちゃって」
「OK」
チャンミンの穢れを知らない入り口に、指先を当てる。
チャンミンの尻がビクッと跳ねたから、俺はもう片方の手で尻を撫ぜる。
頭の中の説明書を辿る。
肛門の周辺をマッサージする...よし。
「んっ」
指の腹で押したり、こすってやる。
柔らかくなれー、と唱えながら。
「んっ...」
チャンミンのうめき声が甘いそれだったから、俺は安心する。
次は...ゆっくりと挿入する...。
「んん...!」
よし...第一関節まで入った!
チャンミンはふうふうと、息を吸ったり吐いたりしている。
チャンミンをつかんだ手の平が、汗で濡れている。
俺の方も緊張しているようだ。
「んんっ...ふう」
第二関節まで...入った!
「んぐぐ...」
「痛いか?」
チャンミンはぶんぶんと首を横に振っている。
「今、どれくらい?
全部、入った?」
「まだ半分」
「ええぇ!
まだそれくらいなの?」
人差し指じゃやりにくいことに気付いて、仕切り直しだと指を抜いた。
「ひゃうん!!」
素早く指を抜いたのが、チャンミンには刺激が強かったようだ。
「ユノ!
びっくりするから、急な行動は慎んでよ!」
「悪い」
中指にチェンジして、もう一度チャンミンの尻にじわじわと埋めていく。
「んっ...」
俺の指を包み込んだチャンミンの肛門と腸...腸って内蔵だったよな。腸っていう言い方は、直実的でムードがないから言い換えよう...は、当然だけど温かくて、きゅうっと締め付けてくる。
すご...感動する俺。
ずぶずぶと、指の付け根まで...入った!
「どうだ?」
「う...ん。
変な感じ。
すっごい違和感...」
「まだ指を挿れただけだぞ?」
「なんか...変な感じ...。
ん...。
やだ...無理...」
「もうちょっと我慢してろよ。
練習してきたって、言ったよな。
何本くらい入った?」
ベッドから片手を放して、俺に見せたのは人差し指1本。
「指挿れて、動かしてみたか?」
「まさか...。
挿れるだけで...ふぅ...精いっぱいで...。
ユノ...もう指を抜いて...ヤダ...もうヤダ」
「痛いか?」
「痛く...ないけど。
無理...ギブアップ...抜いて」
「そう言うなって。
ちょっとだけ、動かしてみるぞ?」
「無理無理無理無理!」
指の腹で柔らかい壁をこすると、指の付け根の締め付けがきつくなった。
「やめっ!
ユノっ!」
涙声になってる。
これ以上は可哀想だ。
今日はこれくらいで勘弁してやるか、と思ったけど、最後にもう少しだけ...。
中指をかぎ型に曲げて、ぐりぐりとこすると...。
「やー!!!」
「ぐはっ!!」
チャンミンが蹴りだしたかかとが、俺のみぞおちにヒットした。
「いってぇぇ!」
俺はもんどりうって、ベッドの下に背中から落ちてしまった。
「ああぁ...。
ユノ!
ユノ、ごめん!!」
床に転がった俺は、ベッドの上から差し出されたチャンミンの手を、パチンと払いのけた。
「暴力反対!」
蹴られても仕方がないか、と俺は腹をさすってベッドの上に戻った。
「ごめんね。
ビックリしちゃって」
「どうだった?」
「んー。
神経を直で触られたみたいな感じ。
ほら...」
チャンミンは俺の手を取って、自身の胸に当てる。
「ドッキドキだよ。
今も、お尻が変な感じ」
俺の手の平の下で、チャンミンの心臓がドクドクと拍動していた。
尻から垂れたローションを拭き取ろうと、チャンミンはベッド下のティッシュペーパーに手を伸ばした。
「ん?」
チャンミン...。
俺は発見してしまった。
これを指摘したら、100%チャンミンは大赤面する。
恥ずかしさのあまり、俺と1週間口を聞いてくれないかもしれない。
さて、どうしようか。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]