(13)秘密の花園

 

~ユノ~

 

 

木曜日。

 

いよいよ俺たちは、禁断の扉を開ける。

 

とっくの前に扉は開けてるんだけど、今度こそは本命の、本番の、最後のダンジョンへの扉だ。

 

手洗いから戻ったチャンミンは、ベッドに腰掛ける俺の足元に膝を折って座る。

 

「さて...」

 

太ももに置いたチャンミンのこぶしが震えている。

 

今日の実習の間中、チャンミンの様子がおかしかった。

 

実験の一番手を名乗り出たり、普段口もきかないメンバーと軽口をたたいたり(その子は驚いてた)。

 

トイレに立った俺の後をついて来たかと思うと、いきなり後ろからタックルしてきて、吸引力たっぷりなキスを俺の頬にしてきた。

 

「どうした?

今日のお前...おかしいぞ?」

 

誰かに見られやしないかと、チャンミンの顔を押しやりながら尋ねたら、「ユノこそ、変だよ」と口を尖らせた。

 

「僕と目を合わさないし、黙ってるし、そっけないし...」

 

「ごめんな」

 

俺には分かっている。

 

2人とも緊張しているんだ。

 

チャンミンの方はカラ元気で、俺の方はだんまり君になって。

 

今夜、いよいよ『その時』を迎えるあって、緊張しているのだ。

 

男相手は...初めてだから。

 

チャンミンの方だって同様だ。

 

なぜなら、俺たちは前振りが長すぎたせいで、不安ばかり育ててしまった。

 

こんなことならあの日、ロッカールームで勢いでやってしまえばよかった。

 

「僕の方は準備オッケーだよ」

 

「?」

 

着衣のままのチャンミンに、問う視線を送ると、

 

「えーっと、お尻の中はきれいにしてきました」

 

「それで、トイレが長かったわけか!」

 

てっきり緊張のあまり腹を壊しているのかと思った。

 

「まーね。

それに、昨日から何も食べていないんだ」

 

「なんで!?」

 

大きな声を出したら、チャンミンはやれやれ、といった感じに肩をすくめた。

 

「お腹の中を空っぽにするためじゃないか」

 

「そこまでしなくたって...」

 

やることが極端なんだよ。

 

「最初が肝心だよ。

汚い自分なんか見せたくないし」

 

「大好きなチャンミンのことを汚いって思う訳ないだろう?」

 

「ううん!

僕が嫌なんだよ。

好きな人には、少しでもきれいでありたい、と思うものじゃないかな?」

 

まるで乙女みたいな台詞を吐くんだな...、それから、チャンミンは、いつものことだがちょっとズレてる。

 

なかなか次のステップへ進めないのも、チャンミンが怖がりなせいにしていたけど、半分はそうじゃない。

 

これまで何度も、チャンミンを冷やかしたり、煽ったり、脅したりしていたのも、俺自身の躊躇がさせたものだったんだ。

 

もう後戻りできなくなる。

 

それが怖い。

 

俺をじぃっと見上げる幼い目元と、がっちりとした顎、アンバランスさ。

 

こんなに美しい生き物を手に入れてしまったら、これまで以上に夢中になってしまうこと必須だ。

 

牛の腰角越しで目が合った時、本能に近い部分で察知したこと...こいつとは相性がよさそうだ。

 

のめり込みそうで、怖かった。

 

「...ユノ、キスして」

 

無言の俺の頬が、チャンミンの手の平で包まれた。

 

細くて骨っぽい、ちょっとヒンヤリとした指が、熱い俺の頬に心地よかった。

 

俺たちは恋人同士なんだ。

 

チャンミンから幼さを感じてしまう理由が分かった。

 

俺をじぃっと真っ直ぐ見つめるその目が、丸くて黒目と白目の境がくっきりとしていて、純真そのものだから。

 

マスクで精悍な顔下を隠すと、目の印象が強まって...チャンミンにこれを言うと、不貞腐れるけど...女子っぽい。

 

構内を歩くどの女子たちより、可愛い(これも、チャンミンに言うと、俺の脚を踏む)。

 

チャンミンのおねだりに応える。

 

次第にキスは熱を帯びたものになってゆき、互いの服をむしり取るように脱がせ合う。

 

俺のシングルベッドにダイブする。

 

最後の1枚を脱がせると、横たわったチャンミンは俺に向かって両手を広げた。

 

とろんとした目で、「ユノ...」って声を出さずに唇だけで呼ぶ。

 

チャンミンにかじりつかれたまま、向かい合わせに横たわる。

 

これから文字通り、お前にのめり込むよ。

 

 


 

 

「お!」

 

チャンミンの頭が目の前から消えて、直後、強烈な快感が下半身を走った。

 

俺のペニスを頬張ったチャンミンが、「どう?」と言った風に上目遣いになっている。

 

根元を握った状態で、頭をゆっくりと上下させた。

 

「んっ...」

 

頼むから、今日は噛みつくなよ、と内心ヒヤヒヤしながら、俺はチャンミンの頭を撫ぜる。

 

ただ上下させるだけじゃなく、舌をグラインドさせて俺のペニスを舐め上げた。

 

亀頭に吸い付きながら、自身の唾液で十分に濡れた手で竿を強めにしごく。

 

「く...」

 

いつの間にこんな技を覚えたんだ?

 

お得意の図書館の本か?

 

まさかな...大学図書館にアダルト本は置いていないはずだ。

 

案外、『男色の歴史』に載っていたりして...。

 

ただ、咥えたまま呼吸するコツはつかめていないらしく、苦しくなるとちゅぽんとペニスを抜いて息継ぎをしている。

 

真っ赤な顔して、濡れた唇を開けて、喘ぐように息を吸う表情がエロくて、俺の興奮度合いも高まる。

 

「ふ...うっ...」

 

伏せたまつ毛が、チャンミンの頬に影を作っている。

 

チャンミンの頭の動きが激しくなってきた。

 

「くっ...!」

 

自然とチャンミンの頭を股間に押し付けてしまう。

 

「う...ぐ...」

 

チャンミンの呻き声に気付いて、その手を緩めてやる。

 

伏せていた目を上げ、それはにっこりと笑った形になり、彼の瞳の中に官能的にきらめく光を見つける。

 

エロい。

 

エロいよ、チャンミン。

 

日頃、甘ったれた話し言葉を紡ぐ唇が、俺のモノを味わっているんだ。

 

喉奥で亀頭を締め付けたり、かと思うと尖らせた舌先で尿道口を叩いたり。

 

その間も、竿を上下にしごく手はそのままだ。

 

先ほど緩めた手に再び力がこもり、チャンミンを窒息させんばかりに、彼の頭を股間に押し付けてしまう。

 

俺のものでチャンミンを貫く錯覚に陥った。

 

そして俺は、チャンミンの喉奥で達する。

 

ぶるっと背中が震えた。

 

俺の腰の痙攣が収まるまで、チャンミンは咥え込んだままでいた。

 

チャンミンは、口に含んだ精液をまるで1滴足らずこぼさないように、俺のペニスから慎重に口を離した。

 

俺はベッド下にスタンバイさせていたティッシュペーパーを、数枚抜いてチャンミンに手渡そうとした。

 

「チャンミン。

ここに出せ」

 

精液ってのは、美味いものじゃないから(生まれはじめて口にしたのは、当然チャンミンのものだ)。

 

「ごっくん」

 

「おいっ!」

 

チャンミンは片手で口を覆っている。

 

「飲むなよー」

 

「どんなものか、一度飲んでみたかったんだよね。

ユノが僕の口の中で、イクのって初めてでしょ。

ふむふむ...。

ぬるっとしてて...苦いんじゃないな...これは...えぐみかな」

 

そう言いながら、目を閉じて口に残ったものを味わっているではないか。

 

「そういうこと言うなよー」

 

「ふふふ。

ユノの遺伝子の味がする」

 

「チャンミン!」

 

半身を起こした俺は、立てた片膝に額をつけて、ため息をついた。

 

せっかくのいいムードを、チャンミンは切り替えの早さで素面に引き戻してしまうのだ。

 

俺とのいちゃつきをどん欲な探求心で貪ったのち、心のメモ帳に感想文でも書いていそうだ。

 

女子とヤってた時も、こんな風だったのか?

 

こんなんじゃドン引きされるぞ。

 

「よく見えないから、明るいところでアソコを見せて」とかお願いしてそうだ。

 

「はぁ...」

 

「ユノを悦ばせたので、次は僕の番」

 

俺の手を自らの尻へ導いた。

 

「いいのか?」

 

今まで、あれほど怖がっていたのに、どうしたチャンミン?

 

四つん這いになったチャンミンは、俺を振り返って大きく頷いた。

 

「いい加減、覚悟を決めたんだ。

だから準備してきた」

 

「準備...」

 

「指を...自分の指を挿れてみたんだ。

まだ3日くらいしか練習してないけど」

 

「......」

 

チャンミンのことが愛おしくなってきた。

 

そういう可愛い努力をするなよ。

 

俺に暴露するなよ。

 

「道具も買ってみたんだけど、アレはちょっと怖いね。

もし取り出せなくなったら、どうしようって」

 

俺の方も、そっち方面にやたら詳しい友人がいて、「どんな風なわけ?」って感想談を聞くふりをして、事細かに質問したりして、一通りの流れを教えてもらった。

 

俺はチャンミンの背後に回って、彼の尻と対峙した。

 

枕元に置いておいたコンドームを開封し、それに人差し指を差し込んだ。

 

チャンミンの大事な入り口を、俺の爪でケガさせないようにな。

 

コンドームを指サックのようにはめた俺に、チャンミンは少し寂しそうな顔をした。

 

「違うって、チャンミンのが汚いっていう意味じゃないって。

最初が肝心。

教科書通りにいこう」

 

「......」

 

「ホントだって」

 

俺はそう言って、チャンミンの尻の穴をペロリと舐めてやった。

 

「はぅん!」

 

魚が跳ねるみたいに、チャンミンは腰を引いた。

 

「いい反応だ。

いい子だぞ、チャンミン」

 

「むっ」

 

「さてさて」

 

胡坐をかいた俺は、コンドームの上からたっぷりとローションを垂らした。

 

「チャンミンに怪我させられないからなー。

痔になったら困るだろ?

ウンコの時、苦労するぞー」

 

「......」

 

怒らせたかな、とチャンミンの顔をちらりと見たら、その表情は真剣そのものだった。

 

緊張してるのか。

 

ますます可愛いと思う。

 

「行くぞ」

 

チャンミンはコクコクと頷いた。

 

チャンミンの尻に手を置いたら、それは固くこわばっていてふるふると震えている。

 

「もっと力を抜けって」

 

優しくマッサージするように、尻を撫ぜてやる。

 

「挿れるぞ?」

 

「...うん。

怖いから、一気にやっちゃって」

 

「OK」

 

チャンミンの穢れを知らない入り口に、指先を当てる。

 

チャンミンの尻がビクッと跳ねたから、俺はもう片方の手で尻を撫ぜる。

 

頭の中の説明書を辿る。

 

肛門の周辺をマッサージする...よし。

 

「んっ」

 

指の腹で押したり、こすってやる。

 

柔らかくなれー、と唱えながら。

 

「んっ...」

 

チャンミンのうめき声が甘いそれだったから、俺は安心する。

 

次は...ゆっくりと挿入する...。

 

「んん...!」

 

よし...第一関節まで入った!

 

チャンミンはふうふうと、息を吸ったり吐いたりしている。

 

チャンミンをつかんだ手の平が、汗で濡れている。

 

俺の方も緊張しているようだ。

 

「んんっ...ふう」

 

第二関節まで...入った!

 

「んぐぐ...」

 

「痛いか?」

 

チャンミンはぶんぶんと首を横に振っている。

 

「今、どれくらい?

全部、入った?」

 

「まだ半分」

 

「ええぇ!

まだそれくらいなの?」

 

人差し指じゃやりにくいことに気付いて、仕切り直しだと指を抜いた。

 

「ひゃうん!!」

 

素早く指を抜いたのが、チャンミンには刺激が強かったようだ。

 

「ユノ!

びっくりするから、急な行動は慎んでよ!」

 

「悪い」

 

中指にチェンジして、もう一度チャンミンの尻にじわじわと埋めていく。

 

「んっ...」

 

俺の指を包み込んだチャンミンの肛門と腸...腸って内蔵だったよな。腸っていう言い方は、直実的でムードがないから言い換えよう...は、当然だけど温かくて、きゅうっと締め付けてくる。

 

すご...感動する俺。

 

ずぶずぶと、指の付け根まで...入った!

 

「どうだ?」

 

「う...ん。

変な感じ。

すっごい違和感...」

 

「まだ指を挿れただけだぞ?」

 

「なんか...変な感じ...。

ん...。

やだ...無理...」

 

「もうちょっと我慢してろよ。

練習してきたって、言ったよな。

何本くらい入った?」

 

ベッドから片手を放して、俺に見せたのは人差し指1本。

 

「指挿れて、動かしてみたか?」

 

「まさか...。

挿れるだけで...ふぅ...精いっぱいで...。

ユノ...もう指を抜いて...ヤダ...もうヤダ」

 

「痛いか?」

 

「痛く...ないけど。

無理...ギブアップ...抜いて」

 

「そう言うなって。

ちょっとだけ、動かしてみるぞ?」

 

「無理無理無理無理!」

 

指の腹で柔らかい壁をこすると、指の付け根の締め付けがきつくなった。

 

「やめっ!

ユノっ!」

 

涙声になってる。

 

これ以上は可哀想だ。

 

今日はこれくらいで勘弁してやるか、と思ったけど、最後にもう少しだけ...。

 

中指をかぎ型に曲げて、ぐりぐりとこすると...。

 

「やー!!!」

 

「ぐはっ!!」

 

チャンミンが蹴りだしたかかとが、俺のみぞおちにヒットした。

 

「いってぇぇ!」

 

俺はもんどりうって、ベッドの下に背中から落ちてしまった。

 

「ああぁ...。

ユノ!

ユノ、ごめん!!」

 

床に転がった俺は、ベッドの上から差し出されたチャンミンの手を、パチンと払いのけた。

 

「暴力反対!」

 

蹴られても仕方がないか、と俺は腹をさすってベッドの上に戻った。

 

「ごめんね。

ビックリしちゃって」

 

「どうだった?」

 

「んー。

神経を直で触られたみたいな感じ。

ほら...」

 

チャンミンは俺の手を取って、自身の胸に当てる。

 

「ドッキドキだよ。

今も、お尻が変な感じ」

 

俺の手の平の下で、チャンミンの心臓がドクドクと拍動していた。

 

尻から垂れたローションを拭き取ろうと、チャンミンはベッド下のティッシュペーパーに手を伸ばした。

 

「ん?」

 

チャンミン...。

 

俺は発見してしまった。

 

これを指摘したら、100%チャンミンは大赤面する。

 

恥ずかしさのあまり、俺と1週間口を聞いてくれないかもしれない。

 

さて、どうしようか。

 

 

 

(つづく)

 

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