ふりかえるといるよ(2)

 

僕らは週に1度は、居酒屋に行くかどちらかの部屋で飲んでいた。

 

男友達には見栄が邪魔して告白できないような内容も、ナナが相手なら暴露できた。

 

僕の部屋から出るナナと、付き合ってた彼女が鉢合わせになることが何度かあって、別れ話の原因になったのも当然か。

 

「ベッドの下に、女のパンツが転がっていそうで怖いんですけど」

 

ベッドの下を覗き込むナナ。

 

「パンツ履かずに帰る子がいるわけないだろ」

 

「それもそうだね」

 

僕らは、焼酎を100%グレープフルーツジュースで割ったものを飲んでいた。

 

「で、ビックニュースってなんだよ?」

 

「来週ね、S君と...デートすることになったのです!」

 

「......」

 

一瞬の間があいてしまった。

 

ナナは両手を握り締め、目をキラキラさせて僕の反応を待っている。

 

「やったじゃん」

 

濃い目に割った焼酎を飲み込んでから、ようやく言った。

 

「あーもー、どうしよう!」

 

ベッドに後ろ向きに倒れこんで、ナナは足をバタバタさせる。

 

「おい、パンツが見えた」

 

スカートがめくれあがった時、ナナの白い太ももの奥が見えてしまって、即座に目をそらす。

 

女の子の裸を見慣れているはずの僕の胸がカッと熱くなった。

 

「これは失礼」

 

ナナは起き上がると、スカートをひざの裏に押し込んだ。

 

ナナの脚が隠れてほっとした僕は、どぎまぎしている気持ちを誤魔化そうと、ナナのグラスに焼酎を追加してやる。

 

「何着ていこうかなぁ。

ねえ、チャンミン。

どんなファッションがいいかなぁ?」

 

酔いが回っているせいもあるだろうけど、紅潮したナナの頬はつやつやしていて、思わずつねってやりたくなる。

 

「うーん...」

 

僕は、ナナの全身を上から下へ一往復見る。

 

「いつもと同じでいいんじゃないかな」

 

「そう?

ありのままの私でいいってことね」

 

「ポジティブに捉えすぎるなよ、ナナ。

気持ちは半分くらいに抑えるんだ。

Sがドン引きするからな」

 

「分かってまーす」

 

僕は頬杖をついて、全身で喜びを溢れさせるナナを無言で観察していた。

 

笑顔がピカピカに光っていた。

 

そして、ナナが可愛い、と思った。

 

「S君が、私の初彼氏になるのね」

 

「気が早い奴だなぁ」

 

「S君と付き合うようになったら、チャンミンと遊ぶ時間が減っちゃうかも」

 

「お前といない分、僕も彼女といる時間が増える」

 

ふんと鼻で笑いながらも、僕の胸はきしんだ。

 

「そうなるね。

お互いよかったね」

 

「...全くだ」

 

嘘だ。

 

これまで僕は、ナナの恋路を本気で応援していた。

 

白衣の彼の時も、その次のコンパで知り合った年下の他大学生の時も。

 

応援できたのはここまでだ。

 

その次のパソコン教室の講師のあたりから、僕はおかしくなった。

 

ナナの恋が実らなければいい、と願う気持ちが湧いてきた。

 

恋焦がれる眼差しで、ナナに見つめられたいと望むようになった。

 

ナナに熱烈に想われたかった。

 

ナナとSとを橋渡しをしたのが僕。

 

Sと僕は科が違ったが、バイト先が一緒だったこともあって、わりと親しくしていたからだ。

 

テーブルに伏せた携帯電話が、震えた。

 

「チャンミン...出た方がいいんじゃない?」

 

夕方から30分おきに着信があった。

 

「はぁ」

 

僕はボタンを長押しして電源を切った。

 

「チャンミン?」

 

「このまま放っておけばいい」

 

「ひっどいな~、チャンミン。

T短大の子だっけ?2年生の子だっけ?」

 

「T短大の子が前カノ。

で、2年生の子が今カノ」

 

「同時進行じゃないよね?」

 

「僕は二股はかけない主義なんだ」

 

「チャンミン、前カノと未だ連絡とってるの?」

 

「まさか!

一度別れた相手とは、連絡はとらないよ」

 

しつこく電話をかけてくるのは前カノだった。

 

「あんたって、女にだらしない男に見えるのに、妙なところでケジメをつけてるんだから」

 

「だらしがないとは、聞き捨てならないね」

 

「ごめんごめん、そうだった。

あんたの場合、長続きしないだけだったよね。

あー、飲み過ぎたかも」

 

ナナは、またベッドに仰向けになってしまった。

僕ら二人で、既に焼酎1本を空けていた。

僕もナナも酒に強かった。

ナナは黙ってしまい、僕も無言でグラスを口に運んでいた。

 

ナナといるときは、何時間だって沈黙は怖くない。

 

交際中の彼女と一緒の時は、そういう訳にもいかないから気を遣って疲れることもある。

 

でも、恋愛ってそういうものだろう?

 

僕は彼女がいる時は、その子としかヤらない。

 

他の子がよくなったら、その子と別れる。

 

彼女がいないときは、誘われれば成り行きに任せてヤッた。

 

ことの後、相手が彼氏もちだとわかった時は、一気に醒めた。

ナナの存在が大きいくせに、軽々しく彼女たちと関係を持つ自分を軽蔑していた。

 

「もしチャンミンが彼氏だったら、嫌だな」

 

寝てしまったと思ったナナが、ぼそりとつぶやいた。

 

「え?」

 

僕は、仰向けになったナナの方をふり返った。

 

「もし、私がチャンミンの彼女だったら、

自分以外の女子が、あんたの部屋を出入りしてたら嫌だな」

 

「......」

 

「チャンミンにとって、私は男友達みたいな感覚なんだろうけどさ、

チャンミンの彼女にしてみたら、私は女子でしょ、一応?

嫌だろうなぁ...」

 

「急にどうしたんだよ?」

 

「S君の彼女になった時のことを想像してみたのよ。

S君のアパートに行くようになるじゃない。

で、S君の女友達とやらがしょちゅう出入りしてたら、

めちゃめちゃ嫌だなぁ、って」

 

「...確かに」

 

交際していた彼女たちがヤキモチを妬くたび、僕は「あいつは男みたいな奴だから」となだめたっけ。

 

「せっかくチャンミンのことを好きになってくれた子たちだよ。

大事にしなくっちゃ。

私も、チャンミンちに来るのを控えるからさ」

 

仰向けだったナナが寝返りを打って僕の方を見た。

 

とろんとしたまぶたの下で、ナナの瞳が鋭く光っていた。

 

「チャンミンって...

『来るもの拒まず、去る者追わず」主義でしょ?」

 

「......」

 

「それって...寂しいなぁ」

 

すると、ナナが手を伸ばして、僕の耳を引っ張った。

 

「シム・チャンミン。

絶対に手放したくない子がいたことある?」

 

「え...」

 

「チャンミンこそ、自分をもっと大事にしなよ。

あんたはかっこいいからさ、女子たちが寄ってくるのは当たり前だ。

そんな子らに、いちいちチャンミンをあげてたらきりがないって」

 

「......」

 

「今言った『チャンミン』って、あんたのムスコのことだよ。

通じた?

アハハハ」

 

ナナは、僕の耳を引っ張っていた手を放した。

 

「恋愛経験のない私に、こんなこと言う資格ないんだけどね」

 

ナナはそこまで言うとまぶたを閉じ、しばらくすると寝息が聞こえた。

 

僕の右耳がジンジンと熱かった。

 

ナナの言葉は、僕のウィークポイントを正確に捉えていた。

 

僕に好意を抱いてくれる彼女たちは、僕の自尊心と性欲を満たしてくれるだけの存在だ。

 

僕の周りでひらひらと舞い、僕という蜜を吸いに集まる蝶のようだ。

 

僕のことが好きだと甘い言葉を吐き、数度むさぼれば、他の花へと飛び去ってしまう。

 

僕も飛び去る蝶は追いかけない。

そして、次の蝶がとまるのを待つだけだ。

 

ナナが指摘する通り、むさぼられていたのは、僕の方だったかもしれない。

 

彼女たちは、僕というアクセサリーが欲しかっただけだ。

だから、あっさりと僕から離れていってしまうんだ。

 

軽くいびきをかいて眠るナナの肩に、タオルケットをかけてやった。

 

ナナの寝顔を見ながら、僕は思う。

 

片想いばかりのナナ。

 

ナナが好きになるやつは、振り向いてくれない。

 

僕も片想いだ。

 

ふりかえればすぐそばに僕がいるのに、ナナは気づかない。

 

「好き」の一言が、ナナに伝えられない僕は臆病者だ。

 

僕は、恋愛ごっこに興じているだけの醒めた男。

 

軽々しく自分の身体を、彼女たちに差し出す軽い男。

 

全力で恋をするナナに、こんな僕はふさわしくない。

 

恋愛に慣れていないのは僕の方だ。

 


「おい!」

 

ナナの肩を揺さぶった。

 

「ナナ!起きろ」

 

飲んだ後、ナナが僕の部屋で寝てしまうことは、しょっちゅうだった。

 

「う...ん」

 

「ナナ、帰ってくれ。

もうすぐ彼女が来るんだ!」

 

「えぇぇっ!」

 

がばっと、ナナは飛び起きた。

「ナナ、ごめんな」

「気にしないで!」

ナナは、自分が使ったグラスを手早く洗うと、髪を直す間もなく、

 

「じゃあね」

 

と、僕とお揃いのバッグパックを背負って部屋を出て行った。

 

ナナが帰った15分後に年下の彼女がやってきた。

小柄で目の大きい、可愛い子だ。

ナナの太ももの記憶がちらついて、僕はムラムラしていた。

観始めた映画の終わりまで待てずに、僕は彼女のうなじを押えて唇を奪う。

 

ブラウスをまくしあげ、彼女の胸を揉みしだく。

 

「いやいや」と言いながらも、彼女もその気満々だ。

ところが、熱っぽく僕を見上げる彼女の眼を見た瞬間、僕はスカートの中に差し込んだ手を、引き抜いた。

 

沈黙。

 

熱い雰囲気が一気に冷えたことに、あっけにとられる彼女から僕は顔をそむけた。

 

 

萎えてしまっていた。

 

僕は一体、何をしてる?

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