(6)僕を食べてください★

 

 

オーダーしたハンバーグ定食を平らげている間、キキはシーザーサラダをフォークでつつきまわすだけで、その量は減っていかない。

 

「お腹が減っていたんだね」

 

キキは、食べる僕を微笑んで見つめているが、まぶたの下の瞳は揺らめきがなく、感情がない。

 

「美味しいか?」

 

「うん」

 

キキの指は、ロールパンをちぎっては皿に落とし、ちぎっては落とすばかりで、皿の上はパンくずの山が築かれていた。

 

「いらないの?」

 

「うん、今はいらない」

 

そう答えると、キキはサラダボウルを脇に押しやってしまった。

 

僕はそれを手元に引き寄せて、キキがぐちゃぐちゃにしてしまったサラダの残骸を、食べだした。

 

「キキは、どこから来たの?

旅行?

ここに引っ越してきたの?」

 

キキは、頬杖をついて食べ続ける僕を見つめるばかりだ。

 

「もったいぶらずに、教えてよ」

 

「そうね。

謎の女じゃ、チャンミンも気持ちが悪いだろうね。

私は、下見に来たんだ」

 

「ここに?」

 

「ええ」

 

「いいところだったら、ここに引っ越してくるってこと?」

 

「そんなところ」

 

「で、どう?」

 

「気に入ったよ。

条件をほぼ満たしているし」

 

僕は安堵した。

 

旅の途中だったら、キキは数日のうちにここを立ち去ってしまうだろうから。

 

キキは、テーブル越しに手を伸ばすと、僕の下唇を人差し指で拭った。

 

「こぼれてる」

 

ドレッシングのついた指を、僕の唇に押し入れた。

 

「!」

 

キキの細い指が僕の舌に触れた瞬間、思わず彼女の指に舌を絡めそうになった。

 

でも、公衆の面前だと気付いた僕は慌てて、レストラン内を見渡した。

 

昼食どきにはまだ早い、平日のファミリーレストラン内は、数組の客がいるだけだった。

 

周囲から、僕らは恋人同士に見えるだろうか?

 

そう見えたらいいな。

 

だってキキはとても綺麗だから。

 

 


 

昼間のうちにしなければならない用事を思い出した。

 

近隣市町村中の買い物事情を支える、生鮮食品も取り扱う巨大ドラッグストアへ、キキの車で向かった。

 

買い物カートを押して、缶ビール、野菜、調味料を次々と選んでいった。

 

そんな僕の後ろを、キキは興味深そうにフルーツ牛乳のパックやカラフルなグミのパッケージを手にとっては、元に戻している。

 

「欲しいものがあったら、入れていいよ」

 

「色合いがきれいだなぁ、って思って」

 

「サングラスをかけたままで、色が分かるんだ?」

 

可笑しくて吹き出すと、キキは不思議そうに僕を見上げた。

 

「チャンミン...やっと笑ったね」

 

そういえば、キキとまともな会話を交わしたのは、これが初めてだった。

 

返答の言葉が見つからなくて無言のまま、僕は精肉コーナーへカートを向けた。

 

豚にしようか鶏にしようか迷う僕の手元を、キキが覗き込んだ。

 

僕の二の腕に、キキの温かい息がかかって、鳥肌がたった。

 

キキの肌は冷たくひんやりとしているのに、唇の中はとても温かいんだ。

 

思い出した途端、じゅんと下腹部が痺れて、慌てていやらしい記憶を振り払う。

 

(僕ったら、こんなことばかり考えている!)

 

「豚か鶏か、ロースか手羽先か、迷ってるんだ」

 

ぴっちりラップで覆われた、ピンク色の生肉のトレーを両手に持って、キキに見せる。

 

「そうねぇ...どれも色が薄くて不味そうね。

あれはどう?」

 

切り口から真っ赤な血がしたたる、ローストビーフをキキは指さした。

 

「美味しそうだけど、予算オーバーだ。

キキの欲しい物はない?

レジに行くよ」

 

「欲しいものがある」

 

すたすた先を歩くキキを追いかける。

 

赤いワンピースの背中で揺れる柔らかい髪も、

 

黒いエナメルのバレエシューズを履いた細い脚も、

 

いずれもが僕の胸を、甘く切なく締め付ける。

 

廃工場の出来事に結び付けてしまう。

 

どうかしてる。

 

薬局コーナーの陳列棚の中から、キキは迷いなく見つけると、それを買い物カートに放り込んだ。

 

「!」

 

カートの中には、キャベツと肉のトレー、めんつゆと、3本の潤滑ローションのボトル。

 

「一度使ってみたかったんだ」

 

「......」

 

(使ってみたいって...僕相手にだろ?)

 

いやらしい妄想図が鮮明に浮かんだ。

 

眩暈がした。

 

店内の明るすぎる白い光に照らされたボトルが、カートの車輪の振動でカタカタと音をたてている。

 

「おーっす、チャンミン!」

 

前方から見知った顔が手を上げた

 

狭い町だ、遭遇してもおかしくない。

 

進学せず地元で就職した同級生の一人だった。

 

「元気か?」

 

「ああ、そっちは?」

 

「なんとかやってるよ。

彼女か?」

 

どう説明したらよいか分からずにいる僕をよそに、彼はキキに向かって会釈した。

 

「えっと...」

 

キキの方を振り向くと、彼に向けてお愛想たっぷりの微笑を浮かべていた。

 

「可愛い子だな」

 

「ま、まあね」

 

(僕とキキの関係はなんだ?)

 

ニヤつく彼の前に、僕は立ちはだかって、買い物カートの中身を見られないよう冷汗をかいていた。

 

「じゃあな」

 

同級生と別れて僕は、ため息をついた。

 

(焦った...)

 

 

キキの姿を探すと、水筒売り場でひとつひとつ手に取っては、真剣に物色中だった。

 

「キキ!

それが欲しいのなら買ってあげるから。

早く帰ろう」

 

 


 

 

山道の道幅は狭く、2台の車はすれ違えない。

 

そのため、退避場が何か所も設けられていて、そのひとつにキキはX5をガードレールぎりぎりまで寄せると、エンジンを切った。

 

キキがここに停車させた理由はわからないけれど、僕の身体はこれからのことを察知しているみたいだ。

 

 

だーんと、銃声が山に轟いた。

 

「猟銃の音か?」

 

キキは運転席のドアを開けると、僕にも降りるよう目で合図した。

 

「この辺りは獣害がひどいんだ。

人を恐れないから、たちが悪い。

夜は一人で外を歩くのは危ない」

 

車から降りた僕は、後部座席に座るようキキに促された。

 

猟犬たちの吠え声も響く。

 

子供の頃、はぐれた猟犬の一匹が自宅の庭をうろついていて、外出ができなかったことがあった。

 

「猟犬はな、ペットじゃないからな。

絶対に外へ出るんじゃないよ」

 

ばあちゃんはそう言って、犬が迷いこんでいるとどこかに電話をかけていたっけ。

 

身体が大きくて、愛玩犬とは違う獰猛な目と、牙がむき出しのよだれだらけの大きな口に、怯えていた。

 

「銃殺した獣は、食用には卸せないらしいね」

 

広々としたX5の後部座席に、深く腰をかけると、キキも僕の隣に乗り込んだ。

 

「自宅で食べる分には構わないけど、お金がからむような場合は、罠猟のものじゃないといけないんだそうだね」

 

「へえ。

そういえば、うちの近くに処理場が出来たんだ、ジビエ料理用の」

 

「らしいね。

散歩してた時見かけた。

 

死んで1時間以内に血抜きをしないと、使い物にならないそうだね」

 

「じゃあ、処理場ってのは血抜きのための場所か」

 

僕と会話を続けながら、キキは僕のスニーカーと靴下を脱がせにかかっていた。

 

「キキ!

何するんだ...あっ...」

 

裸足の僕の親指をキキが口に含んだ。

 

「駄目だってっ!

汚い..って...はっ...!」

 

キキの口内で僕の親指が、丹念に舐め上げられた。

 

温かくて柔らかいキキの舌が、指と指の間をたどる。

 

「ふっ...」

 

僕は甘くて切ないため息を漏らす。

 

くすぐったいのに、ゾクゾクと背筋を走る

 

足の指を舐められるのが、こんなに気持ちがいいなんて。

 

薬指と小指の間に舌が這わされたとき、身震いした。

 

足指の愛撫を終えたキキは、唾液で濡れた唇を手の甲で拭うと、

 

「もう勃ってる」

 

と、僕のデニムパンツの股間部分に手の平を乗せた。

 

ひと撫でだけで僕の腰がぴくりと震える。

 

僕のものの形がくっきりと浮かんだそこを、ちらりと見やったキキは、

 

「服を脱いで」

と、僕に命じた。

 

キキに狂っている僕は、応じる。

 

贅沢で高級なシートに腰掛けた僕は、デニムパンツも下着も全部脱いだ。

 

ハザードランプを点けて停車したX5の脇を、時折車が通り過ぎる。

 

真っ黒なスモークが貼られた後部座席は、覗き込まない限り車内で何が行われているか見られることはないだろうけれど。

 

昼間に、いつ誰かにのぞかれるかもしれない車内で、裸になって。

 

「チャンミン...興奮しているね」

 

僕ときたら、一体何をやってるんだ?

 

「誰かに見られるかもしれないよ」

 

僕はいつから羞恥プレイを好むようになったんだ?

 

「こんなに大きくしちゃって。

...いやらしいね、チャンミン」

 

キキによって、3回イカされた僕。

 

そのいずれもキキは着衣のままで、彼女の素肌を拝めなかったばかりか、生肌に触れることも許されていなかった。

 

僕はキキの胸に、腰に、脚に直接手を触れ、彼女のくぼみや膨らみに指を滑らせたかった。

 

そうしようと思えばできたはずだけど、僕の力では到底抗えないキキの馬鹿力と、鋭利な眼光を前にすると、間抜けな“でくの坊”になってしまうのだった。

 

キキから一方的に与えられる快楽に溺れている僕だけど、いい加減、彼女と一体になって、性の悦びを堪能したくなってきていた。

 

キキはそそり立った僕のものを、ゆらゆらと揺らした。

 

キキの指が僕の先端から放すと、糸が引く。

 

「挿れたいか?」と僕に問う。

 

「ああ」

 

拒むわけない、僕が待ち望んでいることだから。

 

欲の炎でぎらついた目をしたキキは、口元だけで笑うとするっと下着をとった。

 

そして、スカートを履いたまま僕の膝にまたがった。

 

キキのあごをつまんで唇を開かせると、舌を伸ばして彼女の口内を探った。

 

キキは僕の根元を持つと、入口に当てがった。

 

ぬるぬると亀頭を滑らすばかりだから、焦れた僕はキキの腰をつかんで引き落とそうとした。

 

「わかったよ。

慌てないで」

 

スカートのせいで、肝心な箇所が見えない。

 

キキはゆっくりと、腰を落とした。

 

「はっ...あぁっ...」

 

僕のものがずぶずぶと、キキの体内に沈み込んでいくのと同時に、喉の奥から快感の呻きがこぼれた。

 

(ヤバイ...気持ちがよすぎて...狂いそうだ)

 

キキの体内は温かくて、

 

キキの体内にみっちりと埋もれて、

 

快感にゾクゾクと身体が震える。

 

キキから甘い甘い香りが漂う。

 

スカートで覆われていて、僕らの結合部は見えない。

 

しばらくの間、繋がった状態を堪能した。

 

身を反らしたキキが僕の膝頭に両手を突っ張って身体を支えると、腰をくねらせ始めた。

 

「あっ...はっ...あ...」

 

ねっとりとしたその動きに合わせて、閃光のような快感が背筋を走る。

 

 

キキの腰をつかんで、僕は高く突き上げた。

 

その度、強すぎる快感が走って頭の芯がしびれる。

 

「ふっ」

 

僕の乳首に伸びたキキの手をつかんで、制した。

 

(これ以上の刺激は、まずい)

 

「イきそうっ...!」

 

「もう?」

 

気持ちよすぎて、僕の唇の端から唾液が垂れてきた。

 

「早いね。

そんなに気持ちいいの?」

 

顎までつたった僕の唾液をキキは舌で舐めとると、僕の唇を隙間なく覆った。

 

「んんっ!」

 

窒息しそうな状態だと、僕の快感がより増すことをキキは知っている。

 

「んっ」

 

視界が真っ白になって、小さな星がまぶたの裏でチカチカ瞬く。

 

「いっ...きそう」

 

首を振って、キキのキスから逃れた。

 

間近に迫ったキキの紺碧色の瞳と目が合い、はっとした。

 

このままじゃ、彼女の中で達してしまう。

 

コンドームをつけていない。

 

「駄目っ...だか...ら」

 

キキの腰をつかんで、僕の上からどかそうとした。

 

しかし、キキの腰はびくともせず、僕の動きに合わせて僕を煽った。

 

「駄目だよっ...

中で、出しちゃうから」

 

キキの中で出したらいけない、出したらいけない、出したらいけない。

 

「駄目だって...キキっ!

どい...てっ!」

 

「妊娠しないから、安心しなさい」

 

キキがそう言い終えるやいなや、

 

「...あっ...あぁぁぁ!」

 

かすれた悲鳴と共に、僕は射精した。

 

2日の間に、よくもこう出せるものだと驚くくらい、放出しきるまで何度も痙攣を繰り返した。

 

 

初めての挿入に、僕は1分ももたずに達してしまったのだった。

 

 

キキの肩に頭をもたせかけ、僕は息も絶え絶えだった。

 

「チャンミン...あなた、童貞でしょ?」

 

ずばり聞かれて、一瞬の間をおいて、僕は頷いた。

 

 


 

「チャンミンはいつまでここにいる?」

 

今になって、自分は帰省中の身で、4日後には寮に戻らなくてはならないことを思い出した。

 

キキと会えるのはあと3日。

 

「3日もあるのね。

ふふふ。

たくさん愛し合いましょうね」

 

キキは僕の額にキスをした。

 

僕は、膝にまたがるキキを深く抱きしめた。

 

 

 

(つづく)

 

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