【7】後ろからー僕を食べてくださいー

 

 

小さな車を運転して、僕はばあちゃんちに戻った。

 

キキは、レジ袋から水筒とローションボトルだけを抜き出すと、「じゃあね」と僕に手を振って廃工場へ入ってしまった。

 

彼女の正体についてさっぱり分からないことばかりだけど、少しずつ聞き出せばいいや、と思った。

 

彼女と抱き合えるのなら、今は満足だ。

 

食料品を冷蔵庫におさめた後、着古したジャージに着替えて車庫に向かった。

 

見上げると確かに、錆び切った波トタンからいくつも光が漏れている。

 

ばあちゃんちは古ぼけていて、どこもかしこも壊れているんだ。

 

車庫内の物置棚の片づけに取りかかった。

 

雨水でふやけきった段ボール箱は、抱えるだけで底が抜けそうだ。

 

絶望的な状態なもの以外は、収納ケースへ中身を移しかえていく。

 

「あ...」

 

箱の底から、カビだらけになったワインレッドのハンドバッグを取り出した。

 

亡くなった母の持ち物だ。

 

地域で行われた納涼祭りの帰り道のことだ。

 

両親と僕が乗った車と、対向車線を大きくはみ出した時速120キロの車とが正面衝突した。

 

この辺りの道路はS字カーブが続く峠道で、運転テクニックを試したい走り屋たちの格好のコースになっている。

 

100メートル後方の橋の欄干にぶつかるまで押された後、レスキュー隊が到着するまで持ちこたえられなかった僕らの車は、15メートル下の河原に落下した。

 

引き上げられた車内には父の遺体と瀕死の母だけで、後部座席にいるはずの僕がいなかった。

 

車外に放り出されて川底に沈んでしまったのだと落胆の空気が漂ったが、河原の灌木の陰に、丸まって眠る僕が発見された。

 

額を切って頬やシャツを赤く染めていたが、それ以外は無傷だった。

 

どうやって車外へ出られたのか、と大人たちは首をかしげていた。

 

衝突の瞬間、車外に放り出されたのでは、とか、墜落する前に自力で窓から抜け出したのでは、と結論付けた。

 

前髪の生え際には、その時の傷跡が残っている。

 

小学生だった僕は、事故直後の混乱ぶりをなんとなく覚えている。

 

点滅する赤いランプと、クレーン車がたてる轟音、駆けつけたばあちゃんの叫び声。

 

病院の床に土下座をする青年たちに、怒号を浴びせる親せきの叔父さん。

 

輸血液が足りないと、近所のおじさんやおばさんたちが駆り集められていた。

 

同級生のお母さんたちの、沢山の同情の言葉。

 

母は2日後に息を引き取った。

 

 

僕の母はばあちゃんの娘にあたる。

 

僕の親代わりとなったばあちゃんは必死で、娘の死を悲しむ間もなかったと思う。

 

思い出を封印するため、目につく場所から母の持ち物を一掃した。

 

ばあちゃんは、何もかも段ボール箱に詰め込んで、車庫の片隅に押しやってしまった。

 

これら車庫に積み上げられ、10年以上放置されたものを、僕は片付けている。

 

今僕の手の中にあるハンドバッグを、河原で発見された当時、僕は胸に抱きしめていたそうだ。

 

このバッグのことを、今の今まで忘れていた。

 

ばあちゃんったら、形見に近いこのバッグまでこんな場所に置いていたなんて。

 

思い出を詰め込んだ収納ケースを僕の部屋の押入れまで運び、ごみ袋は車庫の脇にまとめた。

 

開け放った居間の掃き出し窓に腰かけ、よく冷えた缶ビールをあおった。

 

生まれ育った懐かしい家にいるのに、もっとばあちゃんを気遣わなければならないのに、キキのことばかり考えていた。

 

数時間前に別れたばかりのキキが、恋しくてたまらなかった。

 

今日一日で、3度もキキに絞り取られた僕だったから、さすがにもう下半身の疼きはない。

 

それでも、キキに会いたかった。

 

 


 

 

「チャンミンが作ってくれたのか?」

 

「うん。

さすがに猪鍋はキツイと思って」

 

ばあちゃんは美味そうに、肉野菜炒めとわかめスープを食べてくれた。

 

食後、ばあちゃんにお茶を淹れてやりながら、さり気なく質問した。

 

「ばあちゃん、Tさんの鉄工所ってあっただろ?

借金があったとか、後継ぎがいないとかの理由で、廃業したところ」

 

熱いお茶をゆっくりと飲みながらばあちゃんは、思い出そうと視線をさまよわせていたが、何度か頷いた。

 

「ああ、そんなことあったね」

 

「あそこって、今誰か住んでたりする?」

 

「やっと引っ越してきたのか?」

 

「やっと?

どんな人?」

 

「さあ。

芸術家だか、その後援者だかが、買い取ったって噂だよ。

作品を作るのに、ああいう広い建物がいいとかって、アトリエにするんだと。

でも、ずいぶん前の話だよ。

買ったものの、不便なところだから住むのは諦めたんだろう、ってみんな話してた。

あそこがどうした、チャンミン?」

 

 

「いや、あそこの前を通りかかったから」

 

廃工場を購入したのはキキなのだろうか?

 

「その誰かが買ったって、いつの話?」

 

「そうだねぇ...」

 

ばあちゃんは思い出そうと、しばらく目をつむって唸っていたが、

 

「10年は昔の話だよ」

と言った。

 

10年か...。

 

その誰かが買ったあの建物を、キキは借りるか買うかするつもりなのだろうか。

 

キキのX5は、リッチな誰かに買ってもらったのだろうか。

 

謎だらけのキキについて、勝手に想像して勝手に嫉妬する自分がいた。

 

キキに会ったとたん、僕は肉体の全てを捧げ出したくなってしまう僕だから。

 

わずか2日で、僕はキキにのめりこんでいる。

 

キキに会いたかったけど、今夜の僕の下半身はもう、使い物にならない。

 

彼女とは心の通い合いはまだ、ない。

 

彼女に差し出しているのは、僕の身体だけ?

 

僕が欲しいのは、快楽をもたらすキキの手指だけ?

 

そう言いきれない自分がいた。

 

 


 

 

翌日。

 

廃屋レベルに壊れかかった車庫を、少しでもマシな状態にしようと、ごたごたと放置されたガラクタを片付けることにした。

 

軍手をはめて、劣化して穴のあいたプランターや、廃棄しそびれた灯油ストーブ、僕がかつて使っていた子供用自転車など、もっと早いうちに捨てるべきだったものを、取り除いていく。

 

斜めにぶら下がってしまった波板トタンを、真っ直ぐに直そうとした時、

 

「あっつ!」

 

トタン板の鋭くめくりあがっていた箇所に、腕をひっかけてしまった。

 

カッと熱い激痛が走った後、スパッと切れた傷口から血が流れた。

 

ばあちゃんは大いに心配して、医者に診てもらえと譲らなかった。

 

診療所で消毒をしてもらい、その後、ばあちゃんの買い物に付き合ってやった。

 

遠くのホームセンターまで向かって、雨漏りする屋根の応急処置として養生シートなどを購入した。

 

その帰り道、昨日遭遇した同級生につかまって食事に誘われた。

 

解放されたときには夕方になっていた。

 

「飲みに誘われちゃって」と、ばあちゃんに電話を入れる。

 

「帰りは?

車は運転できないだろう?」

 

「飲めない奴も一緒だから、送ってもらうよ」

 

キキに会いたくてたまらなかった僕は、はやる気持ちを抱えて廃工場へ向かったのだった。

 

夕暮れから夜への狭間の時刻で、足元はまだ明るいけれど、建物を囲む木々は闇に沈んでいる。

 

ここには外灯などないから、グローブボックスから小さな懐中電灯を取り出した。

 

廃工場に繋がる小道脇に車を停めると、蛙の鳴き声に包まれ、手足に群がる羽虫をよけながら、砂利道を歩く

 

既に僕の股間は熱くなっていた。

 

いやらしい奴だ。

 

なんて僕は、いやらしい男なんだ。

 

やりたくてやりたくてたまらないだけの、性欲の塊だ。

 

キキを求めるこの感情は、肉欲によるものだけなのか?

 

今の僕がはっきりと言い切れることは、とにかくキキに触れたいということだ。

 

 

 

シャッターが下まで閉まっていた。

 

工場脇を見ると、キキのX5は停まっている。

 

裏手まで回って裏口のドアのノブをまわすと、開いた。

 

(よかった)

 

ホッとして足を踏み入れたが、中は真っ暗だった。

 

暗くて当然だ、電気が通っていないんだから...。

 

いや、違う。

 

キキが僕に冷たいミネラルウォーターを投げて寄こしたことを思い出した。

 

あちこちに横たわる鉄の塊に、ぶつかったり脚をひっかけたりしないよう、懐中電灯の乏しい灯りを頼りに進んだ。

 

薄闇の中で冷蔵庫の白が浮かび上がっている。

 

電源が来ている...ということは、電気工事は済んでいるのか。

 

冷蔵庫の扉を開けようとした時、

 

「!」

 

僕の肩に手がかかった。

 

その手は力強く、一瞬で体の向きが180度変わって、背後にいたキキと対面した。

 

「びっくりした!」

 

足音もしなかったし、気配も一切感じられなかった。

 

「そろそろ来るんじゃないかと、思ってたんだ」

 

懐中電灯の灯りに照らされて、キキの眼が赤く光っていた。

 

「眩しいよ」

 

「ごめん」

 

キキの顔に向けていた懐中電灯のスイッチを、慌てて切った。

 

途端に視野が暗くなって、キキの顔もぼんやりとしか判別できなくなった。

 

キキの腕を掴んだ。

 

暑いくらいの気温なのに、ひんやりと冷たい肌だった。

 

(もう...駄目だ...我慢できない...)

 

自分の方に引き寄せて、キキの首筋に吸い付いた。

 

キキの冷えた皮膚に、僕の体温は吸い取られていく一方のはずなのに、欲にかられた僕はどんどん熱くなっていく。

 

反して、キキは口角だけを上げただけの微笑みをたたえている。

 

首筋から唇を離して、間近に迫ったキキの表情を窺った。

 

暗くて瞳の色はわからないけれど、しんと醒めた眼差しをしているのだろう。

 

「そんなに私に会いたかったの?」

 

キキの手の平が、僕の耳のうしろに差し込まれた。

 

僕は頷いた。

 

「得体のしれない不気味な私でも...

チャンミンは、いいわけ?」

 

いいのか、悪いのか、そんなこと今はどうでもいい。

 

キキを抱き上げると、奥に据えられた白いマットレスを目指す。

 

女性を抱き上げたことはないから、比較のしようがないけれど、キキは軽かった。

 

何が何でも今すぐ、キキを自分のものにせずにはいられない焦燥に駆り立てられていた。

 

昨日、キキのX5の中でもたらされた、脳みそが痺れそうになった快感をもう一度味わいたかった。

 

キキが漂わす香りがあまりにも甘くて、酔っぱらったかのようになった僕は、鉄くずのひとつに足を引っかけてしまった。

 

(危ない!)

 

大きくつんのめって、抱いていたキキを前方に投げ出してしまったが、

 

キキは地面に転がり落ちる前に、工場を斜めに横たわる鉄骨にしがみついた。

 

キキを羽交い締めするかのように、背中から抱きしめる。

 

キキのウエストに腕をまきつけて動きを封じると、小さな顎をとらえて唇を覆いかぶせた。

 

「ふ...ふっ...」

 

キキの唇に重ねる。

 

軽く触れて、すぐに離す。

 

また重ねる。

 

鉄骨に寄り掛かって立ったキキの脚を、僕のひざで割った。

 

キキは抵抗もせず、口も開かず、僕になされるがままだった。

 

キキの中に挿れたくて仕方がなかった。

 

スカートを腰の位置までたくしあげる。

 

全身の血流が脈動する音が、うるさいほど感じられて、まるで全身が心臓になったかのようだ。

 

キキのショーツに手をかけて引き下ろしたが、全部脱がしてしまうのも面倒だった。

 

片手でベルトを外し、ボタンを外し、ファスナーを下げて、限界近くまで怒張したものを、キキのそこへあてた。

 

先を滑らしながらここだと見当つけた箇所へ、腰をゆっくりと押し込んだ。

 

「ふっ...ううぅ...」

 

自分でも初めて聞くような、低い唸り声が出た。

 

熱いぬめりが僕のものを360°、微かな吸引力をもって包み込む。

 

「...はぁ...あぁぁ...」

 

(やばい...挿れただけで、イッてしまいそうだ)

 

歯をくいしばって快感を逃がすと、一呼吸ついた。

 

キキの腰をしっかりと掴むと、自分の腰に引き寄せる。

 

と同時に、僕の腰をキキのそれに叩きつける。

 

「うっ...ふっ...」

 

下腹に触れるキキの尻はひんやりとしているのに、彼女の膣内は温かい。

 

突き立てるごとに、僕の先端から頭の先端まで、閃光のような快感が走る。

 

突いて引いて、突いて引いて。

 

濡れて、粘性を帯びた音が響く。

 

腰を突き当てるたびに、つかんだキキの腰にその衝撃が伝わって、僕を煽った。

 

(気持ちよ過ぎて、気が狂いそうだ)

 

両手で鉄骨をつかんだキキの後ろから、獣のように腰を打ち付ける僕。

 

(駄目だっ!

もたない...!)

 

そう何回も腰を振らないうちに、僕の限界が訪れた。

 

「っく...!」

 

最後は、キキの膣内に欲望を吐き出した。

 

果てた僕は、キキの背中に覆いかぶさり、彼女を両腕で深く抱きしめた。

 

2人分の衣服を通して、キキの背骨の凸凹と彼女の薄い身体と、柔らかな腹部を感じながら、僕の中からじわじわと罪悪感がわき上がってきた。

 

(僕は、何をやってるんだ?)

 

乱れた呼吸が整うにつれて、理性が戻ってきた。

 

盛りのついた犬みたいに、キキと交わった。

 

キキのそこは充分潤っていたけれど、喘ぎ声ひとつ漏らさなかった。

 

交わった、というより、

 

半ば犯すような形で、キキを貪った。

 

 

 

僕は、最低だ。

 

 

 

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