【15】僕を食べてください★

 

 

チャンミンの言葉に応えず、キキはしばらく黙り込んだまま運転を続けていた。

 

己の信じる愛とは何かを言及するうち、互いの相違が浮き彫りになった。

 

チャンミンの心中に、じわじわと焦燥感が侵食されていく。

 

「キキの言う『愛』に応えるから、キキの家に戻ろう」

 

チャンミンはシフトレバーに添えたキキの手を握った。

 

「今日は、無理」

 

間髪入れずに答えたキキは、チャンミンの手の下から手を引き抜き、ハンドルの上へ移してしまった。

 

「どうして?」

 

こんな些細な行動さえ、チャンミンの不安を煽った。

 

「僕の身体が好きなんだろう?

僕もそれに応えるから」

 

「今日は、無理なの」

 

「嫌だ」

 

「やることが沢山あるのよ。

それに...少し、気分が悪くなったから」

 

キキの顔は漂白した紙のように真っ白だったが、フロントガラスから降り注ぐ日光に誤魔化されていて、チャンミンは気付かなかった。

 

キキの眼の下の隈が、殴られたかのように頬の上まで青黒く拡がっていたが、サングラスで隠れていたせいで、チャンミンはそれを窺い見ることはできなかった。

 

「ヤラなくていいから、キキの側にいるだけでいいから。

キキは横になっているだけでいいから」

 

「駄々をこねないで、お願い」

 

「どこにもいかないって約束して。

明日会いに行って、もぬけの空だったなんてことは、絶対に嫌だから。

お願いだから、側にいさせてよ」

 

チャンミンはキキの肩を揺すって哀願していた。

 

「事故るから、手を離して」

 

キキはコンビニエンスストアの駐車場にX5を乗り入れると、停車させた。

 

「行かないから」

 

チャンミンの切羽詰まった口調に折れたのか、キキはため息交じりに答えた。

 

単なる早とちりだったが、この朝経験したぞっとした感覚はチャンミンにとって相当なものだった。

 

キキと何度も繋がったのに、チャンミンは不安だった。

 

「どこにもいったりしないわ」

 

と、キキは答え、「今のところは」とキキは心中で付け加えた。

 

(チャンミン...

こんな展開になるとは思いもしなかった。

引きずり込んだ私が悪い。

今の私は、これ以上貴方と過ごすのがキツくなってきたよ)

 

「本当に?絶対に?」

 

チャンミンの目が必死に訴えていた。

 

(連れて帰らなければよかった。

まさかあの時の坊やだったとは。

あの時、食べてしまえばよかった)

 

「ええ。

だから今日は、帰って、ね?お願い」

 

キキはサングラスを外すと、薄墨色の瞳でチャンミンを正面から覗き込み、言い聞かせるようにゆっくりと発音した。

 

「嫌だ」

 

チャンミンはきっぱり拒絶して、キキを睨みつけた。

 

「...チャンミン。

私を困らせないで」

 

(僕を置いていってしまう。

僕が信じる愛と、キキが信じる愛が乖離していることが浮き彫りになった今、

がっかりしたキキが、僕を捨ててしまうかもしれない。

キキに置いていかれるかもしれない。

キキに捨てられるかもしれない。

残された僕は、どうにかなってしまう)

 

キキにまつわる不思議はすべてすっ飛ばして、キキを失ってしまうのではないかという恐怖に支配されていた。

 

「わかったわ」

 

キキはチャンミンに気付かれないよう深く息を吐いた。

 

チャンミンが放つ恐怖の香りが、キキを苦しめた。

 

ハンドルを切って方向転換すると、二人の乗ったX5は元きた道を引き返した。

 

 


 

 

処理場に繋がる道から下りてきた1台トラックと、二人の乗ったX5が三差路で鉢合わせになった。

 

2台の車がすれ違えない道幅で、キキはX5を退避場まで後退させた。

 

すれ違いざま、トラックの運転手は高級車の助手席に座るチャンミンに気付いて、停車した。

 

荷台には4匹の猟犬を閉じ込めた4台の檻と、イノシシ用の箱罠、何かが入ったポリタンク、鎖などの物騒なものが載せられている。

 

猟犬たちは、柵の隙間から鼻づらを出して歯をむき出して唸ったり、唾を飛ばしながらチャンミンたちに向かって吠えたてていた。

 

「おお、チャンミン!」

 

サイドウィンドウが開いて、Sがチャンミンに声をかける。

 

運転席のキキに気付くと、Sは驚愕の表情を見せたが、瞬時にそれを消した。

 

Sの問うような表情に気付いたチャンミンは、「キキのことを、なんて紹介しよう」と逡巡しているうちに、

 

「同じ学校に通っています」とキキは如才なく答えた。

 

Sはしばらくチャンミンとキキを交互に見ていたが、「じゃあな」と手を挙げて発車させた。

 

クラクションを鳴らすと、吠え喚く猟犬の乗せたトラックは走り去っていった。

 

Sとキキの視線が、一瞬意味ありげに絡んだことに、チャンミンは気付かなかった。

 

 


~チャンミン~

 

僕の背後に音もなく忍び寄れるのだから、野生動物のような俊敏さを持っているはずだ。

 

けれど、今のキキは動きにキレがなく、気怠そうだった。

 

ところが、「お手並み拝見」。

 

廃工場に着くなり、そう言ってキキはワンピースも下着もさっさと脱いでしまった。

 

「今日はもう、ヤラないんじゃ...」

 

キキに添い寝しながら、たわいもない会話を交わすつもりでいた。

 

「疲れているんだろ...だから、やめておこう...」

 

高い位置から差し込むオレンジ色の夕日に、キキの白い身体が照らされて、息をのむほど綺麗だった。

 

肩からウエスト、腰へ流れる曲線、柔らかそうな二つの乳房や、太ももに挟まれた翳りなど、全身がきゅっと引き締まっていて、理想的なパーツを組み立てたらこうなるんじゃないだろうか。

 

そういえば、明るい日の下でキキの裸を見るのは初めてだった。

 

呆けてしばらく、見惚れていた。

 

彼女が綺麗過ぎて、欲情がわいてこなくて、焦った。

 

キキに倣って僕も、Tシャツもデニムパンツも、下着も全部脱いだ。

 

僕のその気がない振りも、こんな程度だ。

 

数日前まで知らなかった愉悦の沼に足を浸けてしまった僕。

 

僕の中に天秤があって、片方に心という名の分銅が、もう片方に肉体という名の分銅が乗せられていて、その場の雰囲気で容易に揺れる。

 

両方がつり合っている時間が極めて短い。

 

今の僕の天秤が、どちら側に大きく傾いているかは言わずもがな。

 

もちろん、キキとの精神的な繋がりを欲している。

 

小学生の僕とキキは会っていた。

 

墜落寸前の事故車から僕を救い出してくれた。

 

キキの年齢のことや、くるくる変わる瞳の色のことや、不思議が沢山つまった彼女のことをもっと知りたい。

 

もしかして、キキは人間じゃないのでは?

 

シリコン製の人形のように温かみのない肌を持っている。

 

怪我をしたのかしていないのか、現実と夢も分からなくなってしまった。

 

きっとそうだ。

 

故郷に着いたあの日、僕はエアーポケットみたいな所に迷い込んでしまった。

 

そこで、僕は綺麗なお人形と戯れているんだ。

 

街へ帰らなければならない2日後に、気付いたら駅のロータリーにいたりするんだ、きっと。

 

それならそれで、いい。

 

いや、その方がいい。

 

白昼夢の世界にいるのなら、不思議は多いほどよい。

 

キキの裸を前にしても、僕のものはわずかに顔をもたげた程度で、僕は焦った。

 

しごいても、反応がない。

 

「くそっ」

 

僕はキキが信じる愛に応えなければならないのに。

 

刺激すればするほど、僕の手の中でそれは惨めに小さくなっていくばかりだ。

 

情けない僕は、全裸でマットレスに腰掛けたキキの肩を押して仰向けにさせると、彼女に身体を密着させた。

 

横抱きにしたキキの首に顔を埋めて、「ごめん」と謝った。

 

さらさらとこすれるキキの肌が冷たくて気持ちがいい。

 

僕も疲れているみたいだ。

 

キキの耳に「好きだ」と囁いた。

 

今の僕は、キキの信じる愛に応えられないから、僕の信じる愛を言葉で伝える。

 

(僕がここにいられるのは、あと2日。

それも、明後日の午前中にはここを発たなければならない。

時間がない)

 

キキの身体に刻みつけなければ。

 

キキのみぞおちに広げた片手を乗せた。

 

柔らかく押し返す弾力の心地よさを味わいながら、手の平で触れるか触れないかの距離で、そうっと下へ撫でおろした。

 

その間、半開きにしたキキの瞳から目をそらさない。

 

キキの瞳の色が、瑠璃色だった。

 

やっぱり、キキは人形だ、と思った。

 

僕の手はキキの太もものつけ根まで到達し、下へ忍び込む。

 

僕は初めて女性のそこに触れた。

 

なんて柔らかいんだろう。

 

人差し指と中指でそっと押し開く。

 

キキの肩に鼻先を押しつけて、僕は吐息を漏らす。

 

柔らかな襞をかき分けて、中指を奥へと侵入させる。

 

キキの腰がぴくりと震えた。

 

僕の中指を温かく包み込む、深い穴。

 

指の付け根まで沈めたら、指先で内壁に圧力を加えながら、ゆっくりと指を出し入れさせた。

 

キキの表情と身体の震えに神経を注ぐ。

 

どうやればいいか分からないけれど、キキを気持ちよくさせたい。

 

指を手前に引いて、曲げた指先でそこをタップするように刺激した。

 

キキの顎が上がって、半開きにした唇からかすかに声が漏れた。

 

じわっとぬるりとした粘液が溢れてきて、これが愛液か、と思った。

 

よかった、感じてくれてる。

 

僕はもう片方の手でキキの顎をつまむと、深く口づけた。

 

指で傷つけてしまいそうで、僕の動きが慎重すぎたのか、「もっと」と、キキに小さく訴えられた。

 

薬指を増やして、2本の指でキキの中を探る。

 

奥から手前へ指を引いていくと、ざらりとした箇所があって折り曲げた指先で優しく刺激した。

 

キキの腰が浮いて、膝が小さく痙攣した。

 

キキの甘い吐息を飲み込む。

 

嬉しくなった僕はキキの舌をからめて、ぐるりと上あごを舐め上げた。

 

僕の指の動きに合わせて、キキのなだらかで白い腹が揺れる。

 

キキの手が僕の手首を押さえたが、僕は無視をした。

 

本気で嫌なら、キキに手首をを折られているだろう。

 

僕の手はどんどん濡れていく。

 

僕の身体も火照ってきて、その熱はキキの肌に吸い込まれていった。

 

この数日、イってばかりの僕のものは半勃ちにしかならない。

 

僕のもので駄目なら、僕の唇で。

 

両膝を大きく押し開き、僕はキキの両ももの間に顔を埋める。

 

舌全体を使ってぺろりと舐め上げ、尖らせた舌先を挿し込み、押し当てた唇を滑らした。

 

キキの入り口も中も、ふっくらと腫れてきた。

 

キキを舌で刺激しながら、指も侵入させた。

 

もう片方で太ももを優しく撫でさする。

 

唇はもちろん、僕の鼻先からあご先までキキの愛液にまみれて、僕は手探りでキキを愛した。

 

キキの足先が伸びて、小刻みに腰が震えている。

 

 

いける。

 

力の抜けたキキの腰を引き寄せた。

 

硬さを取り戻した僕のものに手を添えて、ゆっくりと挿入した。

 

「は...あ...」

 

僕のものは中へ引きずり込まれ、キキの中がうごめいて狭い。

 

「あ...」

 

なんて気持ちがいいんだろう。

 

最初は緩く大きくスライドしていたけど、駄目だ、余裕がなくなってしまう。

 

「はっ...はっ...」

 

キキにぶち当てるように、激しく腰を打ち付ける。

 

肌同士が叩く音が響く。

 

「好きだ、キキ、好きだ」

 

もっと深く、深く、キキの中に入りたい。

 

仰向けだったキキの腕を引っ張って起こすと、僕の膝にまたがらせた。

 

真下からキキの中を突き刺す。

 

「あっ...はっ...」

 

腰を大きく突き上げる度に、キキの身体は踊って、小さな乳房も揺れた。

 

「好きだ」

 

胸先を口に含んで、舌で転がし、強く吸った。

 

唇をはなして、僕は喘ぎと共にキキに問う。

 

「好き?

僕のこと、好き?」

 

キキを知りたい。

 

キキの身体を通して、彼女の心を探ろうとしても、

言葉で通じない代わりに、身体で愛を注ごうとしても、

彼女から快楽以外のものを引きずり出せない。

 

「好き?」

 

「...好きよ」

 

キキが言う通りだ。

 

抱き合っている間は、互いのことしか考えていない。

 

キキと繋がっているという行為に興奮し、全身を震わす快感に夢中になり、そしてキキの心も欲しいと願う。

 

身体を離した後も、繋がっていたいと願う。

 

でも、キキはそうじゃないらしい。

 

つまり、僕はキキとずっと身体を繋げていないといけないんだ。

 

 

もっと話がしたいのに、結局交わり合うことに終始してしまうのは、そのためなのか?

 

キキとの精神的な繋がりを求めれば求めるほど、

 

 

かえって僕が溺れていくだけだった。

 

 

(つづく)

 

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