【17】君を貪る-僕を食べてくださいー

 

~キキ~

 

 

全ては私が全部、悪い。

 

チャンミンがあそこまで、のめりこむとは想像もしていなかった。

 

軽い気持ちのはずだった。

 

性に未熟なあの子を夢中にさせてから、目的を果たす、はずだった。

 

私は元来、冷血な性質の持ち主。

 

利己的で冷酷な言葉も嘘も平気で吐ける。

 

目的を果たすまでは、残酷さは封印して優しい言葉を、吹き込む。

 

何も知らない子。

 

私の身体に夢中になってしまって...可哀そうに。

 

この先、どうなるのかも知らないで。

 

堅く勃ちあがった彼の先端に吸い付くと、瞬時に反応して上ずった喘ぎ声をたてる。

 

私の下で、上で腰を揺らして恍惚の表情を浮かべるチャンミンを見て、ほくそ笑んでいた。

 

怯えて恐怖の香りを発散させたかと思うと、私の放つ香りに我を忘れたり。

 

私の口の中で彼の高まりがどくどくと大きく脈打つのを感じて、この子は温かい魂の持ち主であることを思い出させる。

 

あの時の子供がチャンミンだったとは、橋の欄干で告白されるまで気付かなかった。

 

当時は顔をじっくりと見る余裕がなかったから。

 

チャンミンの顔を汚す真っ赤な血に、顔を背けていたから。

 

あの子を見つめると、真っ直ぐな眼差しが返ってくる。

 

動揺したのを悟られまいと、私は目力をこめて見つめ返した。

 

耳を当てなくても、皮膚の下でどくどくと温かい体液が全身を巡る音が聴こえる。

 

快楽によってゆがんだ唇から漏れるかすれた声。

 

潤んだ瞳は切なげで、必死で私を求めている。

 

何を求めているの?

 

私から何を引き出そうとしているの?

 

あの時の、チャンミンの手探りのような愛撫は優しかった。

 

ゆるゆるとした愛撫は、ゆっくりと私を高めてくれた。

 

事の最中は冷静でいるはずの私が、身体の芯に火がついた。

 

繋がる身体に夢中になり、のしかかった身体に抵抗できなかった。

 

ウエストを引き寄せられ、そそりたったものに強く深く突き上げられて、目の前が真っ白になった。

 

耳に吹き込まれたのは、チャンミンの温かく湿った息と、「好きだ」の言葉。

 

私にはなくて、チャンミンにはある「心」って、こういうものなのか。

 

チャンミンの「好きだ」の言葉にたじろいだ。

 

困惑する。

 

密着してこすれ合う肌から伝わる、チャンミンの体温は熱くて火傷しそうだった。

 

気付けば私は彼にしがみつき、これまで出したことのない嬌声を上げていた。

 

愉楽に歪む顔を見られたくなくて顔を背けても、顎をつかんで視線を合わせてくる。

 

怖気付いたかと思えば、心中に湧いた疑問に蓋をして取りすがって来る。

 

ここまでは思惑通りだったが、目がいけない。

 

行き止まりに追い詰め、恐怖におののく姿を楽しむはずだったのが、私の方が追い詰められた。

 

立ち上がった途端、眩暈に襲われて膝から崩れ落ちた。

 

こぶしが小刻みに震えている。

 

失神したチャンミンをここまで運ぶのがやっとだった。

 

この数日、チャンミンにかまけていたら、このザマだ。

 

チャンミンに付きまとわれるのは、今の私にとって邪魔でしかない。

 

苦労して見つけた住まいを離れるか、骨の髄まで恐怖で凍り付かせて、追い払うか。

 

遊びのつもりが、深みにはまった。

 

チャンミンを傷つけたくない。

 

マットレスに横たえたチャンミンを見下ろした。

 

 


 

~チャンミン~

 

 

僕の部屋に、大きな箱が届けられた。

 

脚を折り曲げれば僕の身体が収まるくらいの巨大な箱だ。

 

まるで棺のようだ。

 

何が入っているのか、何故だか分かっていた。

 

包装紙を乱暴に破る。

 

幾重にもかけられた梱包紐に苛立ち、厳重に貼られたガムテープをはがす。

 

勢いよく引いたカッターナイフが、勢い余って指を切った。

 

ぷくりと膨らんだ血を口に含み、急く気持ちを整えるために深呼吸をした。

 

蓋を開ける手が震えていた。

 

人形が収められていた。

 

短く切りそろえた前髪の下で、扇形にまつ毛を伏せた小さな顔。

 

陶器のような、生気に欠けた肌。

 

言葉で言い尽くせないほどに美しい人。

 

人形のようなキキが収まっていた。

 

箱の中に腕を差し入れて、キキを抱き起す。

 

閉じられた瞼がぱちりと開いた。

 

抱き起すたび、くるくると目の色が変わる人形のように、キキの瞳も墨色だったり、群青色だったりするんだった。

 

僕は絶句する。

 

どこにも視点が結ばれていないその瞳に、色がなかった。

 

1対の冷たく透明な瞳は、僕の魂を吸い込みそうに底なしに深くて、どれだけ覗き込もうと、その深淵には感情の揺らぎが一切なかった。

 

僕は辺りを見回した。

 

僕の指先からこぼれた血が黒い。

 

そこで初めて僕は、モノクロの世界にいることに気付いた。

 

白と灰色、黒色の景色がにじんでいき、目を開けているのか閉じているのか分からなくなった。

 

意識がふわりと浮上していく。

 

夢だったのか。

 

身体の感覚が、質量を取り戻した。

 

ここは...。

 

目だけを動かして、周囲を見回す。

 

見上げると、太い鉄骨の梁、外の光を透かしている波板トタン。

 

キキの廃工場だ。

 

僕は、真っ白なマットレスの上にいた。

 

濡れたデニムパンツが脚に張り付いて気持ち悪い。

 

辺りは薄暗く、夜明けなのか日暮れなのか。

 

怖気だった記憶が僕の心をかすった。

 

夜の谷川での出来事だ。

 

水中に沈んだキキは、呼吸が止まり、脈も感じられなかった。

 

それなのに、ぱちりと目を開けた。

 

「怖いでしょう?」って。

 

不思議なことに、恐怖は感じなかった。

 

ただショックが大きかっただけだ。

 

僕の予感が的中してしまった、と。

 

意識を集中させて、どこか痛むところはないか全身をスキャンする。

 

手も足も問題なく動く。

 

起き上がろうとしたが、すぐさま身体をマットレスに沈めた。

 

廃工場内のプレハブのような小部屋の方から、物音がしたからだ。

 

元事務所だったそこにはデスクが置かれていて、キキが揃えたと思しき真新しい収納ケースが積まれていた。

 

埃で曇った窓越しにキキが見える。

 

キキが小部屋を出てくる足音がして、僕は慌てて目をつむった。

 

足の運びが不規則で、地面を引きずる足音が不自然だった。

 

キキが足音を立てるなんて珍しい。

 

薄めを開けて、キキの行き先を見守る。

 

黒い長袖シャツを羽織り、細身の黒いパンツを履いていた。

 

長い髪もポニーテールにしていた。

 

いつもワンピースを着ていたキキだったから、「おや」と思った。

 

どこへ行くんだ?

 

キキがこちらを振り返りそうだったから、僕は顔の筋肉を緩めて眠りこけるふりをする。

 

キキのX5のエンジン音がするかと耳をすましていたが、よかった、車は使わないんだ。

 

僕は跳ね起きると、マットレスの下に揃えて置かれたスニーカーを履いた。

 

開いたままのシャッターへ走る。

 

地面にビニール袋から飛び出たサンドイッチとペットボトルが散らばっていた。

 

右ひじをさすると、擦り傷がかさぶたを作っていた。

 

夜の出来事は、夢じゃない、現実だ。

 

暗闇の中で僕の腕がひっかけたものは、テーブルドラムに置かれていた水筒のようだった。

 

地面に転がるそれを目にして、胃の腑がせり上がってきたが、ごくりと唾を飲み込んで堪える。

 

シャッターをくぐって外へ出る。

 

ひんやりとした澄んだ空気と、空の色から明け方だと分かった。

 

廃工場から山道を見下ろしたが、キキの姿はない。

 

小枝が折れる音を振り向くと、笹藪の陰に黒いものがちらついた。

 

山の中に入っていくようだ。

 

X5の陰にしばらく身を潜めたのち、砂利を踏むスニーカーが音を立てないよう小走りで斜面を駆け上がる。

 

うっそうとした下草をかき分け、林の中まで足を踏み入れた。

 

木立が朝日を遮って薄暗い。

 

黒づくめのキキが、両腕で身体を抱きしめるような姿勢でふらふらと歩いている。

 

具合が悪そうだ。

 

それに、どこへ行くつもりなんだ。

 

頭上で鳥のさえずりがする。

 

木の幹に隠れながら、キキを追う。

 

降り重なった杉葉は柔らかく、足音を吸収してくれた。

 

キキは振り返る素振りを見せない。

 

足音を立てずに僕に近づける敏捷なキキらしくなかった。

 

脚をもつれさせ、ふらふらな身体で、キキには行きたいところがあるようだ。

 

額に浮かんだ汗を手の甲で拭う。

 

キキを追いかけながら、僕は川水に身を浸しながら聞いたキキの言葉を反芻していた。

 

僕はキキについてこられないし、キキも僕についてこられない、と言っていた。

 

愛情の熱量の差を言っているのだろうか。

 

僕に好きと言われて嬉しい、でも応えられない、と言っていた。

 

僕のことを嫌いになった、とは言っていなかった。

 

我ながら自分に都合のよい解釈の仕方だけれど、肝心な部分を避けて語られた言葉だったから、具体性に欠けていた。

 

結局のところ、「僕と離れたい」と言いたかったようだった。

 

 

僕は納得しない。

 

 

僕のどこがいけなかったのだろう。

 

キキはドライな関係を望んでいたのだろうか。

 

一方の僕は、物欲しげにキキの元を訪ね、言葉を交わす間も惜しんでキキに抱き着いていた。

 

短時間姿を消しただけでパニックを起こし、涙まで流してしまった。

 

昨日、僕は心を込めて(おかしな言い方だけれど)、キキを抱いた...抱いたつもりだった。

 

僕の未熟なテクでは、キキを満足させてあげられなかったかもしれないが、あの時のキキは気持ちよさそうにしていた。

 

うっとうしがられるほど「好きだ」と繰り返して、キキの頭にダイレクトに伝わるよう耳元でも囁いた。

 

絶頂の最中、キキが頷いたのは僕の錯覚に過ぎなかったのかもしれない。

 

「!」

 

考え事をしているうちに、先を行くキキとの距離を縮め過ぎていた。

 

 

それでもキキは気付かない。

 

 

僕はキキを追っていた。

 

 

キキの不調の原因を探りもしなかった。

 

 

案じさえしなかった。

 

 

手負いの小動物を追い詰める、捕食者の気持ちが僕の心を侵食していった。

 

 

僕から離れていくなんて許さない。

 

 

どこまでも食らいついていく。

 

 

キキに飛びかかった時、曲げた指に鋭い爪が生えているかのような幻影が見えた。

 

 

その爪がキキの両肩に食い込む。

 

 

逃げるなら、捕まえるまでだ。

 

 

ひっとキキの喉が鳴り、見開いた瞳に恐怖の色が浮かんだのを、はっきりと捉えていた。

 

 

僕に押し倒されて仰向けになったキキに、馬乗りになった。

 

 

「チャンミン...!」

 

「......」

 

キキのシャツをたくし上げて、あらわになった乳房に食らいつく。

 

乱暴にもみしだいて、乳首を強く吸う。

 

「チャンミン...やめて...!」

 

抗議の声を、唇で塞ぐ。

 

無理やり唇をこじ開けて、キキの舌を頬張り吸う。

 

「んん...!」

 

キキの抵抗する両手首をまとめてつかんで、頭の上で押さえつける。

 

抵抗されて、僕の欲が煽られた。

 

舌打ちをしながら、もたつく片手でボタンを外して、キキのパンツを下着ごとまとめて引きずり下ろした。

 

「やめて...」

 

さらされた白い裸身に、僕の肉欲に火がついた。

 

身体をよじらせるキキの力は弱い。

 

「僕から離れるな!」

 

デニムパンツをずらして、怒張したものを開放する。

 

キキの両足を肩に担ぎ上げ、濡れていないキキの中へ一気にねじ込んだ。

 

「やめ...」

 

狂ったように腰を動かした。

 

キキの奥底まで、何度もぐいぐいと突き立てた。

 

がくがくと揺さぶられているキキは、僕から顔を背けている。

 

キキの小さな顎をつかんで僕を見上げさせると、半分落ちたまぶたから空色の瞳が覗いていた。

 

キキの瞳はくるくると色を変えるが、ここまで明るい色は見たことなかった。

 

キキがますます「人形」に近づいた。

 

温かい粘膜に包まれても、僕の心は満たされない。

 

僕の身体は、背筋を貫く快感の波を何度も浴びているというのに、まるで他人事だった。

 

「頼むから、離れないで」

 

嗚咽交じりに繰り返した。

 

両脚を大きく開かせ、その中心に僕のものを深くうずめて引き抜く。

 

肌を叩く音、粘膜をこする音、粘液がたてる音、そして僕のうめき声。

 

キキは唇を引き締めたまま、何も言わない。

 

がくがくと僕に揺さぶられるがままだ。

 

 

僕は獣、だ。

 

 

「僕から離れるな!」

 

 

閃光のような快感と痙攣が下半身を襲った。

 

しばらくキキの頭をかき抱いていた。

 

「はあはあはあ」

 

身体を離して、僕は我に返る。

 

僕は絶望感の大波にさらわれた。

 

木立の元、落ち葉にまみれたキキの白い身体が横たわっている。

 

青白い肌をして、下まぶたから頬にかけて大きな赤黒い隈が広がっていた。

 

いつからこんなにひどい顔色をしていたんだ?

 

思い出せない。

 

キキを抱くのに夢中になるあまり、キキと繋がることした頭になかった僕は、キキの変化にまで注意を払っていなかった。

 

車内で「調子が悪い」と言っていたが、まるで聞いていなかった。

 

 

「......」

 

僕はなにを...した?

 

 

キキの目尻から、つーっと涙がこぼれ落ちた。

 

 

僕は獣に成り下がった。

 

 

僕は最低だ。

 

 

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