【18】蜜の池での交わりー僕を食べてください―

 

だらしなく下半身をさらした僕は、しばらくの間、馬鹿みたいに呆けていた。

 

自分のしでかしたことに、茫然としていた。

 

頬を涙で濡らしたキキは、枯草の上で横たわったままだった。

 

罪悪感に浸る前にすることがあるだろう?

 

むしりとるようにして脱がせたキキの下着を拾い上げ、彼女の脚に片方ずつ通してやった。

 

キキの白い脚は力が抜けていて、まるで人形のようだった。

 

脚のつけ根から、僕が放った精液がたらりとこぼれる。

 

拭きとってあげたかったが、適したものを何も持ち合わせておらず、申し訳なくてたまらない僕は仕方なく手の甲でぬぐった。

 

黒のパンツは細身だったため、履かせるのに苦労したが、その間キキは僕にされるがままで、その表情もうつろだった。

 

キキが欲しくてたまらなかった僕は、手中におさめるために、キキを貶めた。

 

キキの獲物だった僕が、キキを獲物にしてしまったのだ。

 

「?」

 

 

キキの様子が変だ。

 

まぶたを半分落とし、軽く開いた唇も紙のように真っ白だった。

 

「キキ?」

 

肩をゆさぶったら、見下ろす僕と目を合わせ、「...チャンミン?」とぼそりと言った。

 

「具合が悪いのか?」

 

「少し休めば、大丈夫だ」

 

キキの額に手を当てると、ぞっとするほど冷たい。

 

「病院。

病院に行こう!」

 

キキの首の後ろに腕を通して、抱き起す。

 

首が座っておらず、頭がぐらぐらと揺れた。

 

キキのうつろな眼は、さっき流した涙で潤み、碧く澄んでいる。

 

黒髪に青い瞳の組み合わせが人形めいていて、非常事態なのにも関わらず、胸をつかれるほど美しかった。

 

 

周囲を見渡す。

 

朝日が昇りかけており、見上げた木立の枝葉の間から白い光が差し込んできた。

 

それでも山中のここは薄暗く、ひんやりとした湿気に満ちている。

 

キキを抱いて林の中を抜けるのは難しい。

 

傾斜もきつく、地面から不意打ちに突き出た木の根に足をとられて、転倒する恐れがあった。

 

抱き上げかけたキキを、そっと地面に下ろす。

 

同じ場所に戻ってこられるよう、周囲の風景を記憶に刻む。

 

所有地の境界を印す蛍光ピンクのリボンがあそこに2本、木の幹に赤いスプレーでマークされた数字。

 

「キキ!

待ってて。

人を呼んでくるから」

 

「待て」

 

Tシャツの裾が引っ張られ、立ち上がりかけた僕は、キキの口元に耳を寄せた。

 

「どうした?」

 

「医者はいらない」

 

「いらないって...?

こんな状態で何を言ってるんだよ!?」

 

「チャンミン...」

 

 

「っつ!!」

 

 

耳朶にズキッっと痛みが走り、とっさにかばった指先がぬるりと濡れた。

 

「何するんだよ!」

 

耳朶をキキに噛まれたのだ。

 

デニムパンツで指を拭ってキキを叱りつける。

 

キキの唇が僕の血で赤く染まっている。

 

なまっちろい肌に血が付着したキキの顔が...映画やドラマで観たことがある光景...殺人被害者のようで、背筋がそくりとした。

 

 

まるで、僕がキキを殺したかのようで。

 

「!」

 

僕の手首がぎゅっとキキの手によって握りしめられた。

 

手首の骨がきしむほどの力だった。

 

半分閉じられていたキキの眼がかっと見開き、僕を射るように見据えられた。

 

あの時と同じだ...キキと出逢った日...キキに突き倒されて、あの時と同じように暗い墨色の目が僕を見上げていた。

 

一瞬の間、僕は金縛りにあったかのように、キキの瞳に囚われていたが、頭を振って現実に引き戻す。

 

「こんな時にふざけるなって!」

 

キキの手を振り切ろうと、手首をひいたらあっさりとその力は緩む。

 

「とにかく、人を呼んでくるから。

ここで待ってろ」

 

「......」

 

キキは視線をゆるめると、ぷいと僕から目を反らした。

 

まぶたが完全に閉じてしまった。

 

「すぐに戻って来るから!」

 

僕は素早く立ち上がると、一度だけ振り返ってキキの存在を確かめた後、斜面を下りて行った。

 

ここを真っ直ぐに下りると、確か処理場の裏手に出るはずだ。

 

ばあちゃんちと廃工場、処理場の位置は三角形を描いている、

 

棘草や笹の鋭い刃先が僕の腕を傷つける。

 

キキを失ってしまう恐怖心と焦燥、それから肉欲に目がくらんでいた僕は、キキを見ていなかった。

 

多分...昨日、河原へ行った時だ。

 

あの時から、キキは僕の力にあっさりと屈していたような気がする。

 

河原を出てからも、家へ帰れと言うキキの言葉を無視していた。

 

泣いてキキに取りすがった。

 

自分のことしか考えていなかった。

 

人間離れしたキキなら、僕のお願いを聞くことくらい大したことないと甘えていた。

 

 


 

最後の藪を突っ切って、半ば転げ落ちるようにして平坦な地面に下り立った。

 

鉄格子の中には、焦げ茶の獣がうずくまっている。

 

小さな黒い目と目を合わせないように、檻の前を通り過ぎた。

 

建物の表に回るとトラックが横付けしてあり、僕は安堵する。

 

Sおじさんがいた。

 

「おじさん!」

 

「おお!」

 

荷台へ荷物の積み下ろしをしていたSおじさんは、息せき切って駆けてくる僕に驚いた表情を見せた。

 

「どうした?

こんな朝っぱらから。

俺か?

なかなか罠にかからないから、米ぬかを追加しようと思ってな...」

 

「助けてください!」

 

僕の必死の形相に、Sおじさんの様子も真剣みを帯びてきた。

 

「チャンミン...お前、酷いぞ

それはお前の血か?」

 

Sおじさんの視線の先を見てギョッとした。

 

襟ぐりが血で汚れていた。

 

キキに噛まれた耳朶の傷から流れた血だ。

 

「えっと...枝をひっかけたんだと思います」

 

「助けて欲しい、って?」

 

Sおじさんに促された僕はここまで来た経緯を、荒い呼吸を整えながら説明したのだった。

 

 

キキが居る場所の説明をすると、近辺の林中に詳しいSおじさんは見当がついたらしく、僕に先んじて林の中に踏み入っていった。

 

僕はSおじさんを見失わないようについて行くのに必死だった。

 

厚く降り積もった杉葉は、スニーカー履きには滑りやすいし、半袖Tシャツといった軽装の僕は、来た時と同様にあちこち擦り傷を作った。

 

 

いた。

 

茶色い地面に、ぐったりと伏せたキキがいた。

 

生きているようには見えないくらい、全身の力が抜けてしまっていた。

 

「チャンミンは、落ちないよう後ろから支えてくれ」

 

Sおじさんがキキをおぶり、僕はキキの背中を手で支えながらの下山となった。

 

「なあ、チャンミン。

この子は、大学の友達だって?」

 

「う、うん」

 

まさか、本当のことは言えない。

 

「そうか...」

 

山歩きに慣れたSおじさんの足取りは頼もしく、処理場に着く頃には僕はただ後を追いかけるだけだった。

 

「おじさん!」

 

処理場内のステンレス台の上にキキを寝かすSおじさんの無神経さに、僕は驚愕して大声を出した。

 

くたりと横たわったキキが、まるで解剖を待つ死体のようだった。

 

「病院に連れて行かないと!

電話をかけないと!」

 

「電話はひいていないんだ」

 

「キキを車に乗せてってよ。

病院へ運ぼう!」

 

「チャンミン...」

 

Sおじさんが僕の名前を、低い落ち着いた声で呼んだ。

 

「こんなところに寝かすなんて!」

 

扇形に広がった羽のようなまつ毛だとか、目の下のどす黒い隈だとか、整った小さな鼻だとか、ステンレス台に広がる枯れ葉のついた長い髪だとか...何度もヤリまくった身体なのに、遠い存在に見えて、

 

キキが死んでしまう恐怖がせり上がってきた胸が、苦しくて仕方がない。

 

Sおじさんの表情が不気味だった。

 

小さいころから可愛がってくれて、両親の事故の時生き残った僕に涙した人とは別人だった。

 

「お前は家に帰れ...と言っても無理か。

そうだよな...」

 

「当たり前だ!

意味わかんないよ。

いいよ、僕が連れて行くから」

 

キキに飛びつく僕を、Sおじさんはがっしりとした腕で制止した。

 

「チャンミン、待て」

 

つぶやいたSおじさんは、しばらくの間宙をにらんで考えを巡らしていた。

 

「この子は、お前の何なんだ?」

 

「え...?」

 

「ただの友達か?」

 

「......」

 

「昨日一緒にいたが、向こうでもそうなのか?」

 

キキとは数日前に知り合ったばかりだ。

 

僕は首を左右に振った。

 

「こっちに来て仲良くなった...」

 

Sおじさんは僕の答えを聞くと、うーんと唸った。

 

「痛い目には、あっていないんだな?」

 

Sおじさんの言っている意味が理解できない。

 

「痛い目って...?

全然」

 

「ならいいんだが...。

お前も随分と、厄介なことに巻き込まれたな...」

 

「え?」

 

「この子に惚れたのか?」

 

一瞬で身体が熱くなった。

 

僕の言葉を聞くまでもなく、Sおじさんは僕の反応で理解したようだった。

 

「うーん...そうか。

そうなると、仕方がないな...」

 

「?」

 

パチンと、Sおじさんが急に大きく手を叩いたので、僕はビクッとした。

 

 

「『毒を食らわば皿まで』だ!

チャンミン、気を確かに持てよ。

この子を助けたいんだろ?」

 

「うん」

 

なんだかよくわからないが、必死だった僕は大きく頷いた。

 

 

不思議だらけのキキだった。

 

首をかしげることも多く、でもそれらの疑問は脇に置いていた。

 

謎めいていて不気味なことを一切無視できてしまうくらい、僕はキキに夢中だったからだ。

 

不思議が多いほど、キキの魅力が増していったから。

 

 

「逃げ出すなよ?

絶対に、だ」

 

「もちろん!」

 

 


 

 

その夜、僕はキキと交わっている夢を見た。

 

最初から夢だと分かっていた。

 

はるか彼方まで小金色の名前の知らない草が、小麦畑のように広がっており、その中にぽつんと池があった。

 

陽光眩しくて、水面は白く反射している。

 

手ですくうと、指の間から黄金色の水がゼリーのようにしたたり落ちた。

 

舐めると、メープルシロップのような甘い味がした。

 

粘性の高い、とろっとした液体が満ちたその池を、僕は全裸で泳いでいた。

 

ひとかきすると、腕や肩に温かいぬるみが肌を滑って気持ちがよい。

 

急に足首をつかまれ、僕はずぶずぶと池の底に引きずり込まれた。

 

口の中にとろとろのゼリーみたいな池の水が流れ込んで、僕はあっという間に窒息しそうになる。

 

このままでは溺れてしまうのかと覚悟していたら、いつまでたっても苦しさを感じない。

 

この蜜のような液体で僕の肺は充たされて、僕は呼吸をする必要がなくなった。

 

僕はこの蜜に取り込まれて、この池と一体となったのだ。

 

池底ではキキが、沈んでくる僕を待っていた

 

僕が底に着地すると、仰向けになった僕の上にキキは覆いかぶさった。

 

どちらからともなく、互いの唇を合わせ、貪るような深いキスを交わす。

 

僕らの口の中は池の水でいっぱいに満たされ、キキのキスも甘くて美味しい。

 

僕らの肌が密着してこすれあうと、ゼリーが肌の間を滑ってよだれを垂らしそうになるくらい気持ちがいい。

 

僕の上で裸のキキが、腰を揺らして踊っている。

 

池の水も温かく、キキの中も温かい。

 

キキの腰をつかんで真下に突き落とそうとすると、僕の手のひらがぬるりとキキの肌の上をすべる。

 

キキの方も両手を伸ばし、僕の両胸の上を往復させる。

 

キキの手のひらが何度も僕の乳首を刺激するから、僕はそのたびに喘ぎを漏らす。

 

キキの中で、僕のモノが膨れて固くなったのがよく分かる。

 

ああ、なんて気持ちがいいんだろう。

 

中も外もとろとろで、温かくて、これぞ恍惚の世界なんだ。

 

水中では腰を激しく早く動かせないから、グラインドさせて奥の奥、行き止まりまでぐりぐりと攻める。

 

キキの中から引き抜いた僕のものは、最後キキの小さな手でやや強いくらいにしごかれて、彼女の手の中で僕は果てた。

 

僕を見下ろしていたキキは、僕から手を離すとその姿が小さくなっていく。

 

キキの身体が水面にむかって上昇していっているのだ。

 

慌てて僕もキキの後を追う。

 

ふわりと浮くから、大した苦労もせずぐんぐん上昇していける。

 

とろっとした水面から頭を出すと、沈む前に見たのとは景色が違っていた。

 

 

辺りは薄暗く、見上げた空が灰色の雲に覆われている。

 

空気は鳥肌がたつほど冷えている。

 

キキの姿が消えていた。

 

先ほどまでの、幸福と快楽で満ち足りていた僕の心が、しんしんと冷えていき、胸が詰まりそうな怯えが這い上がってきた。

 

濡れた顔を両手で拭って、その手を目にして僕の喉から声にならない悲鳴が漏れた。

 

両手が真っ赤だった。

 

水面から出た僕の腕や肩、胸をみると、真っ赤な水で濡れていて、一瞬のうちに恐怖で凍り付いた。

 

おそるおそる指先の匂いを嗅いで、ひと舐めしてみる。

 

鉄さび味を予想していたら、この赤い液体も甘く、フルーティだった。

 

 

この味は...ザクロか。

 

ザクロの果汁がたたえられた池で僕は、まるで真っ赤な血を頭からかぶったかのように、赤をまとって、その池から上がったのだった。

 

 

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