【2】1/3のハグーシロクマ作戦ー

 

目覚めると、離したはずの布団がぴったりと寄せられていた。

 

チャンミンの小さな抵抗に、くすりとしながら寝起きのぼんやりとした頭で、隣の布団に視線を移すと。

(あれ?)

ひょろ長いチャンミンにしては、妙に布団がこんもりしているような。

「チャンミン?」

腕を伸ばして、えいっと掛布団をめくると...。

「ひゃっ!」

現れたのは、ふわふわの、毛むくじゃらの白い大きな塊。

ミミは尻もちをついたまま、理解が追い付かないまま、口を開けたままだ。。

「くくくく」

広縁の籐椅子に体育座りをしたチャンミンが、笑いこけていた。

「チャンミン!」

「ミミさん、びっくりしました?」

キッと睨みつけるミミを見るほど、クツクツと笑いがこみあげてくる。

「びっくりしましたよね?」

「.....」

 

「僕がいなくなって」

「......」

「シロクマになってて...、

驚きました...よね?」

「......」

「怒りましたか?」

「......」

応えず黙ったままのミミ。

「怒ってます、よね?」

「......」

「ごめんなさい」

ミミはため息をついた。

(反則だよ。

その目も、下がり眉毛も、への字口も)

「怒ってないよ。

チャンミンが元気になったみたいで、安心したの」

本当は、人の心配も知らずに、子供っぽいイタズラをして楽しんでいるらしいチャンミンの呑気さに、少しだけムッとしたのだけれど。

ずり落ちたタオルを取り換えてあげたり、湯冷ましを飲ませたり。

昨夜は寝たり起きたりを繰り返したため、ミミは寝不足気味だった。

夜中に、「コーラが飲みたいです、スカッとしたい」というチャンミンの要望を受けて、ミミはコーラを買いに行った。

財布を持って、スリッパ履きで。

照明がしぼられ、静まり返ったロビーでは自動販売機のたてるモーター音が低く響いていた。


チャンミンと二人、浴衣を着て、湯殿前のベンチで待合わせて、旅館の小さな売店でくだらない物を買うこともできなかったけれど。

チャンミンの新しい顔を見られた。

もともと言動が実年齢より幼い彼だが、言葉は選んで口にする賢明さと、細やかな気配りができる余裕も持ち合わせてる。

かいがいしく世話をやくことは、嫌いじゃない。

相手がチャンミンだから、むしろ楽しい。

チャンミンの小さなわがままが微笑ましかった。


「楽になった?

熱は?」

手招きすると、チャンミンは尻尾をぶんぶん振る大型犬のように、ミミのそばまで這ってきた。

チャンミンの額に手の平を当てる。

「んー。

まだ熱いわね。

朝ごはん食べたら、診療所で診てもらおう」

「え~、それはミミさんに悪いです。

せっかくここまで来たんですから。

僕は部屋で寝てます。

ミミさんは観光に行ってきてください」

「それはできません!」

きっぱり言いきったミミは、怒った表情を作ってチャンミンを見据えた。

女の子のように優しい目元と、薄っすら生えたヒゲとのギャップにミミは感心する。

(この子ったら、可愛いなぁ)

チャンミンは、間近に迫ったミミの顔に、先ほどまでのふざけた気分がかき消え、ミミを求める熱い想いが湧き上がってきた...。


昨夜、ふざけてミミさんの布団にもぐり込んだ。

勇気がたっぷりと必要なおふざけだった。

交際3か月。

ミミさんに手を出したくても、恥ずかしいことに、僕には経験がない。

ミミさんくらいの女性なら、恋愛経験も豊富なんだろうと想像すると、どうしても気後れしてしまって...。

初めてのお泊りだったのに、僕ときたらバッド・コンディション過ぎた!

せっかくの、せっかくのチャンスだったのに。

悔しいったら。

はぁ、それにしても、目の前のミミさんときたら。

色白だな、頬に散ったソバカスが可愛いな。

茶色の瞳に僕の顔が映っている。


ミミの目前で、チャンミンの焦点が自分ではないどこかに合っている。

「チャンミン?」

「はい!」

考え事をしていたチャンミンは、ハッとして現実世界に意識を戻す。

「大丈夫?

横になろうか?」

「...そうですね」

(あれ?)

いつのまにかミミの腰にまわったチャンミンの手が、さわさわと動いている。

「こら!」

「こればっかりは、どうしようもできないんです。

ミミさんがあまりに魅力的で...オートマティックなんです」

「冗談よ。

いいわよ、チャンミン、ハグして」

言い終える前に、チャンミンは力いっぱいミミを胸にかき抱く。

「ぎゅー」

「痛い痛い!」

視線を下げると、浴衣の裾からミミのふくらはぎがのぞいている。

(おー!)

浴衣の合わせが乱れたせいで、チャンミンの裸の胸にぴたりと頬を押し付ける格好になったミミ。

「......」

(こんなシチュエーション、初めてじゃないくせに。

チャンミンが緊張していると分かると、

こちらまで緊張してしまう)

「チャンミン」

「はい」

「このぬいぐるみ、どうやって持ってきたの?」

明らかにミミより大きい、巨大な白いふわふわの方を、あごで指す。

甘い雰囲気になってしまうのに照れたミミは、話題をふった。

「あれです」

チャンミンは、部屋の入口の方をあごで指す。

「あれに詰めて持ってきました」

ミミは、チャンミンの胸から顔を離して振り向くと、たたきに置かれたスーツケースが見える。

「ああ、なるほどね。

2泊3日にしては、大き過ぎるもの。

チャンミンは、数時間おきに着替える人なのか、とか。

愛用の枕でも入ってるんだろうか、とか。

いろいろ想像しちゃった」

ふうっと、チャンミンはミミの肩の上で息を吐く。

(ちぇっ、ハグした勢いでキスしようと思ったのに)

「ミミさんが朝起きたら、

隣の布団で寝ていたはずの僕が、シロクマに変わってて、

ミミさんがびっくり仰天する...というシナリオだったんです」

「はぁ...?」

(ちょっと聞きました?

なんなの、この可愛い計画は?

なんて可愛い子なの!?)

胸の奥底から、愛おしい気持ちが湧き上がってきてたまらなくなったミミは、チャンミンの背に回した腕に力を込めた。

「ぎゅー」

「ミミさん、バカ力です!

背骨が折れます!」

「...好き」

「!」

「......」

「聞こえません」

「......」

「もう一回言ってください」

チャンミンがミミの耳元で囁くものだから、その温かい息にミミの首筋が粟立つ。

「ミミさん...もしかして照れてます?」

ふふっと笑ったチャンミンの息がまたかかり、

びくっと反応してしまったミミに気付いて、

チャンミンは面白がって、何度もミミの首に息を吹きかける。

(年下のくせに、年下のくせに!

ふにゃふにゃと甘えん坊になったり、私をドキッとさせたり)

再び二人の間を包んだ、甘い雰囲気にのってミミとチャンミンは見つめ合って...。

キンコンとチャイムが鳴った。

「わっ!」

チャンミンとミミは弾かれたように、離れた。

「布団!」

「朝食!」

「おはようございます」

2名の接客係が布団を上げ、テーブルに朝食を並べ終えて退室するまで、チャンミンは部屋の隅で正座をして待機していた。

耳を真っ赤にしてかしこまっている姿が、ミミにとって可笑しいやら可愛らしいやら。

係の者とにこやかに雑談をしていたミミが、目で合図を送っている。

「?」

胸の辺りを指さし、手を交差するジェスチャーをしている。

「!」

ミミが伝えたいことが理解できたチャンミンは、大胆にはだけてしまった浴衣の衿を大慌てで直したのだった。


 

「ミミさん...お腹が空きました」

1組だけ敷いたままにしてもらった布団の中から、チャンミンがつぶやく。

「もう?」

読んでいた文庫本から顔を上げて、ミミは呆れた声を出す。

古民家を改築したこの旅館の名物のひとつが、お粥朝食だった。

「またお粥ですか...」と、山菜も一緒に炊きこんだお粥を前に、チャンミンはがっくりと肩を落としていた。

「ここを選んだのはチャンミンでしょ?」

「それはそうですけど」

「菓子パンがあるよ」

「ください!」

文庫本を閉じるとミミは、バッグからコンビニの袋ごとチャンミンに渡す。

「ミミさんのバッグには、僕のために何でも入っています」

「全く手がかかる彼氏なのよねぇ」

「そうですよ。

僕はミミさんの『彼氏』です...ぐふふ。

いいですねぇ。

『彼氏』って、いい響きです」

クリームパンを大きな口でかぶりつくチャンミンを、ミミは愛おしげに見つめる。

そして、広縁の籐椅子に座らせた巨大なぬいぐるみに視線を移した。

「ねぇ、チャンミン」

「はい」

「この子、シロクマじゃないわよ」

「えぇ!?」

布団から飛び出してきたチャンミンに、ミミはぬいぐるみの足裏に縫い付けてあるタグを見せる。

「犬だよ、紀州犬だって」

「どう見ても、シロクマじゃないですか!」

「耳がとがってるし、尻尾もくるんってしてるよ」

「そんなぁ...」

ぺたりと座り込んでしまったチャンミンを見て、笑うミミ。

「どうしてまた、ぬいぐるみなの?」

「TV番組で、芸能人がでっかいぬいぐるみを部屋に置いていたでしょう。

確か、クマでしたよね。

『私も部屋に飾りたい』ってミミさん言ってましたよね?」

「そういえば、そんなこと言ってたかも」

「ですよね?

運ぶの大変だったんですよ。

一番大きいスーツケースでも、ぎゅうぎゅうに押し込まないと入らなくて。

まるで死体を運ぶ犯罪者の気分でしたよ」

「あははは」

(つづく)

 

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