【3】ハグを邪魔されてーミミの涙ー

 

 

翌朝。

 

1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。

 

ミミの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。

 

そして、ミミとミミの後輩チャンミン(実は彼氏)。

 

早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。

 

弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。

 

朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。

 

母セイコはチャンミンのお代わりをよそっている。

 

「なんだかお祭りみたいですねー」

 

納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったチャンミンは、明るい声で言う。

 

「ふん、祭りは明日だよ」

 

ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。

 

「お前さんは、張り切りすぎなんだ。

うるさいったらありゃしない」

 

寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい。

僕は、寝言やいびきがひどいんです。

 

チャンミンとは一緒に寝られないって、よく言われるんです。

ねー、ミミさん?」

 

チャンミンは隣のミミに同意を求める。

 

「ぶはっ」

 

コーヒーを飲んでいたミミは、吹き出す。

 

(この子のことだ。

うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。

...って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないの)

 

「やだなぁ、ミミさん、汚いですね」

 

ティッシュをとってミミの顔を拭こうとする。

 

「じ、自分でできるから!」

 

ミミはチャンミンの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。

 

「ミミさん、

それは雑巾ですよ」

 

「チャンミン、うるさい」

 

「ゆうべは僕がミミさんを寝かさなかったせいですね。

寝不足で頭が回ってないんですね」

 

「なっ!

別々に寝たじゃない!」

 

「結果的には別々でしたけどね。

仕方なく別々でしたけどね」

 

「!」

 

(チャンミンの馬鹿馬鹿!

意味深なことを言わないでよ!

やっぱり、昨夜のことを根に持ってるわね)

 

テーブルの下のチャンミンの脚を蹴る。

 

「痛いです!

会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」

 

チャンミンは「後輩」に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって大きな口に放り込んだ。

 

「うるさいわね」

 

チャンミンがミミの脚を蹴った。

 

「痛いなぁ!」

 

ミミはムキになってチャンミンを蹴り返す。

 

『ミミさん!』

 

チャンミンはミミの耳元でささやく。

 

「何よ!」

 

『じゃれつかないでください。

“職場の後輩”設定でしたよね。

バレちゃいますよ』

 

「!」

 

ミミは周囲がしんとしていることに気づいた。

 

「え...っと...」

 

3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてミミとチャンミンを注目しているのだ。

 

「......」

 

 

突然、チャンミンは立ち上がった。

 

「えーっとですね、皆さん」

 

コホンと咳ばらいをした。

 

「ゆうべは、

僕の生まれたままの姿という...、

お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、

申し訳なかったです」

 

チャンミンは頭を下げる。

 

「気にすんな!

俺の方が立派だけどな、ハハハっ」

 

「お父さんったら」

 

はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。

 

(う...恥ずかしいです。

覚えていない分、恥ずかしいです)

 

 

「おじちゃん!」

「遊ぼ―」

 

食事を終えたケンタとソウタが、チャンミンの背中に飛びついた。

 

「は~や~く~!」

「おじちゃん、のろま~」

 

「ケンタ!ソウタ!」

兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。

 

「僕は”おじちゃん”じゃないよ」

 

チャンミンは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。

 

「”お兄さん”って呼ばないと、遊ばないよ」

 

「やだ~」

 

ソウタがチャンミンの首にかじりついた。

 

「仕方がないですね」

 

「ごちそうさまでした」と言ってチャンミンは席を立つと、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。

 

真っ赤な顔をしたミミは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。

 

 

(チャンミンの馬鹿!馬鹿!)

 

 


 

 

ミミさん、ごめんなさい。

 

ミミさんをからかうと楽しいです。

 

ちょっとやり過ぎましたかね?

 

いちいちムキになるミミさんが可愛いです。

 

確かに僕は、ミミさんと比べると若いですよ。

 

ミミさんが、年の差を気にしていることは、十分わかっていますよ。

 

僕がその壁を壊してあげますから。

 

でもね、僕も年の差を気にしてるんですよ。

 

年相応にみられない自分がコンプレックスなんですよ。

 

 


 

朝食後は、翌日の準備にとりかかるため、それぞれが持ち場に向かった。

 

からりとよく晴れ、機材をのせた軽トラックが走り回り、祭り旗を揚げる掛け声が遠くから聞こえる。

 

学校が休みの子供たちは、いつもと違う雰囲気に興奮を隠せず、まとわりついては大人たちの邪魔をしている。

 

ミミは母セイコと共に、宴会会場になる広間を掃除していた。

 

ふすまを外して、畳敷きの3部屋をつなげて広々とさせた。

 

縁側の雨戸も開け放ち、空気を入れかえた。

 

「ミミ」

 

座布団を干すため縁側に並べていたミミに、セイコが声をかけた。

 

その固い声に、ミミは「とうとうきたか」と気を引き締めた。

 

「そこに座りなさい」

 

正座をしたセイコの正面に、ミミも座る。

 

(何を言われるか、想像がつく!)

 

緊張のあまり、ミミの手の平はすでに汗ばんでいた。

 

「チャンミン君とは、どういう関係なの?」

 

(やっぱりお母さん、単刀直入にきたか)

 

「単なる『後輩』じゃないでしょ?」

 

「...うん」

 

ミミは観念して、あっさり認めることにした。

 

「お付き合いしてるんでしょ?」

 

「...うん」

 

「いつから?」

 

「4か月くらい前」

 

「彼はいくつなの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼といくつ年が違うの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼は、学生?」

 

「『後輩』だって言ったでしょ?

社会人してるって」

 

(まるで尋問みたい!

お母さんが引っかかってるのは、

私とチャンミンとの年齢差、それだけなんだ!)

 

予想はしていたが、やっぱりショックだった。

 

『職場の後輩』設定にしておかないと、セイコにつっこまれる要素を増やすだけになるので、実際のところはぼかしておくことにした。

 

チャンミンは、ミミの『元教習生』だ。

 

ミミが先生でチャンミンが生徒だった。

 

チャンミンが若すぎることに加えて、教え子に手を出したと誤解されてしまうと、頭の固いセイコの拒絶反応を煽ってしまう。

 

実際のところ、チャンミンと個人的な連絡を交わすようになったのは、チャンミンが卒業してから。

 

正式に交際するようになったのは、それからずっと後のことだ。

 

あと一歩のところで奥手な二人だったから、交際4か月になっても軽いキスを交わしただけの関係だ。

 


 

私の前では、気持ちをストレートに表現するチャンミンだけど、実は相当な照れ屋さんだ。

 

そして、人付き合いが得意ではない。

 

いきなり彼女の実家に連れてこられて、彼なりに緊張して、明るく人懐っこくふるまっているに違いない。

 

ごめんね、チャンミン。

 

「彼氏です」って紹介してあげられなくて。

 

チャンミンのことが恥ずかしかったわけじゃないの。

 

自分が恥ずかしかったの。

 

チャンミンと二人きりのときは全然意識していないのに、いざ第三者の目を意識すると、自分が恥ずかしくてたまらないの。

 

自分ってば、まだまだだね。

 

チャンミンの邪気のない澄んだ目に映る自分が、少しでも彼にふさわしい姿でいてあげたい。

 

チャンミンは賢いから、私が教えてあげられることは何もないよね。

 

少しでも若く、綺麗でいられるように努力するからね。

 

 


 

 

「いい年して、若い子に手を出して...」

 

セイコの言葉に、ミミの全身がカッと熱くなった。

 

一番言われたくない台詞だった。

 

「そんな言い方...ひどい!」

 

ミミはたまらず大声を出した。

 

「その通りでしょう?」

 

ミミの目に涙がふくらんできたのが分かる。

 

「若い子にのぼせて、

お母さんは、ミミに泣いてほしくないだけよ。

悪い言い方をして悪かったね。

お母さんはミミが心配なんだよ。

あんなことがあったでしょ?」

 

「......」

 

「チャンミン君は、知ってるの?」

 

ミミは首を振る。

 

「教えたらチャンミン君に逃げられると、思ってるの?」

 

「そんなんじゃないもん。

チャンミンは、そんな人じゃないもん」

 

しゃくりあげるミミをしばらく見つめていたセイコは、ミミの背中をなぜた。

 

「チャンミン君が、ちゃんとした人だってことは、ちゃんと分かってるよ。

少し心配だっただけよ。

お母さんの言い方が悪かったね」

 

セイコは立ち上がると、首にかけていたタオルでミミの涙をぬぐった。

 

「さあさあ、10時のお茶にしようかね。

皆を呼んでおいで」

 

 

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