【5】ハグを邪魔されてー初めてのドライブー

 

 

チャンミンはフードコートで、セイコとラーメンを食べていたミミを見つけた。

 

ショッピングセンターでは、翌日の祭りのために食料品を買い込む家族たちでごった返していた。

 

バーベキュー用の肉や野菜、缶ビールの箱、スナック菓子などを積み上げている買い物カートが行き来している。

 

祭り当日の夜は、どの家庭でも親せきを呼んでの宴会を開く。

 

その間を巧みにすり抜けながら、チャンミンの登場に目を丸くしているミミとセイコの側まで、小走りで近づく。

 

ミミたちも、周囲より頭ひとつ突き出た長身と、頭にタオルを巻いてジャージ姿のチャンミンを、早い段階で見つけていた。

 

(日ごろ意識していない私だけれど、

 

チャンミンは、雑踏の中に混じると、スタイルのよさが際立つんだよね。

 

カッコいいなぁ)

 

「ミミさん!」

 

つかつかと、ミミとセイコのテーブルの前まで来ると、

 

「セイコさん、こんにちは」

 

セイコに挨拶をすると、チャンミンはぽかんと口を開けたミミに、ずいっと顔を近づけた。

 

「僕に見惚れるのは分かりますが、

ミミさん、立ってください!

行きますよ」

 

「へ?

行くって、どこに?

今、ランチ中なのよ」

 

「僕はまだ、お昼を食べていません!」

 

「じゃあ、一緒に食べていく?」

 

「そんな時間はありません」

 

席を詰めようとするミミの手を、チャンミンはギュッと握る。

 

「チャンミン!」

 

隣に座るセイコの視線を意識して、ミミはチャンミンの手を振りほどこうとするが、チャンミンの握る手の力は増した。

 

「離して!」

 

「ミミさんに、用事があるんです!」

 

「こんなところで何してるのよ?

準備は?

テツさんは?」

 

「テツさんは神社です」

 

「買い物の途中なのよ。

チャンミンこそ、放っぽりだしてきていい訳?」

 

「こちらはほとんど終わりましたよ。

みんな、適当にだべってました。

僕ひとりいなくなっても、全然大丈夫です」

 

「用事って何なのよ?」

 

「あーもー!

ミミさんはうるさいですね。

お口にチャックをして、僕についてきてください」

 

見かねたセイコが助け舟を出す。

 

「買い物したものを車まで運んでくれたら、行っていいわよ。

夕方までに戻っておいでね」

 

「お母さん!」

 

「セイコさん、ありがとうございます」

 

ミミの手を握っているのにも関わらず、動じていないセイコに内心チャンミンは驚いていた。

 

(バレてるな、これは)

 

 


 

 

駐車場で車のトランクをバタンと閉めると、チャンミンはセイコに会釈した。

 

「ミミさんをしばらく、お借りします」

 

チャンミンはミミの手を握って、ぐいぐい引っ張っていく。

 

「ちょっ!

チャンミン、どうしたの?」

 

くるっと振り返ったチャンミンの目は鋭かった。

 

「ミミさん!」

 

「?」

 

「とにかくひと気のないところへ行きましょう」

 

「ひと気がないところって...!

チャンミン、落ち着いて!

今は昼間だから!」

 

チャンミンが急に立ち止まったため、その背中にミミが衝突してしまった。

 

「止まんないでよ!」

 

ミミは、チャンミンを睨みつける。

 

「やだなぁ、ミミさん」

 

くるりと振り向いたチャンミンの表情が、ふにゃふにゃと緩んでいた。

 

「何を想像してたんですか?

ひと気のないところで、

何をしようって、想像してたんですかぁ?」

 

「うっ...!」

 

「屋外で 僕らの“初めて”をしようってんですか?

ぐふふふ。

ミミさんも、えっちですねぇ」

 

目を半月型にさせて、チャンミンは肘でミミをつつく。

 

「え、えっちなのは、どっちよ!」

 

ミミは首まで真っ赤になっていた。

 

「ははは!

ミミさんは可愛いですねぇ

僕の可愛い“彼女”ですねぇ」

 

そう言って先を歩くチャンミンの耳も真っ赤になっていて、ミミは吹き出した。

 

(大胆なことを言いながらも、ホントは恥ずかしくて仕方がないくせに)

 

チャンミンの均整のとれた後ろ姿の後を追いながら、ミミはそう思う。

 

(そんなチャンミンが、私は大好き)

 

 


 

 

「やだ、チャンミン...

これに乗ってきたの?」

 

駐車場に停められた軽トラックを見て、ミミは笑った。

 

「はい、そうですよ」

 

チャンミンはミミのために、助手席のドアを開けてやる。

 

(ここまで軽トラックが似合わないとは)

 

長い脚を無理やり押し込んだため、膝小僧はダッシュボードに当たっている。

 

「ドライブしましょうか」

 

シートベルトを締めると、助手席のミミに笑顔を向ける。

 

「テツさんは、乱暴な運転をしているんですね。

クラッチを繋げるのが難しいです」

 

そろそろと発進させると、念入りに左右確認をした後、満車状態の駐車場から国道へ出た。

 

「よく考えれば、プライベートなドライブって初めてですね」

 

「確かにそうね」

 

開けた窓から吹き込む風で、ミミの髪はもみくちゃにされる。

 

準備に大わらわな大人たちや、自転車で走り回る子供たちをあちこちで見かけるのは、祭り前日のせい。

 

「ミミさんを助手席に、何度も乗せましたね。

ミミさんったら、真っ青な顔をしてグリップを握ってましたよね」

 

「そうだったね」

 

ミミは、シフトレバーを握るチャンミンの手の甲を、くるくると撫でた。

 

「くすぐったいです」

 

「チャンミンは上手いのか下手なのかよく分かんない教習生だったなぁ」

 

「運転が下手なふりをしてたの、気づいてましたか?」

 

「やっぱり?

私の時だけ、滅茶苦茶下手なんだもの。

他の先生の時は、すいすい運転しちゃって」

 

「『ミミ先生』を困らせてみたかったんです」

 

「私の教え方が悪いんだろうかって、真剣に悩んだんだよ」

 

「ミミさんを見ていると、つい意地悪したくなるんですよ」

 

「とんだ『不良生徒』だったわよ。

ホント、振りまわされたんだから」

 

「ははは!」

 

「卒業するまで、9か月もかかるなんてね」

 

「少しでも長く、ミミさんに習っていたかったんですよ」

 

窓に肘をつけ頬杖をついたミミは、生真面目な顔で運転をするチャンミンを見つめる。

 

「あまり見られると、緊張します。

ミミ先生、僕の運転はどうですか?

合格ですか?」

 

チャンミンの両耳は真っ赤になっていた。

 

 


 

 

そうだった。

 

ひとつ車内で、何十時間も過ごしたんだった。

 

礼儀正しくて、ユーモアたっぷりな話し方で、ふいにハンドル操作を誤らせるからこちらは冷汗をかいて。

 

こんな風に助手席に座って、真剣な面持ちのチャンミンの横顔を見ていたんだった。

 

この子ったら。

 

本当に綺麗な横顔をしている。

 

私に向けられる澄んだ瞳は、出会った頃から全然変わっていない。

 

やだな、感動する。

 

 


 

 

「この辺がいいですね」

 

河原の土手際の草むらに、車を乗り入れた。

 

ギッとサイドブレーキを引くと、チャンミンは運転席を降り、ぐるっとまわって助手席のドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

差し出されたチャンミンの手をとって、ミミは草地に足を下ろした。

 

(スポーティーな車じゃなくて、軽トラックなんだもの)

 

チャンミンの気障な仕草に、ミミはくすくす笑った。

 

コンクリート製の土手に二人は腰をかけた。

 

数メートル下を流れるその川は、上流にあたるため流れは急で、ごろつく岩の間を白いしぶきが散っていた。

 

チャンミンは、ミミの手をとると指を絡めた。

 

(チャンミンったら、何を言い出すんだろう)

 

ふざけた空気がふっと消えたチャンミンの横顔に、ミミはドキドキしながら彼の言葉を待つ。

 

チャンミンは頭に巻いたタオルを外すと、

 

「ミミさん」

 

泣き出しそうな顔でミミを 振り返った。

 

前髪が立ち上がり、形のいい額がむき出しになって、その下の直線的な眉が下がっている。

 

「まずは、ハグさせてください」

 

「へ?

チャ...」

 

しまいまで言わせず、チャンミンはミミの腕を引き寄せ抱きとめた。

 

勢いよく、ミミの頭がチャンミンの固い胸に押し付けられた。

 

「ミミさん...あのですね」

 

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