(6)ハグを邪魔されてー初めての深いキスー

 

 

 

「ミミさん、あのですね...」

 

とチャンミンは言いかけたが、その次の言葉は飲み込んだ。

 

テツにくぎを刺されたことを、思い出したからだ。

 

「......」

 

「やっとで、二人きりになれましたね」

 

「ホントにそうだね」

 

(チャンミンが言いかけて止めた内容って、何だろう?)

 

「チャンミン、ごめんね」

 

チャンミンのジャージのファスナーを上げ下げしながら、ミミは言う。

 

「大勢で、うるさくて、ゆっくりできないでしょ?」

 

「ミミさんと二人になれないのは、大いに不満ですが...楽しいですよ」

 

チャンミンは、ミミの髪に頬を埋めた。

 

(ミミさん...いい匂いです)

 

「皆さん、いい人たちですね。

僕はよそ者なのに、気さくで。

ゲンタさんには、何度怒鳴られたことか」

 

くくくっと胸が揺れる。

 

「ミミさんは、こんな家族の中で育ったんだなぁって、知ることができてよかったです」

 

チャンミンが話すたび、ミミの首筋に温かい息がかかった。

 

 

「最初は、嫌でたまらなかったんです。

ミミさんのご家族に会う心の準備ができていませんでしたし、

それも、お祭りに参加するだなんて。

せっかくのお休みは、ミミさんとのんびり過ごしたかったのに、

沢山の知らない人に囲まれるなんて、気が重かったんですよ。

 

でも、

来てよかったと、思っていますよ」

 

「強引に連れてきてごめんね」

 

「僕の方こそ、ごめん、です」

 

 


 

 

『彼氏』ですって、紹介されなかったことにムカついて、

 

ミミさんが言わないのなら、バラしちゃえって、いっぱいふざけました。

 

ミミさんったら、本気で焦るんですから。

 

それを見て、ますます意地悪な気持ちが湧いてきて。

 

でも、テツさんの話を聞いて、僕がいかに軽率だったか知りました。

 

抵抗なく、年下の僕を紹介しづらいミミさんの気持ちが分かったんです。

 

それを受け入れがたい家族の心情を、僕は知らなかったんです。

 

堂々としていないミミさんに、イラついてました。

 

どんなことでも受け止める、って胸をはったけど、実はちょっとだけ自信をなくしたんです。

 

だから、無性にミミさんをハグしたくなったんです。

 

「ごめんなさい」の気持ちと、

 

「僕を信じて」の気持ちと、

 

不安な気持ちを打ち消したくて。

 

ずっとミミさんのことが好きだったけれど、僕はミミさんのことをよく知らないことに気付きました。

 

ミミさんは、あまり自分のことを話さないから。

 

いつも僕だけがペラペラ喋ってて。

 

僕にホントのことを話したら、僕が引くと思ったんですか?

 

そんなに頼りないですかね。

 

それくらいで、僕が引いちゃうって怖かったんですか?

 

年下だからですか?

 

あ!

 

やっぱり僕も、年の差を気にしていたみたいですね。

 

ミミさんが、僕を信用して、打ち明けてくれるのを待ちたいです。

 

あ!

 

やっぱり、待てないかもしれません。

 

嫉妬の気持ちが湧いてきましたから。

 

僕は若くて、人生経験が不足しているから「待てません」

 

ミミさんと僕との間の「壁」を僕がぶち壊していきますよ。

 

覚悟しておいてください。

 

 

 


 

 

「僕は、人生経験が乏しいですけど、心はドーンと広いつもりです。

だから、

どんなことでも受け止めますよ」

 

そうつぶやくと、チャンミンはミミの首筋に唇を押し当てた。

 

温かく湿りを帯びたそこから、じじっと痺れが走る。

 

 


 

 

「受け止めますよ」というチャンミンの言葉。

 

そうか。

 

家族の誰かから、聞いちゃったんだね。

 

気安くバラすような人たちじゃないから、チャンミンを試す意味で彼に教えたんだろうな。

 

私を心配して。

 

打ち明けるのは「今じゃない」、もっと私たちの仲が深まってからって思っていた。

 

お母さんが心配した通りだよ。

 

幻滅されるんじゃないかって、怖かった。

 

私に対して抱いているだろうイメージを壊すのが怖かった。

 

だって、チャンミンは、あまりに若くて、ピカピカな新品なんだもの。

 

自分はなんて汚れているんだろうって、卑屈になっていたみたい。

 

ごめんね、チャンミン。

 

チャンミンの腕が力強くて、固く引き締まっていて、本当にドキドキする。

 

参ったな。

 

からかったり、照れたり、駄々をこねたり。

 

大人っぽく、男らしくされると、困ってしまう。

 

片耳はチャンミンの胸に、もう片方はチャンミンの腕に塞がれているから、川の音は遠い。

 

チャンミンに閉じ込められて、なんて心地よいんだろう。

 

 


 

 

「チャンミンに謝らなくちゃいけないことがあるの」

 

ミミは口を開く。

 

「初めて家族に会わせた時、

『彼氏です』って紹介できなくてごめんね」

 

「その気持ち、今の僕なら理解できますよ」

 

チャンミンは、ミミの首筋に唇をあてたまま喋ると、ふふふと笑った。

 

「チャンミン、くすぐったい」

 

「ミミさん、いい匂いがします」

 

(チャンミンがふざけてくれないと、調子が狂ってしまう)

 

 

ふぅっと一呼吸ついて、ドキドキする気持ちを落ち着かせて、ミミは続ける。

 

「お母さんにとっくの前に、バレてた」

 

「そりゃそうでしょう。

ミミさんは分かりやすいんですから」

 

「チャンミンがバラしたんじゃないの」

 

「大正解です。

いいじゃないですか。

堂々としましょう」

 

「うーん...。

今さら恥ずかしいなあ」

 

「皆にバレてますって。

堂々と『いちゃいちゃ』しましょうね」

 

 


 

あなたの隣を歩くのは、うんと若くて、可愛い子が似合うのは分かってる。

 

でもね、私だってすごいんだから。

 


 

 

「チャンミン」

 

「なんですか?」

 

「キスしていい?」

 

「へ?」

 

突然のミミの台詞にチャンミンは、固まってしまう。

 

 

(ちょっと...聞きました?

 

ミミさんが、「キスしたい」って。

 

聞きましたか?

 

初めてなんですけど!

 

ミミさんがこんなこと言うの、初めてなんですけど!)

 

 

「......」

 

 

光が当たって茶色く透けたミミの瞳に見惚れていると、ミミの片手がチャンミンのあごに添えられた。

 

 

吸い寄せられるように、二人の唇が接近した。

 

軽く触れるだけのキスを、1回、2回、3回。

 

4回目で、二人は深く深く口づけた。

 

 


 

 

ミミさん...。

 

 

気持ちがいいです。

 

 

とろけそうです。

 

 

ゾクゾクします。

 

 

キスが上手すぎます。

 

 

さすが『元・人妻』です。

 

 

『ひとづま』...色っぽい響きですねぇ...。

 

 

こんなエロいキス、『元・夫』としていたんですか?

 

 

おー!

 

 

僕は何を想像しているんですか!

 

悔しいです。

 

僕のジェラシーの炎がメラメラです。

 

 

あ...。

 

 

キスだけで昇天しそうです...。

 

止められません。

 

 

今すぐ、「もっと先」へ進みたくなりました。

 

 

あ...!

 

 

そんな風に、歯ぐきをぐるってやられると...

 

 

き、気持ちいいです。

 

たまりません。

 

 

 

ミミさん。

 

 

大変です。

 

 

僕のが暴れ出しました!

 

 

僕の暴れ馬が、手綱をとらせてくれません。

 

 


 

 

「おい、見ろよ!」

「ひゃあぁ!」

「キスしてるー!」

 

 

 

「!」

「!」

 

 

弾かれるように離れた二人。

 

川向こうの土手沿いを、自転車に乗った中学生がチャンミンたちをはやし立てている。

 

 

「ヒューヒュー!」

 

こちらを指さし、顔を見合わせ、遠くの友人たちを呼びよせている。

 

女子中学生は口を覆って、きゃーきゃー。

 

 

「はあ」

 

チャンミンは、大きくため息をつくと、立ち上がるミミに手を貸し、

 

 

「車に戻りましょう」

 

「う、うん」

 

チャンミンもミミも、リンゴのように真っ赤になっていた。

 

(ゆっくり二人きりになれないんだから...もう...)

 

 

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