【8】ハグを邪魔されてーバンビは悲ちいー

 

 

(長い一日だった)

 

どっと疲れが出たチャンミン。

 

いざ薬局へと勇んで出かけようとしたら、ケンタたちに見つかってしまった。

 

「これでお菓子を買ってあげたら、おとなしくなるから」ってヒトミさんから駄賃をもらってしまったチャンミン。

 

彼らを連れて一緒に出掛ける羽目になってしまった。

 

目を離すとどこかへ行ってしまうケンタたちを見張りながらの、大人な買い物は困難極まった。

 

(「アレ」ひとつ買うのに、こんなに苦労するとは。

 

紙袋に入った「アレ」が気になって仕方がないケンタ君たちの気を反らせるのに、こんなに冷汗をかくとは)

 

 

「ミミさん」

 

チャンミンは、ドアひとつ隔てた向こうへ声をかける。

 

「一緒にお風呂に入っていいですか?」

 

シャワーの音で聞こえないのか、返事はない。

 

チャンミンは脱衣所に体育座りをしていた。

 

大家族の入浴タイムは、分刻みだ。

 

順番に次々と入らないと、真夜中になってしまう。

 

「僕は、ミミさんの次に入ります」

 

と、ミミとの関係を隠す必要がなくなったチャンミンは、大胆になっていた。

 

曇りガラスの戸の向こうに、肌色がちらちらしている。

 

チャンミンは、ごくりと唾を飲み込む。

 

(この扉の向こうに。

ミミさんの「裸体」が!)

 

「一緒に入ってもいいでしょう?

ミミさん、ずるいです。

僕は全てを見せたんですよ?」

 

(ミミさんの次の台詞は、分かりますよ。

 

『今夜、見せてあげるから今は我慢して!』でしょ?

 

ぐふふふ)

 

シャワーの音が止み、湯船にジャボンと浸かる音がした。

 

(お!

 

『せっかくだから、チャンミンも一緒に入る?』

ですか?)

 

 

「今からそっちへ行ってもいいですか?

公認の仲になったことですし」

 

パシャパシャと湯が跳ねる音がする。

 

「もう行っちゃいますよー」

 

チャンミンは、急いでTシャツを脱ぐ。

 

湯船から上がるザバっという水音がした。

 

(おー!)

 

曇りガラスに映る肌色が、近づいてきた。

 

チャンミンの胸は高まる。

 

ガラガラっとドアが開く。

 

 

 

「おらぁ!」

 

 

 

「!」

 

 

 

「さっきから何ごちゃごちゃ言ってるんだ!」

 

 

 

「!!!!」

 

 

 

「チャンミン!

そこにいたんだ」

 

脱衣所を覗いたのはトレーナー姿のミミ。

 

「今からみんなで、ドーナツを食べるんだけど?」

 

浴室で怖い顔をしたゲンタと、チャンミンを探しにきたミミとを交互に見た後、チャンミンはうわっと膝に顔を伏せてしまった。

 

「やだ...チャンミン、

なに裸になってるの?」

 

「どうしてミミさんは、そこにいるんですか!」

 

「チャンミンを呼びにきたのよ。

早いもの勝ちだから、好きな味を選んだ方がいいよって」

 

「どうしてミミさんは、お風呂にいないんですか!?」

 

「友達から電話がかかってきちゃったから、おじいちゃんに先に入ってもらったのよ」

 

(僕はゲンタさん相手に、あんなこと話してたんですか?

穴があったら入りたいです)

 

「うっうっうっ...」

 

「やだ...チャンミン、

泣いてるの?」

 

 


 

 

就寝前のおやつタイム。

 

居間でTVを観ながら、家族仲良くドーナツをかじっていた。

 

チャンミンは、ミミの隣に陣取って満面の笑顔だった。

 

「ミミさん、まだ食べますか?

太りますよ」

 

「うるさいなぁ」

 

「ミミさんが太っちゃっても、僕は全然OKですけどね。

抱き心地がよくなります」

 

「チャンミン!」

 

チャンミン発言に、一斉に大人たちの注目が集まる。

 

(調子に乗って!)

 

うんざりしたミミが台所に移動すると、チャンミンも後をついていく。

 

「ったく、金魚のフンみたいな奴だ」

 

ゲンタは、ずずずっとお茶をすすって言う。

 

周囲の浮かれた雰囲気にのって、子供たちの興奮は絶好調だった。

 

カンタは、金打ちの練習で留守だ。

 

「おじちゃんはねー、ミミちゃんのお風呂を『のぞきみ』しようとしたんだよー」

 

「おじちゃん、へんたーい」

 

「あれはっ!

こほん...ちょっとした...手違いです」

 

両耳を真っ赤にさせたチャンミン。

 

突然、ソウタがチャンミンの背中に、飛びついてきた。

 

「おじちゃんと一緒に寝る」

 

「えっ?」

 

(マジかー)

 

「いけません!

お兄さんは、明日は早いの」

 

叱りつけるヒトミの言う通り、明日の御旅(おたび)行列は早朝5時出発だ。

 

着物の着付けもあるので、遅くとも3時半には起床しなくてはならない。

 

ケンタたちは心底がっかりした顔をしている。

 

(今夜は大事な『任務』があるんです。

もう邪魔はされませんよ)

 

「“お兄さん”とプロレスごっこしようか?」

 

チャンミンはとっさに提案してしまった。

 

「わーい!」

 

「その代わり、”お兄さん”は一緒に寝られないからな」

 

ケンタもチャンミンの脚にしがみつく。

 

 

チャンミンがモンスター二人を連れて居間を出ていくのを見送ると、セイコはしみじみと言う。

 

「チャンミン君は、面白い子だねぇ」

 

「普段は静かな子なんだけど、ここに来て楽しんでるみたいだよ」

 

(あんなに笑ってるチャンミンを見るのは、初めてかもしれない。

無邪気過ぎて、さらに年下に見えてしまう)

 

「そろそろ、寝るね」

 

ミミはすくっと立ち上がると、洗面所へ向かったのだった。

 

 


 

 

一方、広間で子供たちととっくみあいの最中のチャンミン。

 

「痛い痛い!

髪の毛をつかむのは、反則だよ!」

 

腰にタックルしてきたソウタを、突き飛ばさないよう抱きかかえて、畳の上に倒す。

 

開いたふすまの隙間から、通り過ぎるミミが見えた。

 

(お!

ミミさん!)

 

「ちょっと待ってろよ。

“お兄さん”は、トイレに行ってくるから」

 

(僕は、ミミさんに話があるんだった)

 

ミミを追いかけようとしたら、

 

 

 

「あでぇっ!」

 

 

 

チャンミンは派手に転んでしまった。

 

畳に寝っ転がったソウタが、チャンミンの足首をつかんだからだ。

 

チャンミンは顎をさすりながら、うつぶせで倒れた身体を起こした。

 

「その技も反則だって!」

 

「おりゃー」

 

ケンタは飛びかかってチャンミンを突き倒すと、チャンミンの上に馬乗りになった。

 

「やめろー!」

 

チャンミンはいい加減うんざりしてきた。

 

プロレスごっこをしようと誘ったことを、深く後悔していた。

 

(ミミさん...助けてください。

この子らは、僕をおもちゃにするんです)

 

 


 

 

ミミは洗面所の鏡に映る顔を見つめていた。

 

(20代に...見えなくもない。

笑うと目尻にしわは寄っちゃうけど、優しそうに見えるよね。

ほうれい線はないし)

 

顔を左右に向けて、ためつすがめつ顔をチェックする。

 

(やだな。

どう見ても、チャンミンと同年代には見えない)

 

パジャマのパンツをめくって、お腹を見る。

 

(そんなにお腹は出ていないけど...)

 

ぐっとお腹を引っ込める。

 

昨日今日と、3度目撃したチャンミンの裸を思い出す。

 

(やだな。

チャンミンはあんなにいい身体をしているのに、それに引き換え私ときたら...。

彼とは釣り合わないのかな...。

自信がなくなってきた...)

 

パジャマの衿の中をのぞくと、パープルのブラジャーが。

 

(気合が入りすぎかな。

ちょっと派手かな...

やっぱりいつもの下着に、着がえよう)

 

部屋に向かおうとしたが、もう一度鏡の自分を見る。

 

(それから、

やっぱりあのことを、自分の口からちゃんと話そう。

チャンミンも、私の告白を待っているんだと思う)

 

「よし!」

 

洗面所の電気を消して、廊下へ出た瞬間...。

 

 

 

 

 

「はうっ!」

 

 

 

広間の方から、大声が。

 

(この声は、チャンミン!)

 

慌てて広間へ向かおうとすると、ケンタとソウタがこちらへ走ってくる。

 

「ピーポーピーポー」

 

「どうしたの!?」

 

ミミはすれ違いざまに、ケンタを捕まえて、問いただした。

 

「おじちゃんが、死にそうなんだ!」

「大変なんだ!」

 

「ええぇ!?

死にそう?

あんたたち、何したの!?」

 

(無茶をして骨でも折ってたら、どうしよう!)

 

さっと青ざめたミミが、広間に駆けつけると...。

 

チャンミンが、畳の上にうずくまっている。

 

「チャンミン!」

 

「うぅ...」

 

チャンミンは脂汗を浮かべて、うめいている。

 

「大丈夫?

どこ?

どこが痛い?」

 

「う...」

 

チャンミンはあまりの苦痛に、ミミの質問に答えられないようだ。

 

(出血はない)

 

「死にそうだって!?」

「救急車呼んだ方が!?」

 

ケンタたちに呼ばれて、居間にいた大人たちも駆けつけてきた。

 

その後ろから、こわごわケンタたちが顔を出している。

 

「あんたたち、お兄さんに何したの?」

 

ヒトミは子供たちを叱りつけた。

 

「居間に運ぶか?」

 

「頭を打ってたら、動かさない方がいいな」

 

「毛布持ってこい!」

 

チャンミンは、蒼白になった頬をゆがめ、目をぎゅっとつむっている。

 

「うぅ...」

 

(どうしよう!)

 

「どこだ?

どこを怪我した?」

 

「救急車呼ばなくっちゃ」

 

ヒトミはポケットからスマホを出して操作する。

 

脇に座って泣きそうになっているミミをどかすと、ショウタはうずくまった姿勢のチャンミンの肩を起こそうとした。

 

「お...」

 

ショウタの動きが止まった。

 

「救急車は呼ばなくていい!」

 

ショウタは立ち上がると、廊下のケンタとソウタにデコピンをする。

 

「しばらくすれば治る!」

 

「お父さん!」

 

 

 

「タマをやられただけだ」

 

「タマ?」

 

「死にそうに痛いはずだが、

しばらくすれば、治まる!」

 

「やだ...」

 

「こいつらに蹴られたんだろうよ。

しばらくそこに寝かしとくんだ。

ほら、みんな戻った戻った」

 

ショウタは、家族を急かすと広間を出て行ったのだった。

 

後に残されたミミは、チャンミンの頭を膝にのせ、苦しむチャンミンの背中をさすってやる。

 

確かにチャンミンの両手は、股間を押さえている。

 

「ミ、ミミさん...。

星が、星が飛びました...」

 

(チャンミンったら、

昨日に続き今日まで...。

可哀そうに)

 

「僕のが...負傷しました」

 

涙をにじませたチャンミンは、ミミを見上げてつぶやいたのだった。

 

(どうしてみんな、僕を邪魔するんですか!)

 

 

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