【15】ハグを邪魔されてー美青年チャンミンー

 

 

「はい、出来たよ」

 

最後に狩衣の上下を袴に差し込んで、浄衣姿が完成した。

 

「雪駄で鼻緒ずれするから、あっちで絆創膏を貼っておいで」

 

「はい」

 

「ほぉぉ」と息をのむ声が聞こえ周囲を見渡すと、部屋のあちこちの者たちがチャンミンに注目している。

 

(どこか...変ですか?)

 

ミミが連れてきたよそ者ということで、ひそかに町民たちの注目を浴びていたチャンミンだった。

 

チャンミンは、細身の高身長、加えて端正な顔立ちをしている。

 

古典絵巻から抜け出たような美青年に仕上がって、遠巻きに観察していた面々は驚いたのも無理はなかった。

 

子どもたちの付き添いの母親たちも遠巻きに、チャンミンへ色めき立った視線を送っている。

 

(そんなに変ですか?)

 

居心地の悪くなったチャンミンは、折り畳みテーブルの上に並んだ稲荷寿司を紙皿に10個ばかり載せて、テツの横に座った。

 

「お前...えらいべっぴんさんになったなぁ...」

 

黒い烏帽子がシャープな顔のラインを際立てている。

 

テツは、チャンミンの頭から足の先までを、何往復も舐めまわすように見た。

 

「男の俺でも、惚れるぜ?」

 

「気持ち悪いこと言わないでください。

僕は着流しがよかったです」

 

チャンミンは、白い着流し姿の闘鶏楽の一団を羨ましそうに見る。

 

「鐘が叩けねえ奴は無理だ、諦めろ。

で、どうだった?」

 

テツは、もぐもぐと稲荷寿司を頬張るチャンミンの耳元でささやく。

 

「へ?

何がです?」

 

「アレに決まってるだろ。

で、どうだった?」

 

「ああ、そのことですか。

凄かったんですから。

一睡もしていないんです...ふあぁぁ」

 

チャンミンは大きなあくびをした。

 

「一晩中か!?

若い奴は違うなぁ...。

で、何回やったんだ?」

 

「6回です」

 

「ぶはっ!」

 

チャンミン発言にテツは飲みかけていたお茶を吹き出した。

 

「汚いですねぇ。

テツさんもえっちですねぇ」

 

チャンミンはテツにティッシュを渡してやりながら、やれやれといった風に首を振った。

 

注)

6回というのは、アレを開封した回数(個数)である。

6個のうち5個は使用不能にしてしまい(装着ミス、膨張不足、未挿入)、本来の機能を活かせたのは、実際のところ1個に過ぎない。

しかし、(本番が)1回だけだったとしても、チャンミンにとって、6回(本番を)やったくらいの満足感と感動を得ていた。

よって、チャンミンは決して嘘は言っていないのである。

 

 


 

 

午前5時。

 

公民館前から御旅行列が出発した

 

鐘を打ち鳴らす闘鶏楽と、笛太鼓の雅楽が奏でる中、

天狗と獅子を先頭に、太鼓持ち、槍持ち、幟持ちが続いて、

裃姿の警固、神幸旗持ち(チャンミンの役はここ)、

台名旗持ち、神輿、神職、巫女、稚児が行列を成す。

 

氏家前で、獅子舞を奉納しながら半日をかけて、約5㎞の道のりをしずしずと練り歩く。

 

沿道に並ぶ見物人たちは、行列の中に家族を見つけるとスマホやカメラを向けたり、ねぎらいの声をかけたりと、賑やかだ。

 

一文字笠をかぶったカンタが、生真面目な顔をして鐘を叩くのを、母親のヒトミが写真におさめている。

 

 

(なんて重いんだ...)

 

昨日、テツの前で大見得を切ったチャンミンだったが、出発して30分後には根を上げたくなっていた。

 

(「旗持ちなんて地味だ」とケチをつけてごめんなさい。

こんなに重いだなんて!)

 

神幸旗の竿は2メートルもある上、重さも10㎏はある。

 

神聖なものなので、地面につけることもできない。

 

加えて風が吹くたび、旗がはためき、右へ左へとぐらつく竿を全力で握りしめないといけなかった。

 

(ミミさん...辛いです)

 

田植えを前に水を張った水田に、古典衣装を身につけた一行の姿が映る。

 

それはそれは幻想的で、世にも美しい光景だった。

 

行列の通過をいまかいまかと待ちわびていたミミ。

 

(チャンミン!)

 

チャンミンの姿を見つけて、息が止まりそうになった。

 

(やだ...めちゃくちゃ、カッコいいんですけど!!)

 

チャンミンの方も、沿道に連なる人々の中から、ミミを探していた。

 

オーバーサイズの白いシャツにデニムパンツを合わせた、ラフでくつろいだ姿のミミを見つけた。

 

チャンミンを真っ直ぐに見つめ、口をぽかんと開けて、頬をピンクに染めたミミ。

 

(ミミさん!)

 

チャンミンの心臓がドキンと跳ねる。

 

 

神妙な面持ちでいたチャンミンが、私を見つけた時にとっさに見せた表情がすごかった。

 

嬉しい気持ちを、目と眉と頬と口と...と顔のパーツ全てで表していた。

 

ああ、そうだった。

 

いつもこの子は、こんな風に私を見る。

 

可愛くて、えっちで、

 

大好きな、大好きな彼氏だ。

 

彼からの愛情を注がれる資格は、私にあるのかな。

 

やだな...感動する。

 

涙が出てきた。

 

両手がふさがっているので、手を振れないチャンミンはおどけた顔をつくった

 

歩調が乱れ、後ろの旗持ちに怒られている。

 

誇らしげなチャンミンが子供っぽくて、可愛らしかった。

 

 

 

 

昼前に御旅所に到着した一団は、獅子舞と闘鶏楽を奉納した後、簡単な昼食をとる。

 

そして、再び行列を成して神社へ向かうのだ。

 

 

「はぁ...きついなぁ」

「腰が痛い」

「やっとで半分だ」

 

倒れこむように腰を下ろした面々に、お茶や菓子、おにぎりなどを載せた盆がまわってくる。

 

「お疲れ様」

 

チャンミンの隣に座ったミミは、よく冷やしたおしぼりを渡す。

 

チャンミンの頬骨が、日に焼けて赤くなっていて、冷たいおしぼりが火照った肌に気持ちがいい。

 

「重いでしょ?」

 

「余裕ですよ。

僕はこう見えて鍛えているんですよ」

 

ミミは、強がりを言うチャンミンの手をとった。

 

「痛そうだね」

 

チャンミンの指の付け根にできたマメがつぶれて、血がにじんでいる。

 

「これくらい、平気ですよ」

 

「チャンミン、ありがとう。

お兄ちゃんの代わりに、祭りに出てくれて。

本当に助かった」

 

(そういえば、チャンミンにちゃんとお礼を言っていなかった)

 

こんなこともあろうと、チャンミンの手の平にガーゼを当て、上からテーピングを巻いてやった。

 

「あと半分、頑張りますね」

 

「うん、頑張ってね。

チャンミン、カッコいいよ」

 

鼻にシワをよせて、照れ笑いをしたチャンミンへの愛情が、あふれそうだった。

 

 


 

 

祭りは終わった。

 

各家ともども宴たけなわ。

 

「よう頑張った!」

 

「かんぱーい!」

 

ミミ宅でも、一家全員グラス片手に、広間の大テーブルに所狭しと並んだごちそうに箸を伸ばしている。

 

はしゃいで走り回る子供たち、それを叱るヒトミ。

 

普段は気難しい祖父ゲンタも、祖母カツ相手に何やら熱弁を振るい、父ショウタは母セイコに、お酌をしてやっている。

 

ミミ一家は酒好きで、次々と酒瓶が空になる。

 

ギプスを巻いたリョウタは、旗持ち役をやり遂げたチャンミンにビールを注いでやった。

 

そのグラスをミミは、チャンミンの元へ運んでやる。

 

チャンミンは、広間の隅で、5枚並べた座布団の上に寝かされていた。

 

重量のあるものを半日間、反り腰の状態で持ち歩いたせいで、祭り終了時には腰が立たなくなっていた。

 

ショウタとミミに両肩を支えられて、やっとのことで帰宅したのだ。

 

ミミは、チャンミンの元へ甲斐甲斐しく食べ物を運んでやる。

 

親鳥が、大口を開けたひな鳥に餌を与えるみたいに。

 

 

「あーん」

 

ミミは、エビフライをチャンミンの口に入れてやる。

 

「タルタルソースをもっと付けてください」

 

「はいはい」

 

「次は唐揚げが欲しいです」

 

「はいはい」

 

「あーん」

 

「次は?」

 

「ビールがいいです」

 

「はいはい」

 

「口移しで飲ませてください」

 

「馬鹿!」

 

「ちぇっ」

 

チャンミンは、グラスに差したストローをくわえた。

 

「ストローで飲むビールは美味しくないですね」

 

「贅沢言わないの。

次は何が欲しい?」

 

「ミミさんが欲しい」

 

ミミがすーっと目を細めたので、チャンミンは即座に謝った。

 

「ミミさんも食べてください。

あ!

食べるって僕のことじゃなくて、お祭りの御馳走のことですからね」

 

「当たり前でしょ!!」

 

ミミはもう、開き直っていた。

 

家族の前だから、できるだけいちゃいちゃしないよう気を付けているのに、チャンミンはそんなミミを面白がって、大胆な言動をするからだ。

 


 

汗をかいたから気持ち悪い、絶対にお風呂に入ると言い張るチャンミンだった。

 

四つん這いで風呂場に向かうチャンミンの後を追いかけながら、ミミはため息をついた。

 

(今夜もミミさんを抱くんだから!

汗臭いから、きれいにさっぱりしないといけないんだ。

何が何でも絶対に!)

 

(この子は、いったん決めたら絶対に譲らないからな)

 

脱衣所の床に座って、チャンミンが入浴を終えるのを待っていた。

 

「湯船には入っちゃ駄目だからね。

腰を痛めてるんだから、身体を温めない方がいいんだからね」

 

「そんなに僕のことが心配なら、ミミさんも一緒に入りましょうよ。

僕の身体を洗ってください。

腰が痛くて、頭が洗えません」

 

「嘘つかないの!」

 

風呂場から聞こえていた水音がぱたりと消えて、ミミは慌てた。

 

「チャンミン?」

 

返事がない。

 

「大丈夫!?」

 

風呂場に飛び込むと、頭をシャンプーの泡一杯にさせたチャンミンが、わざとらしく驚いた顔をした。

 

「今夜はミミさんが『覗き見』ですか?

 

そんなに僕の裸が見たかったんですか?」

 

目を半月型にさせて、ニヤニヤ笑っている。

 

「馬鹿!

チャンミンの馬鹿!」

 

風呂場から出ようとするミミの足首に、チャンミンの手がにゅっと伸びた。

 

「危ない!

転んじゃうじゃない」

 

「頭を洗ってください」

 

「仕方ないなぁ」

 

ミミはデニムパンツの裾と、シャツの袖をまくると、チャンミンの泡いっぱいの髪に両手を滑らせた。

 

(きれいな頭の形をしているのね)

 

マッサージするように丁寧に、適度な力で指の腹を使って、チャンミンの髪を洗う。

 

「気持ちいいです」

 

タイルの上に踏ん張るように立ったミミの裸足の足が白くて、足首も細くて、チャンミンはそれだけでどぎまぎした。

 

「かゆいところはないですかぁ?」

 

美容師の真似をして、ミミはふざけて言う。

 

「そうですねぇ、耳の後ろが少し」

 

「かしこまりました。

他にございませんかぁ?」

 

「そうですねぇ...ここが少し」

 

「?」

 

「......」

 

「馬鹿馬鹿馬鹿!」

 

ミミは洗面器いっぱいお湯を汲むと、高い位置からチャンミンに浴びせかけた。

 

「ひゃあっ!」

 

ごしごしと顔をこすってから、そのまま髪をかき上げたせいで、オールバックになったチャンミン。

 

(やだ...、カッコいいんですけど!)

 

「...ミミさん...どうしましたか?」

 

絶句しているミミに声をかけた。

 

 

 

「ミミ―!!」

 

 

「!!!」

 

 

(お母さん!)

 

「ミミ―!

パイナップル切ったから、おいでー!」

 

(どうしよう、どうしよう!

チャンミンと一緒にお風呂に入っているなんて、バレるわけにはいかない!)

 

目を白黒させているミミの姿に、チャンミンはくすりと笑うと

 

「ミミさんはおトイレでーす!

後で、僕から伝えておきまーす」

 

廊下に向かって大声でセイコに伝えた。

 

 

「ふう」

 

(焦った)

 

チャンミンとミミは顔を見合わせて、苦笑したのであった。

 

「のぼせる前に、お風呂を出ましょうか」

 

怒って、焦って、安堵して、それから舌をちょっと出して笑って。

 

百面相のミミがあまりにも可愛くて、

 

「好き、です」

 

そう言ってチャンミンは、ミミのうなじを引き寄せてキスをした。

 

 

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