(完)ハグを邪魔されてーイチゴ味ー

 

 

「あうっ!」

 

チャンミンは、たった今顔面を打ち下ろしたミミの腕をよける。

 

(ミミさんが、こんなに寝相が悪い人だったとは...。

 

情事(今夜はナシだけど)の余韻に浸りながら、腕枕をして眠りにつく...のハズが!)

 

余程疲れていたのだろう、15分もたたずに寝入ってしまったミミの寝顔に見惚れていられたのはつかの間のこと。

 

寝返りの打ち方が派手で、チャンミンの身体を邪魔そうに腕で、脚で押しのける。

 

(ミミさんとひとつベッドで一緒に寝るには、キングサイズのベッドが必要かもしれない)

 

チャンミンの布団からはみ出して、大の字になって眠るミミに布団をかけ直してやる。

 

(ミミさん...ごめんなさい。

僕はミミさんの隣では眠れません)

 

「いててて」

 

痛む腰をかばいながら四つん這いになると、気持ちよさそうに眠るミミをまたいで、隣に敷いたミミの布団に移動することにした。

 

「あうっ!」

 

ミミの真上をまたいだ瞬間、ミミの両腕がチャンミンの身体をしっかととらえた。

 

「うーん...いかんといて...」

 

(ミミさん!)

 

いつものチャンミンだったら、震えるほど嬉しいシチュエーションだったが、この時のチャンミンはそんな余裕がない。

 

下からぶら下がるミミの重みが、みしっと腰に響く。

 

(ごめんなさいね。

僕のことが大好きなことは承知してますが、今夜の僕は応えてあげることができません)

 

腰にまきついたミミの手をほどいて、ミミの布団にたどり着いた。

 

「チャンミーン...むにゃむにゃ」

 

(うっ...可愛いです...)

 

まぶたの下の眼球が動いているから、夢をみているのだろう。

 

(僕の夢を見ているんですね)

 

ミミの頭の下に枕をあてがってやり、再び蹴り飛ばした布団をかけ直してやった。

 

「いててて」

 

二つの布団の間で、駆けっこのポーズで眠るミミの方を向いて横たわると、チャンミンはミミの手を握った。

 

(ミミさん...僕は明日、果たしておうちに帰れるんでしょうか。

明後日から仕事があるから、ちゃんと仕事に行けるんでしょうか。

とにかく、睡眠をしっかりとることにします。

ミミさん...おやすみなさい)

 

 


 

 

翌朝。

 

ミミは目覚めた。

 

(あれ?

いつの間に、自分の布団で寝てる)

 

隣の布団を見ると、無人だ。

 

(チャンミンは、いずこに?)

 

反対側に目をやると、畳の上で丸まって眠るチャンミンが。

 

(やだ...。

どうしてそんなところで寝ているのよ、この子は)

 

頭まで布団にくるまっていて、その端からチャンミンの髪がくしゃくしゃと見える。

 

(ふふふ、可愛い)

 

 


 

 

「また、来いよ!」

 

「はい!」

 

「花火大会もあるし、

秋には稲刈りがあるからな!」

 

「...はい」

 

(絶対に、たっぷりとこき使われるに違いない)

 

アルバイト代を支払おうとするのを、丁重にお断りした。

 

「お世話になりました」

 

見送りに出たミミ一族に、チャンミンは頭を下げた。

 

ゲンタは玄関口から、頭を出している。

 

「おじちゃん、また遊んでね」

 

ケンタとソウタは泣き出しそうだった。

 

「“お兄さん”と呼んだらな!」

 

「ヤダー」

「ヤダー」

 

(くー!

このがきんちょ共ときたら、最後まで小憎たらしいんだから!)

 

リョウタから借りた松葉づえをついたチャンミンと2人分の荷物を抱えたミミは、駅まで送るセイコの車に乗り込んだ。

 

セイコはカーウィンドウを開けると、駅前で下ろした2人を手招きした。

 

「二人とも、仲良くね」

 

「はい!」

 

元気よく、ニコニコ顔でチャンミンは答える。

 

(お母さん...)

 

感激したミミはセイコに向かって頷くと、走り去るセイコの車が見えなくなるまで手を振った。

 

 


 

「ああ!」

 

ミミの大声に、隣のチャンミンはとび上がる。

 

「びっくりするじゃないですか!

お茶がこぼれましたよ」

 

濡れたひざをお手拭きで拭いていると

 

「どうしよう...」

 

困りきった表情のミミが、チャンミンの腕をゆすった。

 

 

「忘れ物ですか?

ミミさんは荷物が多いからですよ。

セイコさんに、後で宅配便で送ってもらいましょうよ」

 

ミミは両手で顔を覆う。

 

「そういうわけにいかないのよ」

 

 

「そんなに大切なものなら、取りに帰りましょうか?

セイコさんに連絡して、戻ってきてもらいましょう。

バスを降りましょうか?」

 

「いてて」と腰をかばいながら席を立とうとするチャンミンの腕を、ミミは引き戻す。

 

「今から戻っても遅いの」

 

「遅いって...何を忘れたんですか?」

 

チャンミンの顔をしばし見つめていた後、ミミは小声で言った。

 

「...捨てるのを忘れたの」

 

「捨てる?」

 

「ゴミ箱の中身...」

 

前回、温泉旅館に泊まった時も、乱れたものを整えてからチェックアウトをしていたミミの姿を見ていたため、ミミは『立つ鳥跡を濁さず』人なんだと感心していたチャンミンだ。

 

「実家なんですから、それくらいいいじゃないですか。

セイコさんが片付けてくれますってば」

 

「だから、よくないんだってば!」

 

ミミはブンブンと首を振った。

 

「お母さんでしょ?

甘えなさいよ」

 

「普通のゴミじゃないのよ」

 

やっとでチャンミンは、ミミの言いたいことを理解して、

 

「なあんだ、そんなことですか」

 

ふふんと鼻で笑った。

 

「そんなことで済まないってば!」

 

「装着ミスのが3個でしょ、

お父さんのおならという邪魔が入った本番前の1個でしょ。

本番で1個でしょ。

時間切れでできなかった2回戦の1個でしょ...。

全部で6個は使いましたからね、ははは」

 

「チャンミン!

6個分の袋と中身がゴミ箱に入っているのよ!

サイアク、サイアク!!

恥ずかしいったら...!」

 

「いいじゃないですか。

誤解された方が、嬉しいじゃないですか。

6回もヤッたのね、お盛んねって思われて」

 

「チャンミン!」

 

ミミの顔がみるみる怒りの形相に変わってきた。

 

「ねえ。

自分の親に、ひとりエッチのティッシュを片付けてもらったら、嫌じゃない?

恥ずかしくない?」

 

「うーん...。

確かに、そうですねぇ」

 

チャンミンはその状況を想像して顔を一瞬ゆがめたが、ミミの方を見てにっこりと笑った。

 

「いいじゃないですか。

いかに僕らが仲良しだってことを、分かってもらえて。

ぐふふふ」

 

「よくないわよ。

次に帰省した時が怖い。

恥ずかし過ぎる!」

 

「ねえ、ミミさん」

 

チャンミンは顔を覆ってしまったミミの腕を、つんつんと突いた。

 

 

「見て欲しいものがあるんです。

今朝、僕はネットで注文したものなんです」

 

「へぇ、何を買ったの?」

 

「これです」

 

チャンミンがスマホを操作して見せてくれたものとは...。

 

 

「ばっかじゃないの!?」

 

「馬鹿とはひどいですね!」

 

「信じられない!

チャンミンってば、『そのこと』しか考えてないわけ?」

 

「言い方が気に入らないですね。

僕らの愛を深めるのに、必要なものでしょ?

いろんな種類を試してみたいじゃないですか。

いちご味だって...ぐふふふ」

 

「......」

 

にやつくチャンミンを無視して、車窓の景色を眺めることにした。

 

「まあまあ。

機嫌を直してください。

お弁当を食べましょうか。

セイコさんが詰めてくれたお弁当ですよ。

昨日の御馳走もいっぱい入ってますよ。

美味しそうですねぇ」

 

 


 

 

交際4か月。

 

お泊りデートは今回で2回目。

 

なかなか休日が合わない2人だった。

 

チャンミンは未だミミの部屋を訪れたことがなかった。

 

くわえてミミは、チャンミンの部屋を訪れたことはあっても、泊まっていったことがない。

 

真剣になるのを恐れていたミミだった。

 

けれども、今回の旅行(?)でその気持ちは変わった。

 

(次のお休みは、チャンミンの部屋にお泊りしよう。

そう提案したらチャンミンのことだ、飛び上がるほど喜ぶに違いない)

 

顔のパーツ全部を使って喜ぶチャンミンを思い浮かべると、顔が緩んだ。

 

美味しそうに弁当を頬張るチャンミンを、ちらと見た。

 

(あなたは、

私の可愛い、可愛い年下の彼氏。

 

チャンミン、大好きだよ)

 

 


 

 

ミミさんと1歩も2歩も、近づけた。

 

ミミさんの家族も、テツさんもいい人たちだった。

 

それに!

 

僕はチェリー学園を卒業したし...ぐふふふ。

 

でも、まだまだミミさんのことを、全部知ったわけじゃない。

 

僕のことも、もっと知ってもらいたい。

 

ミミさんの過去の男たちに嫉妬しないくらいの、大人の男になりたい。

 

次のお休みの時は、僕のおうちに泊まってくださいねー。

 

寝かせませんからね。

 

 

 

『ハグを邪魔されて』完

 

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