バブちゃん

 

 

「いっぱい買い物しましたねぇ」

 

チャンミンは、ドサドサっと置かれた紙袋を覗き込んで、呆れ顔だ。

 

「暑くなってきたでしょ。

夏服を揃えないとね」

 

ミミは、買い物してきたものをひとつひとつ取り出してみせては、チャンミンに見せる。

 

「僕のうちで出さなくてもいいでしょうに」

 

「チャンミンに見てもらいたいの!」

 

チャンミンは一日ミミの買い物に付き合い、冷たいものでも飲んでひと休憩しようと二人はチャンミンの部屋にいた。

 

(今日こそ、僕のおうちにお泊りしてくれますよね。

いよいよ、「アレ」を試す時が到来しました。

ぐふふふ)

 

「チャンミン、どう?」

 

白いサンダルを履いたミミがポーズをとっている。

 

「はいはい、可愛いですよ」

 

「『はいはい』って何よ!

全然見てないじゃないの!」

 

憤慨するミミをよそに、チャンミンは寝室のクローゼットに頭を突っ込んで、何やらごそごそと忙しい。

 

(メロン味がいいかな。

やっぱり、チョコレート味かな)

 

「ミミさーん」

 

チャンミンはリビングにいるミミに声をかける。

 

「なーにー?」

 

Tシャツに胸を当てていたミミは、寝室にいるチャンミンに向かって大声で答える。

 

「ブドウって好きですか?」

 

「ブドウ?

普通、かなぁ...。

マスカットなら大好きだよ」

 

(マスカットですか...。

マスカット味はないですね...)

 

顎に手を当て、うーんと悩むチャンミン。

 

(イボイボがいっぱい付いているのにしよう、よし!

今度は、ちゃんと箱から出しておいて...

枕の下に仕込んでおけばオーケーだ...っと)

 

(この帽子...微妙に似合わないな...返品しようかな)

 

買ってきたばかりの帽子をかぶった姿を鏡に映していたミミ。

 

「チャンミーン!!」

 

「はいはい。

似合いますよ~」

 

「こらっ!」

 

「わっ!」

 

真横にミミが立っているのに驚いたチャンミンは、手に持っていたものをさっと後ろポケットの中に隠した。

 

「こそこそと何やってるの?」

 

「えーっと...水着を探していたんです」

 

(これを見られたら、100%ミミさんに怒られる!)

 

「ベッドで?」

 

「ミミさんと、海に行きたいなぁって思いまして...」

 

「ふうん」

 

「で、何ですか?

僕に何の用ですか?

何か企んでる顔をしてますね」

 

ミミはニヤ~っと笑うと、背中に隠していたものをずぼっとチャンミンの頭にかぶせた。

 

「何するんですか!?」

 

「......」

 

ミミは目を真ん丸に見開いて、両手で口を覆っている。

 

(やだ...。

チャンミン...)

 

「何ですか?

...帽子...ですか?」

 

つばを持って、ミミによってかぶせられた帽子をとろうとした瞬間、

 

ミミがチャンミンの首にとびついた。

 

「可愛い!」

 

「へ?」

 

「チャンミン!

可愛い!

可愛すぎる!!」

 

チューリップハットのように、つばがひらひらとしたデザインのこの帽子。

 

夏フェスに行く時にかぶろうと、ミミが買ったこの帽子。

 

(私にはさっぱり似合わないこの帽子が!

チャンミンがかぶったら...なんて可愛いの!)

 

ベビーフェイスのチャンミンがかぶると、ますます幼稚になってミミは胸が苦しくなる。

 

(赤ちゃんみたい...)

 

「可愛いって、何ですか!?」

 

ミミに子ども扱いされるのを、日ごろ嫌がるチャンミンだった。

 

むぅっとして帽子をとろうとしたら、ミミに抱き寄せられ頭を撫ぜられた。

 

「よしよし」

 

「!!!!」

 

ミミの胸に頭を抱え込まれ、今度は背中をとんとんと叩かれた。

 

まるで赤ん坊をあやすかのように。

 

「僕は、赤ちゃんじゃありません!」

 

「は~い、泣かないでねぇ、よちよち」

 

「!!!!」

 

「おむつが濡れてるんでちゅか?」

 

(ミミミミミさん!

頭がおかしくなったんですか!)

 

「おむつを替えまちょうかね?」

 

(なんだかよく分かんないけど、ミミさんに付き合ってあげよう)

 

うんうんとチャンミンは頷いた。

 

「気持ちわるかったねー、よちよち」

 

(ミミさんは...もしかして...

もしかして...!

『赤ちゃんプレイ』の趣味があるんですか!?」

 

チャンミンの脳裏に、大股広げてミミの手によっておむつを交換される自分のイメージがぼ~わんと浮かんだ。

 

(どうしよう...

そのジャンルは、勉強不足です。

赤ちゃんプレイですか...えっちです...)

 

「おっぱいの時間でちゅねー」

 

「!!!」

 

(やっぱりミミさんは、『その手』の趣味の持ち主だったんだ!

でも...嫌いじゃないですねぇ...)

 

「おっぱい下さい...」

 

頬に押しつけられたミミの胸に、チャンミンの手が伸びたが、ぐいっと力いっぱい引き離された。

 

「え?」

 

きょとんとするチャンミンに向かって、ミミはベッドに仰向けになって倒れこんだ。

 

「はー!

気が済んだ!」

 

(気が済んだ?)

 

「ひどいですよ。

途中で止めちゃうんですか?

気が済んだって何ですか?」

 

ミミは起き上がると、チャンミンの頭をくしゃくしゃと撫ぜた。

 

「その帽子のチャンミン見てたら、我慢できなくって...

すごく可愛かったの。

一度でいいから、チャンミンを赤ちゃん扱いしてみたかったの。

満たされました。

ありがとうね」

 

ぷうっと頬を膨らませたチャンミンは、

 

「僕こそ、我慢できません」

 

起き上がったばかりのミミを押し倒した。

 

「ミミさんのおっぱいが欲しいです!」

 

「チャンミン!」

 

ずいっと寄せてきたチャンミンの顎を、ミミは両手でおしとどめる。

 

「今さら何ですか!?

僕の『男』の部分に火をつけておいて。

引き返せませんよ」

 

あの帽子をかぶったままで迫ってくるチャンミンだったから、ミミは可笑しくてたまらない。

 

「ぷっ」

 

(やだ...。

やっぱり可愛い)

 

仰向けになったミミの上にチャンミンはのしかかると、ミミの頭を囲うように両腕をついて上半身を支えた。

 

「笑っていないで、真面目に!」

 

ミミを睨んだチャンミンは、顔を斜めに傾けてミミに口づける。

 

「んんー

!」

 

(おー。

ミミさんとのキス...最高です)

 

(ごめん...チャンミン!

集中できない...

だって...だって...)

 

「ぷぷーっ!」

 

「ミミさん!」

 

こみあげてくる笑いを抑えきれないミミは、重ねた唇の合間で小さく吹き出してしまった。

 

「チャンミン...その帽子をとってくれないと...全然その気になれない...」

 

(いい雰囲気になればなるほど、

チャンミンったら...赤ちゃんみたいなんだもの...)

 

眉間にしわをよせて、口を思いっきりへの字にしたチャンミンは、帽子を取ってベッドの向こうに投げた。

 

「これでいいですか?」

 

帽子を脱いだ途端幼っぽさが消えて、先ほどのキスの余韻で男の色香が漂うチャンミンにミミはドキリとする。

 

(帽子ひとつでこんなに印象が変わるなんて!)

 

ミミはベッドに横たわると、覆いかぶさるチャンミンの両肩に腕を預けた。

 

(キスのやり直しです)

 

「あっ!」

と、ミミが声を出した。

 

「!」

 

ぴたっとチャンミンの動きが止まる。

 

「ごめんね、ちょっと待って」

 

ミミはチャンミンの下から抜け出ると、小走りで寝室を出て行ってしまった。

 

「え...?」

 

(可愛い下着に着替えてくるのかな...。

ミミさんったら...やる気満々ですね。

その情熱、僕がしかと受け止めますよ)

 

急にミミがいなくなって、しばし呆然としていたが、持ち前のポジティブシンキングを発揮するチャンミン。

 

チャンミンは、ミミが戻ってくるのをベッドで待つ。

 

靴下を脱ぎ、ベルトを外し、着ていたパーカーを脱ぎかけたが、

 

(おっと!

危ないところだった。

先に裸んぼになってたら、のちのちの進行に支障をきたしますよね。

少しずつ、お互いに脱がしていくってのが、正しい手順だ、うん)

 

 

5分後、ミミはチャンミンの元に戻ってきた。

 

 

(下着だけで登場...かと期待しましたが、

ミミさんは恥ずかしがり屋さんってこと、僕はちゃんと知ってますよ)

 

「いいですか?」

 

ミミは首を振る。

 

「?」

 

「ごめんね。

はっきり言うけど、今日はできません」

 

「へ?」

 

 

「今日はできないの」

 

 

「ええええーー!?

どうしてですか!?」

 

「うるさい!」

 

耳元で大声を出したチャンミンに、ミミは顔をしかめた。

 

 

「どうしてですか?

お腹がぽっこりしてても、僕は全然気にしませんよ。

ミミさん、お昼にいっぱい食べてましたからねぇ」

 

「失礼ね!」

 

「じゃあ、何でですか?」

 

「アレがきちゃったのよ」

 

「アレ?」

 

「そう、アレ」

 

「そうですか...」

 

チャンミンはがくりと肩を落とした。

 

「そればっかりは、どうしようもないですね...」

 

「せっかく準備してくれてたのに、ゴメンね」

 

「?」

 

ミミはチャンミンのズボンの後ろポケットに、素早く手を伸ばした。

 

「わ!」

 

ミミは人差し指と中指の間に挟んだものを、ちらちらとチャンミンに振って見せた。

 

「ミミさん!」

 

チャンミンの顔が、ばばばっと赤くなる。

 

「黒いパッケージ...『マグマX』...すごいネーミングね」

 

「そう...ですね」

 

(いつもと逆のパターンは、調子が狂います)

 

ミミはベッドの下に落ちていたものを拾うと、チャンミンの膝にまたがった。

 

そして、ぎゅっとチャンミンの頭にかぶせる。

 

「!!」

 

「可愛い!!」

 

「ミミさ~ん!」

 

チャンミンは抗議の表情をしてみせたが、ミミの笑顔を見てしまうと怒る気がなくなってしまうのだった。

 

「ぎゅー」

 

ミミはチャンミンの首に腕をまわすと、チャンミンの耳元で囁いた。

 

「フェスに行く時、この帽子かぶって行ってね」

 

「嫌です」

 

「ケチ」

 

「ミミさんがかぶっていったらいいでしょうが。

ほら、かぶってみせてください。

 

...ミミさん...。

...全然似合いませんね」

 

「ムッ」

 

「仕方ありませんね。

僕がかぶってあげますよ」

 

「可愛いー!

よちよち、ミルクをあげましょうねー」

 

「僕は赤ちゃんじゃありません!」

 

......そんなこんなで、この2人は相変わらず仲良しなのであった。

 

(『バブちゃん』おしまい)

 

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