【番外編】Hug -チャンミンのビキニパンツ-

 

ペールカラーが流行ですって?

 

太ってみえるじゃないの。

 

却下。

 

ハイウェスト・ボトム...お腹をすっぽり覆ってくれるから大歓迎。

 

深く倒した背もたれに身を預け雑誌をめくっていたら、頭上の光が遮られた。

 

「?」

 

視線を上に向けると、誰か...男の人?が、私を見下ろしていた。

 

逆光で顔はよく分からないけれど、にっこり笑った口元から覗く歯並びのよい白い歯が好印象だ。

 

「お嬢さん、ここ、いいですか?」

 

「は?」

 

お嬢さんですって!?

 

ぷぷーっと吹き出しそうになるのをこらえた。

 

薄い色つきレンズのサングラスをかけたその若い男は、私の許可も得ないまま隣に腰掛けた。

 

丸いレンズの下の目も丸くて、なかなか可愛いい子じゃないの。

 

「おひとりですか?」

 

「見ればわかるでしょ?」

 

「あなたのような素敵な方をこの浜辺で一人にしておくのは心配だ。

この僕があなたのボディーガードになってさしあげましょう」

 

「はぁ...」

 

なんてキザったらしい男なの!?

 

若いくせに...私より何歳も...、台詞がくさいんですけど!?

 

組んだ両腕を枕にしてごろりと横になったその男を、横目で観察した。

 

変な柄のシャツの下は当然だけど水着で、その下からにょきっと細くて長い脚が伸びている。

 

大きく育ち過ぎた子供みたいに、健全そうだ。

 

私はムキっと筋肉がつき過ぎていて、すね毛が濃い男の人の脚は好きじゃないから。

 

「日焼け止めを塗って差し上げましょうか?」

 

私の視線に気づいて、彼は傍らに置いたボトルを振ってみせた。

 

「いいえ!

結構です!」

 

「そうですか...」

 

私は雑誌の方に意識を戻した。

 

「泳がないんですか?」

 

「えっ?」

 

しまった...。

 

無防備にも、この軽薄そうな男に私の水着姿をさらし続けていた。

 

ワンピースタイプにしようか、セパレートタイプにしようか迷いに迷って、結局両方買ったのだった。

 

身体はひとつしかないから、この夏は海に1回、プールに1回行けばいいことだ。

 

今日はセパレートタイプをセレクトしていた。

 

上がモスグリーンで、下がダークグレーで、上下の色が別々なのがいい。

 

股ぐりも深すぎないし、おへそも隠れる深履きタイプ(流行りなのだそう)だから助かる。

 

「!」

 

若い男は、私の足先からデコルテまでを舐めるように見たかと思うと、再び足先へと視線を戻していく。

 

「!!!」

 

ぴとっと、若い男の手が私の太ももに落とされた。

 

「どスケベ!!」

 

雑誌を投げつけた。

 

「お嬢さんがあまりにも魅力的でして...。

こら!

“おいた”した僕の手は、懲らしめておきましたから安心してください」

 

若い男は自分で自分の手の甲をピシャリと叩いてみせた。

 

なんてくさい台詞...。

 

お嬢さんですって...。

 

 

 

「ププー!!!」

 

「ちょっとミミさん!

ここは笑うところじゃないですよ」

 

丸レンズのサングラスを外した若い男...チャンミンがむぅっと膨れていた。

 

笑いたい人は笑ってくれていい。

 

私とチャンミンは、『浜辺のナンパ』ごっこをしていたのだった。

 

バカバカしいでしょ?

 

「だってチャンミン...台詞がダサいんだもの...ぷぷーっ!

『お嬢さん』って...一体いつの時代?」

 

「仕方がないでしょう?

ナンパなんてしたことがないんだから」

 

チャンミンは、ビーチサンダル履きのかかとをパタパタさせた。

 

「キザったらしくて、案外ウケがいいかもよ?」

 

「ホントですか!?」

 

「そのサングラスは、どうしちゃったの?

いつものチャンミンじゃないみたい。

浜辺のナンパ師みたい」

 

ホントは似合っているけど、素直に褒めるのが照れくさくてけなしてしまった。

 

「これですか?

イメチェンですよ。

好青年な僕が、チャラくなって...ミミさん、惚れ直したでしょ?」

 

「ナンパの練習をしたかったの?」

 

「ミミさんという彼女がいながら、ナンパなんてしませんよ!」

 

「ほんとにぃ?」

 

目を細めてチャンミンを疑わしそうに見る。

 

お断りしておくが、この茶番劇を思いついたのはチャンミンで、私はチャンミンに付き合ってあげているだけ。

 

この端正な顔立ちとすらりとした長身の持ち主は、私の年下の彼氏だ。

 

「じゃあどうして、ナンパごっこなんてしたかったの?」

 

「それはですね。

いつもミミさんは僕の隣にいるでしょう?

隣にいるミミさんが当たり前になってきてるんです。

だから、他人の視線でミミさんを見てみたかったんですよねぇ。

新鮮じゃないですか?」

 

チャンミンはしみじみ、といった感じに目をつむって何度も頷いている。

 

やだな...可愛いことを言ってくれるのね。

 

「ホントは、ホンモノの砂浜でやってみたかったなぁ...」

 

「仕方がないよ...」

 

 

フロントガラスを大粒の雨粒が叩いている。

 

そう。

 

私たちは、車内にいた。

 

私が運転席で、チャンミンが助手席。

 

「全くもって、残念です」

 

「そうね」

 

海水浴に向かったものの、途中で大ぶりの雨に遭い、引き返そうとしたのにしつこく駄々をこねたチャンミンに折れたのだ。

 

車内から、グレーの海の高い波に洗われる砂浜を、恨めしそうな目でにチャンミンは眺めている。

 

「僕はこの日のために生きてきたんですよ?」

 

「大袈裟ねぇ」

 

なかなか休みが合わない私たちだった。

 

前回のデートは、チャンミンと一緒にショッピングに行ったときだったけ?

 

「恥ずかしいから、もう服を着ていいでしょ?」

 

チャンミンに請われて渋々水着姿になった私(しかも、車内で)。

 

浜辺で着がえるのが面倒だった私たちは、しっかり水着を着こんで出かけていたのだった。

 

「えー、そのままでいて下さいよ。

それにしても、車の中で水着って...えっちな光景です」

 

また始まった...。

 

チャンミンを無視してワンピースを頭からかぶる。

 

ゆるっとした麻のワンピースは、浜辺での着替えの時便利だから。

 

「ミミさん」

 

「はいはい」

 

「怒らないでくださいね」

 

「チャンミンが『怒らないでくださいね』って前置きするときは、絶対に私を怒らせること言うんだよね」

 

「ばれました?」

 

「怒るかもしれないけど、どうぞ、話していいよ」

 

 

「あの...今からしませんか?」

 

やっぱり...。

 

「却下」

 

「どうしてですか!?」

 

「外だし、明るいし、車の中だし、狭いし...ヤダ」

 

「ミミさんったら、だからこそいいんじゃないんですかぁ」

 

「嫌よ。

ハンドルとかにぶつけるし、誰かに見られるかもしれないし...」

 

「アレでしたら、バッチリ用意してありますよ」

 

やっぱり...。

 

「海に行くのに、どこでソレが必要になるのよ?」

 

「ほら、夏の浜辺は恋が生まれやすいでしょう?

『ひと夏の恋』ってやつです。

男と女の情熱が燃えやすいですよ。

僕の見事なボディを見て、ミミさんが発情するかもしれないじゃないですか?」

 

「はぁ!?

発情って何よ!?

チャンミンったら、私がいつも飢えてるみたいなことばっかり言うんだから!

ひどいわね!」

 

「まあまあ。

そんなに怒ると眉間のシワが消えなくなっちゃいますよ」

 

「シワって...私が年のことをどれだけ気にしているか、知ってるくせに!

ひどいよチャンミン...!」

 

両手で顔を覆って、わっと泣く真似をしたら、チャンミンは本気でおろおろしだした。

 

「ごめんなさい...ミミさん...ごめんなさい。

全部冗談ですから。

ミミさんは綺麗ですから。

シワがちょっとくらいあっても、それが魅力的なんですから」

 

「こういう時はね、シワなんか全然ない、って言わないと」

 

「あは。

そうですね」

 

ところどころで毒舌を織り交ぜるチャンミンは相変わらずのこと。

 

私をどぎまぎさせたり、ムッとさせるのを楽しんでるのだ。

 

けれども賢い子だから、からかった後にはフォローするのを忘れない、本気で触れて欲しくない話題は避けている。

 

「聞きたいことがあるんですが...。

怒らないでくださいね」

 

「次は何よ?」

 

 

 

「ミミさんは、カーセックスの経験者なんですか!?」

 

「バカっ!

チャンミンのバカっ!」

 

「そうですか...経験者ですか...」

 

しょんぼりしたチャンミンの頭をよしよしと撫ぜてやる。

 

話題を変えてあげようっと。

 

 

「チャンミン、じゃんけんしよ」

 

「えっ、えっ!?」

 

「じゃーんけん、ポン」

 

私がグー、チャンミンがチョキ。

 

「チャンミンの負け。

罰ゲーム決定!」

 

「いきなりじゃんけんなんて、ズルいですよ!」

 

「罰ゲーム!」

 

「何ですか?

雨の中踊ってこい、とかだったら全力でノーと言いますからね」

 

「チャンミン...その短パン脱いで」

 

「えっ!?」

 

「短パンを脱ぐの」

 

「これ、水着ですよ?

水着を脱いだら...、裸ん坊ですよ?」

 

「いーえ。

その水着の下にも水着を履いてる!」

 

「!!!」

 

「海水浴に気合を入れてるチャンミンなんて、私にはお見通し。

チャンミンの『勝負海パン』を見せて!」

 

「嫌です!

恥ずかしいから!」

 

膝上丈の水着の下に、ぴったぴたのビキニ型水着を履いているのを、出がけの着替えの時に目撃してしまったのだ。

 

チャンミンにはいつもからかわれているから、そのお返し。

 

「恥ずかしいのに、どうしてそれを履いてきてるの?」

 

「ミミさんがどんな水着を着てくるかで、どっちにするか決める予定だったんです」

 

「私の水着?」

 

「おばさんパンツみたいな水着だったから、半ズボン型にしたんです」

 

「おばさんパンツだなんて、失礼ね!

こういう形のが流行なの!」

 

「僕はもっと股がこう...ぐいっと深く切り込んだやつが好きなんです」

 

今日は着てくるのをやめたワンピース型の水着がそうだった。

 

「ミミさんのがセクシー水着だったら、僕もセクシム水着になりますよ」

 

先日チャンミンと買い物に出かけた時に、水着を2着買ったのだ。

 

「チャンミンの方こそ、勝負水着を見せなさい!」

 

「嫌です!」

 

「脱ぎなさい!」

 

「ひゃー、教官!

怖いです!

でも...厳しくされるの...僕は嫌いじゃないです。

ぐふふふ」

 

チャンミンの手が緩んだ隙に、上に履いた水着をぐいと引き下ろした。

 

「ちょっ...!」

 

「......」

 

「ミミさんもえっちですねぇ。

じろじろ見ないでくださいよ」

 

「......」

 

ぎりぎり見えるか見えないかの浅履きで、お初の時は暗くてよく見えなかったから、明るいところで見るのは初めてだけど...初めて見るけど...。

 

「チャンミンったら...ギャランドゥが凄いのね...」

 

「恥ずかしい!」

 

「へぇ...意外。

腕とか脚は薄いのにねぇ...」

 

「そんなに飢えた目で見ているってことは...『ヤル気』が出ましたか?」

 

「バカ!」

 

「なんでしたら、これも脱いじゃいましょうか?」

 

「チャンミンのバカ!」

 

「あははは!

さてと。

恥ずかしいので、もうおしまいです」

 

太ももの半ばまで下ろされた水着を引き上げてしまい、チャンミンのワイルドな下腹が隠れてしまった。

 

「残念」

 

「この水着は買ってみたものの、セクシー過ぎるんです。

もっこりしちゃうでしょ?

ミミさんの視線がここにばっかり釘付けになっちゃうでしょ?

海で泳ぐどころじゃなくなりそうですからね」

 

「こら!」

 

この子ったら、からかってばかりなんだから。

 

 


 

 

「そろそろ帰ろっか?

途中でご飯食べて行こうか?」

 

シートベルトをはめようとしたら、チャンミンに止められた。

 

「まだここにいたいの?」

 

チャンミンがふふんと得意げな表情をした。

 

「お昼は『ここ』で食べるんです」

 

「?」

 

「お弁当を作ってきたんです。

朝4時起きですよ?

浜辺でビーチパラソルの下で、食べる予定でしたが」

 

「わぁ!」

 

一人暮らしの若い男の子が所有していること自体が驚きの、お重を膝に乗せた。

 

サンドイッチや巻きずし、卵焼きにから揚げ、くし切りにしたオレンジもある。

 

なんて子なの...。

 

可愛いことしちゃって...。

 

「たんと召し上がれ」

 

「どれも美味しそう!」

 

「そうだ!

肌寒いですよね。

なんと、ホットコーヒーもあるんですよ」

 

後部座席に置いたトートバッグから、大きな水筒をとりだしてきた。

 

プラスティックのカップに、とぽとぽと熱くて黒い液体を満たす。

 

「気が利くでしょう?」

 

「うん」

 

白い湯気が、エアコンの冷気で冷えた鼻先を温めた。

 

「美味しい」

 

「でしょ?

暑い季節に熱い飲み物って、いいでしょ?」

 

「うん」

 

胃の腑からじわっと温かさが染み入っていく。

 

チャンミンの優しい心に触れて、嬉しくて、泣きそう。

 

「ありがとう、チャンミン」

 

「どういたしまして。

僕に惚れ直しましたか?」

 

「うん。

惚れ直したよ」

 

「お弁当を食べ終わったら...ミミさん、お願いがあります」

 

「それって、絶対に怒ることでしょ?」

 

「何だと思います?」

 

チャンミンの考えそうなことは、簡単に分かるんだから。

 

「ホテルで水着プレイ」

 

チャンミンは目を丸くして、ショックを受けたといった風にガクガクと震えて見せた。

 

「ミミさんったら...僕を越えてえっちですねぇ」

 

「え?」

 

「ミミさんの車を運転させて欲しいなぁ、ってお願いしたかったんですよ。

帰りは僕が運転しますよ、って」

 

「むっ!」

 

 

「ミミさんときたら...やれやれ...困った人だ。

僕はただ運転をしたかっただけなのに...」

 

「ホントは違うくせに!」

 

「ハハハッ。

どうでしょうねぇ?」

 

チャンミンは鼻にしわをよせて笑った。

 

 

「チャンミンのビキニパンツ」おしまい

 

 

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