20.誘惑-My Destiny-

 

~チャンミン~

 

僕は廊下の壁に背をもたせかけてララを待ちながら、この1か月間のことを思い出していた。

 


 

行動範囲が、病室とフィットネス・ルームに併設されたリハビリ室との往復なことに嫌気がさしていた。

傷が癒えて、一刻も早く自由になりたかった。

僕にはやることがあったから。

「ねぇ、どうしたの?」

僕の肩にあごを乗せた女が、甘い声を出した。

「いや、何でもないよ」

知らず知らず無表情になっていたみたいだ。

僕の首に巻き付けられた彼女の腕をほどいた。

「もう」

口をとがらせて彼女は、ベッドから降りた。

「誰もこないから、いいじゃない」

頬にかかったロングヘアを耳にかけると、僕をうらめしそうな目で見上げた。

彼女は3週間前から新しく担当になった、僕の世話役だ。

名前はなんて言ったっけ。

そうだ、リリーと名乗っていた。

 

彼女は、いつも身体のラインを強調したぴったりとしたスーツを着ていて、ストレートの髪を背中まで垂らしていて、髪を耳にかけるのがくせらしい。

どんな仕草が、男をぐっとさせるか知り尽くしているような女性だ。

それまで、僕の身の回りのことは、病棟のスタッフが担当していたのだが、その日を境に彼女がそれに代わったのだ。

初日からリリーは、さりげなくも実は計算高く僕の身体に触れてきた。

ここに来てから、苦痛と緊張続きだったから、女性でそれを癒すのもいいかなと、ちらと思った。

身動きが不自由だけど、僕も男だ。

最初は悪い気もせずにいたが、彼女が担当になった3日目のことだ。

 


リリーは、乱れたスーツの衿を直す間、僕が見ていないと油断したのだろう。

小さなため息をついたリリーの目を見て気付いた。

無感情な固い表情の目だった。

なるほど。

色仕掛け作戦か。

僕が素性を明かさないものだから、ここの連中は焦ったのだろう。

僕から何かを探り出そうと彼女を送り込んだのだろう。

相手が女性なら、つい口を滑らせると考えたのに違いない。

やれやれ。

それを境に僕の方も、注意深く計算高くリリーと接するようにした。

彼女を味方につけておくのも悪くない。

彼女からこの施設について、なにか情報が得られるかもしれない

僕は彼女に気付かれないよう、意図的に彼女に気があるふりを心がけた。

そうしたら、この通りだ。

彼女は当初、任務として僕に気のあるふりをしていたのが、今じゃ任務を忘れて本気になってしまったらしい。

本気で僕に参ってしまったらしい。

目つきとしぐさでわかる。

 

 ・・・

 

「ねぇ、いいじゃない」

リリーが僕の胸にすがってきた。

考え事をしていた僕は、はっとして彼女の背に腕をまわした。

 

「ねぇ...いいでしょ?」

 

ひどく痛めつけられた左手の動きは、まだぎこちない。

パーテーションの向こうで、看護師たちの会話が聞こえる。

上の者の指示があるから、彼らはここへは決して入ってこないだろう。

僕はリリーの首筋に、頬を埋めた。

首筋に押し当てた唇を、鎖骨まで下げていくと、リリーは深い吐息をつく。

 彼女のスーツのジッパーにかけた指が、突如止まってしまった。

「...でね、ララが...」

「!」

僕は、はじかれたように顔を上げた。

冷や水を浴びたかのようだった。

看護師たちの会話からこぼれた「彼女の名前」に、僕は動揺していた。

ララ!

​パーテーションの向こうへ耳をそばだててみたが、あれっきり彼女の名前は出てこなかった。

「ねぇ」

 

目をとろんとさせたリリーが、僕の顔を覗き込んだ。

リリーに表情を見られたくなくて、僕は目をつぶって首を振った。

 

僕は一体、何やってるんだ!

 

気になる女性がいながら、他の女性の肌に触れるとは。

 

リリーを利用しようとしている自分に虫唾が走った。

 

「今日はその気になれない、ごめん」

 

僕はイヤフォンを外してリリーに渡して、パーテーションの向こうを指さした。

 

「必要な時は、ブザーを鳴らしてね」

 

リリーは僕の頬に軽くキスをすると、タイトスカートの腰を揺らしながら部屋を出て行った。

彼女から情報を聞き出す作戦は、ここで打ち止めにしておいた方がよさそうだ。

 

 


 

エレベーターホールの前で僕は、ララが戻ってくるのを待っていた。

​フィットネス・ルームでトレーニングにいそしむ、ララの男友達に見られてたくなかったから。

4基あるエレベーターのうちの1基から、チャイムが鳴る。

(ララか?)

もたれていた壁から身を起こして、握った杖を隠した。

 

左右に開いた扉から現れたのは、3人の女性スタッフたちでララはいない。

正面に立つ僕の姿を認めると、彼女たちは驚いた表情をすると目配せし合って、ひそひそと何かを話しながら立ち去ってしまった。

派手に墜落して、瀕死で助け出され、生き延びて、加えて素性が不明の僕は、数百人のコミュニティの間では話題の人物になっていてもおかしくない。

ストレスが溜まるのは、彼らの会話の内容を全く理解できないことだ。

一人の例外なく、皆イヤホンを付けている。

サイズの小ささから判断すると、ここの技術力は僕が居たところよりずっと、進んでいることが分かる。

興味本位の視線にさらされることにうんざりして、エレベーターホールから廊下に移動し、柱の陰にもたれた。

床に敷き詰められたカーペットの柄を見るともなく見ていると、白いスニーカーが通り過ぎた。

素早く視線を上げる。

彼女だと頭が認識する前に、僕の腕が動いていた。

 

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