21.会えますかーMy Destinyー

 

 

ララは、トレーニングシューズをつかむと、中央棟につながる渡り廊下を走る。

 

フィットネス・ルームがある中央棟の周囲は、全スタッフたちが居住する建物がロの字型に囲まれている。

 

ララは、中央棟のエレベータで操作盤を見るたび、医療エリアのある2階ボタンに指が吸い寄せられるようになった。

 

医療エリアには、チャンミンの病室がある。

 

医療エリアへの出入りは自由だ。

 

2階でエレベータを降りる、差し入れの品を持った友人や恋人を見舞う者たちをよく見かけていた。

 

しかし、チャンミンのいる病室は、廊下の先のガラス張りのドアの向こうにあって、そこから先は光彩認証をパスしないと進むことができない。

 

看護助手のボランティアをしていた期間だけ、ララのデータは許可されていたが、今は違う。

 

 

チャンミンと最後に顔を合わせてからはや1か月近く経っていて、彼への想いは正直、レベルダウンしていた。

 

(ミステリアスなところが魅力だったのかもしれない。

 

びっくりするほどかっこよかったから、ルックスに惹かれただけだと思う)

 

 

ララはエレベータの操作盤に灯るランプを見つめながら思う。

 

 

(テセに悪いと思ったけれど、簡単に会えないし、素性も不明。

 

チャンミンとどうこうなる可能性は低いんだし。

 

ここの上層部の人たちは、彼のことを警戒しているみたい。

 

きっと、一時だけぐらっときただけなんだろうな)

 

 

エレベーターはフィットネス・ルームのある階で停止する。

 

 

(彼は傷が治ったら、ここを出ていってしまうかもしれないし)

 

 

エレベーターを降り角をまわった瞬間、ララの腕が突然引っ張られた。

 

 

「きゃっ!」

 

 

ララは軽く悲鳴を上げて、素早く視線を上げてその手の持ち主を認めると、目を大きく見開いた。

 

 

「あなた!」

 

 

考え事をしていたララは、曲がり角の向こうにいたチャンミンに気づいていなかったのだ。

 

 

ベッドに横たわっていた彼が、杖に身体を預けてはいるが立っている。

 

 

(そっか。

立ち上がっている姿を見るのは初めて)

 

 

最後に会った時より髪が伸びて、ひと房ふた房の前髪が目元を隠しているため、憂いのある表情を作っている。

 

 

(やっぱり、かっこいい人だな)

 

 

ララは新鮮な気持ちで、チャンミンを見上げる。

 

 

「あなた、背が高いのね」

 

 

「?」

 

 

(そうだった。

言葉が通じないんだった)

 

 

ララは自分の頭の上に手をかざし、その手をチャンミンの頭上に移動してみせた。

 

チャンミンは、うんうんと頷く。

 

 

「それから、えーっと...」

 

 

ララはチャンミンの脚を指さしてから、その指先をチャンミンの身体を支えている杖へ向けた。

 

 

「脚...良くなってきましたね」

 

 

チャンミンはうんうん、と頷いた。

 

 

「それから...えーっと」

 

 

(言葉が通じないって、もどかしい!)

 

 

ララはチャンミンのトレーニングウェアの袖を引っ張った。

 

 

ララはフィットネスルームを指し、手にしたシューズを掲げ、ダンベルを持ち上げる動きをして見せる。

 

 

チャンミンはこぶしを口に当てて、笑いをこらえる。

 

 

(病室でもそうだったけど、一生懸命なんだから)

 

 

チャンミンの肩の辺りで、ぐるぐる髪を巻き付けたお団子が、ララのジェスチャーに合わせて動いている。

 

 

(シューズを忘れてきて、部屋まで取りに戻ったってことを説明したいんだろうな)

 

 

頷きながら、ララの背後の向こうに注意をはらう。

 

フィットネスルームの前で、女性スタッフと会話を続ける監視役の背中が見えた。

 

(そろそろ戻らないと、マズイ)

 

「ララ。

 

ゆっくり話をしていたいんだけど、僕はすぐに戻らないといけないんです。

 

僕は自由に動き回れません。

 

ご存知の通り、僕はここでは要注意人物だから。

 

でも、君に会いたいし、もっと話をしたいです。

 

こんな風に一方通行でじれったいけれど、話をしたいです。

 

えーっと。

 

そんなものがなくても...」

 

 

チャンミンはララの耳を指さす。

 

 

「...会話ができるように、言葉を覚えます。

 

学習ツールが何もないから、時間はかかると思うけれど、君の言葉を覚えます。

 

えーっと、それから...そうそう!

 

フィットネスルームへは1日2回まで、出入りが許されています。

 

時間を合わせて、そこで会えますか?

 

こんなことを考えているのが、僕の方だけだったら申し訳ないです。

 

今言ったことは忘れて下さい」

 

チャンミンはこれほど沢山の言葉を口にしたのが久しぶりだったせいもあり、ここまで一気に話し終えると少し息が上がっていた。

 

 

(私と話がしたい?

あの時の言葉はまだ有効だったんだ)

 

ララは、異なる言語を発声するチャンミンの唇の動きから目が離せなかった。

 

要塞内で接する他スタッフたちとの会話の際は、イヤホンから流れる翻訳された音声に集中しているので、彼らの口元の動きにまでは注意を払っていなかった。

 

チャンミンと接する時は一歩通行になるため、自然とオリジナルの発音に意識が向く。

 

唇をとがらせる時の表情が可愛いとララは思った。

 

「急がせてしまって悪いのですが、貴女の意見を聞かせてください」

 

チャンミンはララの耳を指さした。

 

 

「これ?」

 

 

チャンミンの意図に気付いたララは、耳からイヤホンを外してチャンミンに手渡した。

 

ララのイヤホンを耳に装着すると、チャンミンはララを急かすように指を回した。

 

ララが話す番だ。

 

「分かりました。

3日間は仕事が休みなので、貴方の時間に合わせられます。

仕事の日は、夜になります。

夜でも大丈夫ですか?」

 

 

数秒視線をさまよさせた後、チャンミンは頷いた。

 

 

(夜間の自由行動を許してもらえるだろうか...。

僕を泳がせたい彼らは...許すだろう。

ただ、監視がきつくなるかもしれない。

僕とララとの交流を知られたくないのだが。

この施設は24時間体制だ。

病棟は別にして、その他のエリアは案外人通りがあるだろうから、それほど目立たないだろう。

よし、いける。

僕はララに会いたいんだ)

 

「時間を決めた方がいいですね」

 

(仕事が19時に終わって、部屋でシャワーを浴びて着がえるとすると...)

 

 

「20時はいかがですか?

20時に、フィットネスルームで!

行けない日もあるかもしれません。

その時はごめんなさい」

 

チャンミンが頷くと、笑顔になったララの目尻が下がって、チャンミンの胸が高鳴った。

 

(そうそう。

この笑顔が見たかったんだ)

 

ララの言葉に聞き入りながらも、彼女の肩ごしの様子への注意は怠っていなかった。

 

女性スタッフが監視役との会話を切り上げようとしている。

 

(時間切れだ)

 

チャンミンは素早くイヤホンを外して、ララの耳に装着してやる。

 

 

「もう行かないと。

明日はお休みでしたね?

えーっと、10時は?

オッケーですか?

それじゃあ...」

 

チャンミンの指がララの頬に触れた。

 

「明日」

 

指に触れる柔らかなララの頬がピクリとして、チャンミンの心も震えた。

 

杖に半身を預け、片足を引きずるチャンミンの背中を見送った。

 

 

(チャンミンには、ここのスタッフたちと自由に会話ができない事情があるんだ。

 

病室で少しだけ接触があっただけの私に、「会いたい」だなんて。

 

そっか...。

 

ここではチャンミンは余所者。

 

独りぼっちなんだ。

 

呑気そうな私といると、ホッとするんだろうな)

 

斜めにかしいだチャンミンの肩や、床を擦る足先を目にしたララの目に涙がにじんだ。

 

(きっとチャンミンは、不自由な身体を見せまいとしているんだ。

 

分かったよ。

 

私が味方になってあげるからね)

 

 


 

 

クローズされた電算センターは、全てのネットワークから遮断されていた。

 

通常時もセンター内へ入るには、個人的な電子機器と私物の持ち込みは禁止されているが、

 

非常時になると、スーパーコンピュータのケーブル類は物理的に切断され、微弱な電波のアクセスを防ぐため、センター自体を密閉空間にしてしまう。

 

 

今回のような事態は、数か月に一度の頻度で発生しており、所属スタッフも少数に限定して、収拾にあたっていた。

 

「おかしいな」

 

スケさんは、40代で既に白髪まじりの固い髪をかきながら、モニター画面にかじりついていた。

 

「どうも、今回のアタックは外部からじゃないみたいっすね」

 

「内部ですか?」

 

スケさんの背後から、モニターを覗き込む若い男性が問う。

 

 

「そうみたいっす。

外部のもので、ここに持ち込まれた物ってあります?」

 

 

「やはり!」

 

「あるんですね?」

 

眼鏡越しに、スケさんは若い男性をぎょろりと見上げる。

 

若い男性は、こぶしを口にあて、コツコツと靴音を響かせながら、その場を行きつ戻りつする。

 

「最近の変わったことと言えば...あの事故ですかね?」

 

「憶測でものを言わないでください」

 

キリっとした目元と、折り目正しい細身の白いスーツを着た若い男性は、スケさんに釘をさした。

 

(何としてでも、吐かせないと!)

 

ミナミは、壁際に置かれたソファに深々と腰かけ、背もたれに頭を預けて高い天井を仰いだ。

 

(あと24時間はここに缶詰めか...)

 

眉間をつまむ。

 

(ここが解放されたら、所長に報告せねば)

 

(つづく)

 

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