22.秘密の共有-My Destinyー

 

「シイラが出て行くんだって」

 

「ええっ!」

 

皿に落としたフォークがカシャンと音を立てた。

 

ララはテセとアキの3人で、朝食のテーブルについていた。

 

シイラとは、医療棟の看護師で、チャンミンを見舞いたいララのために融通をきかせてくれた女性だ。

 

「しーっ、声が大きい」

 

アキは大声を出して茫然とした表情のララをたしなめた。

 

テーブルの向こうに並んで座るララとテセに顔を近づけると、このニュースの続きを声をひそめて話し始めた。

 

「どうして?

何か問題行動でもあったのか?」

 

テセにとっても、このニュースは他人事ではなかった。

 

シイラの恋人であるクレは、テセの友人だったからだ。

 

 

「妊娠したらしいの」

 

驚きの声をあげそうになったララは、慌てて口を押えた。

 

「どうやって?」

 

「要塞」には子供はおろか、妊婦もいない。

 

ここは、成人だけで構成されているコミュニティなのだ。

 

男女が狭い空間に閉じ込められて生活しているのだから、恋愛沙汰は起きて当然だ。

 

交際は許されているが、その際は申請手続きを経る必要がある。

 

男女ともに定期的な避妊注射の接種が義務付けられる。

 

テセが「どうやって?」と質問したのにはこういった事情があったためだ。

 

「シイラは医療部のスタッフでしょ。

人口皮革を腕に貼って誤魔化していたらしいのよ。

クレ君も同様に」

 

「あいつもか?」

 

アキを問うテセの声も自然と大きくなった。

 

「どうしてそこまでのことを...?」

 

「シイラもクレ君も、子供が欲しかったみたい。

お互いのことが好き過ぎて。

でも、ここで結婚したら永久に子供は持てないでしょう?」

 

「そうだったんだ...」

 

婚姻も許されているが、その際はもっと厳格なルールに従わなくてはならい。

 

女性、男性共に避妊手術の施術を受けることが条件なのだ。

 

「要塞」では幼い人間の存在も、ここで新たな生命の誕生も許されていない。

 

その代わり「要塞」にいる限り、若さと生命は保証される。

 

「そんな...」

 

友人のクレから何も打ち明けられていなかったと知って、テセは少なからずショックを受けていた。

 

「二人に行くあてはあるの?」

 

ララは身を乗り出して情報通のアキに質問した。

 

「シイラは『街』で出産までいるんだって。

子供が生まれてからは、引き受けてくれるどこかのコミュニティに移住するしかないわね」

 

十数キロ離れた場所に「街」がある。

 

「要塞」のスタッフたちが唯一外地のものと接触できる場所で、買い物や食事など大抵の商業・娯楽施設が揃っている。

 

緩くではあるが、一定基準の警備が保たれた「街」は、「要塞」と外地をつなぐ緩衝地帯なのだ。

 

ララは無意識に、首の付け根を触っていた。

 

皮膚の下に感じる硬い異物。

 

「要塞」での存在を許可されている証の、マイクロチップ。

 

厳格なルールとセキュリティに守られているこのコミュニティ。

 

一度出たら、二度と戻ってはこられないのがこの「要塞」だ。

 

首に埋め込まれたマイクロチップを除去されたら最後、ここへの立ち入りは許されない。

 

よって、ここを出ると決めたシイラとは、二度と会うことはできないのだ。

 

「で、クレは?」

 

「シイラと一緒に出るそうよ。

でも、クレ君は難しい仕事をしていたから、簡単に出してもらえるかどうか...。

慰留されてここにとどまるかもしれない」

 

「そうなんだ...」

 

ララはときおり、ここでの生活が窮屈で、息が詰まりそうになる。

 

外界から閉ざされた白くて清潔、そして安全なこの空間での淡々とした日々に砂をかむような虚しさに襲われるからだ。

 

そんな日々に、突如現れた瀕死で煤と血に汚れたチャンミンだ。

 

でも、ここでの生活に嫌気がさして、自分が抱えている仕事を放りだしたりしたら、「要塞」を出なくてはならない。

 

周囲の者たちはみな健康で、何かしらの技術と頭脳を持っている。

 

「要塞」で築いたモノと安全を全て手放すことが怖かった。

 

 

「なあ、今日は何する?」

 

仕事場であるスーパーコンピュータ室が閉鎖されているため、ララとテセは待機という名の休日だった。

 

ただし、外出は許可されていない。

 

「私は、フィットネスルームに行こうかな、って」

 

ここまで言ってララは「しまった」と思った。

 

がっちりと鍛えられた肉体の維持を怠らないテセのことだから、「俺も一緒に行く」と言い出す可能性が高かった。

 

チャンミンとの逢瀬に、テセは邪魔だった。

 

「ふうん。

俺はプールに行くんだ。」

 

よかった、とララは胸をなでおろした。

 

「せいぜい、延々と泳いでいてね」

 

「おう!」

 


 

 

どうせすぐに汗をかくのに、ララはシャワーを浴び、この日は長い髪を三つ編みにした。

 

薄く化粧をすると、「よし」と鏡の中の自分に声をかけた。

 

(チャンミンに会える!)

 

一度衰えかけたチャンミンへの恋心が再燃してきたララは、チャンミンに会いたくて仕方がなかった。

 

フィットネスルームで午前10時に待ち合わせ。

 

一呼吸ついてから、ララはエントランスドアの前に立った。

 

チャンミンは、弱った腕の筋力をカバーする背中を鍛えようと、背筋を意識しながら、頭上にあるバーを引き下ろしていた。

 

マシンを動かしながら、エントランスドアが開くたび、視線をエントランスドアへ向ける。

 

チャンミンはララの姿を探していた。

 

(いた!)

 

施設の一番奥のマシン、ラットプルダウンのベンチに座っている。

 

チャンミンは身体にフィットしたグレーのトレーニングウェアに身を包んでいて、マシンの脇に杖がたてかけてあった。

 

チャンミンの姿を見つけたララの表情が、ぱあっと花開くように輝いてチャンミンの胸が高まった。

 

「僕はやはり、この人のことが気になるんだ」と再認識した。

 

チャンミンがフィットネスルームの隣を親指で指す。

 

ガラスの向こう側はリラクゼーションルームになっている。

 

酸素カプセルやマッサージチェア、ミネラルドリンクバーなどが揃っている。

 

(え...?

運動をするんじゃないの?)

 

きょとんとするララに向かって、チャンミンは白い歯を見せて笑って言った。

 

「筋トレをしながら話はできませんからね」

 

「そっか!」

 

周囲を見回すララの肩をチャンミンはつついた。

 

「監視役は今はいません。

1時間したら戻って来るそうです。

時間が惜しい。

急いでください」

 

リラクゼーションルームは、マイナスイオンとハーブの香りのミストに満ちていて、思わず深呼吸したくなる

 

チャンミンはリクライニングチェアのひとつへララを促して座らせると、自分もララの隣に腰掛けた。

 

耳元からせせらぎの音が聴こえる。

 

「言葉が通じないのが障壁となっていますね。

交互にお話をしましょうか。

あなたは、僕のことは気にせず普通に話をしてください。

僕はこれからあなたの言葉を、一生懸命に覚えますから」

 

疑わしそうなララの表情に、チャンミンは自分の頭を人差し指でつつきながら付け加えた。

 

「僕の頭脳はなかなかのものなんですよ」

 

「分かりました」

 

ララはチャンミンの方を向いて、マッサージチェアに深く腰掛けた。

 

「ご存知の通り、僕は遠い他所から来ました。

なんでもいいですから、僕に質問をしてください」

 

(チャンミンに質問したいことは、沢山ある)

 

ララはうーんと考えた末、

「どんなところに住んでいたの?」

と、質問した。

 

「死んでしまうかと思いました。

今でも耳の奥に、ブーブーいう警告音が残っています。

なんとしてでも生き残らなくてはと思いながらも、心の半分以上は諦めて...」

 

チャンミンはララの表情を見て、ララの質問とは的外れなことを答えていたことに気付く。

 

「違ったみたいですね。

それじゃあ、僕が間違えて回答してしまった内容にふさわしい質問をしてくれませんか?」

 

「墜落する直前は、何を考えていたの?...かな?」

 

チャンミンはララの口元を凝視しながら、

 

「ありがとう。

分かりました。

さっきあなたがした質問をもう一度してください」

 

「あなたはどんなところに住んでいたの?」

 

「僕は...」

 

チャンミンはララの肩ごしに、カメラが作動中の赤い点滅の在り処を見つけると、ララの腕をつかむと、

 

ララの背中でちょうどチャンミンの顔が隠れる位置にまで、ララの身体を引き寄せた。

 

「!」

 

ララはマッサージチェアに片肘をつき、上半身をひねった姿勢でチャンミンを見下ろす格好になった。

 

チャンミンの顔が間近に迫って、ララは緊張して顔が赤くなる。

 

「カメラがあります。

この姿勢のまま辛抱してくれませんか?

あなたの背中で、僕の口が隠れます。

 

こそこそしたくはないのですが、

あなたにだけは嘘を言いたくないし、隠し事はしたくないのです。

僕がどんなところにいたかというと...」

 

チャンミンは人差し指と視線を上に向けて言った。

 

「空です」

 

「そら?」

 

反芻するララの口の動きを、チャンミンはじっと見る。

 

「僕は空から来ました。

地上のどこか遠いところから飛び立ってきたのではありません」

 

「空」という言葉に、ララの背がビクリと震えた。

 

「...ってことは」

 

チャンミンの出生を知って、彼が自身の身元について口をつぐんでいた謎が解けたのだった。

 

「そうなのです」

 

ララを振り仰ぐチャンミンの表情が曇った。

 

「あなたを含めここに住む人たちにとって、僕は『敵』になるのですよ」

 

「!!!」

 

弾かれたように立ち上がろうとするララの二の腕を、チャンミンはガシッととらえた。

 

「行かないでください」

 

反射的に沸いた恐怖心と嫌悪感を抑えて、ララは腰を落ち着かせた。

 

腕をつかむチャンミンの力が強かったことと、チャンミンの表情があまりにも哀しげだったからだ。

 

「このことはあなたしか知りません。

厳しく尋問はされましたが、一切口を割っていません。

僕が「空」から来た者だとは、よほど突飛な考えをしない限り、思いつかないでしょう。

僕はあなたにだけは、真実を伝えたかったのです」

 

チャンミンは一呼吸ついて、ララを真剣なまなざしで見上げた。

 

ララの瞳が揺れている。

 

「ララ。

僕の正体をあなたに知らせることで、あなたを危険にさらしてしまいました。

秘密を抱えられなくなったら、僕の正体をバラしてもらって構いません。

僕は捕らえられて、あなたの安全は保たれるでしょう」

 

 


 

 

(まずは、「味方」を一人作ること。

 

彼女なら口を割らないだろう。

 

任務のためとはいえ、ララを利用するようで心が痛む。

 

でも、半分は純粋なる彼女への想いによるものだ。

 

ララに、僕のことを知ってもらいたかったんだ。

 

「あなただからこそ、真実を伝えた」と、秘密を共有することで、ララとの連帯感は強まるだろう。

 

 

しかし...。

 

僕の心は寒かった。

 

大きな後悔の念に襲われていた。

 

僕は自分の頭を殴りたかった。

 

正体を打ち明けたそのすぐ後に、後悔した。

 

僕はなんて酷いことをララにしてしまったのだろう、と。

 

僕の正体を知ってしまった時点で、危険にさらしてしまった。

 

いざとなったら、正体をバラしてもいいなんて、

 

ララがバラすことによって僕が捕らえられるなんて、脅迫めいていた。

 

僕は酷い男だ。

 

 

My Destiny第1章  TOP

TIME    アメブロへ