23.探り合う眼差し-My Destiny-

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~ララ~

 

勤務を終えるといそいそと自室に戻ってしまう私に、テセは訝し気だった。

 

シャワーを浴びて着がえて20時には、フィットネスルームへ向かわなければならない。

 

チャンミンが待っている。

 

「急にどうしたの?」と問われて、「真面目に筋トレしようと思って」と私は答え、「俺も付き合おうか?」の申し出に、「一人でやりたいの。テセのメニューはハード過ぎるから」とやんわり断った。

 

幸いテセの夜のルーティンはプールで延々泳ぐことだったため、フィットネスルームまでついて来ることはなかった。

 

毎晩『例の彼』に会いに行っていることを知ったら、テセはいい顔をしないだろう。

 

私に好意を寄せるテセに、「その気はない」ことを伝えるべきなのは分かっている。

 

曖昧な関係性のまま、チャンミンのことが気になって毎晩会いに行っているだなんて、テセに失礼だ。

 

でも、朝から夕方まで同じ空間で過ごし、互いの小さなミスをカバーし合い、休憩時間には冗談を言い合ったりして緊張を解く。

 

単調な仕事内容だが、不定期に訪れる緊迫した状況下ではディスプレイから目を離さないまま、イヤホンから聴こえる互いの指示出しで乗り切るのだ。

 

強い信頼関係が不可欠なのに、テセと気まずい雰囲気になってしまったら、仕事に支障が出るかもしれない。

 

仕事と私情を切り離せるようになるには、私たちはまだ幼いのだ。

 

だから、チャンミンとのことがはっきりするまでは内緒にしていようと考えたのだ。

 

こんなズルい女になるなんて、自分でも驚きだった。

 

はっきりしたら...転属を願い出ることも視野に入れている。

 

「要塞」にいる者たちは、他人に干渉し合わない成熟した精神の持ち主ばかりだ。

 

礼儀正しく、争いごともなく、他愛もない会話を交わし、微笑み合ってすれ違う。

 

テセに色めき立った視線を送る女の子たちは、他人に無関心になりきれない未熟さを残している。

 

彼女たちよりは年長な私もテセは、まだまだ未熟だから恋心を抱けるのだ。

 

シイラもクレ君も若かったから、「要塞」を飛び出す事態を引き起こした。

 

フィットネスルームは、人目につく。

 

チャンミンとの逢瀬を1か月ばかり続けてみて、そろそろ場所を変えた方がよいのではと思い始めていた。

 

「要塞」にいる限りあらゆるところでカメラの目が光っていて、内緒ごとに向く場所はほぼないと言って等しい。

 

逢瀬...。

 

胸の奥が甘くうずくが、チャンミンの告白を思い出すと冷や水を浴びせられたみたいに 我に返ってしまう。

 

あの時の強い拒否感。

 

自分が子供の頃から植え付けられた「そら」に対しての嫌悪感。

 

この「要塞」は、攻撃から守るため固く閉ざされている。

 

地上からの攻撃もあれば、一番恐れているのが「そら」からのもの。

 

手首をつかまれた時、手を振り払うべきだったのだ。

 

そうすれば厄介な状況に置かれることもなかったのに。

 

しばらく時をおけば、チャンミンへの好奇心交じりの想いも鎮火して、これまで通り暮らしていけたのに。

 

でも、私はあの場に留まった。

 

私を見上げる哀し気な眼差しに、抗いがたい魅力を感じたから。

 

瀕死で救出された時、ストレッチャーから垂れ下がった黒く焦げた腕の、繊細そうな細い指。

 

病室で目にした美しい寝顔。

 

目と目が合った時、運命のようなものを感じ取っていたと言ったら、大袈裟だろうか。

 

チャンミンの一番の味方は、現段階では私だけだ。

 

私だけがチャンミンの秘密を知っている。

 

この事実が、チャンミンに惹かれる想いを加速させるから厄介だ。

 

でも、このまま隠し通せることじゃない。

 

「要塞」内のその他大勢の者たちは無害に近いけれど、上層部の人たちはチャンミンの動向をつぶさに探っているはずだ。

 

必ずどこかで知られてしまうだろう。

 

その時、チャンミンはどうなってしまうのだろう。

 

彼のことを思えば、早い段階で「要塞」を出ることだ。

 

そう。

 

チャンミンはいつか、ここを出て行かなければならない。

 

期間限定の逢瀬だ。

 

私に寄せるテセの好意をはねつけられないのも、これが理由。

 

私はズルい。

 

『そら』から来たチャンミンは、脅威の存在。

 

危険な香り。

 

美しい青年。

 

惹かれてしまうのを止められない。

 

「いざとなったらバラしてもいい」なんて、「僕は捕らえられるだろう」だなんて、酷い人。

 

中庭で空を見上げていた。

 

あちこちにベンチが置かれ、スタッフたちが思い思いに過ごしている。

 

カフェテリアの煌々とした灯りが、白いタイル敷きの地面を明るく照らしている。

 

この時間、荒野の真ん中で寝転がって見上げる星空はさぞかし綺麗だろう。

 

「要塞」にいる限り、絶対に出来ないこと。

 

唯一ある門が固く閉ざされてしまう17時以降の外出は禁止されているからだ。

 

カフェテリアの灯りだけじゃなく、四方を囲む居住棟の均等に並んだ電灯の光で、中庭内は相手の表情がはっきり分かるくらい明るい。

 

365日24時間体制、常に人通りがある。

 

それでも、星空は美しかった。

 

隣に立つチャンミンも、同じように空を見上げていた。

 

斜めに流した前髪が目元に影を作っていて、美しい横顔だと思った。

 

視界におさまる星空の中に、チャンミンの居たところはあるのだろうか。

 

故郷を思い出しているのだろうか。

 

私の視線に気づいたチャンミンが、まぶしいものでも見るように目を細めた。

 

胸が痛くなるほどきれいな笑顔を見せられて、私も自然と頬をほころばせ、同時に途方に暮れる。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ララとの待ち合わせという、ルーティンが加わった。

 

トレーニングなどそっちのけで、彼女と言葉を交わすという。

 

カメラからの死角になる壁面に、僕らはもたれ立つ。

 

ララのイヤホンを交互に耳にかけあって、という焦れったさの中で、僕は彼女の言葉を1日でも早く覚えられるよう、全神経を傾けた。

 

彼女の口元を凝視し、声に耳をすました。

 

僕は常人より知能が優れている。

 

そこを買われてこの地に降り立った。

 

病室にいる間は多言語過ぎてお手上げだったが、1言語に絞れば短期間で大方の会話はできるようになると踏んでいる。

 

1日1時間の逢瀬。

 

フィットネスルームへの出入りをあっさり許可されたのには驚いた。

 

いつまでたっても口を割らない僕を、本格的に泳がせたいのでは、という僕の予想は大当たりだった。

 

記憶喪失を装えば、ボロが出る。

 

最適なのは、意志を持って「何も語らない」ことだ。

 

この施設の者たちが温厚で、乱暴な手を使う発想がないようで助かった。

 

いくら瀕死だったとはいえ、得体の知れない者を受け入れるなんて平和過ぎる。

 

荒野に転がして死ぬに任せておけばいいものを。

 

もっとも、そんなことはしない者たちだとあらかじめ知っていたのだけれど。

 

1週間後には中央棟に限って出歩くことも許可された。

 

ここに担ぎ運ばれて4か月目の今、僕はララとお茶を飲んでいる。

 

「お茶」という飲み物も初めて飲んだ。

 

水分補給と電解質摂取を目的としない、香りと色のついた温かい飲み物を、時間に一区切りつけるためにゆっくりと飲む。

 

時間を共有するための飲食だなんて優雅なものだと思った。

 

さりげなさを装って冷静に周囲を目を配る。

 

どこもかしこも白くて清潔だ。

 

カフェテリアでは人目につくので飲み物の入ったカップを手に、中庭に出た。

 

四角に刈った木の陰に隠れるように、僕らは座った。

 

ここなら比較的暗がりだし、地面は白い砂利敷きで、服が汚れることもない。

 

装飾するためだけに植物を育てていることにも、優雅だと思った。

 

視線を感じて隣を向くと、ララの丸くて白い顔が間近にあった。

 

僕の横顔をまじまじと見ていたようだ。

 

「僕の顔に何かついていますか?」

 

「えっと...あなたの...目の縁の傷...。

痕が残ってしまいましたね」

 

僕と目が合ったララが慌てて言った。

 

恥ずかしがっているのを隠すかのように、おくれ毛をくるくると指先に巻き付けていた。

 

ララの話す言葉も、大体は理解できるようになった。

 

「ああ...」

 

僕は目の下を横切る膨らみを指でなぞる。

 

事故の際、深い傷を負った僕の頬にはひきつれたような傷跡が残っている。

 

「頼めばその痕も消してもらえますよ」

 

「僕は構いません。

ただ...笑う時ちょっとひきつれる感じがある程度です」

 

「それなら、あまり笑わないようにしないといけませんね」

 

そう言ってララはにっこりと笑った。

 

「僕を笑わせないでくださいね」

 

目の前のララの笑顔はやっぱりまぶしくて、つられた僕も微笑んでしまう。

 

笑うと両頬がきゅっと持ち上がって、目尻の下がった細い目が優しいんだ。

 

君が僕に好意を寄せていることは分かっているよ。

 

僕はそんな君の気持ちを利用しようとしている。

 

打算を隠した僕。

 

利用したくてしているわけじゃないんだ。

 

使命を持ってここに来たからには、それを果たさなければならないんだ。

 

でも君に惹かれているのは事実で、出来るだけ君に危害が加わらないよう僕は細心の注意を払うつもりだ。

 

「ララはどういった仕事をしているのですか?」

 

ララの肩がピクリと震えたのを僕は見逃さない。

 

「えっと...

ごめんなさい。

関係者以外には詳しくお話できないんです」

 

医療系ではないことは確かだ。

 

目が充血していることが多いから、モニターから目を離せない仕事か。

 

ここにいる者たちの染みひとつない白い衣服や、優雅な身のこなしから肉体労働とは無縁な世界なのだろう。

 

ここに来てすっかり痩せてしまった自身の身体を意識した。

 

「答えにくい質問をしてしまいましたね。

許してください」

 

「部署が違うだけでもこうなんです。

勤務時間外に、業務内容について話すことは禁止されているんです。

それに...あなたが...その...」

 

ララは黙り込んでしまった。

 

ララは聡明な人だ。

 

不用意に僕の名前を口にしない。

 

僕の名前はここでは秘密なのだから。

 

何を考えていたのかは、僕には分かるよ。

 

僕の「告白」を境に、君の目に恐怖の陰がちらつくようになった。

 

ふとした瞬間に、彼女の頬がこわばる。

 

病室で見せてくれた、好奇心だけを抱いた疑いのない、真っ直ぐな瞳はもう見られないのか。

 

君たちにとって僕が「敵」であるように、僕にとって君たちは「敵」なんだ。

 

それにしたって...。

 

この荒野の天候について説明をする君の話を聴きながら、僕は思う。

 

使命なんて全部捨てて、まっさらな心で向き合いたい。

 

探り合うような会話なんかしたくないんだ。

 

君の花開くような笑顔を見る度に、胸が切なくきしむ。

 

僕を通り過ぎていった幾人かの女性たちとは異なるものを、確かに君は持っている。

 

 

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