24.嫉妬-My Destiny-

 

~テセ~

 

飲み物の入ったカップを手に、テセはカフェテリアから中庭に出た。

 

朝から喉の痛みを覚えたため、日課のスイミングを取りやめたのだった。

 

カフェテリアの照明と中庭のそちこちに配置された外灯が、地面の白いタイルに反射して明るい。

 

砂漠地帯のここは、日が沈むと上着が必要なくらい冷え込む。

 

要塞の外は、石がごろつき乾燥した砂が広がる荒野なのに、四方を建物で囲まれた中庭は緑したたるオアシスだ。

 

控えめな声量で談笑する者、タブレット端末を片手に読書に集中する者...誰もが思い思いに過ごしている。

 

テセへ色めき立った視線を送る若者たちは、唯一アルコールを提供するバーか、ゲームセンターにいるのか、今の時間はここにいない。

 

「さむっ」

 

テセの身体にぶるりと寒気が襲う。

 

「医療センターでビタミン剤の注射をしてもらおう」

 

極寒の地域で育ったテセは、この地域の寒さなど大したことないはずだったが、もう何十年も過去のこと。

 

薄着と体調不良で夜間の冷え込みがこたえた。

 

(満月か...)

 

人口照明に負けない明るさの月を見上げ、視線を下ろした時、

 

(あ...れ?)

 

居住棟に沿ってぐるりと一周できる散策路から、中庭へ戻ってきたらしい2人の人物に目がとまった。

 

皆一様に白い衣服に身をつつんでいて、人種の違いはあれど皆穏やかな表情なため、似たり寄ったりで個人の見分けは難しい。

 

数歩進んで、目をこらす。

 

(ララと...『あいつ』じゃないか...!)

 

誰もこの2人に注意を払わない。

 

数か月前までは、突如現れた重体の男の登場に興味を抱く者もいたが、今では無関心だ。

 

正確に言うと、要塞の住人たちは他人に対して無関心な質もあるが、無遠慮に眺めまわしたりするような無粋な行為はしないのだ。

 

ひそひそとうわさ話が交わされることがあっても、それは単に平穏で単調な日々のスパイスに過ぎない。

 

情熱的な感情が失われている恩恵として、怒号がとびかったり、暴力沙汰がない平穏な生活が送れる。

 

初めて「要塞」に足を踏み入れた時、なんて退屈なところなんだろうと、テセは若い心を持て余していた。

 

ララと同じ部署に配属される前は、「要塞」が所有する車両の整備工だった。

 

あるとき「要塞」から十数キロ離れた場所に、打ち捨てられた小型航空機の引き上げに立ち会った。

 

無傷だったレコーダに2重にかけられたパスコードが、総当たりしていけばいずれは解けるものであることに、テセは不審に思った。

 

1つ目のパスが判明し、2つ目のパスが1つ目と同様なことも判明し、記録のためパスコードをコピーしようとした解析班の手を、すんでのところで止めたたのがテセだった。

 

コピーしたコードを、こちら側の端末にペーストした時点で、「要塞」のサーバーが乗っ取られるところだった。

 

この出来事がきっかけで、テセはスーパーコンピュータ室の配属となったのだ。

 

 

テセは近くの樹木の影に隠れる。

 

『例の男』の座った姿勢の姿しか目にしていないテセは、小柄なララとの身長差に、自分と変わらない背丈だと知る。

 

ただし、逞しく鍛えたテセと違って、かなりのやせ型だ。

 

片足を軽くひきずっている。

 

テセは、無関心を装えるほど成熟していなかったし、数年越しのララへの恋心は健在だった。

 

非番の日に、フィットネスルームでマシンを動かす『例の男』を何度か見かけていた。

 

怪我と安静で落ちた筋力と体力を取り戻そうとしている。

 

目が合うと『例の男』はかすかに頷いてみせるが、テセは関心のない表情で視線を外し、自身のトレーニングに取り掛かる。

 

注目を浴びていたのも束の間で、急速に皆の注目が薄れてしまったのも、この男の顔立ちが「要塞」の住人たちのように整っているからだった。

 

(いつの間に、ララと『例の男』がここまで親しくなっていたとは...)

 

看病を買って出るほど『例の男』に興味を示していたララへ、看護助手の役を融通してやった自分を後悔していた。

 

言葉を交わす程度なら構わないが、たった今目撃したように、1対1で会う程までに接近しているとしたら、ほっとけない。

 

最近の、ララのつれない態度の理由が見つかった、とテセは思った。

 

(化けの皮を剥いでやる)

 

テセの心中に、嫉妬が沸き上がった。

 

 


 

 

~チャンミン~

ここに来て気付いたことがある。

 

大人ばかりだ。

 

肌の色、髪の色のバリエーションに富んでいて、口にする言語も異なっている。

 

人工的な機器に頼っているから、言葉の壁など関係ないのだろう。

 

四方を5階建ての建物に囲まれていて、中庭から確認したところ、真ん中に15~20階建ての背の高い建物がそびえている。

 

エレベータの階数ボタンから 恐らく最上階辺りは許可された者しか立ち入れられないのだろう。

 

穏やかで、満ち足りた表情だからか、皆同じ顔に見える。

 

様々な人種にあふれているのに、同じ顔に見える理由を、僕は探している。

 

僕が居たところと、まるで違っている。

 

あそこでは、黒い髪にクリーム色の肌、同一言語だった。

 

狭くて、汚れていて...それから、貧しかった。

 

僕の乗ってきた飛行機も、部品をかき集めてやっとのことで完成させたものだった。

 

僕がこれまで見たこともない電子機器に囲まれている。

 

ここは白くて、清潔で...なんて、平和なんだろう。

 

死んでもおかしくはない程の怪我を負ったのに、こうして生きていられるのも、ここの技術が非常に優れている証拠だ。

 

医療センターの病室を出された僕は、この建物内の一室を居住スペースとして与えられた。

 

正面には外の景色を見下ろせる大きな窓、大の字になれるくらい大きなベッド、大きなディスプレイが壁にかかっていて...一番の驚きは、十分な広さをもった浴室だった。

 

寝返りもうてない程狭い3段ベッドに、押し込まれるようにして眠っていた世界とは異なり過ぎる。

 

でも、ここでは手をかざすと自動で流れる蛇口からは、不純物のない透明な水がふんだんに出る。

 

備え付けの小型の冷蔵庫を開けると、カラフルに色付けされた液体の入ったボトルが何本も冷やされている。

 

温めるだけで食べられる料理が入った容器も、冷凍されていた。

 

きっとどれもが、美味しいのだろう。

 

感動するのと同時に、この格差に嫉妬と苦々しい思いに襲われるのも仕方がないことだ。

 

悔しい。

 

許せない、と思った。

 

笑うと目尻がふにゃりと下がる、ララの笑顔が浮かんだ。

 

ララ。

 

君がこの星の生まれであることが、僕は悲しい。

 

任務を遂行するのを一瞬躊躇してしまうのも、君の存在が僕の中で大きくなってしまったせいだ。

 

この施設について探りを入れているのを気付かれないよう、さりげなく尋ねる。

 

ララの言語は、ほぼ習得できたといっていい。

 

僕の胸を苦しくさせる理由のもう一つは、

 

テセとかいうララの友人...恐らく彼は、ララに好意以上の気持ちを抱いている...が、ララと同じ言語を使っているからなんだ。

 

 


 

いよいよ来たな、と。

 

意識を取り戻してから連日、「尋問」するため病室を訪れていた『初老の男』。

 

カフェテリアで食事をとっていたある日、『初老の男』の助手に「一緒に来ていただけませんか?」と、呼ばれたのだ。

 

乗り込んだエレベータの片面は透明な樹脂で出来ていて、白茶けた大地を見渡すことができた。

 

太陽、青い空、青く霞んだ山脈のいずれにも、僕には目新しい景色で目を奪われそうになる。

 

誰かに会わせるのか、まさかとは思うが拷問されるのか、これからのことを想像して、気を引き締めた。

 

曇りガラスのドアの前には、スーツ姿の端正な青年...のちに『ミナミ』という名だと知る...が待っていて、僕を案内してきた助手は一礼した後、エレベータへ戻っていった。

 

「こちらへ」

 

音もなくドアが左右に開き、鏡のように磨き上げられた床を、僕は片脚を引きずりながら進む。

 

天井が高くて...2階分はあるかもしれない...、白くて広い...小さな子供たちが走り回って遊べるくらいの...部屋だった。

 

部屋の2面は全面窓になっていて、薄い布の向こうに青い空が透けて見えた。

 

こんなに沢山の布を、外光を遮るためだけに使うとは、なんて贅沢なんだろう。

 

「所長」

 

部屋の中央に置かれた長椅子に腰掛け、膝にのせたタブレットに目を落としていた人物が頭を上げた。

 

立ち上がると、僕の正面まで近づいた。

 

ぞくっとするくらいの美貌だった。

 

細身のスーツ姿で、男なのか女なのか分からない。

 

僕と同じくらいの年齢に見えるが、落ち着いた物腰から僕より年長そうだ。

 

腰まである白金の髪に、青白いほどの肌、細い鼻梁。

 

切れ長のまぶたの下の瞳は、深い緑色をしていて...。

 

そうだ!

 

ここにいる者たちの大半は、この人物のような緑色をしている。

 

だから余計に、皆同じ顔をしているように見えたんだ。

 

「わたくしは、ここの所長をしております」

 

目を奪われて立ち尽くしている僕に、「どうぞ、お掛けください」と椅子に座るよう促した。

 

腰が沈むくらい柔らかな座面で、ベッドと言ってもいいくらい長くて、L字型をしている椅子だった。

 

「こちらまで足を運んでいただき、感謝しております」

 

「!」

 

しっとりと低めの声で発声された言葉に、所長が僕の言語であることに気付いた。

 

とっさに、所長の耳を確認したが、何も装着されていない。

 

僕の思いを読み取ったのか、所長は微笑んだ。

 

「あなたの名前は...『チャンミン』と言うのでしょう?」

 

「!」

 

ララを除いて、僕の名前は一度も漏らしたことはなかったはず。

 

なるほど...病室で初めてララに名を告げた時、どこかに仕込まれたカメラにとらえられていていたのだろう。

 

予想していた通り、油断できないと思った。

 

知られてしまったのは、名前だけで済んでいればいい、と願った。

 

「どうしてあなたの名前を知っているのか。

 

あなたの身体には、身分を示すものは何一つ仕込まれていませんでした」

 

耳の後ろの生え際にかつてあったものは、ここへ降り立つ前に除去していた。

 

「お気づきのように、ここでは隠し事はできないのです。

ですが、あなたがどこから来たのかを探るのは、ひとまず脇へ置いておくことにしました」

 

所長はテーブルに置かれたお茶を僕にすすめると、白いセラミック製のカップに口をつけた。

 

「ここを出て行きたければ、わたくしたちは引き留めませんよ。

最寄りの場所まで送ってさしあげましょう。

帰るあてがないのでしたら、ここに居る以上何らかの役にたっていただく必要があります」

 

「ミナミ」

 

所長の背後に控えていた、スーツ姿の青年を呼ぶと小声で2,3言葉を交わした。

 

「SCルームとの連絡係です。

こことSCとの伝達を、あなたにお任せしたい」

 

問うような僕の表情に気付いた所長は、説明を続けた。

 

「SC...スーパーコンピュータのこと。

ここでの要の場所です。

そこと他部署との伝令は、アナログ方式をとっております。

SCルームは、どことも繋がっていないのです。

...何かと危険ですから」

 

所長は冷淡な感じのする、薄い唇の両端を持ち上げた。

 

目は笑っていない。

 

 

ストライクだった。

 

いきなり目当ての場所へ行かせるなんて...何か裏があるに違いない。

 

「荷が重いのでしたら、水質管理部はいかがでしょう?

どちらにしますか?」

 

 

試しているのか。

 

腹が立つ。

 

長く生きてきた者特有の、感情に左右されない達観した視線を、まっすぐ僕に注いでいる。

 

僕は目を反らさない。

 

愛想笑いも浮かべない。

 

 

「...連絡係を」

 

この部屋に通されて、僕は初めて言葉を口にした。

 

 

腹の底に巣食う怒りを隠した僕は、平静を装って無表情を貫いた。

 

 

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