【2】NO?ー僕に見惚れる?ー

 

 

 

「お言葉に甘えて、お昼寝します」

 

チャンミンには、“お昼寝”という言葉が微笑ましかった。

 

「夕飯の時間になったら、起こすよ」

 

チャンミンは、シーツを敷く民(ミン)を手伝ってやる。

 

「チャンミンさん、やっと笑いましたね」

 

「え?」

 

「私のことを、お化けでも見るかのような目で見ていたでしょう?」

 

「あ...」

 

民に指摘されて、チャンミンは無遠慮に民のことを観察していた自分に気付く。

 

「見慣れました?」

 

首をかしげて微笑んだ民。

 

 

柔らかそうな髪から、つんと立った両耳がのぞいている。

 

(に、似てる...)

 

パーツのひとつひとつが酷似していた。

 

「あの...、チャンミンさん?」

 

言いにくそうな民。

 

「ん?」

 

「あの...着替えたいのですが?」

 

「ゴメン!」

 

赤面したチャンミンは、慌てて部屋を出た。

 

(同じ顔をしているから、つい忘れそうになるけど、

この子は女の子だったんだ!)

 

両耳が、カッと熱かった。

 

 


 

 

チャンミンはTに電話をかける。

 

「びっくりしただろ?

民の奴、お前に激似なんだって。

俺も初めて会ったときは、フリーズしたよ。

『チャンミンが妹になるなんて、よしてくれ』って思ったんだ」

 

いたずらをしかけて成功した小学生のように、楽しそうな声のT。

 

「お前の妹としても、弟としても通用するから、

お前の彼女がヤキモチ妬くことはないよ」

 

(ヤキモチなんか妬くもんか。

「同棲している」を連呼してたけど、

実際の僕らは、もう終わっている。

最後にセックスをしたのは、一体いつだったか思い出せない)

 

 


 

「ああ...分かった...じゃあな」

 

電話を切って顔を上げると、民が戸口の前で突っ立っていた。

 

大きなTシャツの下から、黒のレギンスに包まれた細い脚が突き出ている。

 

「ごめん、起こした?」

 

「いえ、ぐっすり眠れました。

ありがとうございます」

 

チャンミンは、薄いTシャツ越しの民の胸の辺りに目をやってしまう。

 

(何を確認しようとしてるんだよ?)

 

民がチャンミンの側を通り過ぎる時、民の後頭部の髪が何房かはねているのに気付いた。

 

チャンミンは、民の髪に手を伸ばしていた。

 

「どうも」

 

チャンミンの手が頭に触れても動揺することなく、民は頷いただけだった。

 

動揺していたのはチャンミンの方だった。

 

民の髪に手を伸ばした自分の行動が、あまりに自然だったことに動揺していた。

 

(あまりに似ているから、まるで自分の身体のように、彼女に触れてしまった)

 

 


 

 

チャンミンと民は、ダイニングテーブルについていた。

 

「できあいのものばかりで悪いんだけど」

 

民の好みが分からないチャンミンは、何種類もの総菜をスーパーで購入してきた。

 

「お皿に移しかえるなんて、チャンミンさんはきちんとされている方なんですね」

 

(リアだったら、こんな小さなこと絶対に気付かない。

 

民が座っている席には、普段はリアがいる。

 

もっとも、僕らが共に食事をすることはほとんどなくなった。

 

僕が帰宅する前にリアは出かけてしまい、僕が出かけた後にリアは帰宅する)

 

「リアさんは、お仕事ですか?」

 

「えっ?」

 

急に同棲相手の話が出て、チャンミンはむせてしまった。

 

「リアさんに申し訳ないです。

彼氏さんと住んでいるところにお邪魔しちゃって」

 

眉をひそめる民。

 

「あいつは、ほとんど家にいないから、気にするな」

 

チャンミンは、民がしばらくここに寝泊まりする件を、リアに話していなかった。

 

典型的なサラリーマンのチャンミンと、自由業のリアの生活時間帯が重なることがまれだった。

 

すれ違い続きで、滅多に顔を合わせないくせに、嫉妬深いところがあるから、トラブルの種になりそうな今回の件は、伝えづらかった。

 

(兄妹として通すのが、最善かもしれない)

 

「リアさんは、どんなお仕事をされているんですか?」

 

「...モデルをやってる」

 

チャンミンは口ごもった後、渋々答えた。

 

「へぇぇ」

 

民は目を見開いて驚いた。

 

「モデルさんなんですか。

そうしたら、二人が並んで歩いたら、美男美女で周りは振り向くでしょう?

チャンミンさんも背が高くてかっこいい...」

 

と、民はそこで言葉をきると、苦笑いをした。

 

「チャンミンさんを褒めると、まるで自画自賛しているみたいで恥ずかしいですね」

 

「僕が君を褒めたら、やっぱり自画自賛になるね」

 

チャンミンと民は顔を見合わせて笑った。

 

チャンミンは、民の笑顔から目が離せずにいた。

 

(この子はきっと、素直に育ってきたんだろうな。

笑顔を見れば、そんなことすぐわかる。

それに、感動するくらい目が綺麗だ。)

 

 

民はチャンミンが用意した夕飯を、きれいに平らげた。

 

「私は居候なんです。

せめてこれくらいさせてください」と、食卓の片づけを買って出た。

 

民がこちらに背を向けているので、チャンミンは遠慮なく彼女を観察していた。

 

長い前髪を耳にかける仕草や、半袖から伸びた腕がしなやかだった。

 

背も高いし、言われなければ男性として通るかもしれない。

 

黒のペディキュアが塗られた裸足の脚に視線を移す。

 

(そうだった、この子は女の子だったんだ。

僕と同じ目鼻立ちをしていて、

これで他人なんだから)

 

 

テーブルに置かれた携帯電話が震えた。

 

「はいはーい」

 

民は、Tシャツの裾で濡れた手を拭って、電話に出る。

 

「あ~、兄ちゃん?

うん...すごくいい人だよ...そうなの!

びっくりした!」

 

チャンミンとの時と違って、くだけた口調で、高いトーンで会話をする民。

 

まだ初日だから仕方ないが、民とこんな風に言葉を交わせるようになりたいと、チャンミンは思っていた。

 

「チャンミンさん」

 

「...」

 

「チャンミンさん」

 

いつの間にか兄Tとの電話を終えた民が、チャンミンの肩を揺らしていた。

 

「あ、ごめん!

ぼーっとしてた、何?」

 

「お風呂を貸してください」

 

「あ、ああ。

どうぞ、自由に使って」

 

チャンミンは民を、バスルームへ案内する。

 

すみずみまで掃除をしたバスルームは、爽やかなレモンの香りがした。

 

「タオルはここ。

シャンプーなんかは、ボトルにシール貼ってあるから。

洗濯機も自由に使っていいよ」

 

「あの...チャンミンさん」

 

「?」

 

「何から何まで、ありがとうございます。

しばらくの間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

深々と頭を下げる民に、チャンミンは慌てて言う。

 

「そんな!

気にしないでいいから。

Tの妹さんなんだから。

いろいろと気付いてやれない時は、遠慮なく言って。

自由になんでも使っていいからな」

 

 


 

T、

 

お前の妹には、驚いた。

 

背筋に電流が流れた。

 

鏡の前に立った自分を見ているかのようだった。

 

僕と同じ顔をしていることに唖然としたけど、

 

それ以上に驚愕したのは、

 

あの子を見て、「美しい」と思ったことなんだ。

 

ナルシシズム?

 

違うって。

 

自分の顔に見惚れているんじゃない。

 

あの子に見惚れているんだ。

 

T、とんでもない子を送り込んできたな。

 

お前の妹だから、うかつなことはできないけれど、

 

あの子を見ていると、妙な気分になるんだ。

 

あの子が女であることが、たまらない気持ちにさせるんだ。

 

 

僕の名前で君を呼ぶ    TOP

TOP