【4】NO?ー僕の同棲相手ー

 

 

「おはようございます」

 

コンロに向かっていた民(ミン)は、起床してきたチャンミンの方を振り向いた。

 

「!!」

 

民は、黒Tシャツと昨日と同じ細身のデニム姿だった。

 

「お、おはよう」

 

チャンミンの寝ぼけた頭が、一瞬でしゃきっと目覚めた。

 

(そうだった。

民ちゃんが昨日からうちにいたんだった...)

 

「!!!!」

 

 

(ミミミミミミミンちゃん!!)

 

 

目を丸くして、民の着たTシャツに注目しているチャンミンに気付いて、

 

「このTシャツ...変ですか?」

 

と、不安そうに眉を下げる民の様子に、チャンミンは慌てる。

 

「変じゃないよ」

 

 

(変じゃないけど!

全然変じゃないけど!)

 

チャンミンの顔は真っ赤だった。

 

(民ちゃんは、ブラジャーを付けないのか?

 

乳〇が透けてるじゃないか!

 

そうなんじゃないかと思ってたけど...。

 

民ちゃんって...、

 

ペチャパイなんだ...。

 

なんて、本人には絶対に言えないけど...)

 

 

「チャンミンさんって...男の人なんですね」

 

感心したように民はつぶやいた。

 

「え!!!」

 

慌ててチャンミンは、スウェットを履いた下半身に目をやる。

 

(しまった!

油断していつものように起きてきてしまった!

男の朝の生理現象を、見られたか!?)

 

焦ったチャンミンはスウェットパンツをつまんで、腰をかがめる。

 

「いえ。

そこじゃなくて、ヒゲです」

 

「へ?」

 

「泥棒さんみたいな顔になってます」

 

民はくすくす笑った。

 

(そこ?)

 

顎をさするチャンミンに、民は顔を右に左にと見せた。

 

「私には髭は生えてません。

あぁ!

焦げちゃいます」

 

民はフライパンの中身の調理に戻り、チャンミンは洗面所へ向かった。

 

(色白ですべすべの肌だな...。

やっぱり女の子なんだな...)

 

 

 

身支度を済ませたチャンミンが戻ると、ダイニングテーブルの上にはすっかり朝食の用意が出来ていた。

 

「オムレツのはずが、炒り卵になっちゃいました」

 

(料理は...下手な方かもしれない)

 

チャンミンは、皿の上に乗った黄色いぐちゃぐちゃを見下ろした。

 

 

(誰かに朝ごはんを作ってもらうなんて、久しぶりだな...)

 

「あ!

リアさんは?

まだ寝ていらっしゃるんですよね?」

 

寝室の方へ顔を向けた民に、チャンミンは慌てて言う。

 

「明後日まで帰ってこないよ。

それに、リアは朝ごはんは食べないんだ」

 

「体重管理に命をかけているからな」と、チャンミンは心の中でつぶやいた。

 

今朝、枕もとで点滅する携帯電話に、撮影旅行で3日程留守にする、と簡潔なメールが届いていた。

 

「そうですか...」

 

「リアのことはいいから、食べよう!」

 

「はい」

 

民はリアの席につくと、コンソメスープ(レトルトもの)のカップに口をつけた。

 

1年前までは、チャンミンとリアは毎朝、こんな風にに向かい合って朝食をとっていた。

 

西欧の血が混じった美しい顔と、パーフェクトな身体をもつリアに、見惚れる気持ちをまだ持っていた頃のことだ。

 

 

(あの頃は、リアの恋人が自分であることが自慢で、幸せだった。

 

彼女の仕事が忙しくなって、帰りが遅くなったり、外泊する日が増えてきて、数日間顔を合わせない日が当たり前になってきた。

 

深夜にベッドに滑り込んできたリアを後ろから抱きしめると、鬱陶しがって僕の腕を跳ねのけられる日もあったっけ。

 

かと思えば、ベッドサイドに置いた僕の携帯電話をチェックしていることもある。

 

褒められた行為じゃなかったとしても、ちゃんと僕のことが気になっているんだと、少しだけ嬉しかった。

 

リア以外の女性と浮気なんてあり得ない。

 

リアの方が浮気をしているとか...?

 

リアが、自分以外の男と浮気だなんて絶対にない、と自信があった。

 

どんなに帰りが遅くなろうと外泊が続こうと、リアは必ず僕らの部屋に帰ってきたから。

 

ここは、僕とリア二人の家だ。

 

でも、今はどうなんだろう。

 

これまで僕はリアの帰りを待ち続けてきた。

 

この部屋で一人で過ごす日を積み重ねていくと、それが当たり前になってくる。

 

実は、僕は寂しかったんだろうな。

 

だから、Tからの依頼に渋々な様子を装いながらも、承諾した。

 

「リアが嫌がるのでは?」と一瞬迷ったし、彼女が納得するように何て説明しようか頭を悩ませたけれど、結局は民ちゃんを受け入れた。

 

この停滞した部屋に、新しい風を取り込みたかったのかもしれない)

 

「チャンミンさん!」

 

「......」

 

「チャンミンさん!」

 

「ああ!ごめん!」

 

(昨日から、僕はぼんやりしてばかりだ)

 

「冷めますよ」

 

民の三白眼がチャンミンを軽く睨んでいた。

 

「ごめん!

民ちゃんがせっかく作ってくれたんだから。

では...いただきます」

 

卵料理を口に運ぶチャンミンの様子を、民は固唾をのんで見守っている。

 

「......」

 

「美味しいよ」

 

(見た目はぐちゃぐちゃだけれど、味はいい)

 

「嬉しい、です」

 

口を覆った両手の上に覗く、民の眼がにっこりと三日月形になっている。

 

(可愛いな...って、おい!)

 

チャンミンがこぼした笑みを見て、民は思う。

 

(チャンミンさんの笑顔って素敵だな。

クールなイメージなのに、笑うと可愛いな。

目尻のしわが、大人っぽいな)

 

見た目が全く同じのチャンミンと民ちゃん。

 

朝食のテーブルをはさんで笑顔を交わす二人は、内心驚いたり、感動したりと忙しくて。

 

その時はまだ、互いが物珍しいから知らず知らずのうちに、観察し合っていたのであった。

 

 


 

 

「仕事に行ってくるよ」

 

食器を洗う民の背中に向かって、チャンミンは声をかけた。

 

「はい、はーい!」

 

濡れた手をTシャツで拭いながら振り向いた民は、チャンミンを見た途端に思わずつぶやいてしまった。

 

「カッコいい...」

 

「え!?」

 

紺色の細身のスーツを身につけたチャンミンを前にして、民はうっとりとした表情をしている。

 

「チャンミンさん...カッコいいです。

大人の男って感じですね...」

 

「あ、ありがとう」

 

民の直球の褒め言葉に、チャンミンの方がどぎまぎして、大いに照れてしまった。

 

靴を履こうとかがめていた腰を起こした時、バチっと互いの視線が間近でぶつかった。

 

「!!」

「!!」

 

民は、チャンミンの靴のサイズを確認しようとしていたらしい。

 

ついと目を反らした民は、ごまかすように前髪を耳にかけた。

 

チャンミンは、心の中で微笑した。

 

 

(目が合うと、照れて顔を伏せる時もあったかと思えば、

まっすぐ食い入るように見つめる時もあったり。

さっきみたいに、憧れ交じりの眼差しを注がれたら...胸がこそばゆい)

 

「そうそう!」

 

チャンミンはポケットから鍵を出すと、民に渡した。

 

「鍵を渡さないとね」

 

「よろしいんですか?」

 

「スペアキーだよ。

今日、荷物が届くんだよね」

 

「はい、そうです。

着替えも今着ているのしかないんです」

 

民がTシャツを指さすと、チャンミンの視線が自然と民の胸の辺りに釘付けになりそうになった。

 

(こら!

僕はどこを見ているんだ!

 

民ちゃん、お願いだからブラを付けて欲しい。

 

〇首が透けているから!

 

目のやり場に困るから!)

 

 

「手伝って欲しいことがあったら、遠慮なく言うんだよ」

 

「はい」

 

「帰りは19時ころになるよ。

じゃあ、行ってきます」

 

 

(自分に見送られるなんて、奇妙なものだ...

民ちゃんは自分みたいだけど、自分じゃないんだよなぁ。

それに加えて、女の子なんだよなぁ...)

 

 

民のTシャツの胸を思い出してしまったチャンミンは、ブンブンと頭を振って駅までの道を急いだ。

 

(いい加減、リアに民ちゃんのことを言っておかないと。

妹設定は無理があるかなぁ...)

 

 


 

 

(チャンミンさんって、かっこいい人だな。

私も男の人になったら、あんな感じになるのかなぁ)

 

民はチャンミンがマンションエレベーターに消えるまで見送った。

 

「あ」

 

玄関ドアを閉めた民のポケットの中の携帯電話が震えた。

 

発信者の名前を確認して、ふふふと民の頬が緩んだ。

 

 

『明日13時はどうですか?

家まで来てください』

 

 

(嬉しい!)

 

 

『分かりました。

お宅までの地図を送ってください』

 

と返事を送った。

 

リビングのソファに横になって、携帯電話の画面を何度も確認する。

 

「ふふふ」

 

チャンミン宅のソファは大きく、彼と身長がほとんど(3㎝差)変わらない民が脚を伸ばしても、十分余裕がある。

 

(『家へ来てください』...だって。

 

キャー、どうしよう!

 

ふふふふ)

 

昨夜、チャンミンとキッチンで別れた後、民はよく眠れずにいたため、うとうとと眠気に襲われてきた。

 

快活でいても、民は民なりに緊張して、気を遣っていたのだ。

 

 

(びっくりして、びっくりして、びっくりした!

びっくりし過ぎて...疲れたな...)

 

「民ちゃんは、物事に動じないんだな」とチャンミンは思っているようだが、民の心中も彼と同様だった。

 

 

(眠い...

荷物は午前中に届くはず。

チャイムが起こしてくれるよね。

...眠い)

 

 

ソファに横向きに寝そべった民のまぶたは閉じて、間もなくすーすーと寝息をたてた。

 

 


 

 

「チャンミ~ン」

 

 

「!!!」

 

 

どしんと背中に衝撃を受けて、民の眼がバチっと開く。

 

 

「チャンミ~ン」

 

 

(何!何!何!?)

 

横向きに寝た民の後ろから、誰かが抱きついてきた。。

 

ふわっと甘い香水の香りがした。

 

民の胸元にまわされたのは、マニキュアを塗った白くてほっそりとした手。

 

(リアさんだ!)

 

民の首筋に吐息がかかる。

 

「ねぇ...ミ~ン」

 

(私はミンだけど!

リアさんの呼ぶ「ミン」じゃないから!)

 

「ねぇ、チャンミ~ン。

起きて」

 

(ひぃぃぃ!)

 

民の首筋に、リアの頬がこすりつけられた。

 

(間違えてるんだ!

私のことをチャンミンさんだって、間違えてるんだ!

チャンミンさんじゃないってことを、説明しなくちゃ!)

 

 

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