【9】NO?-情けない僕ー

 

チャンミンと民が揃って帰宅した時、リアはTVを観ながらペディキュアを塗っていた。

 

チャンミンの「ただいま」に対して、リアはアイスブルーに塗られた爪を満足そうに眺めていて、顔も上げずに「おかえり」と答える。

 

リアの視界にスラックスを履いた足が、続いてデニムパンツの足が入ってはじめて、リアは顔を上げた。

 

「ひっ!!」

 

(チャンミンが...二人いる...!)

 

「!!!!」

 

リアは大きな目をさらに大きく見開き、すっぴんでも美しく整った顔をこわばらせてフリーズした。

 

無言のままスーツを着たチャンミンと、隣のカジュアルな服装の民を交互に見る。

 

何往復もした後、「嘘でしょ...」とかすれ声でつぶやいた。

 

「説明するよ」

 

チャンミンはリアの前まで進み出て、リアの手から転げ落ちそうなマニキュアの瓶を取って、ローテーブルに置いた。

 

「この子をしばらく預かることになったんだ」

 

民もソファに座るリアの前に、両脚を折って座る。

 

「ご挨拶が遅れましたが、民といいます。

私は、チャンミンさんの...」

 

「双子なのね。

聞いてないわよ。

いるのって妹じゃなかったっけ?

あなたに双子の弟だか、兄だかがいるなんて、初耳なんですけど?」

 

「いいえ、私はチャンミンさんの...」

 

「どういうことよ?」

 

民の言葉を途中で遮ると、リアは隣に座ったチャンミンをキッと睨む。

 

(ひゃっ!

リアさんが怖い)

 

民の背筋が伸びる。

 

 


 

これまでの僕は、リアには自分のことを包み隠さず教えていたんだった。

 

家族構成、家族の名前、卒業した学校名、好きな映画、趣味嗜好。

 

別れた彼女の名前、馴れ初めに始まり、何回目のデートで性交渉をもったのか、別れたきっかけは何なのか?

 

「私のどこが好き?」の質問には、

 

ひとつひとつパーツを上げながら具体的に称賛しなければならなかった。

 

僕の言葉受けて、満足そうなリアを見ると幸福感でいっぱいだった。

 

尋ねられるまま答えていた自分も自分だよ。

 

当時は、僕のことが好きなあまり、僕のことなら何でも知りたいんだな、とプラスに捉えていた。

 

自分のことは、ほんの少ししか開示してくれなくて、わずかなりとも不満だった。

 

 


 

 

「双子に見えるかもしれないけど、そうじゃないんだ」

 

リアを前にすると口ごもってしまって、言いたいことの半分も口にできなくなってしまうチャンミンだった。

 

(帰宅するまでは、威勢のいいことばかり考えていたのに!)

 

チャンミンは、自身のことを情けなく思う。

 

そして、民のことを見るリアの表情が胡散臭げで、心の中で「民ちゃんごめん」と謝った。

 

(ここは下手に出て、なだめるように言わないと、

機嫌をもっとこじらせたら、

「その子には出ていってもらって」か、

「私が出ていく」になりかねない。

 

リアは留守がちだけど、この家はリアの家でもあるから、僕だけの権限で決められないんだ。

 

情けない、バシッと言えない自分が情けない)

 

 

2人のやりとりを民は、正座をして聞いていた。

 

(困ったな...。

リアさん、怒ってる。

当然だよね。

もしかして...チャンミンさんって、リアさんに頭が上がらないのかな)

 

恋人同士のやりとりに口を挟めない民は、辛抱強く話の決着を待つ。

 

(...今夜だけ泊めてもらって、明日お兄ちゃんに相談しよう。

ここを出よう。

私は歓迎されていない)

 

「民ちゃんは、女の子なんだ」

 

「嘘でしょ!?」

 

(嘘はつきたくないけど、民ちゃんの言う通り、今はこう説明するのが最善だ)

 

「嘘じゃない。

民ちゃんは、僕の...妹だよ」

 

「女ですって...!?

信じられない。

ねえ、あなた、立って見せて」

 

「はい!」

 

民は弾かれるように立ち上がる。

 

リアは、民の顔から、脚の先まで舐めまわすように観察した。

 

(まるで同じじゃない)

 

無表情のリアは、「回ってみて」と民に命じる。

 

「はい!」

 

素直にリアの前で、くるりと回って見せた。

 

「......」

 

(どう見ても『男』じゃないのよ。

なるほど、あのワンピースの謎が解けた。

この子は『男』なんだけど、女物の洋服を着て『女』になる時があるのね。

見た目は男だけど、ハートは女なのかもしれない。

喋り方も、女っぽいし...)

 

考えにふけっていたリアは、チャンミンへの攻撃を再開した。

 

「チャンミン、今日は代休かなにかだった?」

 

「いや、仕事だったよ」

 

「ってことは、ソファで寝てたのは...そこの子ってわけなのぉ!?」

 

甲高いリアの声に、ソファに座るリアの前で正座をした民は、頷いた。

 

「はい、その通りです」

 

目前の民と、民の後ろに立つチャンミンを再び何度も交互に見るリアの顔が歪んでいる。

 

「昨日から、あのお部屋をお借りしております」

 

 

「...にしても、似すぎじゃない?

気持ち悪い!」

 

吐き捨てるように民に向かって言ったことに、チャンミンはムッとした。

 

「そんな言い方はないだろう!?」

 

「双子じゃないのに、ここまで似ることってあるわけ?」

 

「双子じゃないんだって!」

 

「あーもー、混乱する!」

 

(どうしよ、どうしよ)

 

正座した膝に乗せた手を、開いたり閉じたりしながら、民は話の結論がどうなるかをじっと待つ。

 

「それに、今日はずいぶんと帰りが遅いじゃないの!

食べるものがなくて、空腹で待ってたのよ」

 

(今日は特に、機嫌が悪い。

いい意味で感情豊か、悪い意味で気性が激しいリアとの応酬を、刺激的だと新鮮に受け止められたのも過去のことだ)

 

「家に居るなんて、珍しいな。

撮影はひと段落ついたんだ」

 

リアがぎくりとする。

 

(モデル業は開店休業状態とは言えない)

 

「悪い?

私が邪魔なの?」

 

「そういう意味で言ったんじゃないよ。

買い物もしてきてないし、ほら、果物とか鶏ささみとか、要るだろ?」

 

「最近は、フルーツは断ってるの。

糖質を制限しているのよ」

 

「そっか...知らなくて」

 

「知らなくて当然よ。

話をするのが久しぶりなんだから。

だからって、こういう大事な話を黙っていたんだ?

信じられない。

私を何だと思っているの?

私のことが邪魔なんでしょ。

ひとりでノビノビとやってるんでしょ?

私が居ない方がいいんでしょ?」

 

と、リアはまくしたてる。

 

「居ない方がいいなんて、思ってないよ」

 

 

(どうしよ...リアさん、怒ってる)

 

うつむく民を気の毒に思ったチャンミンは、民の耳元でささやいた。

 

「民ちゃん、ごめん。

僕がなんとかするから、お風呂に入っておいで」

 

チャンミンを見上げる民の助けを呼ぶような、すがるような眼を見て、チャンミンはいたたまれなくなる。

 

「はい。

お言葉に甘えて...。

それでは、お先に失礼します」

 

民は会釈をすると、着替えを取りに与えられた6畳間に避難した。

 

(ふう...。

チャンミンさんとリアさんとの仲を裂くわけにはいかない。

やっぱりここにご厄介になるのは、やめた方がいいかもしれない)

 

「あれ?」

 

実家から送った荷物が、乱れていることに気付いた。

 

(え...どうして?)

 

洋服や下着、小物などが段ボール箱から飛び出している。

 

民が所有する唯一のワンピースは、畳んだ布団の上に投げ捨てられていた。

 

(誰が...?)

 

閉めたドアの向こうから、チャンミンとリアの言い争い(と言っても、一方的にチャンミンを責めている格好)が聞こえる。

 

(犯人はリアさんだ。

自分の家に、謎の箱が置いてあったら、気になるよね)

 

チャンミンがスペースを空けておいてくれたクローゼットへ、私物をひとつひとつ収めていった。

 

ワンピースはハンガーにかけ、積み上げた本を台にして、化粧水と目覚まし時計を置いた。

 

(二人の力関係が、なんとなく分かってきた。

私のせいで、チャンミンさんが責められてしまって、ごめんなさい)

 

着がえと下着を胸に抱きしめると、部屋のドアを開けた。

 


 

「私の服を片付けてしまうなんて、どういうことよ!?」

 

「メールで書いてたのは、そのことだったんだ」

 

「あそこは、私の衣裳部屋だったのよ。

これからどうすればいいのよ?

私に無断で動かさないでよ」

 

「勝手に触ったことについては、申し訳なかった。

一か月の間だから、辛抱してくれないか?」

 

「一か月だけでしょうね?」

 

「ああ」

 

チャンミンの返事に満足したリアは、ソファに横になって両脚を持ち上げて足先をぶらぶらし始めた。

 

むくみをとる体操だそうだ。

 

「お腹が空いたな」

 

「わ、わかった。

何を作ろうか?」

 

「スムージー。

ヨーグルトは無脂肪で。

砂糖は使わないで、エリスリトール。

バナナは絶対に駄目。

アーモンドミルクがあれば、ヨーグルトはナシで。

氷は3つ。

プロテインとケールでお願い」

 

冷蔵庫から材料を取り出しながら、チャンミンはため息をつく。

 

作り慣れているから、考え事をしながらでも手順は間違えない。

 

(僕はリアに押されっぱなしだ。

あんなに好きな女だったのに。

久しぶりに顔を合わせたというのに。

今は、衝突を恐れて、ご機嫌取りだ)

 

ジューサーのたてる振動と轟音が、チャンミンのささくれた気持ちをなぜか鎮めた。

 

(民ちゃん、ごめん。

僕らの醜態を見せてしまった。

フォローしてやれなかった。

居心地が悪かっただろうに)

 

ガチガチになって正座をしていた民の姿を思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになったチャンミンだった。

 


 

背を向けてスムージーを作っているチャンミンの背中を、リアは食い入るように見ていた。

 

(私の言いなりで、一途に待ち続けていて、女々しいところが残念だけど、

スタイルはいいし、顔もいい。

隣を歩かせたら、私と充分釣り合いが取れるし)

 

一日の労働でしわの寄ったワイシャツや、力をこめるたび筋ばる日に焼けた腕などを、リアはじーっと見つめる。

 

リアはフラストレーションを抱えていた。

 

(昨夜はあんなに熱かったのに、部屋から出ずに3日間過ごすはずだったのに。

今朝になって「帰れ」だなんて。

「帰りたくない」って、あの手この手で奉仕したのに、

それでも「帰れ」だなんて。

持て余したこの熱をどうすればいいのよ)

 

出来上がったスムージーにストローを刺して、チャンミンがリアの元へ戻ってきた。

 

リアにそれを渡すと、チャンミンはネクタイを外し、ダイニングチェアにひっかけておいたジャケットを取って、洗面所に向かおうとしたがすぐに引き返してきた。

 

(民ちゃんがお風呂にいるんだった)

 

リアはじっくりとチャンミンの全身を眺める。

 

(『あの人』ほどじゃないけど、まあまあいい身体しているし、

『あの人』ほどテクニックはないけど、私を喜ばせようと一生懸命になってくれるし。

チャンミンと最後にしたのは、いつだったっけ?

3か月...いやもっと前...半年?

...とにかく!

私は、ムラムラしているのよ!)

 

隣でグラスの水を飲むチャンミンに、リアは飛びかかった。

 

「ちょっ!」

 

ごとんとグラスが転がり落ちて、ラグを濡らす。

 

チャンミンのシャツの襟もとを引き寄せると、唇を押し付けた。

 

「ん...リア!」

 

リアの両肩をつかんでひきはがす。

 

「チャンミンは...私を拒むの...?」

 

「う...」

 

泣きそうな悲しそうな顔をするリア。

 

チャンミンの腕の力が緩んだ隙に、リアはチャンミンのシャツのボタンを外し始めた。

 

「待て、リア、待てったら!」

 

リアの手首をつかむと、再びリアは泣きそうな悲しそうな表情をする。

 

(チャンミンは、この表情に弱い)

 

脱がせたシャツをソファの向こうへ放り投げた。

 

「み、民ちゃんが!」

 

リアはチャンミンのベルトを外し始めた。

 

リアを力任せに突き飛ばすわけにもいかない。

 

「民ちゃんが...いるんだって!」

 

 

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