【13】NO?-僕と彼との面会ー

 

このビルは6階まではテナントが入っており、7階から10階までは居住スペースになっている。

 

チャンミンと後輩Sは、地下駐車場の守衛室脇エレベータで6階まで上昇した。

 

開いた扉の真正面がデンタルクリニックで、右手の奥まったところに指定されたオフィスがある。

 

「金持ちが通いそうな歯医者っすね」

 

Sはゴールド縁の自動ドアの向こうを興味津々にのぞき込んでいる。

 

チャンミンは腕時計で、約束の時刻の5分前なのを確認する。

 

目立たないよう廊下から1歩引っ込んだ位置にあるドアのインターホンを鳴らした。

 

『はい』と男性の声が応答し、チャンミンは名乗った。

 

「お待ちしておりました」

 

ドアを開けたのは、年齢は30代半ば、浅黒い肌、均整のとれた長身、そして目鼻立ちのくっきりとした美形の男性だった。

 

第3ボタンまで開けた麻の白シャツから、逞しい胸元が見え隠れしている。

 

(胸をはだけすぎだろ。

誰アピールだよ。

キザったらしい奴だなぁ)

 

背中まである長い髪を後ろでひとつに束ねている。

 

その男性は、チャンミンを目にして一瞬、目を見開いたがすぐにビジネスライクな表情になって、チャンミンたちを中に招き入れた。

 

オフィスは仕切りのないワンルームで、そちこちに置かれた観葉植物と壁一面の窓ガラスにかけられた木製ブラインドが、ナチュラルな雰囲気を作っている。

 

(中央に螺旋階段があるから、アトリエと繋がっているのだろうか)

 

「時間を早めてしまい申し訳ありませんでした。

日にちをあらためようかと思いましたが、これまでに何度もこちらの都合で延期していますからね」

 

本来の打ち合わせの日時は一週間前だったが、度重なる予定変更にチャンミンたちは振り回されていたのだ。

 

「飲み物をご用意しましょう。

アシスタントが不在ですので、私が淹れることになります。

アイスコーヒーでよろしいですか?」

 

「お構いなく」とチャンミンは頭を下げる。

 

チャンミンもSは立ったまま、さりげなく目隠しされたミニキッチンに向かう男性の背中を見送る。

 

広い背中で揺れるその髪は、つやがあって手入れが行き届いているのが分かった。

 

(自身にお金をふんだんにかけるタイプと見た)

 

ラフなファッションだったが、上質で高価そうに見えた。

 

「先輩、想像と全然違いますね」

 

Sのひそひそ声に、チャンミンは頷く。

 

(確かに。

アーティストというから、痩せこけて、ボサボサ頭の、トリッキーな服を着た奴を想像していた)

 

「芸術家って儲かるものなんすか?」

 

恐らく計算のもと絶妙な位置に配置された家具も、量販店や通販で揃えたものには見えない。

 

座るよう促された透明アクリルチェアも、チャンミンでさえ知っているブランド家具だ。

 

「1作品、何十万も何百万もするんですかね」

 

オフィスを見回しても、不思議なことに彼の作品らしきものは置かれていない。

 

飲み物を乗せたトレーを持った男性が戻ってきたため、チャンミンはSの脇をつついて黙らせる。

 

Sはチャンミンに目で合図され、あたふたと名刺入れを取り出した。

 

名刺交換の際、ぐっと見据える彼の眼力に、チャンミンは一瞬ひるむ。

 

上質な白い名刺には肩書がなく、彼の名前『ユン』とあるだけだ。

 

二人の名刺を受けとったユンは、顔と名前を確認するかのように「チャンミンさんと、こちらがSさんですね」ともう一度眼光するどいまなざしで、二人を見た。

 

チャンミンはユンの胸元に視線をくぎ付けにしているSに気付く。

 

「おい!」

 

慌ててSの背中を叩いた。

 

「すみません」

 

「それでは、始めましょうか」

 

ひととりの挨拶を終えると、ガラス天板のテーブルに3人がつき、打ち合わせが開始された。

 

1年間の発刊スケジュールと各号のテーマを、バックナンバーを見せながら説明する。

 

予算の都合上、オリジナルに制作してもらうのは最終号のみで、残り5号分は既出の作品を使用することになっている。

 

作者近影の写真撮影日時や、作品撮りの日程については、あらかじめメールと電話で伝えてあった。

 

しかし、そのいずれも都合がつかないとのことで、スケジュールの変更を余儀なくされた。

 

(マジかよ...)

 

イラっとする表情をひた隠しにして、「なんとかしてみます」と愛想笑いをする。

 

チャンミンはその場で関係者に連絡を入れ、平身低頭で頼み込む羽目になった。

 

ユンはときおり、チャンミンに向かって意味ありげな笑みを浮かべたり、不自然なほど目を合わせてくるので、チャンミンは居心地が悪い思いをしていた。

 

もの柔らかな言い方の陰に、有無を言わせない強引さがうかがえた。

 

(苦手なタイプだ。

整え過ぎたヒゲが、厭味ったらしい)

 

「撮影日の詳細は、追って連絡します」

 

内心の思いを気取られないよう、チャンミンはビジネスライクな笑みを浮かべた。

 

 


 

 

オフィスを辞去したチャンミンとSは、帰りの車の中でユンについての話題になった。

 

「オーラが凄かったっすね」

 

「うん。

向こうのペースに飲まれっぱなしだったな」

 

「今までの電話やメールって何だったんすか?

全部、無駄だったじゃないですか、酷いっすね」

 

「引き受けないと言い出されるよりは、マシだよ」

 

チャンミンはため息をつく。

 

(好き嫌いを仕事に影響させたらいけないのは分かっている。

でも、あの人物は生理的にやりにくい相手だ)

 

「先輩。

見ましたか、あれ?

あれって、キスマークですよね」

 

「虫さされってことはないだろうな」

 

チャンミンは、ユンの白シャツの胸元を思い出す。

 

「ついつい目がいっちゃうんですよね。

打ち合わせの間、苦労しました。

あれって、僕らに見せつけてるんですかね?」

 

「見せつけるって、何のために?」

 

「そりゃもう、先輩にですよ」

 

「はあ?」

 

「あの人、先輩のこと気に入ったんじゃないですか?

妙にじろじろ見てましたよね」

 

「うーん」

 

「僕が見るに、あの人はゲイですね」

 

「こら!」

 

チャンミンはSの頭をはたく。

 

「先輩っていかにもゲイ好みって感じですもん」

 

「どこが?」

 

信号待ちで停車すると、Sは助手席に座るチャンミンを眺めまわす。

 

「先輩の顔って、よーく見ると女の子っぽいんですよね」

 

「はあ?」

 

「まつ毛なんかフサフサじゃないですかぁ。

世の女子たちが欲しくてたまらない涙袋もバッチリあるし」

 

チャンミンはサイドミラーに顔を映してみる。

 

「超短髪でー、筋肉もりもりでー、髭生えててーっていうまんまじゃないところに、ツウ好みの心をくすぐるわけですよ、先輩の場合」

 

「......」

 

「優柔不断っぽいところも、迫ったらOKそうだし」

 

「OKって、何をだよ!?」

 

「決まってるじゃないですか、ハハハ!」

 

 

(こいつの話に付き合ってられるか...)

 

チャンミンは、ふうっと大きく息をつく。

 

(ふうん。

僕の顔に、女の子っぽい要素があるのかぁ。

民ちゃん、よかったね。

僕の目には、民ちゃんは女の子にしか見えないけど、

第3者の目からは「男の子」だからなぁ)

 

チャンミンは助手席の窓枠に肘をついて、歩道を行き交う人々を見るともなく眺めた。

 

「あ!」

 

「なんすか?」

 

「いや...何でもない」

 

チャンミンは、歩道を大きなストライドで歩く民の姿を目撃していた。

 

チャンミンたちの乗った車は、間もなく交差点を曲がってしまったため、民の姿はすぐに見えなくなってしまった。

 

(僕が貸した白いシャツと青い靴。

 

すらりとしたスリムな体型、高い身長。

 

見間違いようがない、民ちゃんだ。

 

だって、僕そのものなんだから。

 

自分を見間違えるはずはない)

 

「先輩、昼めし食っていきましょう。

どこにしましょうか?」

 

「任せるよ」

 

(民ちゃんはこの辺りで、待ち合わせをしているんだろうか、例の人と?)

 

 


 

 

「お昼は食べてきた?」

 

優しく問われて民は、「はい」と元気よく答えたが、実際は緊張のあまり昼食どころじゃなかったのだった。

 

(カッコいい!

この世にこんなに、カッコいい人がいるなんて!)

 

脚をそろえてソファに腰掛けた民は喉がカラカラで、出されたアイスコーヒーを一気飲みしてしまう。

 

「お代わりはどう?」

 

「す、すみません。

お願いします...」

 

真っ赤な顔になった民は、空になったグラスを差し出した。

 

(恥ずかしい!

喉が渇いてたから、

がぶ飲みをしてしまった!)

 

「あの...ユンさんはご迷惑じゃなかったですか?

ユンさんの言葉を本気にして、私、ここまでやってきたりして...」

 

民は一人掛けソファに腰掛けたユンを、上目遣いで見ながら申し訳なさそうに言う。

 

「いいや、俺は本気だったよ、最初から」

 

長い脚を組んだユンは、民が提出した履歴書を時間をかけて目を通した。

 

 

(全ての欄が埋まっている。

志望動機もはっきりとしている。

しっかりした子だ)

 

 

(ユンさん!

胸が...お胸が見えてます!

シャツがちょっとばかし...はだけすぎてやしませんか?

...そんなことより、履歴書大丈夫かなぁ)

 

 

書き直しで何枚も無駄にした用紙の数を思い出す。

 

 

「お兄さんがいるんだね?」

 

「はい!」

 

「へぇ...そう」

 

ユンはあごの髭を撫ぜながら、観察する目で民をとっくりと見る。

 

ユンの視線に耐えられない民は、俯いてしまった。

 

(そんなに私のことを見ないで!)

 

(初々しいな)

 

ユンの唇の片方がわずかに持ち上がる。

 

 

「君を採用する」

 

「ホントですか!?」

 

民の目にじわっと涙が浮かんだ。

 

「君は無鉄砲な子だね。

 

もし、僕に追い返されたり、ノーと断られたらどうするつもりだったの?

 

まさか、俺のところだけを当てにして、ここまで来たんじゃないだろうね」

 

 

「!!!」

 

 

図星だった民は、ぎくりとしたのであった。

 

(イエスです。

ユンさんの言う通りです)

 

 

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