【17】NO?-僕が見たのは天使の寝顔ー

 

~リア~

 

見た目が派手なせいで、放埓だと誤解されがちだった。

 

熱しやすく冷めやすい恋愛をしがちなのは認める。

 

文字通り「炎のよう」に熱く燃え上がって、全身全霊でその男性を愛す。

 

2,3か月もするとその炎の勢いが落ちてくるけれど、気持ちが冷めた訳じゃないの。

 

彼からの焚き木の追加が欲しいだけなの。

 

私の激しい恋に疲れるのか、飽きたのか、離れていってしまう人が多い中、チャンミンは違った。

 

熱く激しい火力はないものの、チャンミンが恋人に注ぐ愛情とは、熾火のように、長く注ぎ続けるもの。

 

チヤホヤされることに慣れていた私だったから、チャンミンの控えめな愛情表現じゃ物足りなかった。

 

照れ屋で「愛してる」の言葉も、ベッドの中で絶頂の最中で口にするくらい。

 

顔もスタイルもいいものを持っているのに、トレーナーにデニムパンツという野暮ったい恰好ばかりしてるから、私好みのファッションに仕立ててあげた。

 

私の手によって、見栄えのする男に変身させていくのを楽しんでいたのは事実。

 

家事が苦手な私に代わって、料理も掃除もすべてを担ってくれて助かったけれど、

住まいを共にして1か月もしないうちに「長年連れ添った夫みたい」になってしまったチャンミンにがっかりした。

 

レシピ通りに忠実に料理をするチャンミンの背中を見ると、手にしたマスカラを投げつけたくなる。

 

キツイ言葉を投げつけても、最初はムッとした顔が、困った表情に変化して、「嫌なことでもあったのか?」って心配してくれたの。

 

イラつくけれど、チャンミンの存在は私にとって大切なものだ。

 

チャンミンには100%、私の方を見ていて欲しい。

 

だから、過去の女の思い出の品は、全部捨てさせた。

 

携帯電話の履歴も、チェックする。

 

ロックもせず置きっぱなしにしておくチャンミンが悪い。

 

チャンミンに他の女性の影がちらついてもらったら困る。

 

私の心のバランスを保つために、チャンミンが必要だから。

 

チャンミンを留守番役に仕立てている一方で、私は新しい恋をしていた。

 

モデルの仕事は下降線だったけど、誘われて始めたラウンジの仕事は割と楽しい。

 

沢山の男の人たちと接することができるし、彼らを褒めたたえる振りをして、「君こそキレイだよ」のお返しを期待していた。

 

私は男好きじゃない。

 

熱烈な恋愛をしたいだけ。

 

今回の恋は、のめりこみ過ぎて危なっかしい空気をはらんでいた。

 

いつ捨てられてもおかしくない。

 

その人は惹きつけたかと思うと冷たく突き放すのを繰り返して、私は翻弄され余計に燃え上がった。

 

深夜、あどけないチャンミンの寝顔を横目に、アルコールでむくんだ脚を毛布に滑り込ませる。

 

この人は、待ってくれる。

 

この恋が破れて捨てられても、帰る場所がある。

 

だからやっぱり、チャンミンが必要。

 

チャンミンに拒まれた翌日の夜、6畳間から出てくるチャンミンと顔を合わせた。

 

そういえば、妹だか弟だかがしばらく滞在するって言ってた。

 

「おかえり、早かったね」

 

ぎくりとした表情を見せたチャンミンにイラっとして、同時にホッとした。

 

 


 

~チャンミン~

「民ちゃん?」

 

コツコツとドアを叩いてみたが、返事がなかった。

 

寝てしまったのかな?

 

それとも恥ずかしくて出てこられないのかな?

 

そっとしておけばいいのに、僕は放っておけなかった。

 

「入ってもいい?」

 

そっとドアを開けると、部屋の中は真っ暗だ。

 

「民ちゃん...」

 

リビングから指す灯りに、横座りした民ちゃんが、畳んだままの布団に突っ伏していた。

 

(やっぱり...寝てた)

 

民ちゃんはバスタオルを巻き付けただけの姿で、細い脚を折り曲げ、上に置いた枕を抱きしめる恰好で眠っていた。

 

「風邪ひくよ」

 

指の背で民ちゃんの頬に触れた。

 

ミルクみたいな香りがする、すべすべで柔らかいほっぺ。

 

初めての土地で、慣れない電車に乗って、仕事の面接を受けて緊張したり、採用されて喜んで。

 

疲れて当然だ。

 

民ちゃんは布団に横顔を埋めて眠っていた。

 

民ちゃんの寝顔を、こんなに早く見られるなんて思いもしなかった。

 

洗面所からタオルを持ってきて、民ちゃんの頭を包み込んだ。

 

濡れた前髪を耳にかけてやると、キリっとした眉の下のまぶたが優しいカーブを描いて閉じていた。

 

扇形に広がった民ちゃんのまつ毛がわずかに震えて、僕の指が思わず止まる。

 

純粋に、綺麗だ、と思った。

 

僕の寝顔もこんな感じなんだろうか。

 

眠りについた自分の顔なんて、写真でも撮らない限り見ることは出来ない。

 

緊張の解けた民ちゃんの寝顔は、あどけなくて、想像通り可愛かった。

 

この寝顔は民ちゃんのものだ。

 

民ちゃんのことを、第三者の視点で観察しながら「似てる」と面白がっていたけれど、

今はもう、民ちゃんは鏡に映した僕じゃない。

 

リビングですってんころりんした民ちゃんの、真ん丸の目ときたら...。

 

くすくすと、思い出し笑いがこぼれてしまった。

 

民ちゃん、君は最高だ。

 

僕は床に腰を下ろし、飽きもせず民ちゃんの寝顔を見続けた。

 

 

しかし、困ったな。

 

布団を敷いてあげたいけれど...。

 

三つ折りにした布団に民ちゃんの上半身がもたれかかっている。

 

民ちゃんをどかしたいけど...。

 

身長が高いせいで太ももがむき出しになっていて、ぞんざいに巻いただけのバスタオルが頼りない。

 

困った!困ったぞ。

 

女性の裸なんて初めて見るわけじゃないのに...。

 

今夜の僕は、民ちゃんの裸をこれ以上見るわけにはいかない!

 

再び僕の下半身に血流が集まってきた。

 

マズイって!

 

気持ちよさそうに眠っているのを起こしたくないんだけどなぁ。

 

「民ちゃん、起きて」

 

肩を揺する。

 

「う...ん」

 

「民ちゃん!」

 

もっと肩を揺する。

 

「う...ん」

 

民ちゃんの頭がぬーっと持ち上がった。

 

目をつむったままボーっとしている隙に布団を敷いた。

 

「ぐー」

 

「あ!こら!寝るな!」

 

首をもたげて座ったまま、眠ってしまった民ちゃん。

 

「もー、世話が焼けるんだから!」

 

床にタオルケットを敷いて、その上に民ちゃんを横たえた。

 

バスタオルがずれて民ちゃんのお胸が、目に飛び込んできたけど、これは事故だ、仕方がない。

 

さすがに服を着せてやるわけにはいかない。

 

ぼわーんと、民ちゃんにパンツを履かせ、ブラのホックをはめてやるイメージが浮かんだけど、首を振って消去した。

 

(こらー!)

 

タオルケットです巻きにした民ちゃんを、敷布団の上まで引きずった。

 

(身長が身長だけに、それ相応に重い...)

 

ぐるぐるにす巻きにされた民ちゃんを見下ろして、僕は深い深いため息をついた。

 

気持ちよさそうに寝ちゃってさ、全く。

 

民ちゃんの裸に反応したりしたら駄目じゃないか!

 

今夜の僕は...抜く必要があるな。

 

以上が、プチハプニングの顛末だ。

 

 

Tから電話があった。

 

『民の奴、仕事決まったんだってな』

 

相変わらず声が大きい。

 

「ああ。

民ちゃん、喜んでるよ」

 

『町に出てくるって聞いた時は、大反対したんだ。

あいつは頑固だから、言い出したらきかないからな。

仕事が決まって一安心だ』

 

「しっかりした子だと思うよ。

(抜けてるところも多いけど)」

 

『チャンミン、ありがとうな。

お前のおかげで助かった』

 

「大したことはしていないよ」

 

『とっとと住むとこ探させるからな。

...だがなぁ、民は騙されやすいところがあるからなぁ。

面倒ついでに、アパート探しを手伝ってやってくれないか?』

 

僕の部屋に住んでもらってもいいから、と。

 

そう言えなくなってしまった事情が悔しい。

 

『1階は駄目だぞ。

見た目はあんなだが、一応女だからな。

営業マンにのせられてほいほい決めてきそうだから、チャンミンがジャッジしてやってくれたら助かる』

 

「僕が見張っておくよ」

 

互いの近況を報告しあった後、Tとの通話を終えた。

 

 

仕事と住まいを決めたら民ちゃんは出て行く。

 

MAXで一か月。

 

そういう約束で、民ちゃんを迎い入れた。

 

あっという間に仕事を決めてきた民ちゃんの次の行動は、アパート探しか。

 

民ちゃんに出て行ってもらったら、僕は困る。

 

あんなに面白い子と暮らせたら、毎日笑っていられそうだ。

 

抜けてる民ちゃんのことだから、あれこれ僕が世話をしてやることになりそうだけれど、それも楽しいだろう。

 

 


 

 

別れ話のタイミングを計りながら、このことを常に頭の片隅に置いて、ベッドの反対側で眠るリアを横目に出勤した。

 

業務に追われている間は忘れているが、ふとした時に「そうい言えば」と思い出した。

 

別れを決心してからわずか数日間で、僕は消耗していた。

 

ぐずぐずしている自分が不甲斐なかった。

 

べた惚れだった自分だっただけに、NOを突き付けるには気合が必要だった。

 

これを解決しなければ、前へ進めない

 

一方、民ちゃんの存在は、摩耗した僕の心を癒してくれる。

 

民ちゃんの初出勤の日も、僕は彼女に洋服を貸してあげた。

 

その日は、淡い水色のストライプシャツ。

 

スタンドカラーが民ちゃんのほっそりした首を引き立てて、うん、僕が着るよりずっと似合っていた。

 

民ちゃんのワードローブは乏しくて、Tシャツが数枚と黒のブラウスが1着あるだけ。

 

「お洋服を買う余裕がなくて...」と恥ずかしそうにうつむく民ちゃんの頭を、

 

「ちょっとずつ揃えればいいよ。僕が貸してあげるから」ってポンポンした。

 

民ちゃんに自分の洋服を着せることを、密かに楽しんでいた。

 

民ちゃんに洋服を買ってあげたいけれど、兄妹でもない、友人でもない、恋人でもない相手に買い与えるなんてやり過ぎだろうから。

 

民ちゃんは、僕の親友の妹。

 

僕らの関係は、それだけのものなのか?

 

それじゃあ、

友達...?

 

民ちゃんは、「友達」?

 

なんか違う。

 

同じ姿形をした、僕の分身?

 

そうだけど、それだけじゃないところが、

僕が不思議な感覚を抱いてしまう理由だと思う。

 

民ちゃんは「兄の友人」、としか見なしていないだろうけどね。

 

 

僕のシャツを着て、民ちゃんは張り切って出勤していった。

 

(つづく)

 

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