【20】NO?

 

~君は女の子~

 

 

 

「......」

 

チャンミンはひとりリビングに残された。

 

(民ちゃんは、ペチャパイだと思ってたけど...。

正真正銘のペチャパイだった...)

 

チャンミンは両手の指先を曲げたり伸ばしたりしてみる。

 

(ギリギリ揉めるか、揉めないか...くらいか...揉めないな...)

 

チャンミンは自分の胸を触ってみる。

 

(違う。

ペチャパイだけど、僕のとは違う。

ペチャパイって連呼してごめんね、民ちゃん。

胸はないけど、民ちゃんは女の子の身体だった、うん)

 

チャンミンは先ほどの光景を思い出す。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

鎖骨は僕のものより華奢だった。

 

肌は白くてきめが細かかった。

 

ホクロがあった。

 

首から下へたどると、あるかなきかの...ほとんどないに等しい膨らみ。

 

(民ちゃん、ごめん)

 

そこから視線をずらすと...両胸の先端がピンク色で...。

 

民ちゃんがかがんだ背中に、浮き出た背骨に色気を感じた。

 

女らしい身体とは、柔らかくて弾力に富んだくびれを言うのだろう。

 

例えばリアが持つ肢体のような。

 

でも。

 

民ちゃんの骨ばった身体でも、女を感じた。

 

どこを?と聞かれたら、具体的に答えられないけれど。

 

女らしいってなんだろう?

 

大きい胸か?

 

ぷにぷにした感触か?

 

そのいずれも民ちゃんは持ち合わせていないけど、ペチャパイだけど、全然オーケーだよ。

 

付き合ってる彼女の胸が小さかったとしても、だからと言って嫌いにならない。

 

さらに下へ辿ると...バスタオルが邪魔で見えなかった...って、おい!

 

続いて脳裏に、ぼわーんと民ちゃんのお尻の映像が浮かぶ。

 

巻き付けたバスタオルの端からはみ出してた。

 

前を隠すのに必死で、後ろのガードが甘いよ、民ちゃん。

 

太ももからお尻が筋肉で一直線につながってる僕のとは違う、民ちゃんのお尻。

 

太ももとお尻の境目があって、お尻のほっぺがふっくらしていた。

 

1、2秒足らずの瞬間、しっかり観察していた僕。

 

そして、それをしっかり記憶してる僕。

 

やれやれだ。

 

民ちゃんは隙だらけだ。

 

それにしても...民ちゃんの乳首はピンクか...。

 

可愛いなぁ...。

 

 


 

 

「ん?」

 

違和感に気付いたチャンミンが、そろそろと股間を確認した。

 

(こらー!

こらー!

何、反応してるんだ!

僕ときたら、僕ときたら!

民ちゃん相手に、反応したら駄目だろうが!?

Tに殺される!

いててて...勃ち過ぎて...腹が痛い...)

 

 

 

 

 

 

チャンミンはソファに仰向けになって寝転がった。

 

翌日の仕事の段取り、この部屋の賃料、そしてリアへ告げる言葉。

 

つらつらと考えていた。

 

昼間のうちに、残高不足を起こした口座へ送金処理を済ませた。

 

(早急に決着をつけなければ。

僕の財布事情も、限界が近い)

 

次に、昼間会ったユンについて考えを巡らした。

 

 

(ユンに近影写真の撮影を断られた。

 

ミステリアスさを演出するためか、写真嫌いか、どんな風貌の人物なのかを事前に確認することができなかった。

 

遠目で撮ったぼやけた斜め後ろのものが何枚かあるだけだった。

 

会ってびっくり、男の僕から見てもハッとするほどいい男だった。

 

近影写真を断られたため、ページ構成を工夫する必要があるな。

 

Sが指摘したように、確かに僕の顔を食い入るように見ては、目が合うと意味ありげに微笑したんだっけ。

 

気持ち悪いな)

 

 

チャンミンは先ほどから、民のいる6畳間に注意を払っていた。

 

ことりとも音がしない。

 

民が部屋から出てこない。

 

 


 

 

~リア~

 

 

見た目が派手なせいで、放埓だと誤解されがちだった。

 

熱しやすく冷めやすい恋愛をしがちなのは認める。

 

文字通り「炎のよう」に熱く燃え上がって、全身全霊でその男性を愛す。

 

2,3か月もするとその炎の勢いが落ちてくるけれど、気持ちが冷めた訳じゃないの。

 

彼からの焚き木の追加が欲しいだけなの。

 

私の激しい恋に疲れるのか、飽きたのか、離れていってしまう人が多い中、チャンミンは違った。

 

熱く激しい火力はないものの、チャンミンが恋人に注ぐ愛情とは、熾火のように、長く注ぎ続けるもの。

 

チヤホヤされることに慣れていた私だったから、チャンミンの控えめな愛情表現じゃ物足りなかった。

 

照れ屋で「愛してる」の言葉も、ベッドの中で絶頂の最中で口にするくらい。

 

顔もスタイルもいいものを持っているのに、トレーナーにデニムパンツという野暮ったい恰好ばかりしてるから、私好みのファッションに仕立ててあげた。

 

私の手によって、見栄えのする男に変身させていくのを楽しんでいたのは事実。

 

家事が苦手な私に代わって、料理も掃除もすべてを担ってくれて助かった。

 

住まいを共にして1か月もしないうちに「長年連れ添った夫みたい」になってしまったチャンミンにがっかりした。

 

レシピ通りに忠実に料理をするチャンミンの背中を見ると、手にしたマスカラを投げつけたくなる。

 

キツイ言葉を投げつけても、最初はムッとした顔が、困った表情に変化して、「嫌なことでもあったのか?」って心配してくれたの。

 

イラつくけれど、チャンミンの存在は私にとって大切なものだ。

 

チャンミンには100%、私の方を見ていて欲しい。

 

だから、過去の女の思い出の品は、全部捨てさせた。

 

携帯電話の履歴も、チェックする。

 

ロックもせず置きっぱなしにしておくチャンミンが悪い。

 

チャンミンに他の女性の影がちらついてもらったら困る。

 

私の心のバランスを保つために、チャンミンが必要だから。

 

チャンミンを留守番役に仕立てている一方で、私は新しい恋をしていた。

 

モデルの仕事は下降線だったけど、誘われて始めたラウンジの仕事は割と楽しい。

 

沢山の男の人たちと接することができるし、彼らを褒めたたえる振りをして、「君こそキレイだよ」のお返しを期待していた。

 

私は男好きじゃない。

 

熱烈な恋愛をしたいだけ。

 

今回の恋は、のめりこみ過ぎて危なっかしい空気をはらんでいた。

 

いつ捨てられてもおかしくない。

 

その人は惹きつけたかと思うと冷たく突き放すのを繰り返して、私は翻弄され余計に燃え上がった。

 

深夜、あどけないチャンミンの寝顔を横目に、アルコールでむくんだ脚を毛布に滑り込ませる。

 

この人は、待ってくれる。

 

この恋が破れて捨てられても、帰る場所がある。

 

だからやっぱり、チャンミンが必要。

 

チャンミンに拒まれた翌日の夜、6畳間から出てくるチャンミンと顔を合わせた。

 

そういえば、妹だか弟だかがしばらく滞在するって言ってた。

 

「おかえり、早かったね」

 

ぎくりとした表情を見せたチャンミンにイラっとして、同時にホッとした。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

「民ちゃん?」

 

コツコツとドアを叩いてみたが、返事がなかった。

 

寝てしまったのかな?

 

それとも恥ずかしくて出てこられないのかな?

 

そっとしておけばいいのに、僕は放っておけなかった。

 

「入ってもいい?」

 

そっとドアを開けると、部屋の中は真っ暗だ。

 

「民ちゃん...」

 

リビングから指す灯りに、横座りした民ちゃんが、畳んだままの布団に突っ伏していた。

 

(やっぱり...寝てた)

 

民ちゃんはバスタオルを巻き付けただけの姿で、細い脚を折り曲げ、上に置いた枕を抱きしめる恰好で眠っていた。

 

「風邪ひくよ」

 

指の背で民ちゃんの頬に触れた。

 

ミルクみたいな香りがする、すべすべで柔らかいほっぺ。

 

初めての土地で、慣れない電車に乗って、仕事の面接を受けて緊張したり、採用されて喜んで。

 

疲れて当然だ。

 

民ちゃんは布団に横顔を埋めて眠っていた。

 

民ちゃんの寝顔を、こんなに早く見られるなんて思いもしなかった。

 

 

(つづく)

 

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