【21】NO?

 

 

~君は女の子~

 

 

~チャンミン~

 

 

洗面所からタオルを持ってきて、民ちゃんの頭を包み込んだ。

 

濡れた前髪を耳にかけてやると、キリっとした眉の下のまぶたが優しいカーブを描いて閉じていた。

 

扇形に広がった民ちゃんのまつ毛がわずかに震えて、僕の指が思わず止まる。

 

純粋に、綺麗だと思った。

 

僕の寝顔もこんな感じなんだろうか。

 

眠りについた自分の顔なんて、写真でも撮らない限り見ることは出来ない。

 

緊張の解けた民ちゃんの寝顔は、あどけなくて、想像以上に可愛かった。

 

この寝顔は民ちゃんのものだ。

 

民ちゃんのことを、第三者の視点で観察しながら「似てる」と面白がっていたけれど、今はもう、民ちゃんは鏡に映した僕じゃない。

 

リビングですってんころりんした民ちゃんの、真ん丸の目ときたら...。

 

くすくすと、思い出し笑いがこぼれてしまった。

 

民ちゃん、君は最高だ。

 

僕は床に腰を下ろし、飽きもせず民ちゃんの寝顔を見続けた。

 

民ちゃんの頬に、僕の頬が自然と吸い寄せられた。

 

3センチの距離で、僕の心は大きく揺れたのだ。

 

甘い香りがする。

 

眠っている隙を狙って...なんて...駄目だよね。

 

頬にするだけなら...許されるよね。

 

迷いに迷って、そっとかすめるだけのキスを落としたのだった。

 

「はあ...」

 

何やってんだ、自分?

 

しかし、困ったな。

 

布団を敷いてあげたいけれど...。

 

三つ折りにした布団に民ちゃんの上半身がもたれかかっている。

 

民ちゃんをどかしたいけど...。

 

身長が高いせいで太ももがむき出しになっていて、ぞんざいに巻いただけのバスタオルが頼りない。

 

困った!

 

困ったぞ!

 

女性の裸なんて初めて見るわけじゃないのに...。

 

今夜の僕は、民ちゃんの裸をこれ以上見るわけにはいかない!

 

再び僕の下半身に血流が集まってきた。

 

マズイって!

 

気持ちよさそうに眠っているのを、起こしたくないんだけどなぁ。

 

「民ちゃん、起きて」

 

肩を揺する。

 

「う...ん」

 

「民ちゃん!」

 

もっと肩を揺する。

 

「う...ん」

 

民ちゃんの頭がぬーっと持ち上がった。

 

目をつむったままボーっとしている隙に布団を敷いた。

 

「ぐー」

 

「あ!

こら!

寝るな!」

 

首をもたげて座ったまま、眠ってしまった民ちゃん。

 

「もー、世話が焼けるんだから!」

 

床にタオルケットを敷いて、その上に民ちゃんを横たえた。

 

バスタオルがずれて民ちゃんのお胸が、目に飛び込んできたけど、これは事故だ、仕方がない。

 

さすがに服を着せてやるわけにはいかない。

 

ぼわーんと、民ちゃんにパンツを履かせ、ブラのホックをはめてやるイメージが浮かんだけど、首を振って消去した。

 

(こらー!)

 

タオルケットでぐるぐるにす巻きにした民ちゃんを、敷布団の上まで引きずった。

 

(身長が身長だけに...それ相応に重い...)

 

ぐるぐるにす巻きにされた民ちゃんを見下ろして、僕は深い深いため息をついた。

 

気持ちよさそうに寝ちゃってさ、全く。

 

民ちゃんの裸に反応したりしたら駄目じゃないか!

 

今夜の僕は...抜く必要があるな。

 

以上が、プチハプニングの顛末だ。

 

 

 

 

Tから電話があった。

 

『民の奴、仕事決まったんだってな』

 

相変わらず声が大きい。

 

「ああ。

民ちゃん、喜んでるよ」

 

『町に出てくるって聞いた時は、大反対したんだ。

あいつは頑固だから、言い出したらきかないからな。

仕事が決まって一安心だ』

 

「しっかりした子だと思うよ。

(抜けてるところも多いけど)」

 

『チャンミン、ありがとうな。

お前のおかげで助かった』

 

「大したことはしていないよ」

 

『とっとと住むとこ探させるからな。

...だがなぁ、民は騙されやすいところがあるからなぁ。

面倒ついでに、アパート探しを手伝ってやってくれないか?』

 

僕の部屋に住んでもらってもいいから、と。

 

そう言えなくなってしまった事情が悔しい。

 

『1階は駄目だぞ。

見た目はあんなだが、一応女だからな。

営業マンにのせられてほいほい決めてきそうだから、チャンミンがジャッジしてやってくれたら助かる』

 

「僕が見張っておくよ」

 

互いの近況を報告しあった後、Tとの通話を終えた。

 

仕事と住まいを決めたら民ちゃんは出て行く。

 

MAXで1か月。

 

そういう約束で、民ちゃんを迎い入れた。

 

あっという間に仕事を決めてきた民ちゃんの次の行動は、アパート探しか。

 

民ちゃんに出て行ってもらったら、僕は困る。

 

あんなに面白い子と暮らせたら、毎日笑っていられそうだ。

 

抜けてる民ちゃんのことだから、あれこれ僕が世話をしてやることになりそうだけれど、それも楽しいだろう。

 

 

 

 

別れ話のタイミングを計りながら、このことを常に頭の片隅に置いて、ベッドの反対側で眠るリアを横目に出勤した。

 

業務に追われている間は忘れているが、ふとした時に「そうい言えば」と思い出した。

 

別れを決心してからわずか数日間で、僕は消耗していた。

 

ぐずぐずしている自分が不甲斐なかった。

 

べた惚れだった自分だっただけに、NOを突き付けるには気合が必要だった。

 

これを解決しなければ、前へ進めない。

 

一方、民ちゃんの存在は、摩耗した僕の心を癒してくれる。

 

民ちゃんの初出勤の日も、僕は彼女に洋服を貸してあげた。

 

その日は、淡い水色のストライプシャツ。

 

スタンドカラーが民ちゃんのほっそりした首を引き立てて、うん、僕が着るよりずっと似合っていた。

 

民ちゃんのワードローブは乏しくて、Tシャツが数枚と黒のブラウスが1着あるだけ。

 

「お洋服を買う余裕がなくて...」と恥ずかしそうにうつむく民ちゃんの頭を、

「ちょっとずつ揃えればいいよ。僕が貸してあげるから」ってポンポンした。

 

民ちゃんに自分の洋服を着せることを、密かに楽しんでいた。

 

民ちゃんに洋服を買ってあげたいけれど、兄妹でもない、友人でもない、恋人でもない相手に買い与えるなんてやり過ぎだろうから。

 

民ちゃんは、僕の親友の妹。

 

僕らの関係は、それだけのものなのか?

 

それじゃあ、友達...?

 

民ちゃんが『友達』?

 

なんか違う。

 

同じ姿形をした、僕の分身?

 

そうだけど、それだけじゃないところが、僕が不思議な感覚を抱いてしまう理由だと思う。

 

民ちゃんは『兄の友人』、としか見なしていないだろうけどね。

 

僕のシャツを着て、民ちゃんは張り切って出勤していった。

 

 

 

(つづく)

 

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