【25】NO?-抱きしめられた僕-

~チャンミン~

 

カメラマンを先に返した後、チャンミンはユンと次号の作品選定のためアトリエに残った。

 

後輩Sは、カメラマンに同行して行った。

 

「『冬の季節でも紫外線にご注意』というのが次号のテーマです。

よって、出来れば作品も女性のものがよいかと考えております」

 

ゆったりと椅子に腰かけ脚を組んだユンは、顎を撫ぜている。

 

「トルソーものはいくつかありますよ。

保管庫に案内しますから、ご覧になってみますか?」

 

「よろしいのですか?」

 

テーブルに置いたユンの携帯電話が振動し始め、チャンミンに目礼したユンは席を立った。

 

「やあ、どうしたんだい?

...目が粗い方だ...ない?...うん...それで?」

 

話が長くなりそうだと判断したチャンミンも席を立ち、事務所に連絡を入れることにした。

 

「民くんは今どこにいる?...ああ、合ってる...持って帰れるかい?」

 

チャンミンは通話を終え席に戻ってくると、ちょうどユンの方も用事が済んだようだった。

 

「今日はアシスタントさんはいらっしゃらないのですか?」

 

「ええ、今日は資材の調達に行かせています。

最近雇い入れたばかりの子ですが、飲み込みも早いし、力仕事も厭わずこなしてくれます」

 

「力仕事?」

 

「粘土は重いですからね。

若い男に限りますね」

 

いかにも女好きそうなユンが、身近に置くアシスタントに同性を選んだと聞いて、チャンミンは意外に思う。

 

チャンミンの考えが読めたのか、ユンは乾いた笑いをこぼした。

 

「女性は何かと使いにくいもので」

 

「はあ、そうですか」

 

(どうせ、自分好みの女の子を側に置いて、手を出しまくってトラブルになったんだろう)

 

「保管庫はこちらです」

 

ユンに促されチャンミンは、大型のスチール棚が3列並ぶ薄暗い部屋に足を踏み入れた。

 

「すごいですね...」

 

苦手なタイプな人物だとしても、ユンの才能は素晴らしかった。

 

女性的な滑らかな質感と緻密さと、男性的な粗削りな彫りが共存している。

 

作品ひとつひとつ、目の高さを合わせて食い入るように、見ていく。

 

白い彫像がゆとりを持って大小並べられていた。

 

「女性の顔がモチーフになっているものがいいのですね。

この辺りのものがそうですね。

ピンクの札がついているものは、買い手がついているものです」

 

女性の頭部ばかり十数体並ぶ一角がある。

 

ユンの形作る人体部分の肌感は産毛を感じられるほどだ。

 

「作品には、モデルは存在するのですか?」

 

一体一体丁寧に見ていくチャンミンを眺めていたユンは、棚にもたれていた身体を起こした。

 

「ええ。

中には想像上のものもありますが、大抵はモデルがおります」

 

「プロのモデルさんを雇うのですか?」

 

「そういう場合もありますし、知り合いに依頼することもあります」

 

「はあ、そうですか」

 

(想像した通りだ)

 

チャンミンはあることに気付いていた。

 

(これとこれは、恐らく同じ女性だろう。

それに、これは...欧州の人かな?

少女らしいものも3体ある...未成年じゃないだろうな?

この2体はアジア系...美人だな...こっちの2体はアフリカ系...。

この中の何人が、ユンのかつての恋人なんだろうか)

 

「これは、最近の作品のものですね」

 

髪のない丸坊主の女の頭を撫ぜながら言う。

 

「この子は、顔が素晴らしかった。

顔を活かすために、作品では髪を無くしました」

 

(過去形...モデルのその子とは別れたのか?)

 

他の個性的な顔立ちをした女性像と比較して、その作品は人種を越えた美しい顔立ちをしていた。

 

(典型的な美人か...。

どこかで見たことがあるような気がさせるのは、美人顔はどれも似たりよったりで、個性が薄いからか。

しかし、

自身の姿がここまで美しい彫刻作品に生まれ変わるのなら、恋人冥利につきるというか、一種の幸せを得られるだろうな)

 

次の表紙の被写体になる作品を3体まで絞ると、チャンミンは小型カメラで撮影させてもらい、ユンに礼を言った。

 

「写真が上がってきたら、一度見せてください」

 

「またご連絡いたします」

 

「チャンミンさん。

『スケッチを取らせてほしい』と申したことを覚えていらっしゃいますか?」

 

「ええ...まあ」

 

チャンミンを真っ直ぐに見据えるユンの凛々しい目がギラリと光った。

 

「本気でお願いしたいのですが?」

 

(こんな目で迫られたら、女性たちもたまらないだろう。

純な民ちゃんだったら、一発でノックアウトだ)

 

チャンミンは、手も首も振った。

 

「とんでもない」

 

「腕、だけですよ?」

 

「それでも、僕には無理です!」

 

チャンミンは、ユンに腕を撫でまわされた感触を思い出していた。

 

(気持ち悪い。

仕事以外の場で、ユンと関わり合いになりたくない。

ユンには得体のしれない、ぞっとするようなところがある)

 

「そうですか...非常に残念です」

 

眉をひそめて微笑を浮かべたユンに、「頭からばりばりと食べられそうだ」と身震いしながらチャンミンはアトリエを後にしたのであった。

 

 


 

 

~民とカイ~

 

「頭皮がピリピリするかもしれません」

 

髪の生え際にワセリンを塗ってもらい、額をテカテカにさせた民は「大丈夫です」と答えた。

 

「私って、丈夫に出来ているんです」

 

鏡に写る民は真っ白なブリーチ剤で髪をてっぺんにまとめ上げられ、ピンと立った耳にはビニールのイヤーキャップを付けている。

 

「ご家族やご友人は驚かれたんじゃないですか、急に金髪になって?」

 

この日のカイは、カーキのワイドパンツのウエストに、細い赤いベルトを巻いている。

 

「目を丸くしてました。

カイさんはいつもお洒落ですね」

 

「ありがとうございます。

これは古着です。

パーマ液ですぐに汚してしまうので、高い洋服は買えないんですよ。

民さんが着ている洋服もよく似合ってますよ」

 

「これは、借り物なんです」

 

民はケープから覗く黒いパンツの裾と、白いスニーカー履きの足を揺らしながらはにかんだ。

 

「私は身長があるので、女もののお洋服だとサイズが合わないんです。

普通の男ものだと、ホントの男の人みたいになっちゃうし、きちんとしたお洋服も持っていなくて。

そんな私のために、親切にも貸してくれる人がいるんです。

コーデもその人が選んでくれてるんです」

 

「その方も背が高い人なんですね」

 

カイは加温機のタイマーを設定しながら、鏡の中の民に笑顔を見せた。

 

「そうなんです。

私より3㎝高いんです(ここ強調)。

その方と一緒に暮らしているんです」

 

「ご兄弟か...それとも、彼氏さんですか?」

 

「へ?」

 

民は一瞬きょとんとして、それから顔を赤くして手を振ったが、ケープに隠されていて、カイには見えない。

 

「いえいえ、まさか!

兄は私より背が低くて、ごっついんです」

 

(チャンミンさんはお兄ちゃんのお友達で、私のお友達じゃない。

短期間だけど一緒に暮らしていて、仲良しになったし、

ホテルにお泊りした時は、首にキスされたし(ホントにびっくりしたんだから!)

うーん、チャンミンさんは...私にとって何だろう?)

 

考え込んでしまった民に、カイは弾けるように笑った。

 

「あははは。

その人は民さんのことを、よく分かってらっしゃるんですね」

 

「へ?」

 

「民さんの柔らかい雰囲気をひきたてる洋服を選んでいるようですから」

 

(確かにそうだ。

私の薄い上半身が目立たないよう、ほどよいゆとりがあるものや、淡い色使いのものだったりする。

ぐすん...チャンミンさんが優しくて、涙が出そう...)

 

「熱かったらすぐに教えてください」

 

民の頭の上で丸い加温機が回り始め、民はその日のユンとのことを思い出していた。

 

 


 

~民とユン~

 

「あさっての夜は、空いてるかい?」

 

定時になって、帰り支度をしていた民にユンは尋ねた。

 

「あさってですか?

はい、空いてます!」

 

「俺との約束を覚えているかい?

君に美味しいものを食べさせないと、って」

 

「はい!

覚えてます!」

 

リュックサックを背負った民は、姿勢を正して直立不動になる。

 

「デートの約束があったんじゃないかい?」

 

「まっさか!」

 

ユンは、オフィスとアトリエを繋ぐ螺旋階段の柱にもたれて、慌てる民の様子をからかう目で見た。

 

「あれ?

ユンさん、粘土がついてますよ」

 

撮影を終えた後、ユンはアトリエで作品作りに没頭していた。

 

髪が汚れないよう、うなじの辺りで長いストレートヘアを結んでいるため、ユンの精悍な顔が眩しくて、民はユンを真っ直ぐ見られない。

 

「どこ?ここ?」

 

頬や顎を撫でるユンに、民はくすりと笑って「ここです」とこめかみの辺りを指さした。

 

「どこ?」

「ここです」

 

場所が分からない風のユンを見かねて、民はユンのこめかみに付いた白い汚れを人差し指で拭った。

 

(きゃー、ユンさんに触ってる!)

 

「!」

 

民の手がユンの大きな手で包まれて、反射的に手を引っ込めようとした民の手を、さらに強く握りしめた。

 

「俺のモデルになってくれるね?」

 

「あの...でも...」

 

「なってくれるよね?」

 

民はユンの刃物のように鋭い目に射すくめられたようになって、こくりと頷いた。

 

「いい子だ」

 

「ひとつ気になることがあります」

 

「なんだい?」

 

「モデルって言うと...服を脱ぐんですか?」

 

「そうなるだろうね」

 

「えっ!」

 

握った民の手を離すと、ユンの指が民のシャツのボタンに触れた。

 

「全部脱がなくてもいい。

胸元だけだ。

だから、安心していいよ」

 

オフィスのドアを閉めた民は、心臓が早く打つ胸を押さえて、大きく息を吐いた。

 

(どーしよー!)

 

 


 

~チャンミンと民~

 

「ただいま、です」

 

ダイニングテーブ上のノートPC画面から顔を上げ、民に「おかえり」と声をかけた。

 

民の髪はプラチナ色になっていて、チャンミンはポカンとして民を視線で追ってしまう。

 

(民ちゃんが、民ちゃんじゃなくなってきた)

 

「くたくたです」

 

民はソファにバタリと身を投げ出すように倒れこんだ。

 

「真っ白だね。

何か飲む?

先にお風呂に入る?」

 

ひと昔前の、帰宅した夫を出迎える妻みたいだな、と思いながらチャンミンは、よく冷やしたジャスミンティを注いだグラスを持って、ソファの下に座った。

 

「ありがとうございます」

 

身を起こした民は、チャンミンからグラスを受け取ると、あっという間に飲み干した。

 

「生き返る~」

 

(ユンさんの前では、恥ずかしくてがぶ飲みなんて出来ない)

 

「......」

 

空になったグラスにじっと眺めていた民だったが、今度はチャンミンをじろじろと見始めた。

 

部屋着のチャンミンは、半袖Tシャツ、ハーフパンツ姿だ。

 

「?」

 

「チャンミンさん。

立ってくれます?」

 

「どうしたの、民ちゃん?」

 

「お願いですから、立ってください。

スタンダップです!」

 

「わかった」

 

民の勢いに負けてチャンミンは立ち上がる。

 

(何をしたいのか、全然予想がつかないんだけどな)

 

民も立ち上がり、チャンミンの背後に立った。

 

「チャンミンさん...」

 

「!」

 

民の吐息がチャンミンの耳の後ろにかかり、チャンミンの背筋を痺れが走る。

 

民の両手がチャンミンの脇を通って前へ回された。

 

「!」

 

そして、チャンミンの胸の上で止まった。

 

チャンミンの背中に、民の身体がぴたりと密着している。

 

「ミミミミミミミンちゃん!」

 

チャンミンは後ろから民に抱き着かれた格好となったのだった。

 

 

僕の名前で君を呼ぶ   BL的秘密の花園

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