【26】NO?-僕の胸、君の胸-

 

~チャンミン~

 

「民ちゃん...?」

 

僕は今、民ちゃんに後ろから抱きつかれている。

 

民ちゃんの意図が分からない

 

でも、ドキドキする。

 

30代のいい年した大人なのに、ドキドキした。

 

嬉しさが込みあげてくる。

 

民ちゃんの両手が、僕の両胸にぴたっと押し当てられている。

 

僕のドキドキがばれるんじゃないかな。

 

「...ください」

 

民ちゃんが僕の耳元に唇を寄せて、ささやいた。

 

民ちゃんの吐息が耳にかかって、ゾクッとした。

 

僕と民ちゃんは身長がほぼ同じだから、彼女の顎が僕の肩にかかっている。

 

近い近い!

 

「何?」

 

「チャンミンさん、触らせてください」

 

「触る!?」

 

民ちゃんの手が、さわさわと僕の胸を撫でまわし始めた。

 

「民ちゃん!」

 

「辛抱してくださいよ」

 

「くすぐったいから!」

 

民ちゃんの手首をつかんだら、

 

「放してください!」と怒られた。

 

仕方なくされるがままになっていた。

 

胸の筋肉に沿って指を滑らせたり、弾力を確かめるように揉んでみたりするから、くすぐったいったら。

 

民ちゃんに胸を触られているうちに...。

 

 

なんだか気持ちよくなってきた...かも、しれない...。

 

変な気持ちになってきた...かも、しれない...。

 

まずい...。

 

 

「はぅん!」(※チャンミン)

 

民ちゃんの指先が乳首をかすった時、そんなつもりはなくても変な声が出てしまった。

 

ぴたっと民ちゃんの手が止まった。

 

「チャンミンさん、乳首が立ってますよ」

 

(ミミミミミミミンちゃん!

そういうことは口にしたらダメだって!)

 

「ひゃぅん!」(※チャンミン)

 

僕の2つのボタンをポチっと押した民ちゃんの指を、手ごと押さえつけた。

 

(ミミミミミミミンちゃん!

変な声が出ちゃったじゃないか!)

 

「チャンミンさん...」

 

民ちゃんがぼそっと言った。

 

 

「私より胸が大きいって、どういうことですか!?」

 

「へ?」

 

振り向いたら、民ちゃんが眉間にしわを寄せて、ぷぅっと頬を膨らませていた。

 

「ずるいです!」

 

「ずるいって?」

 

民ちゃんは両手で顔を覆ってしまった。

 

「ずるいです...うっうっ...」

 

「民ちゃん、泣かないで」

 

僕の胸の方が大きいと言って、怒って泣く理由が全然分からない。

 

「民ちゃん、どうしたの?」

 

僕は民ちゃんの頭を撫ぜてやるしかできない。

 

 

「チャンミンさんの会社はサプリを作っているんですよね」

 

「そうだよ。

気になるものがあるんだったら、社販してくるよ」

 

「あのですね、絶対に笑わないでくださいね」

 

民ちゃんのことだ、とんでもないものを欲しがるのでは...と愉快な気持ちで民ちゃんの言葉を待っていると。

 

「...が欲しいです」

 

「声が小さくて聞こえないよ」

 

 

「おっぱいです」

 

「へ?」

 

「チャンミンさんも知ってるでしょ?

私のおっぱいが小さいってこと」

 

「うーん............そんなこと...ないよ」

 

「目が嘘ついてます」

 

(ぎく)

 

「おっぱいが大きくなるサプリが欲しいです」

 

「おっぱい...?」

 

「そうです」

 

「民ちゃん、急にどうしたの?」

 

「どうもしません」

 

「サプリだけでそうそう簡単に、胸は大きくならないんだよ。

そのままでいいじゃないか?」

 

「よくないです!」

 

民ちゃんの胸のあたりについつい目をやってしまって、それに気づいた民ちゃんは隠すように腕を組んだ。

 

「チャンミンさんにひとつお尋ねしますよ」

 

「うん、どうぞ」

 

「もしも、ですよ。

もしも、チャンミンさんの彼女さんが...あっ!

リアさんのことは、脇に置いといてくださいね。

もしも、その人の胸が小さかったらどうします?」

 

そんなシチュエーションを想像してみてみる。

 

「どうもしないよ」

 

「ホントにホントですか?」

 

僕にずいっと顔を近づけて、民ちゃんは念をおす。

 

「ホントだって。

胸のサイズが、彼女選びの条件に入っていないもの」

 

「ホントですか?」

 

「うん。

付き合う子の胸が、たまたま大きければ、ラッキーって思うけれど...(しまった!)」

 

「ふ~ん...」

 

民ちゃんは疑わしそうに、細目で僕を見る。

 

先日、ちょっとしたハプニングで民ちゃんのお胸を、ちらっと、いや、ばっちりと拝見したことがあって、その映像をプレイバックしてみる。

 

民ちゃんのお胸は、『ほぼ、ない』に等しい(民ちゃん、ゴメン)。

 

民ちゃんがノーブラでいたのも納得の、『ぺたんこ』お胸だった。

 

中性的な身体付きで、それはそれで魅力的だと僕は思う。

 

現にそんなお胸であっても、僕は民ちゃんから色気を感じたんだけれど。

 

っていうことを、民ちゃんに説明しても、民ちゃんは納得しないだろうな。

 

「やだな、民ちゃん。

急にどうしたのさ、胸がどうのこうのって。

民ちゃんのすらっとしたスタイルを、羨ましがる女子も多いんじゃないかな?」

 

「女の子に羨ましがられても、全然嬉しくありません!」

 

まずい。

 

民ちゃんの表情が曇ってきた。

 

「パッドを入れるとかさ、補正下着ってあるじゃないか?

うちの通販でも取り扱っているよ...(しまった!)」

 

「下着で解決できれば、話は早いですよ」

 

ノーブラ民ちゃんが突然、胸のサイズを気にし出すなんて、何か大きな理由があるに違いない。

 

まさかだとは思うけど、鎌をかけてみることにした。

 

「裸になる予定でもあるのか?」

 

「あわわわ」

 

民ちゃんは両手で口を覆うと、僕に背を向けてしまった。

 

民ちゃんは分かりやすい。

 

白金の柔らかい髪からぴょんと飛び出た両耳が真っ赤だ。

 

僕の胸が、ひやりとした。

 

「例の『彼』と!?」

 

民ちゃんったら、いつの間に!

 

民ちゃんは嘘を付けないタイプだとみてるけど、肝心なことは口を開かない子のようだ。

 

上手に嘘を付いたり、はぐらかしたりするのが下手だから、最初から口にしない、ということか。

 

「違います!」

 

ソファに突っ伏して、僕から顔を隠している。

 

不快だった。

 

じわっと全身から汗がにじんで、胸中にモヤモヤが渦巻く。

 

動揺していた。

 

「......」

 

「その『彼』って、どんな人なの?」

 

ソファの座面に伏せて顔を隠した民ちゃんの傍らに僕は膝をつき、民ちゃんを覗き込む。

 

「早くないか?」

 

「そんなんじゃないです!」

 

「民ちゃんの『彼』は、どんな人?」

 

「...いい人ですよ。

...それと、お付き合いしてません。

片想いです」

 

「そっか...」

 

民ちゃんが僕の部屋に暮らすようになって、まだ2週間かそこらだ。

 

夜は大抵、僕と一緒に過ごしているし、昼間は仕事のはずだ。

 

僕の知らない間に、隙間時間をぬって民ちゃんの恋は前進していたってわけか。

 

相談して欲しかったのに。

 

と言いつつも、応援できる心境じゃないんだけどね。

 

「ちゃんとした人か?

しつこくてゴメンな、気になっちゃって。

おかしな奴だったりしたら駄目だと思って、さ」

 

民ちゃんがむくりと顔を上げた。

 

きりりとした眉の下の、黒いまつ毛に縁どられた上瞼。

 

しっかりとした鼻筋と、高い額、薄い唇。

 

確かに僕の顔のパーツと瓜二つだ。

 

僕の目というフィルターを外したら、民ちゃんは僕そのものだ。

 

白い髪に白い肌。

 

瞳には涙を浮かべて、鼻先を赤くしている。

 

僕の目というフィルターを通した民ちゃんは、僕とは似ても似つかない。

 

民ちゃんが、僕からどんどん離れていく。

 

 

「実のお兄ちゃんのように、心配してくださるのは、ありがたいです」

 

鼻をすすった民ちゃんは立ち上がり、床に膝をついた僕は民ちゃんを見上げる。

 

「でも、私はチャンミンさんの『妹』じゃありません」

 

「民ちゃん...」

 

「チャンミンさんは、私の...」

 

と、民ちゃんは言いかけると、そこで言葉を切った。

 

 

民ちゃんの次の言葉を、僕は固唾を飲んで待っている。

 

「チャンミンさんは...」

 

僕の目をまっすぐに見ていた民ちゃんのピントがぼやけてきた。

 

 

民ちゃんにとって、僕の存在は?

 

 

「なんでしょうね。

不思議です。

一言で言い表せません」

 

民ちゃんは、ふっと肩の力を抜くと、首をかしげて困った表情を見せる。

 

ふふふと笑った民ちゃんが、突然後ろから僕の首にかじりついてきた。

 

「わっ!」

 

 

「大事な人ですよ、チャンミンさんは」

 

僕の耳元で、民ちゃんはそう言った。

 

むぎゅうっと僕の首に、筋肉の薄い細い腕を巻き付けて、「大事な人です」と繰り返した。

 

僕の心も、むぎゅうっと苦しくなった。

 

民ちゃんに気付かれないようにそっと、回された腕に唇をつけた。

 

「?」

 

民ちゃんは僕の首の後ろをくんくんと嗅ぎだした。

 

「チャンミンさん、おじさんの匂いがしますね」

 

「ええっ!?」

 

慌てて民ちゃんの腕を振りほどこうとしたけれど、民ちゃんは力持ちだ。

 

「嘘です」

 

「こら!」

 

「男の人の匂いがしますー」

 

うなじに民ちゃんの唇がかすって、背筋にも腰にも甘くて心地よい痺れが走る。

 

「隠し事をしてるつもりはなかったんです。

90%の確率で、私の片想いで終わると予想しています。

『期待していいのかな』って思う時もありますよ。

でもそれは、大人の男の人が小娘を手の平で転がすような...感じだから、

それを鵜呑みにしてる私は、何ておバカさんなんだろうって」

 

僕の横顔に、民ちゃんの横顔がくっついている。

 

 

少しだけ首を傾けるだけで、民ちゃんの頬に唇が届くのに。

 

 

T。

 

お前の妹だから、うかつなことはできないと、初日の夜にそう思った。

 

その考えを撤回するよ。

 

 

「うまくいきっこない恋愛の話を、チャンミンさんにするのが恥ずかしかった。

チャンミンさんのことだから、いいアドバイスを下さると思います。

せっかくアドバイスを下さっても、私はどれ一つ実行できる自信がありません」

 

「うまくいかないかどうかなんて、わからないだろ?」

 

僕は首にまわされた民ちゃんの腕に指をかけた。

 

皮膚が薄くて、女の子の腕だと思った。

 

「私の好きな人は、どんな人かと言いますとね。

とにかくカッコいいんです。

頭がいい人です。

成功している人です。

...こんな単語の羅列の説明じゃわかりませんよね」

 

 

民ちゃんの体重が僕の背にのしかかる。

 

「その人の名前は、ユ...」

 

ガタガタっと玄関の方で音がした。

 

民ちゃんはハッとしたように、僕の首に巻き付けていた腕を離した。

 

リアが帰宅した。

 

 

僕の名前で君を呼ぶ   Duet

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