【36】NO?-君の不在、僕は寂しい-

 

 

最後のお客を見送った後、他スタッフと共にAは店内の清掃にとりかかった。

 

Aはこのサロンにアシスタントとして勤めだして2年目。

 

目標はもちろん、少しでも早くスタイリストになること。

 

当サロンで1,2を争う人気スタイリストであるカイは憧れの存在だった。

 

そんなカイとコンビを組んでカットコンテストに挑戦するのは、今回で3度目だ。

 

イメージそのまま表現するために、カラーリング、スタイリング、衣裳をどうすればいいのか?を目を輝かせて語るカイと共に、「作品」として作り上げていくのは心躍る。

 

コンテスト出場を嫌うスタッフも多い中、カイは積極的に挑戦していた。

 

サロンワークでは実現できないカットやカラーを思いのままに発揮できるコンテストの魅力にカイはとりつかれていた。

 

コンテストが近づき、衣裳作りとウィッグを使ったカラーリングテスト、自分の顔を使ってのメイクの研究にと、カイと共に自宅に帰れない日が続いていた。

 

大手コスメブランドが主催の今回の大会は、優勝すれば世界大会への出場権を得られる。

 

出場条件が「スタイリスト5年目まで」の若いスタイリストを対象としているため、カイにとって今回の出場がラストチャンスだった。

 

衣装作りも佳境を迎えていて、モデルの民に当初着せる予定だったスカートを、ショートパンツに変更することになった。

 

身体のラインがでる スポーツレギンスを足の付け根ギリギリまでカットし、シルバー色のスプレーで色付けした。

 

今夜はモデルの民に試着してもらい、3日後の大会までに微調整を行わなければならない。

 

スケジュール的にギリギリだった。

 

2日帰宅していなかったカイは、シャワーを浴びに近所の自宅まで帰宅している。

 

照明が落とされた店内では、もう1組の出場チームがモデルの髪のブリーチの真っ最中だ。

 

民を初めて見て、Aは感動した。

 

こんなに綺麗な人がいるなんて、と。

 

コンテストに男性モデルを使うのは珍しかったため、民と顔合わせの時、思わずカイに問うような表情を向けた。

 

男性だと思い込んでいたから、カイに女性だと教えられて2度驚いた。

 

(来た!)

 

エントランスのドアから、背が高い民が会釈をしながら現れた。

 

「民さーん、お待ちしていました!」

 

キャップを後ろ前にかぶった小さな顔や、彫刻のように整った造作、長い手足が、素晴らしい作品に仕上がる予感がAの心は満ちる。

 

(本人は自分がどれだけキレイなのか、全然気付いていないんだもの...)

 

今夜の民は、Tシャツにベージュのハーフパンツ姿といったラフ過ぎる恰好だった。

 

「ほぼ完成したので、試着してください!」

 

Aは民の手をひいて、奥のカーテンに仕切られたVIPルームへ案内する。

 

「そこにおいてある銀色のがそうです。

改造するのに苦労しました。

ストレッチがきいてるから、ミシンかけが難しかったです。

着替え終わったら、出てきてくださいね」

 

そう言ってAはカーテンを閉めた。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

民ちゃん...。

 

僕「しか」出来ないから、という言葉にのせられて頷いてしまったけれど、このお願いは無謀だって。

 

僕は民ちゃんのお願いを引き受けたことを後悔してきた。

 

コンテストモデルの衣裳合わせに、僕が代役で行ってこい、なんて...。

 

身長もサイズも、それから顔も同じだけど、女ものの洋服を着ることに抵抗があった。

 

民ちゃんは義姉さんの出産が1週間早まったため、今夜の衣裳合わせに行かれなくなった。

 

留守番と甥っ子3人の子守のため、民ちゃんはあの後兄T宅に帰っていった。

 

男子トイレで思わず民ちゃんを抱き寄せてしまった。

 

けれども、この予定をすっかり忘れていたことに気付いた民ちゃんの素っ頓狂な声に、僕の突然の行動に対する民ちゃんの反応を確かめる機会を失ってしまった。

 

「うーん...それはちょっと...」と渋る僕の肩を力いっぱい叩いて言った(民ちゃんは力持ちだから、痛かった)。

 

「髪の毛を染めて、と言ってませんから。

細かいサイズ調整したいそうです。

チャンミンさんは私とサイズが同じだから、全然オッケーですから。

今夜は衣装を試着して、それでおしまいです。

ね、簡単でしょ?

...ということで、よろしくお願いいたします」

 

なんて深々と頭を下げてお願いされたら、頷くしかないだろう?

 

サロンに向かう道中、ふりふりのレースだらけのものだったらどうしよう...と不安でいっぱいだった。

 

さっさと終わらせよう。

 

僕は素早くTシャツとハーフパンツを脱いだ。

 

椅子の背に置かれた銀色のものを手にした僕は、さーっと青ざめた。

 

「マジか...」

 

民ちゃん...いくら似ている僕らでもこれは...無理だ。

 

手の平におさまるくらい小さなショートパンツ。

 

履けないことはないけど、ぴったぴたじゃないか!?

 

男の僕には、無理だ。

 

ふりふりレースの方が、100倍もマシだよ。

 

問題の物を手にしばらく考え込んでいると、

 

「民さーん、未だですかぁ?」

 

嫌な予感はしてたけど、民ちゃんは僕が代わりに来ることを、ここの人たちに言っていないらしいぞ。

 

民ちゃんの馬鹿馬鹿。

 

「上の服も合わせてください。

それから、ブラは付けないでくださいね。

そのスタッズは、全部私が付けたんですよ?」

 

カーテンの向こうから急かされた。

 

「は、はい!」

 

ええい!

 

どうにでもなれ!

 

僕はその、小さな布切れに足を通した。

 

 


 

 

Aはカーテンの向こうから現われた民(実はチャンミン)を一目見て、自分の仕事ぶりに満足した。

 

恥ずかしいのか、民(実はチャンミン)はタオルで前を隠している。

 

「いいですね!

ぴったりじゃないですか!

後ろも見せてください!」

 

太ももの付け根ぎりぎりに斜めにカットしたラインが、民(実はチャンミン)の小さなお尻を引きたてている。

 

(カイさんが狙った通りだ!

中性的で...すごくカッコいい!)

 

「民さん、大丈夫ですからタオルをどかして下さい」

 

民(実はチャンミン)はぶんぶんと首を左右に振っている。

 

「女同士なんですから!」

 

民(実はチャンミン)が目隠しに覆っていたタオルを、Aに強引にむしり取られてしまった。

 

(やめろーーーー!!)

 

(あれ...?

ブリーチしたはずの髪の毛が黒い。

あれ?)

 

Aの視線は、キャップをかぶったままの民(実はチャンミン)の頭、肩の辺りから腰、足先までゆっくりと移動した。

 

「!!!」

 

「民さん、ここで待っててください。

カイさーん!」

 

シャワーを浴びて戻ってきたカイの方へAは走っていく。

 

「カイさん、大変です!!

民さんったら、髪を短く切っちゃってますし、髪も黒に戻しちゃってます!

どうしましょう!」

 

「ええっ!」

 

カイはカラーリング剤をかき混ぜる手を止めて、VIPルームの前で突っ立っている民(実はチャンミン)を確認する。

 

(民さん、何てことをしてくれたんだ!

今から間に合うかな...)

 

「それから...カイさん!

民さんって...女の子ですよね?」

 

「そうだよ。

何を今さら?」

 

「男の人ですよ」

 

「?」

 

「すね毛が生えてます。

前はつるつるでした。

剃った毛って、あんなに早く生えるものでしょうか?

それから...あんなに筋肉ムキムキでしたっけ?

民さんって、もっと華奢な人だったはず...ですよね?」

 

「?」

 

カイは民(実はチャンミン)の方を見やる。

 

「!!!」

 

民(実はチャンミン)の方へ向かいかけたカイの手をひいて、Aは声をひそめて言った。

 

「正真正銘のメンズです!

だって...だって...」

 

Aのジェスチャーに、カイはつかつかと民(実はチャンミン)の方へ大股で近寄る。

 

カイはざっと民(実はチャンミン)の全身を観察したのち、にっこりと笑った。

 

「なーんだ。

民さんのお兄さんですか?」

 

細かい説明が面倒だったチャンミンは、「そんなところです」と軽く会釈をした。

 

そして、民が今夜来られなくなった事情を説明すると、

 

「ははは。

民さんは面白い人ですね。

ピンチヒッターにお兄さんを寄越すなんて。

あなたに来てもらって、実はとても助かってます。

スケジュールが押してて、今夜、試着してもらったのを見て足元をどうしようか決める予定だったんです」

 

カイはタオルをとって、チャンミンに手渡した。

 

物議を醸しだしている箇所がタオルで隠れて、チャンミンはホッとしたのであった。

 

「前は隠したままでいいので、靴をいくつか履いてみて下さいませんか?

足のサイズは?

...同じですか、助かります」

 

(恥ずかし過ぎる!

民ちゃんの馬鹿!)

 

 


 

~チャンミン~

 

 

「...民ちゃん」

 

僕はつとめて不機嫌さを込めた声音で言った。

 

「簡単だったでしょ?」

 

民ちゃんは能天気な声だ。

 

「簡単じゃなかったんだよ?」

 

「お洋服着るだけなのに?」

 

そのお洋服のデザインが大問題だったんだよ。

 

どこがどう大問題だったかを説明しようとしたけど、止めておこう。

 

民ちゃんのことだ。

 

面白がって、分かってるくせにしつこく問いただすに決まっている。

 

「......」

 

「チャンミンさん...もしかして、怒ってます?」

 

「......」

 

「ごめんなさい...」

 

しょんぼりした民ちゃんに、これ以上怒ったふりは出来なくなった。

 

「もう怒ってないよ」

 

「よかったですー」

 

僕は民ちゃんと電話越しに会話をしていた。

 

帰宅しても、当然のことながら民ちゃんは不在だ。

 

リアも留守にしていた。

 

夜の仕事にでかけたのだと思うと、罪悪感に襲われる。

 

料理をするのも面倒だったので、チェーン店で夕飯を済ませた。

 

TVをつけようという気もおきないし、独りぽつんとソファに座ってビールをちびちびと飲んでいた。

 

夜遅いのは分かっていたが、民ちゃんに電話をかけることにしたのだ。

 

携帯電話を持つ手が汗ばんでいて、好きな子に電話をかけようとする高校生のような自分に突っ込みを入れる。

 

なに緊張してるんだ?

 

「わぁ、チャンミンさん!

おばんでがす」

 

女の人にしては低めの民ちゃんの声がワントーン高くて、僕は初めて彼女と会った日の夜のことを思い出した。

 

弾んだ高いトーンで兄Tと電話するの聞いていた僕は、民ちゃんとこんな会話を交わしたいと望んだんだった。

 

あの時、あまりにも瓜二つな民ちゃんを観察する目で見ていたけど、同時に彼女から目が離せずにいた。

 

民ちゃんが女であることに、切なくやるせない思いを抱えたんだった。

 

だから、今の「わぁ、チャンミンさん」の声にじわっと感激していた。

 

「次の土日はお休みですか?」

 

「え?」

 

話題を変えたらしい民ちゃんの突然の質問に、きょとんとする。

 

「休みだよ。

どこか行きたいところあるの?」

 

「お部屋探しに付き合ってくれませんか?」

 

「もちろん」

 

仕事が決まった民ちゃんの次なるミッションは引っ越しで、兄であるTからも部屋探しに協力するよう依頼されてもいた。

 

1か月の約束もいつの間にか、半分を切っていた。

 

「この前のお休みの時、一人で不動産屋さんに行ったんです。

全部で6つのお部屋を見てきました。

どれにすればいいのか、迷ってしまいました。

お部屋選びの基準が分からないんですよねぇ」

 

「民ちゃんが重視したいポイントは何なの?」

 

「うーん...。

安いところ、かな?

住めればどこでもいいです」

 

やっぱり。

 

「僕が一緒に探してあげるから。

一人で決めちゃだめだよ」

 

「ありがとうございます」

 

民ちゃんは、きっと鼻にしわをよせた笑顔をしているんだろうな。

 

僕自身も部屋探しをしなくては。

 

「引っ越しが済んだら、私のお部屋に遊びに来てくださいね」

 

「え...?」

 

「御馳走作って待ってますからね」

 

民ちゃん、無防備に男を家に誘ったら駄目だよ。

 

「気が早いなぁ」

 

ふふふ、と民ちゃんは笑った。

 

 

民ちゃんとの通話を終えて、自分は彼女がいなくてひどく寂しがっていると実感した。

 

広いこの部屋がもっと広く感じられる。

 

 

君の不在、僕は寂しい。

 

 

早く帰っておいで。

 

 

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