【38】NO? -僕に気付いて-

 

~チャンミン~

 

 

「1時間半後に迎えに来てくれ!」

 

「はあ、いいっすけど」

 

僕は後輩Sの運転する社用車から下りると、早く行けと手を振った。

 

冷房をきかせた車内から蒸し風呂状態の外気に包まれ、僕の全身から汗が噴き出す。

 

ルート途中にこの近辺を通りかかれるように、アポイントの予定日を繰り上げたり遅らせたりと、数日前からスケジュール調整をしていたのだ。

 

後輩Sを昼食に行かせている間、僕には行きたいところがあった。

 

突き刺さるような日光をまぶしく照り返す石畳を、早歩きする僕の黒い革靴。

 

そこは広大な敷地で歩けども建物に近づけず、急いでいる僕は焦れる。

 

国際的なスポーツ競技会やアーティストのLIVEが行われることもある体育館目指していた。

 

壁面には巨大な垂れ幕が下げられ、僕でも知っているビューティーブランド名に続いて『Trendvision 20××』とある。

 

民ちゃんがカットモデルとして出場しているのはここだ。

 

広場やエントランス周辺にたむろす大勢の中に混じった小洒落た若者たちは美容師か。

 

ネットで調べてみたら世界的に有名な大会で、今回の優勝者は世界大会出場へ駒を進めることができるとか。

 

審査員も司会者も、BGMを担当するDJも有名どころを集めている。

 

線の細いカイ君や今どき風のAちゃんは、実は才能あふれる子たちだったんだと、文化祭のノリなものだと馬鹿にしていた僕は心の中で彼らに謝った。

 

受付カウンターで入場チケットを買い、案内スタッフに従って薄暗いホールへ足を踏み入れた。

 

座席はほぼ満席だったが、僕は出来るだけステージに近い席を求めて空席を探す。

 

ファッションショーさながらアリーナの真ん中にランウェイが貫いている。

 

巨大なスクリーンがステージ上に設置され、大音量で流れるEDMにのってランウェイをモデルが歩いていた。

 

エントリー番号のあと、選択したテーマ名、選手名、サロン名の順にアナウンスされる。

 

モデルと選手がメインステージに登場すると、会場から歓声が上がった。

 

(民ちゃんの番は終わっていないだろうな)

 

プログラムによると、カットとスタイリングの競技は午前中に終了していたが、その後のショータイムは今、真っ最中だ。

 

パンフレットを指でたどってカイ君の名前を探す。

 

(よかった、間に合った)

 

タイミングよく、僕が席についてから5組目が彼らの番だった。

 

スタイリングや衣裳のレベルを競うものかもしれないが、それを纏うモデルの素質も大きなウェイトを占めると思う。

 

ランウェイを歩くモデルの中には、いわゆる『普通の子』も混じっていて、どうしても見劣りしてしまうのだ。

 

だから、民ちゃんがステージに現れた時、僕は鳥肌がたった。

 

やばい、と思った。

 

 


 

 

「ランウェイだなんて...聞いてませんよ」

 

「民さん、じっとしていてください!」

 

Aは衣裳に着がえた民の背後に立って、メイクに余念がない

 

隣のカイは「ケープ、水スプレー、タオル、コーム、トリマー...それからハサミ!」と、つぶやきながら、ステージへ持ち込む道具のチェックを行っている。

 

「カイさんはコンテストが近づくと『ゾーン』に入っちゃうんですよ。

周りが見えていないから、地方大会の時に駅構内でモデルさんとはぐれたこともあります」

 

「Aちゃん。

ガスって持ってきたっけ?」

 

カイは先ほどからショルダーバッグをかきまわしていた。

 

ステージ上では電源が使えないため、ヘアアイロンやドライヤーはガス式のものを使用する。

 

「絶対に忘れてくると思ったから、予備をいくつも持ってきてますよ」

 

マスカラを塗る手を止めて、Aはスーツケースを指さした。

 

「サンキュ」

 

(アートセンスが長けてる人って、こういうものなのかな)

 

サロンにいる時とはうって変わって、気もそぞろな気ぜわし気なカイが民には新鮮だった。

 

「カイさんはね、すごいんですよ。

靴を忘れてきたこともあるんです。

仕方なく、モデルさんは裸足でステージに上がったんです」

 

(ひとつのことに夢中になっている人って、輝いてる)

 

控え室には長机と折りたたみ椅子が並び、エントリー番号札に従ってあてがわれた場所に3人は陣取っていた。

 

衝立で囲われただけのフィッティングルームは着替えをするモデルたちで溢れ、その場で服を脱ぐモデルも多い。

 

(みんな、綺麗な人...)

 

ぽかんと口を開けていると、「民さん!」とAに注意をされる。

 

Aの手によって凛々しい民の顔が、青白い儚げな少女の顔に変身していった。

 

早朝4時から最後の仕込みが開始し、民の眉の脱色を済ませると、電車に乗って3人は会場入りした。

 

会場に近づくにつれ、大きなバッグを肩から下げた者、スーツケースを転がす者やカラフルな髪色をした者が続々と増え、否が応でも民の緊張感は高まったのだった。

 

受付を済ませるとリハーサルが開始し、バックステージからメインステージに出た直後、民はこの仕事を引き受けたことを後悔した。

 

客席の真ん中を真っ直ぐ伸びるランウェイを目の当たりにした民は、カイの腕をつついた。

 

「まさか、まさかですけど、あそこを歩くんじゃないでしょうね?」

 

「あれ?

言ってませんでしたっけ?」

 

「初耳です!」

 

「あれ?

言い忘れてたかもしれませんね」

 

「カイさん!」

 

「民さんなら大丈夫ですよ、ははは」

 

絶句する民に気付いたカイはそう言って笑った。

 

「ウォーキングなんて、私は知りませんよ。

ひょこひょこ歩いて、恥かいちゃいますよ?」

 

「審査員は民さんの髪と衣裳しか見ていないから、大丈夫ですよ」

 

「それならいいんですけど...」と民はいぶかし気につぶやいたのだった。

 

 

 

リハーサルを終えた一行は控室に戻り、メイクや衣裳の着付けが始まった。

 

気の毒にも衣裳が完成していなかったり、破れたりほつれたりのハプニングもあって、裁縫道具や両面テープの貸し借りの声が周囲で上がっている。

 

ステージ入りを知らせる放送が鳴った。

 

「いよいよですよ」

 

目の下に隈をつくったカイが民の背中を叩いた。

 

「頑張りましょう!」

 

「はい!」

 

首にケープを巻いた状態で、エントリー番号順に列を作ってバックステージに向かう。

 

ファイナル進出者50名に、50名のアシスタント、50名のモデルの総勢150名。

 

10㎝を越えるヒールを履くモデルの中でも、民の長身は男性モデルや欧米モデルに次いで目立っていた。

 

「緊張しますね」

 

「僕はこの緊張感が好きなんです」

 

「カイさん!

靴の紐がほどけてます!」

 

 


 

 

~ユン~

 

 

ビルの管理会社との打ち合わせを終えた俺は、ナビに従ってハンドルを繰る。

 

外は摂氏35℃は越えており、サングラス越しでもフロントガラスを焼く日差しの厳しさがよく分かった。

 

民がモデルとして参加するコンテストの見物に馳せそんじることになった。

 

カットコンテストなど興味はそそられなかったが、民の晴れ姿は是非目にしたかった。

 

この車の中で民の唇を奪って以来、顔を合わせていなかったこともあって、久しぶりに民の顔を見られるのが楽しみだった。

 

この高揚した気分は、悪くない。

 

夢中になる対象の存在は、俺の制作意欲をかきたててくれる。

 

恋愛は、莫大な力を生んでくれる。

 

受付で名前を述べたら、「Reserve」席へと案内された。

 

途中、知った顔に何人か会い(雑誌編集部員やサロン経営者など)、簡単な挨拶を交わした。

 

下調べはしてこなかったが、メンツを見る限り想像以上に大掛かりなイベントのようだ。

 

民は俺の為にランウェイ横の席を用意してくれていた。

 

「綺麗なモデルさんがいっぱいいますよ」と民は言っていたが、目の前を通り過ぎるモデルの誰一人、俺の心に響かない。

 

あくびをかみ殺しながら、目前に迫るステージの構造を観察していた時、青白いふくらはぎが通り過ぎた。

 

はっとして顔を上げると、全身が銀色に鈍く光る衣裳を纏った民だった。

 

ストレッチのきいた薄い生地のおかげで、歩を進めるごとに尻の筋肉が交互に盛り上がる様がよく分かる。

 

うっすら付いた脂肪を感じられる民の尻を目にして、俺の欲に火が灯る。

 

ランウェイの突き当りで全身を披露する民の後ろ姿に、熱い視線を注いだ。

 

男でもない女でもない妖しさが、無駄な筋肉をつけていないすんなり細い脚から伝わってくる。

 

上半身はコルセットだけで薄いデコルテがむき出しになって、細いチェーンを巻いているおかげで長い首が際立っていた。

 

この衣裳を思いついた人物...メインステージに立つ小柄な若者は、民の魅力を存分に引き出すことに成功していると感心した。

 

民のスタイルについてはさておき、顔がよかった。

 

先日見た時は白髪だったのが、今は漆黒になっている。

 

直線的な前髪が民の思慮深げな眼差しを引きたて、眉もまつ毛も白く美神バルドルのようだと思った。

 

メインステージへ引き返してきた民が、俺の存在に気付いたようだった。

 

軽く手を挙げると民は一瞬目を見開き、照れ隠しなのか視線を遠くの客席に向けた。

 

可愛らし過ぎて、羽を折りたくなった。

 

今すぐステージから民を引きずり下ろし、アトリエに直行したい欲求を抑えた。

 

一刻も早く、本気をみせないとな。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

スクリーンに民ちゃんが映る。

 

前髪のひと房だけを青く染め、上瞼ぎりぎりで切られた前髪の下で光る透明な瞳。

 

高い頬骨に塗ったグリッターが濡れたように光っている。

 

そういえばカイ君がコンセプトについて説明をしてくれた。

 

「『フューチャー』です。

民さんの中性的なスタイルはアンドロイドのようです。

でも、優しい目付きをしていますから、アイライナーで囲ったりせずナチュラルに仕上げたいと思います。

つまり、メタリックなBODYに反して、顔は人間的で温かみがある感じにしたいのです」

 

無機質なメタル感ある衣裳とラメが輝く手足。

 

ぺったりと額にはりついた前髪のほかは、バサバサに逆立ててドライ感をだしている。

 

僕が試着した時よりもパンツは短くカットしてあり、民ちゃんの細くて長い脚がまっすぐ伸びている。

 

メインステージにカイさんを残して、民ちゃんは会場に向かって歩く。

 

いつもの民ちゃんの歩き方だった。

 

まっすぐ膝を伸ばしてかかとから着地するしっかりとした脚運び。

 

(歩き方は男っぽいんだけど、立っている時は少し内股なんだ)

 

民ちゃんのことだ、神妙な面持ちだけど、きっと恥ずかしくてたまらないんだろうな。

 

スポットライトが民ちゃんを正確に追いかける。

 

ランウェイの突き当りで立ち止まり、顔を交互に傾けて会場の面々にスタイリングを披露する。

 

10数秒後、Uターンしてメインステージに引き返す。

 

少し余裕がでてきたのか、客席の方へ視線を向けている。

 

その時、民ちゃんと目が合ったと思った。

 

ライトを浴びた民ちゃんには、ここにいる僕の姿なんて絶対に見えるはずないのに。

 

内緒にしていたから、会場に僕がいるなんて知らないのに。

 

民ちゃんが一瞬、照れ笑いをした。

 

目を細め鼻にしわをよせた、いつもの民ちゃんの笑い方だった。

 

スクリーンに映し出された民ちゃんの両耳が真っ赤だった。

 

ぞくぞくっと寒気が背筋を走る。

 

もし僕が今、民ちゃんと同じ衣裳を身に着け、同じヘアスタイル、メイクをしたとしても、こうはなれない。

 

僕は男で、民ちゃんは女だからなんてことが理由じゃない。

 

僕にはなくて民ちゃんだけが持っている透明感の差なんだろうと思う。

 

涙が溢れていた。

 

民ちゃんの魅力に最初に気付いたのは僕だ。

 

民ちゃんの魅力に誰も気づかないで。

 

これ以上、綺麗にならないで。

 

いつものTシャツ姿に戻って欲しい。

 

ねえ民ちゃん、僕のことを見て欲しい。

 

 

僕の名前で君を呼ぶ   TIME

 

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