【42】NO?-君と眺める夜空-

 

~民~

 

「結果がどうであれ、この舞台に立てただけで凄いこと」と、チャンミンさんにポロリと本音を漏らした自分に反省した。

 

ステージの上では優勝者に称賛の拍手を贈ったが、控室に戻った途端Aちゃんは号泣し、椅子に座りこんだカイさんは無言のまま肩を落としていた。

 

「準優勝だったから、よかったじゃないですか」などと、気休めの言葉なんて一切かけられない空気に、彼らの姿を遠巻きに見ることしかできない。

 

優勝者は、私が「お!」と注目したレインボーカラーの作品で、超越したカラーテクニックと、テーマの解釈が斬新だとの総評をもらっていた。

 

私にはとても理解できないアートの世界だけど、人の心を打つものは理屈や理由は不要なんだと思う。

 

ユンさんの作品もそう。

 

ホテルのフロント前に展示されていた鳳凰の彫刻。

 

荒々しさと繊細さがひとつの作品の中で表現されていて、胸を打ったのだ。

 

「綺麗に作ってあげるから」とユンさんは私に囁いた。

 

自分自身の世界を作り上げるテクも知恵もない私は、誰かの手によって素敵に作ってもらえるのなら、それは素晴らしいことだなぁ、って。

 

今回のカットモデルのお仕事で、そう思った。

 

作品のモデルだなんて恐れ多いし、恥ずかしい気持ちでいっぱいだけれど、少しだけ楽しみになってきた。

 

「次がありますよ」って、Aちゃんはカイさんを慰めている。

 

更衣室がいっぱいだったので、仕方なくその場で着替えた。

 

背中に手を回してコルセットのホックを外すと、締め付けていた胸が解放されて緊張と共に全身でホッとした。

 

コルセットを外して隙間なく並ぶスタッズを見て、カイさんとAちゃんが夜なべをしてひとつひとつ縫い付ける姿が目に浮かぶ。

 

あんなに頑張ったのに...。

 

「ん?」

 

視線を感じて周囲を見回すと、控室中のあちこちで私を見ている。

 

「わっ!」

 

大慌てでコルセットを抱きしめた。

 

男なのか女なのか不明な私はコンテストの間中、興味本位の視線を浴びていたんだった。

 

裸になる度、鏡に映る少年のような自分の身体が嫌いだ。

 

今ので周りの人たちは絶対に、私は男だと確信したに決まっている。

 

泣きそう...。

 

私の様子に気付いたAちゃんが大急ぎでケープを首に巻いてくれて、ショートパンツを脱いでいつものデニム姿に私は戻った。

 

うなだれていたカイさんが、むくっと顔を上げ、

 

「もらった賞金で次のコンテストを目指します!」

 

と、宣言した。

 

「カイさん...」

 

「来年もこの大会を目指します!

次はシニア部門になるので、強敵揃いになりますが。

近々の大会は来月にあるので、まずはそれに向けて頑張ります」

 

「え~。

少しは休ませてくださいよぉ」

 

Aちゃんはうんざりした表情だったけど、その目はワクワクに満ちて輝いている。

 

本当に...彼らが羨ましかった。

 

サロンに戻った私はメイクを落とし、カラーリングのし直しと痛んだ髪をトリートメントしてもらった。

 

「民さんのしたいスタイルにしてあげますから、遠慮なく言ってください」

 

疲れているだろうに、カイさんは気を遣ってくれ、お言葉に甘えてフルコースの施術を受けた私。

 

「わぁ...」

 

カイさんにお任せしたら、自分で言うのもなんだけど「いい感じ」になったのだ。

 

私の本質を分かってくれてる、と思った。

 

「カイさん...凄いです...!」

 

変身した私を見て満足そうなカイさん。

 

「今までありがとうございました」

 

アルバイト代の入った封筒をうやうやしく受け取った私は、頭を下げた。

 

「民さん!」

 

サロンを出ようとした時、後ろからカイさんに呼び止められた。

 

「はい?」

 

「チャンミンさん...民さんのお兄さんみたいな人」

 

「みたいな?」

 

「お兄さんだと最初勘違いしてましたが、本当は違いますね。

間違っていたらすみません」

 

驚いた。

 

「どうして分かったんですか?」

 

「会場にいらっしゃってたでしょう。

お二人が並んでいるところを見て...兄妹じゃないんだな、って思ったんです」

 

「どこでそう思ったんです?」

 

「なんとなく。

お二人の間で流れる空気、というか...。

うまく説明ができなくて申し訳ありませんが、兄妹じゃないな、って。

 

あ!

意味深な意味で言ってるわけじゃありませんよ」

 

カイさんの観察眼はすごい。

 

双子みたいな私とチャンミンさんを、他人同士だって見抜くなんて。

 

「民さーん」

 

半泣きのAちゃんが私に抱きついてきた。

 

「私を綺麗にしてくれて、ありがとうね」

 

私は身をかがめて身長150センチのAちゃんの背中を撫ぜる。

 

私より若いのにしっかりしていて、夢を追いかけていて、一生懸命な女の子。

 

「Aちゃんは、もしかしてカイさんのことが...?」

 

Aちゃんの耳元で囁いたら、ぼっと頬を赤くした。

 

「内緒ですよ!」

 

「もちろん!

お似合いだと思うよ」と、こっそり囁いた。

 

阿吽の呼吸のカイさんとAちゃんだもの、きっとうまくいくはず。

 

サロンの外まで見送りに出てくれた二人に手を振って、私は帰路につく。

 

賞品のシャンプーやヘアパック、ドライヤーを片手に、私はチャンミンさんのお家へ向かっている。

 

チャンミンさんのアドバイス通りに、髪を染めてもらいましたよ。

 

ぱっと見は茶色だけど、光があたると深みの赤が感じられる色ですよ。

 

私は幸せで胸いっぱいだった。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

コンテストの日、帰社して携帯電話にメールが届いていたことに気付いた。

 

気取ったポーズをとった写真、首から上のアップ写真、横顔の写真、カイさんとAちゃんとの集合写真。

 

それから...僕が一番気に入ったのが、民ちゃんがくしゃくしゃな顔をして笑った写真だ。

 

鼻にしわをよせて、両頬をきゅっとあげて、歯並びのよい白い歯をのぞかせた笑顔。

 

何度見ても、ぽっと心が温かくなる。

 

僕も同様なんだけど、思い切り笑うと歯茎が見えてしまうんだよなぁ。

 

でも、邪気のない清潔そうな口元なんだ。

 

「チャンミンさん!

顔がエロくなってます」

 

「えっ!?」

 

携帯電話から顔を上げると 僕をじぃーっと見つめる丸い眼。

 

知らず知らずのうちに、顔がにやけていたみたいだ。

 

「いやらしいことを考えていたんでしょう?」

 

今日の僕らは、民ちゃんの部屋探しのため物件の内覧巡りをしていた。

 

午前中に3物件を回った後、目についたカフェで昼食をとっていた。

 

民ちゃんは2つのバゲットサンドを平らげていた。

 

僕に劣らず民ちゃんは大食漢なのだ。

 

隙間時間があれば、民ちゃんの写真を眺めているなんてバレるわけにはいかない。

 

携帯電話を後ろポケットに滑り込ませて、残りのサンドイッチを口に放り込んだ。

 

オープンテラスの席で行き交う人々を眺めながらのランチタイム。

 

まるで、デートみたいだ。

 

僕がアイスブルーのデニムパンツで、民ちゃんはスリムなインディゴブルーのデニムパンツ。

 

揃って白いTシャツを着ていたから双子感著しいけど、僕は全然OKだ。

 

民ちゃんのきりっとした眉毛が、斜めに流した前髪から覗いている。

 

日光が当たるとレッドブラウンに透けた髪色が、民ちゃんによく似合っている。

 

「いい色でしょ?」

 

はにかんだ民ちゃんは、首を左右に向ける。

 

「さて、次を回りましょう。

チャンミンさんったら厳しいんですもの。

こんなんじゃ、100軒回っても見つかりっこないですよ」

 

民ちゃんのお財布事情を考慮しながら、安全面・立地面、そして設備が整っている部屋探しに難航していた。

 

「ここでいいです」ってよく見もせず決めようとする民ちゃんに、僕は「待った」をかけるのだ。

 

民ちゃんときたら、安くて雨露がしのげればいいなんて言ってるんだもの。

 

家具のないがらんとした部屋は、声がよく響く。

 

ひなびた匂い。

 

民ちゃんはバタンバタンとキッチンや靴箱の戸を開けたり閉めたりしている。

 

「民ちゃん。

ここはパス」

 

「えー、どうしてですか?」

 

「隣の家の庭木がバルコニーにかかっている。

木をよじのぼったら、民ちゃんの部屋に侵入できるから。

民ちゃんは女の子だよ?

防犯を考えると、ここは駄目だ」

 

「私の部屋なんて、誰も覗きませんったら」

 

いろんな趣味の人がいるんだから、とは民ちゃんには言えない。

 

「とにかくここは駄目!」

 

納得がいかないといった風の民ちゃんは、しばらく考え込んでいた。

 

「チャンミンさん」

 

「ん?」

 

「チャンミンさんのパンツを下さい!」

 

「パンツ!?」

 

目を白黒させていると、

 

「やだなぁ。

チャンミンさんったら、何を想像してたんですかぁ?」

 

僕の背中をバシッと叩いた(民ちゃんは力持ちだから、かなり痛い)。

 

「チャンミンさんのパンツを頭からかぶったり、匂いを嗅いだり、そういう用途で欲しいわけじゃありませんってば。

私のパンツと一緒に干すんです。

男の影をちらつかせるためです。

このアイデアは、何かで見たことがあります」

 

「民ちゃん...」

 

僕は大きくため息をつく。

 

民ちゃんのおパンツは、全部黒でボクサータイプだ。

 

(なぜ知っているかというと、民ちゃんは洗濯したまま忘れて乾燥機に入れっぱなしにしていることがしょっちゅうある。

それを見つけた僕は、畳んで引き出しにしまってあげているのだ)

 

女性ものの下着には全然見えないよ、と指摘したら民ちゃんは悲しむに決まっているから、黙っていることにした。

 

「お風呂とトイレは別だし、家賃は安いし...ここにしたいなぁ...」

 

「駄目!」

 

民ちゃんの手を引いて、次の物件へGOだ。

 

「ここはどうですかねぇ?」

 

「う~ん...」

 

「冷蔵庫が備え付けですよ?」

 

「そんなに小さい冷蔵庫で民ちゃん、大丈夫?」

 

「それは、困りますねぇ」

 

「次のところを見よう」

 

候補物件残り1軒となった時、

 

「ここが気に入りました」

 

「賛成」

 

僕も納得、即答だ。

 

築年数は古いもののサッシ窓は2重鍵、壁紙も張り替えてあり、広さも十分だ。

 

ルーフバルコニーがこの部屋の最大の特徴だ。

 

日当たりも風通しもよい。

 

「日光浴が出来そうですねぇ。

プランターを並べて、家庭菜園が出来そう。

野菜を沢山育てれば、食費が浮きますねぇ」

 

「楽しそうだね」

 

「花火ができそうですね」

 

「花火...」

 

深夜のコンビニエンスストアで、心惹かれて衝動買いした花火の存在を思い出した。

 

民ちゃんと顔を寄せ合って、次々と火をつけて、煙が目にしみて。

 

オレンジ色の火花に照らされた民ちゃんの頬や、彼女の秀でた額と鼻筋が作る濃い影。

 

そんな光景を想像していた。

 

「チャンミンさん...ごろーんってして下さい」

 

「へ?」

 

「いいからいいから」

 

先に寝っ転がった民ちゃんに手を引かれて仕方なく僕も横になる。

 

「あ...」

 

「ね?」

 

天窓から、青空が見えていた。

 

「この下にベッドを置くことに決めました。

星空を眺めながら眠りにつく...素敵です」

 

ここは都会、あの天窓から星空が見えない可能性が高かったけど、僕は黙っていた。

 

「天窓とか、バルコニーとか、フローリングとか憧れます。

このお部屋は全部叶えてくれます。

ここがいいです」

 

しばらく僕らはフローリングの床に寝転がって、無言で想像の星空をあの天窓から眺めていた。

 

「遊びに来てくださいね」

 

「え...?」

 

横を向いたら、民ちゃんの青みを帯びた白目と長いまつ毛に僕は見惚れた。

 

「僕なんかじゃなくて、例の...彼を呼ぶ方が先じゃないかな?」

 

心にもないことを口にしていた。

 

民ちゃんの片想いの相手、X氏についてさりげなく探りを入れるために。

 

「どうでしょうか...。

来てくれないと思います」

 

「どうして?」

 

「『そういう』人じゃないんですよねぇ...庶民的じゃない、というか...」

 

「そうなの?」

 

頭を浮かした僕は、民ちゃんを見下ろした。

 

「暮らしのステージが一段上の方です」

 

「その彼と...どういったきっかけで知り合ったの?」

 

「それは...」

 

民ちゃんは言いかけて、少しの間迷った後、

 

「私が店員さん、彼がお客さんでした。

私の接客を褒めて下さって...。

...多分、私の片想いで終わってしまうと思います。

私なんかじゃ、太刀打ちできません」

 

「僕より、年上?」

 

「はい」

 

「そっか」

 

 

 

 

ルーフバルコニーと天窓の部屋に決めた僕らは、不動産屋へ徒歩で向かっていた。

 

全くもって、デートみたいだった。

 

隣を歩く民ちゃんの揺れる右手と手を繋ぎたかった。

 

「私...ここまでたどり着きました。

仕事を見つけて、一人暮らしのお部屋も決まって...。

チャンミンさん...ありがとうございます」

 

前を向いたまま話しているのは、照れているからだ。

 

民ちゃんの顔も耳も赤いのは、暑さのせいばかりじゃない。

 

「あなたのおかげでここまで来ました」

 

僕はぴたりと立ち止まった。

 

あなた。

 

その一言が僕の心を甘く切なく痺れさせた。

 

いつか民ちゃんは、あの部屋にX氏を呼ぶことになるかもしれない。

 

その前に。

 

「僕と...一緒に住まないか?」

 

心の中で僕は、そうつぶやいてみた。

 

 

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