【53】NO?-君と繋がる夢を見た-

 

~チャンミン~

 

 

「民ちゃん...」

 

僕の上に乗った民ちゃんが、前かがみになって僕の両胸に手を当てていた。

 

民ちゃんと繋がっている箇所が、温かくて締め付けられていて、もの凄くもの凄く...気持ちがいい。

 

僕は民ちゃんのほっそりとした白い身体を見上げていた。

 

少年のように薄い胸と、ピンク色の胸の先端が色っぽくて、僕の欲情を煽った。

 

民ちゃんの細い腰に両手を添えた。

 

「チャンミンさん...」

 

民ちゃんは僕を見下ろして、唇だけで僕の名前を呼んだ...。

 

 

 

 

 

「わあっ!!!」

 

飛び起きた僕は、激しく胸を打つ鼓動を収めるまで、しばらくの時間が必要だった。

 

「はあはあはあ...」

 

汗びっしょりで、Tシャツが背中に張り付いている。

 

うなじに触れると、後ろ髪も濡れている。

 

ゴシゴシと顔をこすって、ついでに両頬を叩いた。

 

「まずい...まずいぞ...」

 

がらんとした部屋で、床に直接敷いた布団に僕はいる。

 

僕は民ちゃんとヤッている夢を見ていた。

 

あの気持ちよさは夢にしてはリアルだった。

 

痛いくらいの疼きに、僕は慌てて下半身を確認する。

 

下着の中も確認して、安堵の息を吐く。

 

よかった、濡れてない...。

 

「はあ...」

 

チャンミン...僕は、一体何をしてるんだ?

 

末期症状だ。

 

このままじゃ駄目だ。

 

気持ちの上では我慢してても、とうとう身体の方が耐えきれなくなってきてるぞ。

 

民ちゃんとどうこうしたい、っていう意味じゃなくて、抑圧していた感情が身体の方にも侵食してきたということだ。

 

しょぼくれていないで、行動に移すんだ。

 

部屋を見回す。

 

必要に迫られて開けた段ボールが、部屋のあちこちに置かれている。

 

カーテンすら買っておらず、急場しのぎに吊るしたシーツが朝日を透かしている。

 

民ちゃんがいなくなって2週間後に、僕はこの部屋に引っ越してきた。

 

投げやりな精神状態で選んだこの1LDKは、以前の部屋の3分の1の賃料で、2駅分職場に近い。

 

自分でも呆れることだけど、実は民ちゃんの部屋から歩いて10分のところにある。

 

無意識に、少しでも民ちゃんの近くにいたいと望んでいた証拠だ。

 

全く、僕という男は...。

 

床に置いた携帯電話が、チカチカと点滅している。

 

リアからの着信だ。

 

僕に何の用事があるのか、まだ打ち明けたい話があるのか、留守番役がいなくなって寂しいのか、頻繁に携帯電話を鳴らすのだ。

 

あれ以来、リアの顔と会話を交わす気になれなかった僕は、顔を合わさないよう帰宅して即6畳間に引っ込んでしまう。

 

そして6畳間で眠った。

 

民ちゃんの残り香に、胸がうずいた。

 

夜中に帰宅したリアと同じベッド...かつてリアと選んだ、大きくて寝心地のよいベッド...で眠りたくなかったから。

 

手の平を返したように、ここまで冷たくなれる自分に驚いた。

 

もっと早くこうしているべきだったんだ。

 

民ちゃんの部屋を探す前に、僕の部屋を先に決めるべきだったんだ。

 

そうしていれば、リアとのいざこざを民ちゃんに見せずに済んだのに。

 

引っ越しの日程は、リアに知らせなかった。

 

あとは一人でなんとかしてくれ、と鍵をキッチンカウンターに置いて、僕は引っ越していった。

 

民ちゃんにも知らせずにいた。

 

電話1本で済むことなのに、第一声の一言が思いつかなくて、ずるずると2か月が経ってしまった。

 

時間をかけて言葉を選んだメッセージを送るのが、精いっぱいだった。

 

民ちゃんからの返信はない。

 

それでも、僕はメッセージを届け続ける。

 

洗面所の鏡に映る自分と目が合う。

 

鏡を見る度、僕の胸はしくしくと痛むんだ。

 

だって、僕と民ちゃんは瓜二つだから。

 

まるで、民ちゃんと目を合わせているみたいだ。

 

もっとも、寝起きの僕は民ちゃんとかけ離れている。

 

「泥棒さんみたいな顔をしてます」と、頭の中の民ちゃんがぼそりと僕に言う。

 

その声を振り払うように、冷たい水で乱暴に顔を洗った。

 

ついさっきまで見ていた、いやらしい夢の記憶を追い払う。

 

秋の訪れ、蛇口から流れる水も冷たく感じるようになった。

 

時刻を確認すると...まだ午前5時。

 

よし、間に合う。

 

荷ほどきは1割しか済んでいないが、キッチンまわりは充実していて、新調した冷蔵庫の中も色とりどりの食材で満たされている。

 

むなしい気持ちを紛らわすために、料理のレパートリーを増やすことに躍起になっていたから。

 

食べきれなくて、後輩Sの分まで弁当を作って持っていったら、

 

「先輩...どうしちゃったんすか?

キモいですよ、キモいです」

 

ぶるぶる震えるフリをしながらも、「ありがたく頂戴します」と、昼休憩に男二人並んで弁当を広げているのだ。

 

まっすぐ帰りたくなくて、3日と空けずSを飲みに誘う。

 

「先輩...どうしちゃったんすか?

彼女と別れたからって、僕に迫るのはやめてくださいよ。

そういう趣味はありませんから。

先輩とそういう関係だなんて...キモいですから」

 

おえぇっと吐く真似をしながらも、「奢ってくださいよ」」と夜の街に繰り出すのだ。

 

フライパンの中で、じゅうじゅうと美味しそうに焼けるオムレツに、僕はふふふっと笑った。

 

一人笑いなんて、キモいぞと、自分に突っ込みながら。

 

僕には計画があった。

 

その素敵な思いつきに、笑みがこぼれるのだ。

 

フライパンを揺すりながら、民ちゃんの台詞が頭の中をぐるぐると巡る。

 

 

 

『どうしてなのか、チャンミンさんはわかりますか?』

 

...分かったような気がするよ。

 

『顔だけじゃなく、性格も似てますね』

 

...うん、その通りだね。

 

民ちゃんがいなくなって50日目に、僕は動き出す決心をした。

 

我ながら行動が遅い、のろまな男だ。

 

まだ、間に合うよね。

 

 


 

 

一方、民の方といえば...。

 

作品作りに没頭するユンの指示に従って、てきぱきと立ち働いていた。

 

忠実に、敏捷に動いていれば、次々と襲うむなしさを忘れられるから。

 

とある老舗デパートのショーウィンドウを12月の一か月間、ユンの作品が飾る。

 

納期を1か月後に控え、制作工程も仕上げに差し掛かっていた。

 

搬入しやすよう、2メートル四方の作品は分割できる造りにせねばならず、つなぎ目の工夫にユンは民と共に知恵を絞った。

 

制作過程に参加させてくれることを、民は素直に喜んだ。

 

民の後頭部は、大きなリボンが飾られている。

 

カイのアイデアだ。

 

長めの頭頂部の髪で禿げた箇所を覆って、ヘアアクセサリで留めてある。

 

抜糸の済んだ傷も癒えた。

 

手を止めると、チャンミンのことが思い出されて仕方がなかった。

 

(ユンさんのことが好きなはずだったのに。

よそ見をしていたのは、私の方なのに...)

 

引っ越し日と翌日は、郷里から義母が来てあれこれと世話をやいてくれた。

 

布団一式と基本の家電を買ってもらい、夜は義母と1枚の布団を分け合って眠った。

 

真上の天窓の向こうは真っ黒で、星は見えなかった。

 

「辛くなったらいつでも帰っておいでね」

 

駅の改札前で別れる間際、義母の言葉に、「今すぐ帰りたい」と口走りそうになるのを必死で抑えた。

 

(どうしてこんなに寂しいんだろう)

 

ぺたりと床に座り込んだ民は、チャンミンの家を出て初めてぽろぽろと涙を流した。

 

届いた冷蔵庫を、苦も無く動かせる自分にも泣けてきた。

 

(チャンミンさんの手伝いがなくても、引っ越し作業くらい一人で出来るじゃない...)

 

シャワーのお湯が傷口を濡らしてしまい、雑な洗い方になってしまう自分に泣けてきた。

 

翌日、泣き腫らした顔で出勤してきた民に、ユンはおや、と眉を上げた。

 

新しい住所をユンに知らせると、「引っ越し祝いは何がいい?」と民に尋ねた。

 

帰宅途中、スーパーで食材を買ってきたものの、ジャガイモひとつうまく剥けない自分に泣けてきた。

 

(夕飯はずっと、チャンミンさんが作ってくれたから...)

 

民は調理をすることを諦めて、翌朝用に買った食パンをかじり、口の中がパサパサすることにも泣けてきた。

 

(チャンミンさんから距離を置こうと、決めたのは自分じゃない。

だって、チャンミンさんはリアさんのものなんだもの。

でも。

どうしてこんなに悲しいんだろう)

 

うかない顔の民に、ユンは「この子に、何かあったな」とひと目で感づいた。

 

「民くん。

チャンミン君は?」

 

「えっ!!」

 

ユンの口から出た「チャンミン」の名前に、民は動揺を隠せない。

 

「チャ、チャンミンさん、ですか?

さ、さあ...。

私、チャンミンさんのところをお暇してからは、会ってないです...」

 

「ところで、チャンミン君は、民くんとどういう関係なんだい?」

 

「えっ!

チャンミンさんは...あの...その...」

 

しどろもどろになる民に、

 

「すまないね。

君とチャンミン君は兄弟だなんて、勘違いをしていた」

 

民の本来の兄Tから、民が事故に遭ったと連絡があった時に、このことに気付いたのだ。

 

「非常に似ていたからね」

 

「は、はい。

全くの他人なんです」

 

「それなのに、一緒に住んでたんだ?」

 

「それは...チャンミンさんはお兄ちゃんのお友達なんです。

仕事と住むところが決まるまで、住まわせてもらっていたんです」

 

「本当に、それだけかい?」

 

意味深なユンに、民は両手を激しく振った。

 

「なあんにも。

全~然」

 

(それにしては...チャンミン君の態度が不自然だった。

『友人の弟』以上にものだったぞ...。

俺に噛みつかんばかりの目をしていた。

悟られたかな...。

ふうん。

チャンミン君もそっち側か。

面白くなりそうだな。

同じ顔を並べて、絡ませたら面白い作品が出来そうだな)

 

ユンの頭の中に、双子以上に同じ顔をした二人を前に制作をする光景が浮かぶ。

 

「モデルの方は、怪我がよくなってからにしよう。

ポーズをとらせたら辛いだろうから。」

 

そう言って民の身体を気遣ったユンは、民をモデルとしてポーズをとらせることから解放していた。

 

 


 

 

~民~

 

 

チャンミンさんは今、何をしてますか?

 

3日に1度のペースで、メールが届く。

 

『怪我の具合はどうですか?

無理はしないでください。』

 

『ご飯はちゃんと食べていますか?』

 

『朝晩は涼しくなってきました。

風邪をひかないように』

 

これに応えたら駄目だから、返信はしない。

 

私を案じる言葉ばかりで、胸がつまるからすぐに消去した。

 

残していたら何度も眺めてしまって、チャンミンさんを思い出してしまうから。

 

それに...。

 

『会いたい』の言葉のひとかけらもないことに、がっかりしてる自分もいて、つくづく矛盾だらけだ。

 

本当はどうしたいのか心の奥底では分かっているけど、力いっぱい蓋をする。

 

チャンミンさん...優しい言葉を私にかけないで下さい。

 

低いエンジン音とテールランプが消えるまで、アパートの外廊下から見送った。

 

私を心配したユンさんが、毎晩自宅まで送ってくれるのだ。

 

ユンさんのことが好きなはずなのに、胸がすうすうする。

 

怪我が治った今も、当たり前のように、習慣のように、私を送ってくれる。

 

夕食を御馳走してくれる日もある。

 

負担に思わせないよう、気軽なお店をチョイスする辺りがユンさんらしい。

 

その好意に素直にのっかる私もどうかと思う。

 

そう思ってしまうってことは、ユンさんは私に対して好意を抱いてくれるのかな。

 

確かに胸はドキドキするし、嬉しいけど、チャンミンさんといて感じるそれとはちょっと違うのだ。

 

あー、頭がぐちゃぐちゃする!

 

黒いローファーを見下ろす。

 

初給料で買ったもの。

 

チャンミンさんの洋服を借りられなくなって、でも何着も揃えられない。

 

毎日白シャツと黒パンツ姿だけど、ユンさんを真似して、デザイン違いの白いシャツを揃えた。

 

肌寒くて、そろそろカーディガンが必要かな、と両腕をさすりながら部屋に戻る。

 

「ん?」

 

ドアノブに何かがぶら下がっている。

 

通販で何か注文したっけ?

 

小さな紙袋で、中を覗くとタッパーが3つ、お義母さんかなって思った。

 

お義母さんは、料理が下手な私を知っているから。

 

ライトを点けると暗い部屋が、家具のない殺風景な部屋が露わになる。

 

手洗いを済ませた私は、紙袋からタッパーを取り出しかけて、

 

「そうそう!」

 

流し台の下(食器を収納するラックは未だない)からお皿をとって、小さな折りたたみテーブルの上に並べる。

 

「さてさて、何かなぁ」

 

ユンさんがご馳走してくれる食事以外は、恥ずかしいくらい貧弱な食生活だったから。

 

両手をこすり合わせて、タッパーをテーブルに並べると。

 

「ん?」

 

ひらりと私の膝に舞い落ちた。

 

 

『お腹いっぱい食べてください』

 

 

1枚の小さなメモ用紙。

 

 

「...チャンミンさん...」

 

名前もない、チャンミンさんの書く文字も見たこともないけれど、彼だとすぐに分かった。

 

ぶわっと涙が膨れた。

 

 

「チャンミンさーん」

 

泣いた。

 

声を出して。

 

チャンミンさんは優しい。

 

TVのないこの部屋に、私の泣き声が響く。

 

びっくりするほど大きな声で泣いた。

 

会いたいです。

 

チャンミンさんに会いたいです。

 

私は、チャンミンさんがいないと、駄目みたいです。

 

会いたいです。

 

 

 

僕の名前で君を呼ぶ

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