3.私/ひとつになろう【前編】

『甘い甘い生活』の続編

 

 

「約束を覚えていますか?」

 

プロポーズにYESと答えた後、チャンミンはニヤニヤ笑いを見せた。

 

これまでの付き合いの間でどんな約束をしたっけ?と、頭を振り絞ってみたけど、全然思いつかない。

 

誰かと、特に男の人と交わす約束なんて信じられなかった私だったから、目の前にいるチャンミン相手でも、約束なんてなかったはず。

 

「その時が来たら、襲ってあげるって言ったこと、忘れちゃったんですか?」

 

「ああ!」

 

うんと若いころ、傷ついて大泣きした私に胸を貸してくれたんだったっけ。

 

「今はその時じゃないから、襲いません」と一晩中、添い寝をしてくれたんだった。

 

思い出して赤くなっていると、

 

「失礼」と断って、席を立ったチャンミンはどこかへ電話をかけている。

 

すぐに戻ってきて「ミカさんに代わるね」と電話の相手に言って、私にスマホを渡した。

 

『おばあちゃんとこに泊まりに行ってもいーい?』

 

私の愛娘あーちゃんの声が聞えてきた。

 

目の前で何度も頷くチャンミンに促されて、「いいよ、行っておいで」と答えた。

 

チャンミンとあーちゃんは、私の知らないところでさらに仲良くなっていたみたいだ。

 

「...というわけで、僕らもお泊りしましょう」

 

「えっ!」

 

『お泊り』の意味が分かってドキッとしていると、チャンミンは席を立って私の手を取った。

 

「行きましょうか」

 

にっこり笑ったチャンミンは、カフェの精算を済ませると、ぼーっとしている私の背中を叩いた。

 

「お約束通り、ミカさんを襲いますね」

 

ハンドルを握るチャンミンの顔が真っ赤になっていた。

 

 


 

 

「用意周到だって笑わないでくださいね」

 

フロントでカードキーを受け取ったチャンミンは、照れ隠しなのか早歩きで廊下を歩くから、私は小走りで彼を追いかけた。

 

ホテルを予約していたなんて。

 

「貴女相手だと、強引な手を使わないと前へ進めないんですから」

 

豪奢なエントランスも、ドアマンも、分厚いカーペット敷きの廊下も。

 

1泊いくらするんだろうと、心配になるくらいの部屋に通されて、チャンミンがどれだけこの夜を大事にしているかが伝わってきた。

 

どう振舞ったらいいのか分からなくて、部屋の中央で立ち尽くしている私をよそに、

チャンミンはカーテンを閉め、二つ並んだキングサイズのベッドに積まれたクッションを床に降ろし、ベッドスローをはがした。

 

テキパキ動くチャンミンの耳はやっぱり赤くて、私以上に照れているみたい。

 

「恥ずかしいのは分かりますけど、僕も恥ずかしいんですよ」

 

ミニバーの充実ぶりに感心していると、

 

「今は飲んだら駄目ですよ。

素面じゃないと!」

 

チャンミンからブランデーのミニボトルを取り上げられ、代わりに炭酸水のボトルを手渡された。

 

「まるで呑んべえみたいに、扱わないで」

 

そう抗議したら、チャンミンはぴたりと動きを止めて私を見た。

 

「ミカさん...やっと喋りましたね」

 

胸がいっぱいになってしまって、気持ちが追い付かなかった。

 

あれよあれよのうちに事が進んでいって、何を言って、どんな顔をすればいいのか分からなかった。

 

チャンミンはジャケットを脱ぐと、ソファの背にかけた。

 

「お風呂に入りましょうか?」

 

「え!?」

 

私の素っ頓狂な声に、チャンミンはハッとしたみたいで、くしゃくしゃと頭をかいている。

 

「がっついてるみたいで、駄目ですね...ホントに...緊張します」

 

コホンと咳ばらいをしたチャンミンは、真っ白な大理石造りのバスルームに消えた。

 

「湯船にお湯をためますね。

バスジェルがありますね...。

いい匂いですよ。

おー!

泡がもくもくで、雰囲気出ますね」

 

「チャンミン...もしかして、一緒にお風呂に入るつもり?」

 

「当然ですよ」

 

ひょっこりバスルームから顔を出したチャンミンは、きっぱりと言い切った。

 

「そんな...恥ずかしいから...」

 

「嫌だ」と言う前に、私の口はチャンミンの唇にふさがれた。

 

「いい加減、観念してください」

 

片手で腰を引き寄せられ、もう片方の手が首に触れ、背中と腰の間をゆるゆると往復した。

 

手の平で凹凸を確かめるような、私を煽るような官能的な感触で、膝の力が抜けそう。

 

私の背中を探っていたチャンミンの片手が、ワンピースの背中のファスナーにかかった。

 

プロポーズの返事をするこの日のために選んだ、とっておきのワンピースだった。

 

ぱさりと足元に布地が落ちたときには、心臓が喉元までせりあがってきたみたいに苦しくて、もう彼の顔を見られない。

 

「やだ...見ないで。

見ないで...」

 

両手で顔を覆った。

 

「仕方がないですね」

 

腕を伸ばして照明を消すと、「これでいいでしょ?」と顔を覆う私の手首をつかんで開いた。

 

煌々とした灯りの元では、何もかもが露わになり過ぎるから、開け放った入り口から漏れる淡い明るさが、私たちにはちょうどいい。

 

照れ屋な私たちだから。

 

「何度も言いますけど、僕も恥ずかしいんですからね」

 

私も覚悟を決めた。

 

及び腰じゃなく、正々堂々と目の前の彼を愛そう。

 

チャンミンの頬を両手で挟んで、私の顔の高さまで力づくで引き寄せて口づけた。

 

「!」

 

ええいっとばかりに下着を脱いで、バスタブに飛び込んだ。

 

「ミカさん...!」

 

たっぷりの泡が、身体を隠してくれる。

 

「チャンミンも...早く...」

 

服を着たままのチャンミンの手を引っ張った。

 

「待って...」

 

と、チャンミンはシャツを脱ぎ、ベルトを外してパンツを脱ぎ、最後に下着をとった。

 

全裸になったチャンミンを直視できなくて、私は両手で顔を覆ってしまう。

 

別れた夫と、そういう関係じゃなくなって随分経つから...ううん、そうじゃないの。

 

大好きな人だから。

 

大好きなチャンミンの、何も身に着けていない姿なんて、

 

ずっと見てみたかったのに、いざその時が来ると、猛烈な恥ずかしさに襲われてしまって...。

 

この気持ち、わかってもらえるだろうか?

 

バスタブは広くて深くて、私たちは端のこちらとあちらに向かい合わせに身を沈めていた。

 

「こっちに来てくださいよ」

 

にゅうっとチャンミンの腕が伸びてきて、私の肩をつかんだ。

 

「きゃっ!」

 

あっという間にくるっとひっくり返された。

 

「貴女は、小さいですね」

 

私の膝ごと抱きかかえられて、チャンミンの顎が私の肩に乗った。

 

「これは話したことありませんでしたね。

初めて会った、コーヒーの教室のことです。

貴女がちっこくて、後ろからぎゅうってしたいって思ったんです」

 

チャンミンの唇が首筋に押し当てられて、温かいお湯の中にいるのにぶるっと震えた。

 

「会ったその時に...?」

 

「そうですよ」

 

私の背中いっぱいにチャンミンを感じた。

 

膝を抱えた丸まった私の背中に、固いチャンミンの胸があたってるし、

 

お尻にあたっているのは、恐らく、そう。

 

もう無理...苦しい。

 

「お湯加減はどうですか?」

 

私の耳の下に軽く吸い付くと、その唇を首筋に沿って滑らせ鎖骨に到達した。

 

チャンミンの舌が触れる度、私の肩が震える。

 

「このままじゃのぼせてしまうから、出ましょうか」

 

言い終える前に、ざばりと泡の中から引きずり出され、抱えあげられた。

 

「抱っこなんて...嫌!

下ろして!」

 

「仕方がないですね」

 

チャンミンはいったん私を床に下ろすと、バスタオルで私の身体をふわりと包んだ。

 

「もっと自分に正直になってくださいよ。

ここには僕しかいないんですから。

今の貴女は、あーちゃんのママじゃありません。

僕の『女』なんですよ...っこらっしょ」

 

一気に抱きかかえられて、視線が高くなる。

 

チャンミンの足の運びに合わせて、私の身体はふわふわと揺れる。

 

熱めのお湯と、湯気と、薔薇の香り、それから緊張でくらくらになった私はもう、どうにかなりそう。

 

びしょ濡れのチャンミンの首にしがみつく。

 

足の運びに合わせて、くっくっと筋肉が引き締まるのを、

腕いっぱいに感じながら、ベッドへと運ばれていく...。

 

(つづく)

 

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