6.彼女について-TIME第1章-

 

~チャンミン~

 

僕は、感動していた。

職場に向かうシヅクの後姿が見えなくなるまで、僕はマンションの前に立ち尽くしていた。

彼女が貸してくれたマフラーに、首をうずめる。

タクシーで香った、シトラスの香り。

マフラーからも、同じ香りがする。

いつまでそこに立っていたんだろう。

これから出かけようとする同じマンションの住民が、不審そうに僕を見ている。

​軽く頭を下げて、僕は早歩きで自室に向かった。


 

自分の部屋に入って、いつもはそんなことしないのに、荷物を放り出して、ソファに身を投げる。

​「はぁ...」

目をつむって、昨日の夕方から、シヅクと別れたマンションの前までの出来事を、ひとつひとつ思い返してみた。

それから、今、僕の心の中に湧き上がっているものを味わう。

​僕は、感動していた。

そう、感動している。

ごろりと寝返りを打って、「はぁ」とため息。

しばらくじっとしていたけど、ソファから飛び起きる。

落ち着かなくて、僕はシャワーを浴びることにした。

いつもはそんなことしないのに、靴下、セーター、Tシャツ、パンツと床に脱ぎ散らかしていった。

​いつもと違う僕。

お湯の設定温度を、火傷しそうなくらい上げて、蛇口をいっぱいにひねって、一気にお湯を浴びる。

勢いよく頭や肩に当たるお湯が気持ちいい。

体調不良でぼやけてた思考が、クリアになっていく。

熱いお湯のおかげで、頭痛もさらに治まってきたようだ。

僕の中で、ぐるぐる回っている「いろんなこと」が、整理されていく。

お湯を止めた後も、僕はシャワールームの中でたたずんでいた。

僕の体からぽたぽた滴り落ちる雫の音を聞いていた。

じっとしていられなくて、シャワールームを飛び出し、体を拭くのもそこそこに、ダイニング・チェアに腰かけた。

「はぁ...」

両ひじをひざに付き、両手で顔を覆う。

僕は滅多に笑わないし、無口だから、不愛想な奴だと周りから思われていると思うが、全くその通りだ。

体調が悪かったこともあったけど、昨夜の僕はシヅクに対して、不愛想過ぎたかもしれない。

あんなに親切にしてくれたシヅクに、「ありがとう」のひとことしか言えなかった。

次に会ったときに、ちゃんとお礼を言おう。

ちゃんと、言えるだろうか?

​こんな風に、自分の言動を振り返るのも初めてだ。

熱がきっかけで、性格が変わったのだろうか?

そんな馬鹿な。

うつろにぼんやりと暮らしてきた僕の視界に、シヅクが現れた。

これまでも、シヅクは僕の近くにいたんだけど、全然眼中になくて...。

​でも、

でも!

​目をつむって、じっくり思い起こす。

僕の額に触れた、シズクの手の平の、さらりとした感触とひんやりとした体温。

僕の顔を覗き込んだ、アイラインをひいただけのシヅクの目。

タクシーでシヅクの肩にもたれかかった時の、シヅクの香り。

五感で、シヅクの存在が、急に「生っぽく」、僕を刺激したんだ。

昨夜を境に、僕の視界が広がった。

​これまでモノクロだった僕の世界が、フルカラーになった。

停滞していた僕の思考や感情が、動き出したんだ。​

 

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