7.彼は欠勤しています-TIME第1章-

 

シヅクは、チャンミンが体調不良で欠勤する旨を、上司に報告すると、ドーム型植物園の片隅にある、ベンチに腰かけた。

ここは、広大なドームの端っこに位置し、

生垣がいい目隠しになっている。

他のスタッフたちは滅多に訪れない。

一人で静かに作業したい時にぴったりの、

シヅクお気に入りの場所だ。

バッグから愛用のタブレットを取り出し、早速、作業に取り掛かった。

毎日欠かさず提出しなければならない、報告書の作成だ。

書き出しの言葉に悩んで、腕組みをしていると、

「シヅク!」

​と、彼女を呼ぶ声が。

生垣の陰からひょっこり顔を出したのは、同僚のミーナだ。

「あーここにいた、探してたんだよぉ」

シヅクは、入力中の画面をオフにし、ベンチから立ち上がった。

 

​「な~に?」

「トラブル発生で~す」

「もしかして、また課長?」

シヅクは、顔をしかめてみせる。

「そうなの。

ネットワークに繋がらないって。

画面もフリーズしちゃって、どうしようもないみたい」

「やれやれ・・・」

シヅクは、タブレットをバッグに入れ、先を行くミーナの後を追う。

ミーナは勤続5年でシヅクの先輩にあたるが、同い年ということもあって、気軽に会話できる仲だ。

小柄で、胸が大きく、眼がくりっとした、「ザ・女子」な人物である。

 

ドームに繋がる建物に移動する。

 

ドームは広大で、かなり歩くことになる。

「あとね、ツヅク。

もう一個トラブルがあってね」

​ミーナは首をふりふり、事務所につながるドアを開けた。

この施設そのものが旧式なので、自動ドアではない。

「え~、嫌な予感がするんだけど」

ドアを閉めて、事務所までの廊下を早歩きで進む。

「詰まっちゃったみたい、排水ポンプが。

​業者に連絡したんだけど、早くて明後日になるって。

​タキさんたちが今、応急処置で大わらわよ」

タキさんは、シヅクの大先輩で、シヅクと同じ管理部に所属する30代の男性だ。

「今日、チャンミンが休んでるでしょ?

彼って、給水設備の担当じゃん」

(チャンミン!)

『チャンミン』の名前がミーナの口からでて、シヅクはドキッとした。

「あぁ!そうだったね」

慌てて返事をするシヅク。

「あの子、いてもいなくても分かんないくらい存在感薄いのに、

こういう時に限って、いないんだから!

第3植栽地が水浸しなのよぉ!」

プリプリ怒るミーナ。

「彼...体調悪いみたいだよ」

シヅクは、昨夜から今朝までの出来事を思い出す。

「いつもの、頭痛?」とミーナ。

「風邪みたい」

「ふぅん」

チャンミンは、半年ほど前から、頭痛に悩まされているらしく、他のスタッフたちから見ても明らかなくらい、頭を抱えていたり、こめかみを押さえていたりと、随分辛そうだった。

ここ一ヶ月ほど前からは、仕事を早退することもたびたびだった。

「明日には出勤してくると思うよ、チャンミン」

(彼の名前を口に出すだけで、ちょっとドキドキするんですけど、私)

「来てもらわないと困るわよ!」とミーナ。

「課長ー!シヅクさんを連れてきましたー!」

課長に声をかけ、ミーナは「じゃあ、よろしく」と、自分の仕事場へ戻っていった。

「すまんすまん。

​急に繋がらなくなってしまってね、画面も動かないんだ」

​頭をかきかき、申し訳なさそうな課長。

「見せてください」

「おお、すまんすまん」と言って、課長は椅子をシヅクに譲る。

機械オンチで足手まといになりがちの課長だが、温厚でのんびりとした性質が憎めないキャラとしてスタッフたちから好かれている人物だ。

PC関係のトラブルがあると、課長はシヅクが呼ぶ。

 

シヅクは、一日の大半をデータベースPCの前で過ごしているため、PC関連に詳しいと思われているらしい。

 

シヅクはあっという間に不具合を直し、ありがたがる課長を後に残して、仕事場のひとつである保管室に入る。

タキさんは、パイプの故障個所の確認と応急処置に行っているのだろう、不在だ。

 

​被害がポンプ室にまで、水が逆流することになったら大変だ。

(こんな時にチャンミンがいないなんて!)

シヅクはロッカーから取り出した長靴を履き、上下繋がった作業着に着替えた。

​(報告書の続きは、終業後にやろう)

シヅクはタキを手伝いに部屋を飛び出していった。​

 

廊下を走りながらシヅクは思う。

(帰りにチャンミンの様子を見に行こう)

 

​シヅクは、ぐったりと弱ったチャンミンの顔を思い浮かべていた。

 

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