19.カイ君-TIME第1章-

 

「チャンミンさん」

 

声をかけられて振り向くと、カイだった。

「昨日のこと聞きました?」

「ああ」

カイは、早歩きのチャンミンと共に、ドームに向かう。

カイも長身でチャンミン並んでもほとんど差がない。

​「ぶわ~っと水があふれて、みんなてんてこ舞いだったんですよ」

カイは、大学卒業後にこの植物園に就職した24歳の快活な人物で、愛嬌たっぷり、屈託のない明るい性格だ。

​「うちの職場って、いい男が揃ってるのよねぇ。

恋が生まれないのはなんでぇ?」と、

ミーナがしょっちゅう嘆息するように、

カイの髪と瞳、肌は色素が薄く、すっきりとした目鼻立ちで繊細な雰囲気を持っている。

人より一歩下がった態度のチャンミンに臆することなく、持ち前の人懐っこさでチャンミンに接するカイ。

「チャンミンさん、安心してくださいね、今週いっぱい僕が手伝いますから」

「あ、ありがとう」

チャンミンは、カイの勢いに押されつつも、彼の明るさに微笑がもれる。

薄暗い廊下を抜けると、一気に視界が開けて、そのまぶしさに目を細めた。

ドームを一周できる回廊には、クラシカルな円柱が立ち並ぶ。

リズミカルに通り過ぎる円柱越しに、緑あふれる景色を見られるのも、ここに勤める者だけの特権だ。

二人は回廊を出て、区間分けされた畑が広がるフィールドを突っ切る。

「チャンミンさん、足早過ぎってば!」

「ごめん」

言われて気づいたチャンミンは、歩を緩める。

チャンミンは、誰かと肩を並べて歩くことに慣れていないのだ。

「そんな歩き方じゃ、女の子にモテませんよ」

「え?」

「チャンミンさんって、俺についてこいタイプっぽいですもんね」

歩き方と、モテるモテないが繋がらず、一瞬意味が分からなかったチャンミン。

(そういうことか!)

一瞬後、意味が分かったチャンミンの頭に浮かんだのは、シヅクと家路まで歩いた2日前の夜明けのこと。

肩の高さにあった、シヅクのショートカットヘアの頭。

(歩くスピードなんて、今まで気に掛けてなかったけど、あの時は、シヅクに無理をさせていたのかもしれない。

今度からは気を付けよう)

「僕なんて、どうすれば女の子にモテるかどうか、ばっかり考えてますよ」

カイはチャンミンを追い越して、ビニルハウスの扉を開けた。

水漏れ被害を被った第3植栽地は、ビニルハウスで保護されている。

​主に乾燥地を好む植物を植栽しており、乾燥した空気と土壌を再現するため、大型のエアコンも取り付けられている。

「暑いっすね、ここは」

乾いた熱風にカイは顔をしかめる。

​チャンミンは表情を変えることなく、中へ突き進んで被害状況を確認する。

「よかった」

想像していた程、被害が大きくないことに、チャンミンはホッとする。

​畝には小川のように水が溜まり、排水が逆流した箇所は土砂が削れ、畝に石が転げ落ちている。

​溜まった水を取り除いて、崩れた石垣は積みなおせば元に戻せる。

​逆流した水の勢いで外れたパイプは、タキがシリコンで固定してあった。

パイプの破損については、明日やってくる業者に任せればよい。

​チャンミンのこめかみを、つーっと汗が流れる。

(暑い中にいると、頭痛が始まるから、気を付けないと)

頭痛の予感に、ポケットの中の薬を意識する。

「チャンミンさん、まずは水を汲みだすんですよね?」

カイは腕をまくって、頑張るアピールしている。

「さぁ、アナログな仕事をやっつけましょう!」

「ありがとう、助かるよ」

カイはチャンミンの顔をしばし見つめていたが、

「おー、チャンミンさんも笑うんですね。

じゃあ、道具取りに行ってきまーす」

元気よく言ってハウスを出て行き、終始カイの勢いにおされっぱなしだったチャンミンが残された。

(シヅクとはタイプの違う元気のよさだな)

思わず、クスクス笑ってしまった。

 

 

TIME第1章