32.シトラスの香り-TIME第1章-

 

お腹もいっぱいになったことだし、と二人はソファに移った。

(...うーん...)

シヅクは、さて何を話そうかと困っていた。

(困った...話題がない)

​チャンミンは、黒のセーター、黒のスリムパンツと、普段と変わらないファッションだ。

「そうだ!シヅクに渡したいものがあるんだ」

チャンミンは、ソファから立ち上がった。

 

(渡したいもの...?

...指輪か?...だったら怖いぞ!)

シヅクは、チャンミンが寝室へ行き、小さな紙袋を持って戻ってくる様子を見守る。

「はい」

そして、シヅクにそっと手渡す。

黒のつややかな袋だ。

(なかなかお洒落じゃないの)

「何?」

「いいから、出してみてよ」

チャンミンの目はキラキラと輝いている。

(子供みたいだなぁ。

しかし、指輪の箱だったりしたら...怖い)

チャンミンは、じっとシヅクの様子をうかがっている。

(指輪だったりしたら...なんて反応すればいいんだ⁉)

妄想が膨らむシヅクは、チャンミンを見つめるばかり。

チャンミンは、シヅクの反応を早く見届けたくて仕方ない様子で、シヅクの座るソファの前にしゃがんだ。

「いいから!」

「ん?」

紙袋の中に入っていたのは、ふわふわの黒いマフラー。

「これ...」

 

あの日の夜明けに、シヅクがチャンミンの首に巻いてあげたマフラーだ。

(貸したままだったのを忘れてた)

​「ああ、この前のね、ありがとう」

取り出すと、ふわっと優しい香りが。

「いい匂い!」

​「そのままだとなんだから、洗濯したんだ」

「わざわざ?いいのに」

シヅクはマフラーに鼻をうずめて、思いきり香りを吸い込む。

(僕が選んだ洗剤だ)

​「ちゃんと手洗いしたから、縮んだりしていないと思う」

​「わざわざ?」

「たいしたことないさ」

あまりにもチャンミンがシヅクを見てるので、照れくさくなったシヅクは、マフラーをぐるぐると首に巻いた。

「洗剤にはこだわってみたんだ」

(ふわふわで、柔らかくて、暖かい...そしていい香り)

「香りも控えめだから、大丈夫だと思う」

​「私が好きな匂い!」

「うん、そうなんじゃないかと思って」

シヅクの胸に、チャンミンの心遣いが染み入る。

「買ってから一度も洗ったことなかったから、ありがとね」

「えー!」

​チャンミンが、大げさにのけぞる。

​「んなわけないだろうが!」

​チャンミンは、自分からのサプライズに喜んでいるシヅクを見られて、満足感でいっぱいだった。

(誰かを想って、

誰かのために、何かしてあげるって、

こんなに温かな気持ちになれるんだ!)

チャンミンは、マフラーの黒と、シヅクの白い肌のコントラストから、目が離せなかった。

​(嬉しい顔のシヅクって、可愛い)

「いたっ!」

シヅクが大声を出した。

「ヤバッ!」

「どうした?」

「耳に...引っかかった!」

「え?」

「マフラーが!」

シヅクのピアスの金具に、マフラーの毛糸がひっかかっている。

「えっと」

シヅクはピアスを押さえて、マフラーを引っ張ったり、緩めたりしていたが、ますます絡まるばかりだ。

(柄にもなく、アクセサリーなんか付けるから、このザマだ!)

「どうすればいい?」

チャンミンは、立膝をついてシヅクに近づいて手を伸ばす。

「触るな!」

「シヅク、手を離して」

チャンミンは、シヅクの腕をつかむ。

 

「わー、やめろ!耳がちぎれる!!」

 

「僕が取るから」

 

チャンミンは、シヅクの耳元に手を伸ばす。

「触らんといて!」

「いいから!手を離せ!」

チャンミンは、シヅクの両手首を持って、ぐいと下げた。

TIME第1章