44.3人の想い-TIME第2章-

 

ハッチの下から梯子を登って地上に出たチャンミンは、目の前にいる二人を見つけて、最初は目を丸くして驚いた表情をしていたが、

その二人がシヅクとカイだと認識すると、一気に仏頂面になる。

「チャ、チャンミン...そうか、点検か!」

 

地下にある給水関係の設備へのアクセスは、ハッチから梯子を下りるしかなく、ドームでの給水、排水設備管理を担当しているチャンミンは、毎朝ここを出入りしていた。

今日は通院のため遅刻してきたため、点検時間が昼近くになっていた。

「びっくりした」

チャンミンは胸をなでおろすシヅクを、睨みつけている。

 

「そうだよ、知ってるだろ?」

「チャンミンさん、おはようございます...って時間じゃないか」

チャンミンは、カイに挨拶されてちらりと見るだけで、挨拶には応えない。

(お!無視ですか、チャンミンさん)

今日のカイのファッションは、黒地に蛍光オレンジの転写プリントTシャツとグレーのパンツだ。

 

シヅクは相変わらずモノトーンでまとめているが、彼女のブーツから赤いソックスがのぞいている。

 

チャンミンは、無地の白Tシャツと、色あせたデニムパンツ、黒一色のスニーカーといった身なりが気になりだした。

 

(自分はなんて、かっこ悪いんだ)

 

シヅクとカイが一緒にいるところに居合わせた苛立ちと、野暮ったい恰好をした自分を恥かしく思った。

 

「シヅク!サボってないで仕事したら?」

 

それだけ言うと、チャンミンはすたすたとフィールドを突っ切っていった。

 

「なんだ、あいつ」

 

カイは、あっけにとられた風のシヅクと、遠ざかるチャンミンを交互に見る。

 

(なるほどね)

 

「チャンミンさんって、あんな人でしたっけ?」

 

可笑しそうに言う。

 

「チャンミンさん、最近おかしいんですよ」

 

「どんな風に?」

 

シヅクはバッグをかき回していた手を止めて、カイの方を振り向いた。

 

「ため息ついたり、僕にジュースおごってくれたり」

「そいつは珍しいね」

 

(周りも気付いてきたか...)

「イライラしてるチャンミンさん、初めて見たかも」

「そうかもね」

答えながら、シヅクは一昨日の夜の、チャンミンがかけてきた電話を思い出す。

 

(チャンミンのやつ、機嫌悪かったよな)

 

「カイ君、あげる」

 

「嬉しいっす」

 

シヅクからもらったミント・キャンディを、口に放り込んだカイは顔をくしゃくしゃにさせた。

 

「腹減った。

飴程度じゃ、腹はふくれんな」

 

カイはシヅクのバッグを見て、くすりと笑う。

「でかいバッグですね」

「そうなんだよー。

何から何までいっぱい詰まってるんだ」

 

よいしょっとシヅクは、バッグを肩にかける。

「シヅクさん、もうすぐ昼ごはんですよ」

「やったね」

 

カイはシヅクと並んで管理棟へ向かいながら思う。

 

(僕らを見た時の、ムッとした態度、

 

僕のことをまるで無視していた。

チャンミンさんの眼付、あの目の色...

先週、「恋わずらいっすか?」ときいた時の反応...

チャンミンさん、分かりやすい人ですね)

 

「カイ君さ、いやらしいこと考えてんのか?」

カイのニヤニヤ顔に気付いて、シヅクはふざける。

「そんなとこです」

 

「やれやれ、若者は盛(さか)ってるなぁ」

 

シヅクは思う。

 

(チャンミンのやつ、本性出してきたな。

 

混乱してるだろうなぁ。

 

感情を持て余してイライラしてるんだろうなぁ。

週末あたりから、えらい怒ってるみたいだし。

なんでだろ。

可哀そうに、フォローしてやらんとな)

 


 

チャンミンは、季節を夏冬反転させているハウスの中にいた。

泥に足をとられながら、水稲の長さを測りながら思う。

 

(僕の中にあるものは、「怒り」だ)

 

水稲はまだ背丈が低く、背の高い彼は深く腰をかがめないといけない。

 

(シヅクに怒りをぶつけてしまった)

だるくなった腰を叩く。

(大人げなかった)

リストバンドを見ると、既に昼休憩の時間になっていた。

 

(あとで謝ろう)

 

チャンミンはハウスを出ると、管理棟からバッグを取り、再びハウスまで戻る。

 

回廊のベンチで、ミーナと昼食をとっていたシヅクが、「おーい」と手を振っていたが、チャンミンは無視してしまった。

シヅクの隣がミーナだったことに、ほっとしているチャンミンだった。

いつものようにドームの壁にもたれて食事をとろうと、ハウスの裏にまわりこむ。

(誰かいる)

「やあ」

 

タキがバツが悪そうに口にくわえていたものを、振って見せた。

 

「どうも」

 

「ここで吸っていたことは内緒にしてくれよ」

 

チャンミンは、タキの手の中の電子タバコを認めると、うなずく。

 

どうやらタキは、全館禁煙のドーム内でこっそりとタバコを吸っていたらしい。

 

「一緒に昼めし、いいかな?

一人の方がいいなら、遠慮するけど?」

 

「構いません」

 

うなずいたチャンミンを確認すると、タキはチャンミンの隣にどっかと座ったのだった。