50.カイとユーキ-TIME第2章-

 

リビングの壁の一面だけマスタードイエローに塗り、アンティークの重厚な木製家具。

 

そこかしこにカラフルでエキゾチックな装飾品。

カイは衣服だけでなく、インテリア方面でも独特のセンスの持ち主だった。

家じゅうあちこちに散らばる物たちを目にするたび、ため息をついた。

バランスと配色を計算した上でディスプレイした雑貨の合間に、美顔ローラーだとか手袋だとか、チョコレートの箱だとかが放り出されている。

「出来たよー」

ドアをノックして声をかけると、カイはエプロンを外した。

「お待たせ、今夜は何かなぁ?」

ぶかぶかのスウェットの上下を着たユーキが、カウンターテーブルについた。

荷物から着替えを見つけ出せなかったユーキに、自分のスウェットを貸してやったのだ。

カイは、よく冷やしたワインを、それぞれのグラスに注いでやる。

「ドレッシングをそんなにかけたらさ、意味なくない?」

「他に食べないから、許容範囲」

「あっそ」

ボウルいっぱいのサラダと格闘するユーキに、カイは呆れた視線を送る。

ユーキは年の離れた姉だ。

年齢の話題を出すと、鉄拳が飛んでくるので口をつぐんでいる。

スウェットの袖から出る手首も、片膝を立てているせいで露わになったふくらはぎも、ほっそりとしている。

色素が薄そうな髪の色、切れ長の大きな目を縁どる羽のようなまつ毛、長身。

 

カイとユーキはよく似ている。

カイと違って、ユーキの肌がほんのり日焼けしているのは、長年南方で暮らしていたせいだ。

 

ユーキは美容に関することなら 貪欲な興味を示し 積極的な情報収集の末、その技を身につけようと世界中を飛び回った。

その知識豊富さとテクニックを活かして、エステティシャンになり、これからサロンで働くことになっている。

 

カイが小学生の時には、ユーキはすでに成人して家を出ていた。

得体のしれないマッサージオイルや、何かを練りこんである不気味な石鹸を送りつけてくるので、家族全員で閉口していた。

恵まれた容姿を活かして、臨時収入目当てにモデルもやっていたらしい。

それもファッションモデルではなく、画家や彫刻家のモデルだと聞いたとき、カイは姉らしいと思った。

男運もなく、毎回ロクでもない男にひっかかっては泣いていたっけ。

数年前も大失恋したとかで、大荒れのユーキの面倒をみるため、両親に代わって現地まで出向いたこともあった。

10代にしてカイは、どんな言葉をかけてどう扱えば、女心をくすぐらせるのかを、会得していた、必然的に。

どんな心境の変化で、カイの住む街へ引っ越してきたのかは、彼女に尋ねたことはない。

(失恋でもして、新しい環境に身を置きたくなったのだろう)

カイは自分用の白身魚のソテーに、ナイフを入れる。

皮目をカリカリに焼いた香ばしさに、「我ながら美味い」と舌鼓をうつ。

「失恋」のワードから、カイはある出来事を思い出していた。

 


半年前の終業後のことだ。

忘れ物をとりに職場に戻った時、保管室から声がする。

開いたままのドアからのぞくと、シヅクさんがデスクに顔を伏せて大泣きしていた。

「うえーん、えーん」なんて、漫画の世界みたいな泣き方と音量だった。

こんなに派手な泣き方をする人は初めて見た。

(凄いや...)

感心しながらも、僕の中にいたずら心がむくむくと湧いてきた。

そーっと足を忍ばせて、シヅクさんの背後に立って、両肩を叩いた。

「わっ!!」

「うわっ!」

とびあがるほど驚くって言葉そのもの。

「びびびびっくりしたぁ」

シヅクさんの涙は止まっていた。

「一緒に飲みに行きませんか?」

シヅクさんはしばらくぽかんとしていたけど、真っ赤な目のままにっこり笑った。

「お、おぅ!

行こ行こ!」

ずんずん歩く彼女の後を追いながら、僕も笑顔だった。

シヅクさんが泣いていた理由は、簡単に察せられた。

とうとうタキさんにフラれたんだ。

シヅクさんは分かりやすい。

さっきまで泣いていたのに、面白い人だ。

「私は酒が強いよ~。

果たしてカイ君はついてこられるかな?」

「え~、僕はワインだったらボトル半分が限界です」

「よっわいなぁ。

まーいいや、私が代わりに飲んでやる。

カイ君はジュースでも飲んでなさい」

 

その夜、酒が強いと豪語してたくせに、ベロベロに酔っぱらったシヅクさんを抱えて帰る羽目になった。

シヅクさんとのおしゃべりは楽しかったから、介抱も苦じゃなかった。

 シヅクさんの失恋を利用する形になっちゃって、申し訳なかったけど。

「カイ君、ちょっといいかな?」

翌日、シヅクさんに声をかけられた。

「どうしたんですか?

二日酔いしてないんですね。

ほんとにお酒が強いんですね」

「ハートが弱ってたせいだ、あれは、うん。

あれだけの量で酔っぱらうなんて、面目が立たないよ」

そこで、シヅクさんは言葉を切った。

「あのさ。

カイ君、

ありがとな」

シヅクさんの言葉が嬉しかった。

「また、飲みに行きましょうよ。

次は、僕の話を聞いてくださいよ」

「あはは、そうするね。

しっかし、カイ君。

あんた、モテるでしょ?」

「どうかなぁ」

「とぼけるなとぼけるな」

と、以上がシヅクさんとの距離がぐんと近づいた出来事だ。

シヅクさんは、1年くらい前にどこかの施設からここに出向してきた。

 

タキさんと組んで、資料保管やデータ管理を行う部署に配属された。

作業着に着替えてドームへ出て、僕を手伝ってくれることもある。

髪が短いから、グレーのつなぎと長靴姿だと、まるで少年みたいだ。

この職場では、僕は一番年少だったこともあって、周囲に頼りやすい立場だ。

面倒見のいいシヅクさんに、いかにも年下面して絡んだりして。

人それぞれキャラクターの役割があるから、「新人君」のふるまいは、職場の空気を和ませるんじゃないかと、僕は考えている。

僕はとりたて、年上好きじゃない。

でも、シヅクさんは面白いひとだなぁ、って、興味を持っていた。

方言交じりの男っぽい話ことばや、スカート姿を一度も見たことはないけれど、シヅクさんの内面はうんと女性らしいと思う。

 

タキさんにフラれたシヅクさんは、仕事ぶりはいつも通りで、タキさんとのコミュニケーションもうまくやっているみたいだ。

そんな姿も、いいなぁって思った。

他のスタッフたちにはバレないよう、さりげなくシヅクさんを見ている。

ぐいぐいとアピールしたら、きっとシヅクさんは困ってしまうだろうから。

そういえば、チャンミンさんも同時期にここに入職してきた。

ぼーっとしていて無表情な人で、他のスタッフたちと交わることもなく、いつも独りでいた。

そんなチャンミンさんの態度に構わず、僕は話しかけてるんだけどね。

無口なチャンミンさんだけど、尋ねたことには答えてくれるし、勉強家で賢い人だと思う。

最近のチャンミンさんは、いつもと違う感じになってきた。

言葉数が多くなってきたし、笑顔を見せるようになった。

ぼんやりしているのは変わらないけど、以前は無心のぼんやりだったのが、最近のぼんやりは、明らかに考え事をしているみたいだ。

今日のチャンミンさんの目付きで、僕は気づいてしまった。

僕とシヅクさんが油を売ってたところに出くわした時の、チャンミンさんときたら。

これまでチャンミンさんには、職場で特に親しい人はいなかったはず。

だから、腹をたてる対象もいなかったはず。

それなのに、シヅクさんに苛立った態度を見せたり、無視したりして。

チャンミンさんの僕を見る目には、怒りがこもってた。

チャンミンさんに何か失礼なことしちゃったかな、ってふり返ってみたけど何もない。

先週、「恋わずらいですか?」ときいた時の、チャンミンさんの表情と、今日のエピソードをリンクさせてみて、僕は結論を出しましたよ。

チャンミンさんったら、分かりやすいです。

もしかして、僕が原因?

チャンミンさん、シヅクさんのことが好きですね。

 

 


 

料理をする間外していたリストバンドを、エプロンのポケットから出した。

 

(シヅクさんに電話をしてみよう)

時刻はまだ21時。

夕飯も済んだ頃で、寝るには未だ早い、大丈夫だ。

ナンバーは登録してある。

発信音を5回聞いたところで、呼び出しを終了させた。

これ以上は、しつこい。

サラダを食べ終わった姉ちゃんは、ソファに寝そべってタブレットを見ていた。

ソファの側にも、箱が詰まれている。

「姉ちゃん、週末手伝ってやるからさ、共用スペースのものは一掃しちゃってよ」

「わかったわよ」

 

散らかったものは全部、姉ちゃんの部屋に押し込んでしまおう。

結局、姉ちゃんの世話をすることになるんだよね、僕は。