「チャンミンさん」
声をかけられて振り向くと、カイだった。
「昨日のこと聞きました?」
「ああ」
カイは、早歩きのチャンミンと共に、ドームに向かう。
カイも長身でチャンミン並んでもほとんど差がない。
「ぶわ~っと水があふれて、みんなてんてこ舞いだったんですよ」
カイは、大学卒業後にこの植物園に就職した24歳の快活な人物で、愛嬌たっぷり、屈託のない明るい性格だ。
「うちの職場って、いい男が揃ってるのよねぇ。
恋が生まれないのはなんでぇ?」と、
ミーナがしょっちゅう嘆息するように、
カイの髪と瞳、肌は色素が薄く、すっきりとした目鼻立ちで繊細な雰囲気を持っている。
人より一歩下がった態度のチャンミンに臆することなく、持ち前の人懐っこさでチャンミンに接するカイ。
「チャンミンさん、安心してくださいね、今週いっぱい僕が手伝いますから」
「あ、ありがとう」
チャンミンは、カイの勢いに押されつつも、彼の明るさに微笑がもれる。
薄暗い廊下を抜けると、一気に視界が開けて、そのまぶしさに目を細めた。
ドームを一周できる回廊には、クラシカルな円柱が立ち並ぶ。
リズミカルに通り過ぎる円柱越しに、緑あふれる景色を見られるのも、ここに勤める者だけの特権だ。
二人は回廊を出て、区間分けされた畑が広がるフィールドを突っ切る。
「チャンミンさん、足早過ぎってば!」
「ごめん」
言われて気づいたチャンミンは、歩を緩める。
チャンミンは、誰かと肩を並べて歩くことに慣れていないのだ。
「そんな歩き方じゃ、女の子にモテませんよ」
「え?」
「チャンミンさんって、俺についてこいタイプっぽいですもんね」
歩き方と、モテるモテないが繋がらず、一瞬意味が分からなかったチャンミン。
(そういうことか!)
一瞬後、意味が分かったチャンミンの頭に浮かんだのは、シヅクと家路まで歩いた2日前の夜明けのこと。
肩の高さにあった、シヅクのショートカットヘアの頭。
(歩くスピードなんて、今まで気に掛けてなかったけど、あの時は、シヅクに無理をさせていたのかもしれない。
今度からは気を付けよう)
「僕なんて、どうすれば女の子にモテるかどうか、ばっかり考えてますよ」
カイはチャンミンを追い越して、ビニルハウスの扉を開けた。
水漏れ被害を被った第3植栽地は、ビニルハウスで保護されている。
主に乾燥地を好む植物を植栽しており、乾燥した空気と土壌を再現するため、大型のエアコンも取り付けられている。
「暑いっすね、ここは」
乾いた熱風にカイは顔をしかめる。
チャンミンは表情を変えることなく、中へ突き進んで被害状況を確認する。
「よかった」
想像していた程、被害が大きくないことに、チャンミンはホッとする。
畝には小川のように水が溜まり、排水が逆流した箇所は土砂が削れ、畝に石が転げ落ちている。
溜まった水を取り除いて、崩れた石垣は積みなおせば元に戻せる。
逆流した水の勢いで外れたパイプは、タキがシリコンで固定してあった。
パイプの破損については、明日やってくる業者に任せればよい。
チャンミンのこめかみを、つーっと汗が流れる。
(暑い中にいると、頭痛が始まるから、気を付けないと)
頭痛の予感に、ポケットの中の薬を意識する。
「チャンミンさん、まずは水を汲みだすんですよね?」
カイは腕をまくって、頑張るアピールしている。
「さぁ、アナログな仕事をやっつけましょう!」
「ありがとう、助かるよ」
カイはチャンミンの顔をしばし見つめていたが、
「おー、チャンミンさんも笑うんですね。
じゃあ、道具取りに行ってきまーす」
元気よく言ってハウスを出て行き、終始カイの勢いにおされっぱなしだったチャンミンが残された。
(シヅクとはタイプの違う元気のよさだな)
思わず、クスクス笑ってしまった。
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