(2)セーラー服と運命の君

 

彼を家まで送る道のり、俺たちは手を繋いでいた。

朝10時に集合してからずっと一緒で、外灯が点灯する瞬間を目にして、帰らなければならない時刻を思い出したくらい。

彼といると時を忘れる。

彼の家の門扉の前で、俺は思い切って尋ねた...数日間温めてきた言葉を。

 

「俺んちに来る?」

 

そう言ったら、彼はぱっと輝かせた顔を、直後に曇らせてしまった。

 

「...でも、ご家族は僕が男だってこと、知らないんでしょ?」

 

彼の問いに、俺は「関係ないさ」と答えた。

 

「なんだか...緊張する」

 

俺の肩に額をくっつけて甘ったれた声でつぶやく彼に、胸がきゅっとしなる。

癖っ毛の襟足を撫ぜた。

 

「お前はお前らしくいればいい」

 

なんて言ってる俺だけど、彼は365日24時間、常に自分らしく生きている。

 

「そうします。

...ところで、ソレ。

気に入ってくれた?」

「ああ。

いい出来だよ」

 

ソレとは、下げた紙袋の中身...セーラー服を着た女の子のフィギュアが、アクリルケースの中に収まっている...についてだ。

 

 

家族には『付き合ってる子が来るから』と言ってあった。

我が家庭は所謂、教師をしている父を筆頭に、同じく教師をしている母、教師を目指す姉といった、折り目正しく厳格な、真っ当な一家だ。

彼を連れていったりしたら、アンビリバボー、歓迎の空気が秒速で凍り付くことだろう。

彼には気の毒だけど、ここは踏ん張ってくれ。

俺たちが恋愛関係にあって何が悪い。

生真面目すぎる家族に向けての宣戦布告じゃない、これは俺の宣言だ。

すぐには認めてもらえないだろうが、愛する息子が選択した道。

頭脳明晰な彼らだ。

「なぜ息子がこう至ったのか?」を都合よく修正させた道筋で、納得のいく...「息子の選択は最適解だ」...結論へと到達してくれるだろう。

とはいえ、俺の見込みでは数年はかかりそうだから、早い段階で彼をお披露目しておこうと考えたわけだ。

 

 

俺と彼との出会いについて触れておこうと思う。

SNSで知り合った。

(...と聞くと、軽々しい出会いだと思われるだろうね)

 

彼はフィギュアのフィニッシャーだ。

俺はフィギュアを集めて眺めるのが好きだけど、手先の器用さについては絶望的。

そこで、購入したキットを技術の確かなフィニッシャーに預けて、組み立て・彩色を依頼するのが常だった。

彼のテクニックは凄まじいのだ。

血色を感じさせる肌の彩色テクニック、パテを盛ってオリジナルを超える躍動感、表情は生命感あふれていて...一種の芸術作品だ。

まずは腕試しをと、1作品目のキットを送った。

二週間後(早い!)仕上がった作品を渡すからと、待ち合わせ場所で彼と初顔合わせした時のこと。

大き過ぎるチェックのシャツをボトムスのウエストに全部たくしこんでいて、脚が長すぎてボトムスから足首が出ている、その靴下の丈感も微妙で...そう、ダサかった。

 

ところが。

あらら...これはマズイ。

 

頭のてっぺんから足の親指まで、稲妻が走った。

俺はたちまち、恋に落ちた。

 

 

彼はスポンジが水を吸い込むかのように素直だった。

いくらなんでも酷い恰好だったから、買い物ついでに見立ててやった。

そうしたら、あらびっくり。

モデルばりにいい男が完成した。

 

 

彼が俺の家にやってくる日が訪れた。

最寄り駅まで迎えに行った。

指定の改札口の柱にもたれて、彼を待った。

あいつのことだから、待ち合わせ15分前には現れるはずだ。

想像してみる。

照れ屋な俺は、手にしたスマホに視線を落とし、「ユノ、お待たせです」と肩を叩かれるまで、気付かないフリをしていようと思っていたんだ。

改札口向こうの階段から見慣れた姿が現れ、俺を見つけて目を見開き、デカい口が笑顔の形になって、長い腕を振って俺の元に駆け寄ってくる。

その時の自分の表情ときたら...きっとメロメロに緩んだ、だらしのないものになっている...それは恥ずかしい。

そろそろかな?

ディスプレイのまとめニュースサイトなんて、さっきから全然頭に入ってこなかった。

 

「...ん?」

 

俺の真ん前から動かない焦げ茶色のローファー、黒い靴下...。

骨ばった膝頭...紺色のプリーツスカート、えんじ色のスカーフ...視線を上へ上へと辿る。

 

「!!!!!」

「ユノ。

お待たせです」

 

女子高生だった。

セーラー服姿の恋人だった。

驚嘆、絶句、思考停止となるべく状況なのに、俺はすんなり受け入れた。

彼ならあり得る。

深く納得した。

動揺した俺の心も、平常に戻った。

やたらとデカい女子高生に仕上がってるが、童顔の彼に似合っていた。

 

「行こうか?

母さんが昼飯を用意して待ってる」

「はい。

...緊張します」

 

セーラー衿から伸びる長い首と、ほんのり桜色をした唇。

あらら。

俺の手の中に滑り込んできた彼の手を握りしめた。

ごつい男の手。

俺の彼氏は今、セーラー服を着て、俺の隣を歩いている。

 

 

彼の意図はすぐ読めた。

妹がいると聞いていたから、セーラー服もグロスも彼女に借りたんだろう。

全く...お前は可愛い奴だよ。

ところで、家族になんて紹介すればいいんだ?

 

「俺の『彼女』」か?

「こんな格好してるけど、俺の『彼氏』」か?

 

ひらひら揺れるミニ丈のプリーツスカートを、ちらちらと横目で見ながら俺はふぅ、とため息をついた。

事態がややこしくなってしまい、俺の家までの道のり、俺の頭はフル回転だった。

 

 

案の定、家族はフリーズした。

でも、常識ある礼儀正しい人たちだから、露骨に嫌な顔はしない。

笑顔を取り繕って、客人に昼食を振舞った。

俺が焦ったのは一度だけ。

知り合った経緯を尋ねられ、フィギュアの話を始めようとした彼の口を塞いだ(若い女の子のフィギュアに狂っていることは内緒なのだ)

「美味しい」を連発して、用意された料理をきれいに平らげた彼は、好印象に映ったようで、この点は胸をなで下ろした。

しかし、どう頑張っても男だ。

「そうなんです、うふ」だなんて女言葉を使っていても、声が男だ。

毎日何百人もの高校生の前に立つ両親の目は、誤魔化せなかった。

彼が手洗いに立った隙に、ずばり問われた。

 

「あの子...男の子?」と。

 

俺は素直に認めた。

 

 

「スカートの中ってどうなってるの?」

「いやん!」

 

裾をめくろうとする俺の手は跳ねのけられた。

 

「ユノ、痴漢は駄目ですよ?」

「俺しかいないんだから、女のフリはもういいんだって」

「でも...。

『お茶のお代わりはいかが?』って、ドアが開くかもしれないでしょ?」

「その時はノックするから。

速攻、離れればいい」

 

面白かったから、とっくに男だとバレていることは内緒にしておいた。

 

「でも...セーラー服を着ていると、女の子の気持ちになったみたい」

 

ベッドに腰掛けた彼は、太ももを半分しか隠していないスカートをぎゅうっと握った。

両膝をくっつけた内股な座り恰好は、セーラー服を着ているからじゃなく、彼の場合、これがデフォルトなのだ。

 

「目覚めちゃった?」

「まさか!」

 

俺の方を振り向いたところを狙って、彼の唇を塞いだ。

塗り直したグロスのせいで、しっとり潤ったキスだ。

開いた隙間で、舌先をくすぐり合う。

彼が漏らすくぐもった甘い声に、俺の欲が刺激されてしまっても仕方がない。

彼の方も同様で、俺の太ももに乗った彼の指が遊びだす。

俺の手も、彼のスカートの中に忍ばせる。

(残念、女ものの下着だったら、それはそれで興奮を煽る材料になったのに)

 

「女子高生なのに、余分な何かがくっ付いてるよ?

ムッキムキに元気いっぱいなのが?」

「男だから仕方がないでしょう?」

「セーラー服着てるのに?」

「それはっ!

...だって」

「わかってる。

俺の為に、セーラー服を着てくれて、ありがとう」

 

「う...ん...付き合ってる子が男だって知ったら、ユノのご両親驚くでしょう?

だから...あっ...だめ。

ユノ!

触んないで!」

 

押し倒した時の振動で、棚の上のセーラー服フィギュアがぐらりと揺れた。

 

 

息子の彼氏が、セーラー服を着てご登場。

余計に驚かせてしまったことは事実だけど、彼を責めるつもりは毛頭ない。

ぶっ飛び過ぎて、逆に両親を納得させてしまったんだから。

もし、ここまでが計算の上だとしたら、彼は相当の策士だ。

 

 

彼との初めてが、セーラー服姿だなんて...。

そんなコスプレじみたこと...俺がすると思う?

ご想像にお任せするよ。

言い忘れたが、恋人の名はチャンミン、という。

 

(つづく)