時刻は21時過ぎ。
駅から繋がる地下道から現れたのは、コンビニの買い物袋をぶら下げた大学生2人だった。
築30年を超える木造アパート。
家賃が安く、住人の大半が最寄りの大学の学生や若いサラリーマンだ。
駅から徒歩10分の好立地だが、線路沿いなのと、繁華街から1本脇に入った立地のため、静かな環境とはいいがたい。
鉄製の階段をのぼる足音が、かんかんと響く。
共に長身の青年で、1人は黒髪、1人は白金に脱色した髪をしていた。
1列になって上るしかない狭い階段を、のぼりきった1人が手を伸ばし、後ろの1人はその手を握る。
201号室のドア前までの外廊下を、片時も離れがたいと言わんばかりに互いの腰に腕を回していた。
鍵を開ける時間ももどかしいのか、2人の顔が重なったのは、恐らくキス。
ドアが閉まってすぐに、台所の窓から黄色い灯りが外廊下に漏れた。
・
白金が台所のシンクで手を洗っている間、黒髪は買い物袋の中身を折りたたみテーブルに並べていた。
黒髪がカーテンを引き、TVとエアコンの電源を入れていると、白金は黒髪が脱ぎ捨てた靴下を洗濯機に持っていく。
「早く座れよ」と黒髪が呼ぶと、ボウルに入れた洗い立てのキュウリを持った白金が「お待たせ」と言って、黒髪の隣に座った。
ベッドにもたれて座った2人は、テーブルの上の食べ物と飲み物を黙々と、交互に口に運んでいた。
正面のTVからはバラエティ番組の笑い声、窓下の通りからは酔っぱらった若者たちのはしゃぐ声で賑やかしい。
「明日の講義、どうする?」
白金に尋ねられて、黒髪は「うーん...出席日数がヤバイ感じだから出るしかないなぁ」と答えた。
「朝イチだったよね」
「うん...。
はあ...疲れた...」
黒髪は立てた両膝に顔を伏せて呻いた。
2人は同じ大学に通う学生で、アルバイト先も同じで、ファストファッション店で週4日働いていた。
ピアスをいじっていた黒髪は「ふわあぁ」と大あくびをして、もたれたベッドにのけぞって大きく伸びをした。
「疲れたねぇ」
白金はよく冷やしたキュウリに肉味噌をつけて、しゃくしゃくと齧っていた。
その様子を、黒髪はベッドにのけぞったまま眺めていたが、
「チャンミ~ン」
と、白金の名前を呼ぶなり、後ろから彼の首に腕をまわす。
黒髪にぐらぐらと身体を揺すられたまま、白金...チャンミンはキュウリを齧り続けている。
「ユノもキュウリ、食べる?」
「うん」
肩ごしに突き出されたキュウリを、黒髪...ユノはぱくりとくわえた。
そして、喉奥までそれを飲み込んだ後、ねっとりと先端に向けて舐め上げた。
手にしたキュウリを頬張るユノの口の動きに、チャンミンは目が離せない。
舌先で先端をくすぐってみせるユノと目があった。
チャンミンの両脚の付け根が、うずうずとしてきた。
「チャンミンの...こうされたい?」
こくりとチャンミンは頷いた。
「こうされたらどうする?」と、キュウリに歯をあててみせると、チャンミンは顔をしかめた。
「この辺りを...こうされたら?」
ユノは舌先を尖らせてつーっと、キュウリを持つチャンミンの手元まで滑らせた。
チャンミンの喉が、ごくりと鳴る。
ユノはチャンミンの顎に手を添えて、振り向かせると唇を覆いかぶせた。
ちゅうちゅうと湿った音は、TVから流れるニュース番組にかき消された。
「んっ...」
チャンミンのニットの衿口に、ユノの手が忍び込んできた。
「ダメ」
その手をニットの上から押さえたチャンミンは、身体を回転させて、ユノの膝の上にまたがった。
2人は唇を合わせたまま、互いのボトムスのファスナーを下ろした。
「...んっ...ふっ...」
互いの背中に腹にと手を這わせながら、ベッドにもつれ倒れた。
「...ふっ...ふ...」
「待って」
ユノの下から抜け出たチャンミンは、右手を目一杯伸ばして照明の紐を引っ張った。
1DKの部屋は、つけっぱなしのTVが放つ青白い光だけになった。
「え~、消しちゃうの?」
「うんっ...恥ずかし...あっ...」
はあはあと、2人分の吐息。
ユノはベッド下に転がっていた箱からひとつを出し、口にくわえて封を切った。
「どう?
いける?」
「うんっ...いい感じ。
今朝もヤッたから...うん、いけるよ」
ベッドに乗って四つん這いになったチャンミンに、ユノが覆いかぶさる。
ギシギシとベッドが...ホームセンターで買ったシングルベッドが、きしむ。
「あぅっ...」
キュウリを入れたボウルが、チャンミンの足に蹴り飛ばされて床に転がった。
・
「チャンミン、チャンミン!
起きろ!」
ユノに布団をひっぺりはがされ、乱暴に肩を揺すられても、チャンミンは枕を抱え込んで抵抗する。
「う...ん、うーん」
「講義が始まるぞ!」
「ああぁっ!」
ユノの言葉にチャンミンの目はぱちりと開き、がばりと機械仕掛けのように飛び起きた。
「昨日とおんなじ服だし、お風呂にも入ってないし...」
布団をひっくり返して下着を見つけ出し、足を通しながらどこかに放り出したはずのスキニーパンツを探す。
「ズボンはチャンミンのケツが踏んでるって。
お前んちに寄る時間はないからな」
バッグに教科書を突っ込んでいたユノは、
「これ着ていけよ」
と、カーテンレールに引っかけていたトレーナーを、ハンガーごとチャンミンに放ってやった。
「ありがと」
チャンミンは、床に転がったキュウリを拾い上げ、キッチンのシンクで顔を洗うユノにタオルを取ってやると、冷蔵庫を覗き込んだ。
「牛乳飲む?」
「うん。
飲みながら行こう。
チャンミン...髪の毛、すごいことになってんなぁ」
鳥の巣のようにくしゃくしゃになったチャンミンの後頭部の髪を、ユノは水で濡らした手で撫でつけてやった。
「髪をブリーチしたらね、傷んじゃって...」
チャンミンはリュックサックを背負い、エアコンの電源を切り、牛乳の1リットルパックを抱えた。
1メートル四方もない三和土は、大柄の男子が2人同時に立つと、とても狭い。
「おい、チャンミンの靴下...片っぽは俺のだぞ」
「あっ、ホントだ!
ま、いっか。
ユノ、忘れ物!」
「早くしろよ、遅刻するぞ。
あの教授、1秒でも許さないんだから!」
「ユノ、チューして」
「な~んだ...」
数秒間、2人の顔が重なった。
木造アパート201号室のドアが開き、2人の大学生がもつれ出てきた。
1人は黒髪で、もう1人は白金色の髪をしていて、揃って長身だった。
揃ってトレーナーに細身パンツを身につけている。
外階段を踏む金属音がカンカンと響く。
「急げ急げ!」
「待って!」
猛ダッシュする黒髪を、白金が追いかける。
2人の大学生の姿は、地下道の中へと消えて行った。
(おしまい)
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