【BL短編】SWMT

 

 

~ユノ~

 

 

スプリングの軋み音に、俺は一時停止する。

 

俺の喉元にだらりと垂れた腕の下から、そぅっと抜け出す。

 

床に両足を落とし、振り返ってまぶたを閉じたままのお前を見つめる。

 

精悍になっても幼さを残す寝顔と、記憶にある当時のものを重ね合わせ、俺の胸は甘やかな気持ちになるのだ。

 

やっとで手に入れた寝顔だ、と。

 

視線を室内へ転ずると、ドアからベッドまでの道筋通りに、靴、ボトムスやニット、下着が散らばっている。

 

脱ぎ捨てたそれらは、いかに俺たちが性急にコトを求めていたのかを如実に表している。

 

一刻も早く抱き合いたかったのだ。

 

久しぶり過ぎて暴発しないよう、欲のコントロールはギリギリだった。

 

 

 

 

分厚い鉄製の扉を開けると、喧噪とムッとした空気に包み込まれた。

 

幾人かの見知った顔に手を上げ、人混みを縫って正面のカウンターまで俺はたどり着いた。

 

カウンターの向こうで、マスターが意味ありげに頷いてみせた。

 

重低音ばかり強調したBGM、時折沸くけたたましい笑い、酒やたばこ、揚げ物の匂いがこもった空気、指先を冷たく濡らすグラス。

 

俺の視線は一直線に、頭ひとつ分高い彼に注がれ、俺の足は一直線にそこに向かっていた。

 

躰の凹凸が丸分かりの、極端に細身の光沢のあるパンツを履いていた。

 

真昼間の街で見かけたらキザなファッションも、薄暗く妖しい空気に満ちたこの店ではサマになったし、何より彼によく似合っていた。

 

カラフルなライトが作る、眉下と鼻筋、下唇の濃い影。

 

余分な脂肪が削げて、頬のラインがシャープになっていた。

 

見惚れてしまって「大きくなったな」だなんて、とぼけた俺の第一声に、彼はムッとしたようだった。

 

「子供じゃないんですから」

 

そうそう、そのふくれっ面だよ...。

 

そこでやっと「久しぶり」の言葉が出てきて、俺は彼の肩を抱いた。

 

彼は腕の下で一瞬、身体を固くしたけれどすぐにほぐれて、俺の肩に頭をもたせかけた。

 

15年を経て、止まっていた時が動き出した。

 

 

 

 

ガラスの灰皿に、マッチの燃えカスが山を作っていた。

 

俺が来るのを待っていたんだな。

 

手持ち無沙汰な彼が、神経質そうな指でマッチを擦る様を想像する。

 

恋の何たるかも知らなかったあの頃とは、俺たちはもう、違う。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

会社を辞め、僕は15年振りに地元の地を踏んだ。

 

「帰らないといけない」という説明のつかない切羽詰まった強迫観念に、突き動かされたんだ。

 

はるか数百キロ先から伸びた見えない糸に、僕のハートは引っ張られた。

 

いわゆるその類の店であり、その手の者はそこにたむろすしかないのは、ここが地方都市であるからだ。

 

端的に言うと、その店しかないのだ。

 

夜には未だ早い夕刻前どきにもかかわらず、出会いを求める男たちがここに集う。

 

当時の記憶のまま変わらないここは、(店内を見渡せないくらい)常に男たちをぎっしりと満載させているのと、暗すぎる照明のせいで15年分の劣化は目立たない。

 

僕はと言えば、「もしかして...」と期待していた。

 

「もしかして」なんて不確かなものじゃなくて、「今日だ」と確信めいたものを察知していたんだ。

 

カウンター脇のガラスボウルから紙マッチを1つ取り、手の中でもてあそんだ。

 

パッケージを開けたり閉じたり。

 

僕はカウンターにもたれて、マッチを擦った。

 

ぽっと灯る炎を、指先が焦げるぎりぎりまで眺め、灰皿に落とし、次の1本を擦る。

 

手持ち無沙汰というか、緊張で落ち着かずにそんな遊びを繰り返していた。

 

扉の向こうに現れた白い顔に、僕の視線は吸い寄せられる。

 

彼だった。

 

暗色のニットと身体のラインを全てひろうような細身のパンツを履いていた。

 

彼の視線と僕のそれはねっとりと絡み、予感通りに彼は僕の隣に立った。

 

ピンと張り詰めた緊張の空気も、彼の「久しぶり」の言葉にすぐにほどけた。

 

彼の鎖骨の窪みにこてん、と頭を預けて、首筋から香る彼の体臭にうっとりする。

 

腰骨を辿るように撫ぜられて、僕の下腹がぞくりとしびれた。

 

勝手知ったる僕の身体...そんな感じだった。

 

僕の芯にぼっと炎が灯った。

 

気付けば彼の腕を引いていた。

 

 

 


 

 

 

~ユノ~

 

 

20歳の俺と18歳のお前だった。

 

俺も彼も若すぎて、幼稚な駆け引きをした挙句の感情のぶつけ合い。

 

仲直りの仕方も不器用で、暴力的に抱き合うしか能がなかった。

 

離れ方もスパッと断ち割るように、唐突だった。

 

お前はこの地を離れ、俺はこの地にとどまり続けた。

 

いくつかの恋愛と失恋を経た今、再会を果たした俺たち。

 

小休止には長すぎる15年。

 

機は熟した...そんな感じ。

 

...多分、俺たちに必要な時間。

 

去年じゃ早すぎて、来年じゃ遅すぎた。

 

視線が絡み合った時に、一時停止ボタンは解除された。

 

我慢できずに、個室のドアに押しつけていた。

 

 

 

 

「んっ...ふっ...」

 

正面から抱き合って、俺たちはそこを押しつけ擦りつけ合った。

 

薄い生地からは、彼のものがくっきりと上を向いている。

 

「やらしい服を着やがって...誰を誘うつもりだったんだ?」

 

彼の耳たぶを食みながら囁くと、

 

「分かってるくせに」とつぶやいて、俺の脚の付け根のものを、へそに向かって手の平で包んですくいあげた。

 

俺も負けじと、彼の後ろに指を伸ばす。

 

青い戸板...張り紙がべたべたと貼られた...が、ガタガタと振動する。

 

使用済みのものが転がっているような店だ。

 

多少派手な音を立てても、声をあげても気にすることはない。

 

ガタガタとドアが揺れ、熱く荒い二人分の吐息と呻き。

 

「いつまでやってるんだ!」

 

ドアを外から叩かれ、俺たちは渋々身体を離したのだった。

 

乱れた髪をなでつけながら、俺たちは店を飛び出した。

 

もちろん、互いの腰に腕を回して。

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

僕の寝顔をユノは眺めている。

 

まぶたを開けるタイミングを逃してしまって、寝たふりを続けていた。

 

枕元に紙マッチが転がっている。

 

アレをポケットから出した時に、こぼれ落ちた。

 

パッケージにプリントされた『SWMT』

 

クラブ『SWMT』

 

僕らが出逢い、恋がスタートしたのもそこだった。

 

僕が燃やしてしまったから、全ての軸がちぎり取られてしまっている。

 

パッケージの裏に、走り書きした部屋番号。

 

 

『NO.427で

-C』

 

 

「もしかして、部屋を取ってたの?」と、1回目の行為の後、ユノは呆れたように言った。

 

「...うん」

 

「俺に会えるとも限らないのに?」

 

「予感がしたんだ。

絶対に会えるって」

 

「博打だな」

 

「タイミングがズレたら、マスタに預けるつもりだった。

...マスタも年をとらないね、全然変わらなくて面白かった」

 

「彼も数えきれない恋をカウンターの奥から見てきたんだろうなぁ。

...もちろん、俺たちのことも」

 

「ふふふ、そうだね。

今日なんて、意味深にニヤついていたから、絶対にユノは来るって確信したんだ」

 

「さすがだね」

 

「...15年前の今日、僕らは知り合ったよね」

 

「...今日!」

 

「ふふふ。

とぼけなくたって、ユノだって今日という日に、何か特別な匂いを感じていたんでしょ?」

 

「...もう1回、しようか?」

 

「ユノったら、凄い上手い。

上手くなった...っあ...」

 

「チャンミンはここが、弱いだろ?

...ここ?」

 

「...っん...よく覚えてたね」

 

「あったりまえ。

俺の初めては、お前だったし」

 

「ふふふ、僕だってユノが初めてだったよ」

 

「...んん...ぴったりくる。

ジャストサイズ...でもないか。

キツイ」

 

「それはね、ユノのが大き過ぎるの」

 

言葉を交わしながらの、肉体の繋げ合い。

 

「お前と対等に付き合うには、これくらい年を食わないと無理だった、ってことだなぁ」

 

「早すぎた出逢い、ってこと?

...あっ...ん」

 

「それとも違う。

15年前に出逢っていなければ...んんっ...今はないんだ。

だから、ベストタイミングだったんだ。

...ここは?」

 

「あっ...そこっ、そこっ、いい!」

 

「ここは?」

 

「ああんっ...。

それにしても、ユノ...いい身体だね」

 

「年取った身体で、がっかりした?」

 

「そんなこと全然思ってないくせに...ひっ」

 

ユノの裸を見て、僕はもの凄くドキドキした。

 

まるで初めての時みたいに緊張した。

 

熱っぽく、欲の炎が揺らめく眼にくらくらした。

 

 

 


 

 

~ユノ~

 

 

「お腹空いた...」

 

飛んでしまった意識が戻ったのだろう、背中を丸めて横になっていたチャンミンがぼそりと言った。

 

声が掠れている理由はつまり...そういうこと。

 

「今、何時だ...あー、夕飯の時間だ。

何か食いにいくか?」

 

俺たちは店を出てからの3時間、ぶっ通しでコトにふけっていたわけだ。

 

体力と精力がみなぎっていたあの頃のようにはいかず、全身がギクシャクと変な感じ。

 

「やっぱり、いいや。

ユノとずっとくっ付いていたいから」

 

チャンミンは俺の腹に両腕を巻きつけて、脇腹に鼻をこすりつけた。

 

こんな仕草も前と変わらない。

 

「腹が減ったんだろう?」

 

「朝までぎゅうっとしていたい。

いっぱいいっぱいしたい」

 

「慌てなくても、ずっと側にいるよ」

 

「......」

 

なんてことない風に口にした言葉だったけれど、俺としては勇気を振り絞ったものだったのになぁ。

 

返答のないことに不安になって、チャンミンの肩を突く。

 

「聞こえた?」

 

「...聞こえた」

 

「で?」

 

「Stay with me tonight」

 

「......」

 

今度は俺の方が無言になってしまう。

 

「無視するんだ?」

 

「キザなんだよ...。

何だよ、Stay with me tonightだなんて...」

 

「...うるさいうるさい」

 

分かってる、照れくさくてそんな表現を使ったってことは。

 

余計にこっぱずかしくなるってことに気付かないんだよなぁ。

 

そうだった、チャンミンはこういうヤツだった。

 

「tonightだなんて遠慮せずに、foreverって言えばいいのに」

 

「もう言ってあげないよ?」

 

頭を起こしたチャンミンは、俺の背にもたれかかってきた。

 

俺の鎖骨に乗ったチャンミンの手首にキスをし、ほどけた指を口に含んだ。

 

這わせた湿ったものに、チャンミンは甘い吐息をこぼす。

 

次に、唇を覆いかぶせる。

 

たまらずベッドに押し倒して、チャンミンの顔を両手で囲った。

 

涙袋を赤く染め、半開きの唇は俺の唾液で濡れている。

 

何回繋がれば、15年の時を取り戻せるかな。

 

俺の考えを読みとったチャンミンは、「慌てないで」と喘ぎの合間で途切れ途切れに囁いた。

 

「慌てなくても、これからずーっと一緒にいれば済むことです」

 

「Stay with me forever」

 

「ふふふ、ユノはキザですね」

 

「もうガキじゃない。

キザな台詞くらい言わせてくれ」

 

チャンミンの腰の下に、枕をあてがった。

 

「俺たちは相性がいい...すごくいい」

 

「...うん」

 

「いつ向こうに帰るんだ?」

 

「帰らないよ...っ...こっちに戻って来たんだ。

ずっと...ここにっ...あっ...」

 

「ここに?」

 

「そこばっかいじらないでっ...ここってのは、ここのこと!」

 

チャンミンはマットレスを叩いた。

 

恍惚の呻きの合間に、言葉を交わす。

 

積もる話はあるし、抱き合いたいし、俺たちは大忙しなのだ。

 

記憶にある少年くさかったものとは違う、逞しい30男に仕上がったこの躰を、俺は味わうのだった。

 

永遠に。

 

 

(おしまい)

 

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