~チャンミン17歳~
「...チャンミン」
義兄さんの言葉に僕ははっとして、隣を振り向いたけど、彼は天井を見上げたままだった。
さっきまで絡み合っていたせいで、義兄さんの前髪は立ち上がっていて、形のよい眉が露わになっていた。
疲れの滲んだ横顔だった。
「...正直に答えて欲しい」
「え...何を、ですか?」
「その唇の傷は、Xさんに付けられたものじゃないよな?」
X氏に痛い目に遭ったのではないか、と心配しているんだ。
「違うます。
Xさんは手をあげることはありませんでした」
これは本当だった。
僕にも気になることがあった。
「義兄さんはどうして...分かったんです?
僕がXさんと...」
義兄さんは身体をひねって横向きになり、肘枕をするとじっと僕を見下ろした。
義兄さんがどういうルートでX氏とのことを知ったのか、とても気になっていた。
1年以上内緒にしていたくらいだから、僕の口からでは当然ない。
態度にも口調にも気をつけていたし、X氏に会った直後に義兄さんに抱かれるなんて日はなかった(その逆はあったけれど)
X氏によって快楽ポイントを見つけ出されていて、そこをたまたま義兄さんに愛撫されて、異常に反応してしまったことは、確かにあった。
X氏がアトリエを突然訪問した日は、思わせぶりに煽ってくる彼を無視していた。
義兄さんも、僕がX氏を苦手なことは、前から知っていたし。
僕とX氏に身体の関係があることを、義兄さんはなぜ知っているんだろう?
おかしいな...僕に何か落ち度があったんだろうか。
「Xさんがチャンミンを下心ある目で見ていることは、前から気付いていた。
チャンミンが狙われていなければいいんだが、って心配だった。
それ以前に、チャンミンを抱いていて『変だな』と思っていたんだ」
ドキリとした。
「チャンミンは16だっただろう?
俺と関係する前に、チャンミンに経験があるかないかは別として。
それにしても、16にしては、『慣れ過ぎている』と思ったんだ」
「慣れ...過ぎている?」
「俺は男と経験はない。
女性相手でも、そこを使ったことはない。
だとしても、知識くらいはある。
チャンミンはね、あまりにもスムーズだったんだ。
変だな、と思ったよ」
抵抗なく受け入れられることに不信を抱かれるなんて、全く頭が回らなかった。
「そこを使った行為の経験がある、なんて風じゃなかった。
...慣れていた」
「......」
義兄さんと最後までいく前に、慣らしておこうと目論んだことが見当違いだったことを、今知った。
義兄さんに恥をかかせたらいけない、彼が僕の初めてで、痛がったり躊躇したりみっともない姿を見せたくないプライド。
浅はかで甘い思考しかできなかった僕は、つくづくお子様だ。
17歳も上の大人と対等に付き合えるんだと、余裕をかましていた自分が馬鹿だった。
「俺たちの時代と比べて、今どきの高校生が盛んなのかどうかは知らないけど。
俺が勝手に抱いているチャンミンのイメージとはかけ離れていて、びっくりしたよ。
でもね、チャンミンのプライベートに口を出すべきじゃない、って、遠慮したんだ。
普通、恋人同士の時間こそがプライベートなのにね。
変だろ?」
僕と接する義兄さんはいつも余裕があって、僕のやること成すこと全部、お見通しなんだと思っていた。
僕に遠慮していたことがあっただなんて...知らなかった。
「コンベンションセンターのエレベータの前で、チャンミンがXさんと一緒にいるのを見た時、変だと思った。
嫌な予感がしたんだ。
この2人は普通じゃない、ってね。
昨日、チャンミンと連絡がとれなかっただろう?
加えて、Xさんもどこかにいってしまっている。
俺は...パニックだった。
カッコ悪いくらいに取り乱してしまった」
義兄さんは僕を心配してくれた。
僕を探し出そうと、あちこち走り回っている姿が思い浮かんだ。
嬉しかった。
「こっぱずかしいことに、Xさんの部屋に殴り込みにいったんだ」
「ええっ!?」
「殴り込みってのは大げさだったな。
『チャンミンはいますか?』って、Xさんに詰め寄ったんだ。
Xさんもびっくりしただろうね。
でも、その時の俺は、頭がおかしくなっていたから。
煮えくり返っていたんだ。
後にも先にも、あんなに怒って、パニクったのは初めてだったなぁ...」
肘枕を崩し、義兄さんは頭の後ろで腕を組んで宙を睨んだ。
それまで浮かべていた微笑を消したその横顔は固く、しんと冷めた目をしていた。
義兄さんの視線が天井で助かった...もし、まとも注がれていたら、僕は泣き出してしまっただろう。
「...Xさんは認めたよ。
チャンミンとのことを」
「...そう、でしたか...」
X氏はなぜ黙っていられなかったんだろう。
義兄さんに知らせて、どうしたかったんだろう。
僕と義兄さんとの仲を見抜いていたX氏...ショックを受けた義兄さんを見たかったんだ、きっと。
「...あっ」
義兄さんの腕の中におさまっていた。
「チャンミン...ごめんな」
「義兄さんはっ...謝らないで下さい。
僕が悪いんです」
「注意を怠っていた俺が悪い。
チャンミンは未成年だ。
お前を守ってやらないといけないのにな...。
さっきは乱暴に抱いてしまって...悪かった」
義兄さん、お願いです。
僕の保護者ぶらないで下さい。
僕らはいわゆる、『不倫』の仲ですけど、恋人同士でもあるんです。
義兄さんは体温が高くて、包み込まれていると身体の緊張が解けて、ほかほかと温かく心地よい。
僕は義兄さんが大好きだ。
「俺とチャンミンとは、親子ほどじゃないけど、年が離れている。
チャンミンとXさんは親子以上に年が離れている。
俺とチャンミンの付き合いを、冷静に第三者の目で見てみたんだ」
「......」
これから義兄さんは、何を言おうとしているんだろう。
「...そして、考えてみたんだ」
僕にはこの人を泣かせるだけの力がある。
それはなんて怖いことなんだろう。
僕の言うこと成すことの内容次第で、この人の心はかき乱されるのだ。
その逆も然り。
僕は睡魔に勝てなくて、義兄さんの声を子守唄に眠り込んでしまった。
(つづく)
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