義弟(59)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

「...チャンミン」

 

義兄さんの言葉に僕ははっとして、隣を振り向いたけど、彼は天井を見上げたままだった。

 

さっきまで絡み合っていたせいで、義兄さんの前髪は立ち上がっていて、形のよい眉が露わになっていた。

 

疲れの滲んだ横顔だった。

 

「...正直に答えて欲しい」

 

「え...何を、ですか?」

 

「その唇の傷は、Xさんに付けられたものじゃないよな?」

 

X氏に痛い目に遭ったのではないか、と心配しているんだ。

 

「違うます。

Xさんは手をあげることはありませんでした」

 

これは本当だった。

 

僕にも気になることがあった。

 

「義兄さんはどうして...分かったんです?

僕がXさんと...」

 

義兄さんは身体をひねって横向きになり、肘枕をするとじっと僕を見下ろした。

 

義兄さんがどういうルートでX氏とのことを知ったのか、とても気になっていた。

 

1年以上内緒にしていたくらいだから、僕の口からでは当然ない。

 

態度にも口調にも気をつけていたし、X氏に会った直後に義兄さんに抱かれるなんて日はなかった(その逆はあったけれど)

 

X氏によって快楽ポイントを見つけ出されていて、そこをたまたま義兄さんに愛撫されて、異常に反応してしまったことは、確かにあった。

 

X氏がアトリエを突然訪問した日は、思わせぶりに煽ってくる彼を無視していた。

 

義兄さんも、僕がX氏を苦手なことは、前から知っていたし。

 

僕とX氏に身体の関係があることを、義兄さんはなぜ知っているんだろう?

 

おかしいな...僕に何か落ち度があったんだろうか。

 

「Xさんがチャンミンを下心ある目で見ていることは、前から気付いていた。

チャンミンが狙われていなければいいんだが、って心配だった。

それ以前に、チャンミンを抱いていて『変だな』と思っていたんだ」

 

ドキリとした。

 

「チャンミンは16だっただろう?

俺と関係する前に、チャンミンに経験があるかないかは別として。

それにしても、16にしては、『慣れ過ぎている』と思ったんだ」

 

「慣れ...過ぎている?」

 

「俺は男と経験はない。

女性相手でも、そこを使ったことはない。

だとしても、知識くらいはある。

チャンミンはね、あまりにもスムーズだったんだ。

変だな、と思ったよ」

 

抵抗なく受け入れられることに不信を抱かれるなんて、全く頭が回らなかった。

 

「そこを使った行為の経験がある、なんて風じゃなかった。

...慣れていた」

 

「......」

 

義兄さんと最後までいく前に、慣らしておこうと目論んだことが見当違いだったことを、今知った。

 

義兄さんに恥をかかせたらいけない、彼が僕の初めてで、痛がったり躊躇したりみっともない姿を見せたくないプライド。

 

浅はかで甘い思考しかできなかった僕は、つくづくお子様だ。

 

17歳も上の大人と対等に付き合えるんだと、余裕をかましていた自分が馬鹿だった。

 

「俺たちの時代と比べて、今どきの高校生が盛んなのかどうかは知らないけど。

俺が勝手に抱いているチャンミンのイメージとはかけ離れていて、びっくりしたよ。

でもね、チャンミンのプライベートに口を出すべきじゃない、って、遠慮したんだ。

普通、恋人同士の時間こそがプライベートなのにね。

変だろ?」

 

僕と接する義兄さんはいつも余裕があって、僕のやること成すこと全部、お見通しなんだと思っていた。

 

僕に遠慮していたことがあっただなんて...知らなかった。

 

「コンベンションセンターのエレベータの前で、チャンミンがXさんと一緒にいるのを見た時、変だと思った。

嫌な予感がしたんだ。

この2人は普通じゃない、ってね。

昨日、チャンミンと連絡がとれなかっただろう?

加えて、Xさんもどこかにいってしまっている。

俺は...パニックだった。

カッコ悪いくらいに取り乱してしまった」

 

義兄さんは僕を心配してくれた。

 

僕を探し出そうと、あちこち走り回っている姿が思い浮かんだ。

嬉しかった。

 

「こっぱずかしいことに、Xさんの部屋に殴り込みにいったんだ」

 

「ええっ!?」

 

「殴り込みってのは大げさだったな。

『チャンミンはいますか?』って、Xさんに詰め寄ったんだ。

Xさんもびっくりしただろうね。

でも、その時の俺は、頭がおかしくなっていたから。

煮えくり返っていたんだ。

後にも先にも、あんなに怒って、パニクったのは初めてだったなぁ...」

 

肘枕を崩し、義兄さんは頭の後ろで腕を組んで宙を睨んだ。

 

それまで浮かべていた微笑を消したその横顔は固く、しんと冷めた目をしていた。

 

義兄さんの視線が天井で助かった...もし、まとも注がれていたら、僕は泣き出してしまっただろう。

 

「...Xさんは認めたよ。

チャンミンとのことを」

 

「...そう、でしたか...」

 

X氏はなぜ黙っていられなかったんだろう。

 

義兄さんに知らせて、どうしたかったんだろう。

 

僕と義兄さんとの仲を見抜いていたX氏...ショックを受けた義兄さんを見たかったんだ、きっと。

 

「...あっ」

 

義兄さんの腕の中におさまっていた。

 

「チャンミン...ごめんな」

 

「義兄さんはっ...謝らないで下さい。

僕が悪いんです」

 

「注意を怠っていた俺が悪い。

チャンミンは未成年だ。

お前を守ってやらないといけないのにな...。

さっきは乱暴に抱いてしまって...悪かった」

 

義兄さん、お願いです。

 

僕の保護者ぶらないで下さい。

 

僕らはいわゆる、『不倫』の仲ですけど、恋人同士でもあるんです。

 

義兄さんは体温が高くて、包み込まれていると身体の緊張が解けて、ほかほかと温かく心地よい。

 

僕は義兄さんが大好きだ。

 

「俺とチャンミンとは、親子ほどじゃないけど、年が離れている。

チャンミンとXさんは親子以上に年が離れている。

俺とチャンミンの付き合いを、冷静に第三者の目で見てみたんだ」

 

「......」

 

これから義兄さんは、何を言おうとしているんだろう。

 

「...そして、考えてみたんだ」

 

僕にはこの人を泣かせるだけの力がある。

 

それはなんて怖いことなんだろう。

 

僕の言うこと成すことの内容次第で、この人の心はかき乱されるのだ。

 

その逆も然り。

 

僕は睡魔に勝てなくて、義兄さんの声を子守唄に眠り込んでしまった。

 

 

(つづく)

 

[maxbutton id=”23″ ]