ユノとTは、マスクとゴーグルをかけた格好で、保管室にいた。
エポキシ樹脂が半量まで入ったシリコン型の液面が水平を保つよう、慎重にUVライトのスタンドの角度を変えた。
ほぼ一日中、PC相手の仕事が多いユノにとって、資料保管の作業は化学実験のようで、いい息抜きになっている。
材料の計量を、真剣な眼差しで行っているTの横顔を、ユノはちらりと見た。
(相変わらずのハンサムさんやなぁ)
ユノより6歳年上のTは、知識豊富で頭がよく冷静で、ユーモアのセンスがあって優しい。
加えて背も高く、笑顔爽やかな大人の魅力たっぷりの人物だ。
ユノはTと同じ部署に配属されて以来、Tの魅力にジワジワやられてしまい、はた目からもバレバレな位、彼に夢中だったのだ。
スタッフたちの間でも、「ユノ=Tのことが好き」の図式ができていて、からかいの種にもなっていた。
何事にもはっきりさせたいのがユノの性格。
つのる想いに耐え切れず告白したが、「付き合っている人がいる」とあっさり玉砕。
(付き合ってる人がいなくても、俺は男だしなぁ。
フラれても当たり前か...)
大人のTは告白以前と変わらない態度で接してくれたので、一切気まずくなることはなかった。
「ああ、やっぱ、Tさん、カッコいい...」と、ますますユノは、Tに惚れ込んでいた。
(Tさんにメロメロだったのに、今日は胸キュン度が著しく低い...)
ユノは、作業するTに道具を取ってあげながら、自分の心の変化を分析してみる。
(よだれを垂らしたワンコみたいだったのに...。
今日の俺は、とっても冷静な気持ちでTさんを見ているぞ)
ユノが率先してTを手伝うのも、彼と30cmの距離に接近できるから。
(いつもは心臓ドキドキ。
「俺のことを好きになってクダサイ」アピールしまくってたのに。
Tさんの側にいても穏やかな気持ちでいられてる、俺...)
「手がお留守になってるよ、ユノ」
考え事をしていたら、ユノの手は知らず知らず止まっていたらしい。
「すみません!」
「寝不足だったからな、ユノは」
Tはにこやかに笑いながら、ゴーグルを外し、ユノの肩をポンと叩く。
(こらこら、そういう誤解を生むスキンシップはやめなされ)
「はぁ、頭がちゃんとまわってません」
ユノは素直に認める。
(爽やかな笑顔やなぁ、相変わらず。
その爽やかスマイルに、何度やられたことか!)
ユノもゴーグルとマスクを外して、乱れた髪を整える。
(笑った時の目尻のシワとか、たまらんかったのになぁ...)
Tは「やれやれ」といった風の微笑を浮かべて、ユノを見下ろしていた。
「ミスが起きたら困るから、ユノは自分の仕事をしておいで。
あとは、僕がひとりでやるから」
「すみません」
ユノはTに謝ると、資料保管室を出て、自分のデスクがある部屋へ戻ることにした。
振り返ると、天井灯を消して暗くした部屋で、作業テーブルの上のライトが青白く、彫の深いTの横顔を照らしている。
(あんなカッコいい顔見ては、メロメロやったのになぁ、俺...。
Tさんは、相変わらずパーフェクトなんやけどなぁ。
もう、違うんだよなぁ...)
ぼやきながらユノが歩いていると、ドームへ続く渡り廊下へ向かうチャンミンの姿を見かけた。
(おっ、チャンミン!)
その後ろ姿が消えるまで見送った。
(つづく)
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