ぴっかぴか
~チャンミン~
ひと目見て「好み」だと思った。
僕がいるテーブルからは斜め後ろ姿しか確認できない。
そうであっても、頬のラインや頭の形だとかでなんとなくはわかるものだ。
抜群のスタイルの持ち主だってことは、金髪にブリーチした小さな頭や広い肩幅、細身のパンツに包まれた伸びやかな長い脚からすぐに分かる。
20代半ばかそれくらいだから、僕と同じくらいかな。
その男は女連れだった。
女の子の顔が険しいのは、喧嘩か別れ話か。
2週間以上ご無沙汰だった僕は、ひと肌寂しさとむらむらを抱えていて、イライラのピークだった。
いいカモが現れたと心中でニヤリ、とした。
僕という人間は、もし自分が女の子だったら、尻が軽いと言われる類の人間だ。
恋は暮らしを彩るスパイス。
...なんてことくらい知ってるよ...でも、狭い人間関係。
寝た男の『今彼』が僕の『元彼』だったりして、トラブルは御免だが避けられないのだ。
付き合うとか付き合わないとか、そういうオンリーな関係に面倒さを感じていた僕。
後腐れのないその場限りの関係や、例え恋人がいたとしても、浅く広い浮気をしたりして。
半同棲みたいな恋人がいたのに、あっちこっちで関係を持っていた僕が悪いんだけどね。
思いっきり平手打ちされちゃったよ。
幸い口の中を切っただけで済んだけど、顔が傷つくのは困る。
お相手に不自由していないのも、自分がまあまあな顔をしているおかげだからね。
いろんな男と寝てきた。
いい思いもしてきたし、痛い目に遭ったことも沢山あった。
童顔な僕から従順だと勝手なイメージを持たれ、攻め一辺倒なセックスをする奴も多くて、うんざりだったのだ。
男相手だからって多少乱暴にしても大丈夫だなんて、勘違いして欲しくないんだよね。
行為に馴れてると余裕をみせる奴ほど要注意だ。
馴れた奴より新品に近い奴がいいなぁ、って思い始めていた。
ところが、『新品』を発見するのは難しいのだ。
大抵は女性が好きな質だから。
僕がこうして夜な夜な飲み屋をぶらついているのも、お相手を物色中するためなのだ。
そう悪くない顔かたちをしていて、どことなく寂し気な雰囲気を漂わせている奴を発見した時には、それとなく話しかけてみて探る。
見込みがなさそうな奴であったとしても、僕の好み...僕は面食いなのだ...に合致する奴とめぐり合わせた時は、少々強引な手もつかう。
僕とやれば大抵の者は、その気持ちよさに激しくイッてくれる。
そして、大抵は1発きり。
2発3発と関係を持ちたくなるけど、それは相当相性がよかった者に限られる。
そうであっても、できるだけ早い段階でフェードアウトさせる。
僕が欲しいのは身体の関係のみ。
心の繋がり合いについては...僕は自己完結型だから必要ないのだ。
だって、僕の身体が寂しがっているだけに過ぎないのだから。
・
勢いよくその女の子は立ち上がった。
騒がしい店内だったから、勢いよく立ち上がった拍子で椅子が立てた大きな音も、その男に吐いた捨て台詞も聞こえるはずがない。
あらら...とうとうフラれたね。
好都合だ。
険しい顔をした彼女が、僕の前をずんずんと通り過ぎていった。
ぽつんと一人残された、金髪頭。
座った姿勢じゃサイズが分からないけれど、筋肉質そうな身体付きとお尻の感じから、力強い腰振りが期待できる。
100%の確率で彼は、男の経験はない。
ぴっかぴかだ。
寂しい彼を僕が慰めてあげようではないか。
~ユノ~
初めて彼を見た時、きざったらしい男だと思った。
髪色はシルバーで、長く伸ばした前髪を耳にかけていた。
白シャツに黒パンツだなんてシンプル過ぎるファンション...スタイルに相当、自信がないと着こなせない。
その男はそれがまた、様になっていたのだ...悔しいくらいに。
男の俺が男に見惚れるなんて気持ち悪い。
彼に釘付けになってしまいそうなのをぐっと堪えて、彼の横を通り過ぎた。
視線の隅をかすめただけで、顔をよく見られなかった。
でも、真っ白レベルに脱色した髪色は相当目立つ。
じろじろ見るのも失礼だな、と思ったから、席へ案内する店員の背中に視線を戻した。
俺は今日、大事な用があってここに来たのだ。
客のひとり...やたら綺麗な男に心惹かれるために来たのではないのだ。
・
撃沈。
こうなるんじゃないかって予感はしていた。
デートの誘いもかわされる、既読スルー。
そんな1か月が過ぎた昨日、彼女から「話がある」とメッセージが届いた。
久しぶりのメッセージに、ふさぎ込んでいた気持ちが一気に浮上したが、すぐさま沈んだ。
「いよいよか...」と覚悟した。
「もしかしたら...」と、淡い期待もあったりして...。
でも、現れた彼女の表情は固く、彼女の言葉を聞く前に「あ~あ、やっぱり」と、諦めた。
別れ話をメールで済ませず、直接会ってケジメをつけてくれた彼女を、「いい子じゃん」と感心する俺は能天気野郎なのだろうか。
「どうして別れたいの?」と、今後の参考までに質問する。
俺は引き際のよい男なのだ。
別れを決めた彼女に、みっともなくすがるなんて格好悪いから...じゃない。
彼女の為に、やれることは尽くしたのになぁ。
フラれた原因が俺にあることは、重々承知していたのだ。
彼女は俺とセックスがしたい。
一方、俺は彼女とは「まだ」したくなかった。
俺の中には妙な信念というか、貞操観念みたいなのがあって、「一生この子だ!」と信じられる子とじゃないとしたくないのだ。
裸になって、誰にも見せたことのないところを見せあって、そのナイーブなところを繋げるんだ。
セックスをするとは余程のことなのだ。
まずは心と心がばっちり繋がった上でじゃないと!
男女の関係が高校時代よりフリーダムになる大学生になった時、俺が珍しいタイプの人物だということを初めて知った。
俺の見た目はまあまあ...悪くはないはずだ(身長も高いし、周囲もカッコいいと言ってくれるし)
中学高校とまあまあモテた(ファーストキスは中学1年の時だ。早い?遅い?)
校内カーストではまあまあ上の方だった。
友人も多かったし、部活動では活躍していた、学園祭のミスター××高校に選ばれた。
ところが...。
恋愛に関して、実は旧式な考え...それも、まるで女の子が抱くような...の持ち主だったとは...!
交際3か月を超えても一向に手を出そうとしない俺に、彼女たちは痺れを切らす。
「セックスしない」イコール「好きじゃない」
今の彼女(もう前カノになるか!)で4人目ともなると、さすがに落ち込む。
彼女への愛情を証明するために、自身の信念なんて無視して、ヤッてしまえばいいんだけどなぁ。
それが出来ないのが俺なのだ。
だから25歳にもなって童貞なのだ。
「ん...?」
気配を感じて、俯いていた頭を持ち上げた。
「わ!」
白い髪、白いシャツ。
あの男が正面の席...さっきまで前カノが座っていた席...にいた。
見知らぬ男が断りもなく接近してきたら、警戒してしまうのは当然のこと。
俺が例えば女の子だったら、「ナンパか?」と真っ先に思うだろう。
ところが俺は男だから、怪しい空気ぷんぷんだ。
何かを売りつけようとしてるのか?
俺をフッた前カノの『今彼』だとか!?
それとも、「君、夜の仕事に興味ない?」と勧誘されるのかな?
などなど、俺の思考はフル回転だったのに、同時に
「へえぇ...カッコいい奴だなぁ」と、しみじみ思っていたりもした。
「こんばんは」
にっこり笑ったその顔が可愛いのだ。
ついつい警戒心がゆるんでしまって、「...こんばんは」と答えてしまった。
「ここに居て、いい?
迷惑?」
「...い、いえ」
俺は迷うことなく、首を左右に振っていた。
(つづく)
[maxbutton id=”23″ ]